日本とロシアのあいだで揺れた朝鮮は、なぜロシアに近づいたのか
日清戦争のあと、朝鮮の政権を握っていたのは、国王高宗の妃である閔妃でした。日本からは長州閥の井上馨が公使として送られ、日清戦争の名目上の目的だった朝鮮の政治改革を進めようとします。
井上馨による朝鮮の改革はうまくいかず、井上は一度日本へ引き上げます。後任として朝鮮に派遣されたのが、三浦梧楼という人物でした。
日本が改革を迫る一方で、閔妃はロシアへの接近を強めていきます。ロシアも朝鮮に関心を持っていたため、両者の思惑が近づいていった、と楊さんは説明します。
朝鮮国内の意見は一つではなく、ロシアを脅威とみる人たちと、ロシアと組むべきだとする人たちに分かれていました。
国際情報の多くが日本経由で入ってきたため、日本のロシア脅威論の影響を受けた立場
閔妃らの立場。1国だけと組むのは危険で、多国間の勢力均衡で独立を保つべきだと考えた
閔妃らの提携論は、南下してくるロシアを勢力均衡の一角に加えようとするものでした。朝鮮とロシアの利害が一致したことで、親露派が台頭したといいます。
意見が分かれるのは別に悪いことじゃないですよね。
分かれた後に一致しないまま、なんか本番来るみたいなのが多分やばいんですよ。
楊さんは、日本も戊辰戦争や西南戦争で国内の対立を一度決着させてから、日清戦争のような国際戦争に臨んだと応じます。樋口さんは、会社でも同じことが言えると付け加えました。
閣議決定から4か月、公使はなぜ閔妃を暗殺したのか
朝鮮の親露化に対する日本側の反応は、閔妃の暗殺という衝撃的なものでした。
いや、これマジ相当やばいなと思うのが皇后じゃないですか。皇后を殺すって相当やばいよね。
楊さんによると、1895年6月、日本政府は朝鮮への干渉をなるべくやめて自立させる方針を閣議決定し、この方針を徹底させるために三浦梧楼を送っています。
ところが三浦梧楼は1895年10月、朝鮮での日本の信頼が落ちていることに危機感を持ち、民間の日本人と軍隊を使ってクーデターを起こします。親露派の閔妃や内大臣を殺害したのです。
1895年6月、日本政府が朝鮮への干渉をやめて自立させる方針を閣議決定
1895年10月、公使の三浦梧楼がクーデターを起こし閔妃らを殺害
三浦梧楼がなぜ政府方針と真逆の行動をとったのかは、よくわかっていません。一説には、成果を出せずに帰国した兄貴分の井上馨の顔を立てるため、短期的な成果を求めたのではないかといわれます。
近代国家が難しいんだよね、多分まだ。現場判断めっちゃしますみたいになっちゃってる。
中央の言うことを聞いてくれないと官僚制崩壊してるじゃないですか。
出演者たちは、閔妃暗殺の背景に、主従関係やメンツを重んじる近代以前の感覚が残っていたのではないかと話しています。樋口さんは、日本のためを思ってやっているからこそ、よりたちが悪いとも述べました。
閔妃暗殺は朝鮮をどこへ向かわせたか
日本政府は三浦梧楼を召還しましたが、国内の世論は「三浦よくやった」と沸き立ちます。実行犯も特定できず、三浦は証拠不十分で釈放されました。
一方で閔妃暗殺は、日本にとって非常にまずい結果を招きます。王宮の混乱の中、高宗はソウルのロシア公使館へ逃げ込み、朝鮮では反日親露の政権が生まれました。
ただし朝鮮は、やがてロシアにも失望していきます。借款や財政顧問の派遣を求めても支援は期待ほどではなく、ロシアの公使がイギリス人の財政顧問を解雇させてロシア人に替えるなど、強権的な振る舞いも目立ったといいます。
その後、王宮に戻った高宗は国号を朝鮮から大韓帝国に改めます。清の皇帝や日本の天皇と同格の独立国家であることを、世界に宣言する意味がありました。
しかし大韓帝国は内政改革の資金を海外からの借款に頼ったため、かえって列強の干渉を強めてしまいます。独立路線を打ち出しても、事実上はロシアと日本の干渉から逃れられない状態だった、と楊さんはまとめています。
西太后の清で起きた義和団事件とは何だったのか
同じころの清は、列強によって半植民地の状態に置かれていました。若手の改革派官僚が近代化の運動を起こしますが、保守派の西太后 ── 清末期に長く実権を握った皇太后。同治帝の母で、光緒帝の時代にも政治の実権を持ち続け、改革派の運動を抑え込んだことで知られますによって頓挫させられます。
樋口さんは、当時の清を腐敗政治の極みのような状態だったと表現し、光緒帝に代わって西太后が権力を振るっていたと説明します。
政治の上層だけでなく、民衆のあいだにも欧米と日本への強い怒りがありました。「扶清滅洋 ── 清を助けて西洋を滅ぼす、という意味のスローガン。義和団が掲げたもので、外国勢力やキリスト教の排斥を訴えました」を掲げて武装蜂起したのが義和団です。
義和団のいう「清を助ける」は、西太后たち王朝を助けるという意味ではありませんでした。伝統的な価値観や倫理観、もともとの秩序を守ろうという意味だったといいます。
