居眠り運転、鬱、髄膜炎。何度も死にかけた樋口さんの体験
コテンラジオの番外編で、深井さんが持ち込んだテーマは「死」でした。重いテーマをあえて面白く話すという趣旨で、深井さんは「死を考えた瞬間や、一番死に近づいた瞬間はあるか」と問いかけます。
僕何回か死にかけてるんで。
樋口さんが最初に挙げたのは、大学時代の居眠り運転です。合コン帰りの朝方、男4人のうち樋口さんだけが運転し、残りの3人は後部座席で寝ていました。
もうなんかこんなもうフラフラフラフラの状態で、気づいたらゴーンってなって。
樋口さんの車は朝のラッシュで玉突き事故を起こしたといいます。深井さんが飲酒運転かと確かめると、樋口さんは「飲酒はしてなかった」と答えています。ただし樋口さんによれば、この事故は気づいたら衝撃があって止まっていたため、死を意識する瞬間はなかったそうです。
樋口さんが一番死を意識したのは、鬱になり、自分で死のうと考えた時期でした。当時は一人暮らしで、2日ほど前から気分が落ち込み、友達から届く「明日行くね」というメールにも目を通していなかったといいます。
約束の日、連絡が取れないことを心配した友達が部屋のドアを叩きにやって来ます。樋口さんは布団をかぶったまま、その音が不思議に聞こえたことを覚えています。
その音がですね、もうなんか僕布団かぶってるんですけど、なんか何て言うんですかね、エコーかかったみたいな感じで。
友達は隣の住人にベランダから入らせてほしいと頼みますが、断られます。そこで、樋口さんが合鍵を渡していた当時の芸人の相方、荒野のアニのタカヤくんに連絡が行き、タカヤくんはバイトを抜けてバイクで駆けつけ、部屋を開けてくれました。
ただ、駆けつけてもらった直後の樋口さんは、気持ちの整理がつかず「ちょっとごめん、帰ってくれ」と頼んでしまったそうです。樋口さんは鬱を何度か繰り返してきたものの、佐賀に帰ってからは起きていないと話し、深井さんを安心させています。
樋口さんの3つ目の体験は、髄膜炎 ── 脳や脊髄を覆う髄膜に炎症が起きる病気。細菌やウイルスなどが原因で、重症化すると命に関わったり後遺症が残ったりすることがありますで死にかけたことです。その後遺症で、樋口さんの顔の左側には今も麻痺が残っています。
マジで顔面麻痺です。だからあれのトランペットとか吹けないんですよ。口笛も吹けないです。
深刻な話のあとも、樋口さんは「僕半分しか笑えないですけど」と自分で笑いに変え、深井さんも「でも心はまっすぐ」と返します。重い体験を軽やかに語るやり取りが、この回のトーンをよく表しています。
葬式は誰のためにあるのか。祖父の急死で変わった深井さんの考え
深井さんは、自分が死を意識したことはないとしたうえで、2つの体験を挙げます。1つ目は、最近おじいさんが急に亡くなったことです。
深井さんはこの経験を通じて、自分が死ぬことよりも、「死なれた周りの人にとって死とは何か」を考えるようになったといいます。それまでの深井さんは、葬式は意味がないくらいに思っていました。
儀式とか全部意味ないみたいな。だからもう朝礼とか集礼とか、ああいうのも全部意味ないし、全校集会も意味ないしみたいな。学生の時思ってて。
大人になってからの深井さんは、決められたことをやること自体が集団にとって意味を持つ、とは理解していました。それでも葬式については「あんなみんな集まって」と、必要性を感じていなかったそうです。
考えが変わったのは、おじいさんの死が急だったからです。深井さんは、近親者が急に亡くなったとき、それを心の中でどう整理すればいいのか、人は知らないのだと気づきます。
(葬式で)やっぱみんなでこう、何て言うかな、集まって同じ人の死を悼むみたいなこと自体が、人間にとってその整理をすごく、なんていうか、加速させるというか。
楊さんが「区切りをつける感じかな」と応じると、深井さんは「区切り感すごい」と同意します。深井さんの気づきは、葬式は死んだ人のためより、死なれた人たちのためにあるというものでした。宗教としては極楽浄土に行ってほしいなど故人のためという建て付けがあるものの、「そっちじゃねえなと思った」と話しています。