この蜂起に対し、イギリス、ドイツ、ロシア、アメリカ、フランス、イタリア、オーストリア、日本の8か国連合軍が派遣されました。
いや、ほんとシンプルにリンチです。ずっとリンチしてんだよね、清を。
ここで重要なのは、地理的にすぐ大軍を送れたのがロシアと日本だけだったことです。義和団事件によって、両国の兵が清に集まる状況が生まれました。
改革の頓挫
西太后が改革派の運動を抑え込む
義和団の蜂起
民衆が扶清滅洋を掲げて立ち上がる
8か国の介入
列強が連合軍を派遣して鎮圧に向かう
日露の兵が集結
地理的に近いロシアと日本が大軍を送り込む
義和団戦争、それは起こすよね。起こすじゃん。自分がこの時の中国人でも絶対もう先頭に立つと思う。けど、これを起こすとこうなるやん。
8か国への宣戦布告と巨額の賠償金は、何をもたらしたか
さらに西太后は、8か国に対して宣戦布告します。楊さんは、政治改革を潰したことが義和団事件を生み、その結果8か国が来ている状況を、西太后が正しく認識できていなかったのではないかと見ています。
勝てるわけないじゃん。だって日本一国に勝てなかったのに、8カ国連合軍に勝てるわけないじゃないですか。
清は敗れ、西太后と光緒帝は北京の紫禁城を捨てて西安まで逃れます。翌年の北清事変最終議定書 ── 義和団事件後の1901年に、清と列強が結んだ取り決め。北京議定書、辛丑条約とも呼ばれ、巨額の賠償金や外国軍の駐兵権などを定めましたで、清は4億5000万両の賠償金を39年の分割で支払うことになりました。
(重要な土地は)全部租借で取られてんだよ。のに39年間だから、実質上奴隷宣言なんだよね、これ。
このとき日本が得た賠償金の取り分は7.7パーセントほどで、主力として鎮圧したという感覚のある日本には少なく感じられたようです。
それでも日本は、列強と横並びで条約を結ぶという外交的成果を得ました。軍事行動で「使えるアクター」だと列強に認識されたことが大きく、それを最も強く意識したのがイギリスでした。
ロシアに対抗できる極東の勢力を求めていたイギリスは、本来その役割を期待した清に代わって、日本を想定するようになります。これが日英同盟の伏線になりました。
日本国内でも自信がつき、首相の山県有朋は、ロシアとの均衡を目指すのではなく朝鮮を丸ごと日本の勢力下に入れようと主張しはじめたといいます。
ロシアはなぜ満州から兵を引かなかったのか
義和団事件の鎮圧後、各国の兵が集まったままでは衝突の火種になるため、早期撤兵が定石とされました。実際に各国は撤兵しましたが、ロシアだけは兵をとどめる長期駐兵の方針をとります。
ロシアが満州に兵を残したのは、この機会に満州を支配しようとしていたからでした。樋口さんは、ロシアが満州を求めた理由を順に説明しています。
制海権の確保
不凍港を得て、イギリスが握るヨーロッパの海に対抗できる東アジアの制海権を確保したい
鉄道の延伸
シベリア鉄道とその支線を北京まで伸ばし、清に深く入り込んだイギリスに対抗したい
資源の獲得
鉄道建設に必要な木材や鉱産物を南方で得たい
満州の支配
これらを満たす要の土地として満州が浮上する
楊さんによると、満州には3つの大きな利権がありました。鴨緑江流域の森林の木材、三国干渉の見返りにロシアが得た満州北部の鉄道、そして撫順炭鉱の石炭です。
鴨緑江流域の木材は、鉄道の枕木や建築資材になるため価値が高く、日本とロシアはそれぞれ会社を設立して伐採を競ったといいます。
ロシアに近いほうが満州、日本に近いほうが朝鮮という位置関係のなかで、ロシアは満州を押さえたあと朝鮮にも手を伸ばそうとしていました。日本は、どちらをどれだけ取るかを戦争ではなく外交で解決したいと考えます。
日露協約か日英同盟か、日本はどちらを選んだのか
ロシアの満州駐兵は、日本国内では韓国進出の前触れと受け止められました。このとき日本には、ロシアと取り決めを結ぶ道と、イギリスと同盟を結ぶ道の2つがありました。
伊藤博文、井上馨らの立場。ロシアの満州支配を認める代わりに、日本の朝鮮支配を認めさせればよい
山県有朋、桂太郎、小村寿太郎らの立場。協約を結んでもロシアは必ず南下するため、イギリスの後ろ盾を得て戦争に備えるべき
ロシアとイギリスは激しく対立していたため、日本はどちらか一方としか組めませんでした。結論として日本は日英同盟を選びます。
樋口さんによると、日英同盟に傾いた理由はシンプルで、イギリスのほうがフレンドリーで、イギリス側から同盟を望んできたからでした。
イギリスにとっては、日露が手を結んで極東の利権と制海権を押さえることが最悪の事態でした。植民地戦争で国力を消耗していたイギリスは、誰とも同盟を結ばない栄光ある孤立 ── 19世紀後半のイギリスがとった外交方針。圧倒的な国力を背景に、他国と恒常的な同盟を結ばずにいたことを指しますを転換し、最初の同盟相手に日本を選びます。
世界で一番強いってされてる一番トップの国、イギリスがずっと誰とも同盟結んでなかったのに、誰と結んだかっていったら、なんとか頑張って近代化しようとしてた自分たちだったから、めちゃくちゃ嬉しいよね、これ。
日英同盟は日本にとっても実利がありました。楊さんは、ロシアの同盟国フランスの参戦を抑止できたこと、イギリスから強力な軍艦を自然に買えるようになったことを挙げています。
やっぱりこの日英同盟がなければ、ロシアとの戦争はまず間違いなく勝てなかったんじゃないかなっていう感じぐらい機能してるんですね。
日英同盟が確定させた対立と、開戦決定までの交渉
日英同盟を結んだことで、日本がロシアと対立することは決定的になりました。ロシア側では、満州に軍を置き続けたい陸軍大臣クロパトキンの主戦派と、財政難から撤兵を唱える大蔵大臣ウィッテの派閥が分かれていました。
ウィッテらは日本との外交的な解決を想定していましたが、ロシアから見ると、交渉相手の日本が突然イギリスの側へ行ってしまったことになります。
ロシアは清と、満州から段階的に撤兵する約束を交わしました。しかし満州の権益の譲渡を清に拒まれると、最初の撤兵だけを実行し、2回目以降は行いませんでした。
その後ロシアではウィッテが解任され、クロパトキンの勢力が強まります。ロシアは鴨緑江河口などに森林保護を名目として兵を置き、韓国政府に土地の租借を認めさせました。楊さんはこれを龍岩浦事件として紹介しています。
日英同盟によって日本国内の対露協調路線は勢いを失い、政府も軍も、ロシアの鴨緑江進出は許せないという点で一致しました。御前会議 ── 天皇が出席して国家の重要方針を決める会議。明治期から昭和期にかけて、開戦など重大な判断の場で開かれましたでは、韓国の権益を少しもロシアに譲らない方針が確定します。
楊さんは、この交渉で韓国や清という主権者の意向がまったく問題にされていなかった点を指摘します。帝国の論理だけで話が進み、介入する権限のない国家によって韓国と満州の運命が決められようとしていたといいます。
また、日本を訪れたクロパトキンが「ロシアは韓国で自制しているのだから、満州には口を出さないでほしい」という趣旨を伝えようとしたものの、日本側に十分伝わらなかったという考察も紹介されました。ただし、これは参考にした本の1つの見方だとされています。
悪人探しではなく「構造」で歴史を見る意味
日露交渉の経緯を振り返り、樋口さんは、各国が戦争を避けようとしながらも、弱い国の権益を奪い合う列強主義のルールに乗っている以上、どこかで必ずぶつかると述べます。
弱い国の権益を奪い合うことを前提としたゲームルールでやっちゃってるから。必ずどこかでぶつかるけど、それがいつかみたいなのを、なんかみんなが意見が違うみたいな、そんな感覚ですよね。
樋口さんは、列強主義が悪いのは当然で、韓国や中国から見れば恨むのも当たり前だとしたうえで、当時の日本がどうすればよかったのかを考えるべきだと話します。
出演者の一人は、ここまでの回を聞いてきても、どの決断を変えていれば防げたのかがわからないと語ります。コロンブスの航海まで遡る話になりかねず、樋口さんも産業革命がなければ起きなかったかもしれないが、産業革命自体が悪いわけではないと応じました。
樋口さんは、「この人が悪い」と考えるのは人間が理解しやすいテンプレートだと言います。悪人だからではなく、社会環境がそうさせているという構造の理解も必要で、その構造を見るには歴史を学ぶしかないというのが樋口さんの考えです。
日英同盟の選択も、日本が主体的に選んだというより、イギリスの動きへのリアクションだったと振り返られます。
最後に、ここまでの流れが整理されます。近代化の波に対する日本・朝鮮・清の反応が日清戦争を生み、北から現れたロシアと日本が中国北東部をめぐって対立し、義和団事件への出兵で戦争が避けられなくなった、というものです。次回からは、いよいよ日露戦争が開戦します。
まとめ
閔妃暗殺、義和団事件、日英同盟という転機が重なり、日本とロシアの対立は外交では解けない段階へと進みました。その背景には、個人の善悪だけでは説明できない列強主義の構造があったと語られています。
- 閔妃暗殺は政府方針に反する公使の行動で、結果的に朝鮮の親露化を招いた
- 義和団事件で地理的に近い日本とロシアが大軍を送り、日露対立が軍事問題として表面化した
- ロシアの満州駐兵を受け、日本は日露協約ではなく日英同盟を選び、対立が決定的になった
- 日露交渉は韓国や清の意向を無視したまま決裂に向かい、御前会議で開戦が決まった
- 歴史を倫理だけでなく構造で見なければ、同じことが繰り返されると樋口さんは強調する