楊さんも、みんなで集まる場がなければ悲しみを一人で背負うことになり、きついと続けます。深井さんはさらに、他の人が悲しむ姿を見ることや、人によって悲しみ方に差があること、全員が喪服を着ることも、心理的に大きな影響があると語りました。
儀式は意味がない。葬式も、みんなで集まる必要があるのか疑問だった
みんなで同じ人の死を悼むことで心の整理が進む。葬式は死なれた人たちのためにある
氷点下のキャンプで実感した、太陽信仰が生まれる理由
深井さんの2つ目の体験は、本人いわく「すごいしょうもない」話です。10月に1週間ほどシリコンバレーを訪れ、参加費が25万円ほどのITイベントに出たものの、深井さんにとっては非常につまらなかったといいます。
深井さんたちはイベントを途中で抜け出し、シリコンバレーから車で5時間ほどの山奥でキャンプをしました。そこは昼は20度を超えるのに、朝は-1度まで冷え込む場所でした。深井さんは、乾燥しているため寒暖差が大きく、10月でも雪が降るのだと説明しています。
キャンプが初めてだった深井さんは、寒さを8度か5度くらいだろうと想像していて、厚着をしていっても足りませんでした。何キロ四方も何もない森で、焚き火を終えて寝たあと、寒さで目が覚めたそうです。
なんか足の感覚ないし、俺これ死ぬんじゃないかな。軽い気持ちでこんなとこ来たけど、俺死ぬのかなって思って。
同行の2人はすやすや寝ていて、深井さんはそれも怖くなったといいます。朝5時ごろの真っ暗な中、深井さんは寝袋を脱いで走り回り、焚き火をおこしました。そこへ太陽が昇り始め、一気に暖かくなります。
ものすごくね、太陽ってすげえんだなって。
この体験から深井さんは、マヤ ── メキシコ南部から中米にかけて栄えた古代文明。太陽や天体の観測に優れ、神々へいけにえを捧げる儀礼を行っていたことで知られますやインカ帝国で太陽にいけにえを捧げた理由が少しわかったと話します。夜は寒さや野獣で死を意識するほど怖く、太陽はそれを明るく、暖かく変えてくれます。
これは確かに太陽に生かされてるって思うわと思って。毎日これを繰り返して太陽に生かされ続けるって思っちゃったら、なんかお返ししなきゃって思うわと思って。
楊さんは、古代では植物も獣も、ほぼすべての生産物が太陽から生まれていると補います。深井さんは、日本で野宿しても寒暖差がそこまでないのでわからないはずで、エジプトのような乾燥地帯で太陽信仰が強くなるのも納得だと語りました。
乾燥地帯の寒暖差
昼は20度超、朝は-1度まで冷え込む
夜の恐怖
寒さや野獣で、死を意識するほど怖い
日の出
太陽が明るさと暖かさをもたらし、生きていけると感じる
太陽信仰
生かされている感覚からお返しをしたくなり、いけにえを捧げる
話の締めくくりに、樋口さんは自分の弟の名前が「タイヨウ」だと明かします。楊さんが「生まれる時代がもっと昔だったら神様だった」と返し、場が和みました。
中国の公衆トイレにトイレットペーパーがない。楊さんの「社会的な死」
楊さんが挙げた「一番死にかけた時」は、本人も「くだらないこと」と前置きした、トイレの話でした。大をしたあとにトイレットペーパーがないと気づいた瞬間だといいます。
社会的にね。
楊さんによれば、中国の公衆トイレには普通トイレットペーパーがなく、自分でティッシュを買って持っていく必要があります。久しぶりに中国へ帰った楊さんは、日本と同じ感覚で公衆トイレに入ってしまいました。
(日本と)同じような感覚で公衆トイレに入るともう爆死ですよね。
どう切り抜けたのかを問われると、楊さんは「どうにもならん」と答えます。深井さんの「人生ってどうにもならんこといっぱいあるもんね」という返しに、樋口さんが厚みのない紙は2枚重ねでも無理だと重ね、笑いが続きました。
楊さんはこの体験を、異文化に入るときの感覚の話として語っています。日本に長くいすぎたと感じたと言い、中国もアメリカも自分で備えなければならない「自己責任の国」だと述べ、深井さんも同意しました。
死は「完成品の納品」。樋口さんの死生観
楊さんの話のあと、樋口さんは自分だけ真面目に話したのが馬鹿らしいとこぼしつつ、自身の死生観を語り始めます。サイコパスと思われるかもしれないと断ったうえで、死をあまり悲しいと思っていないというのです。
樋口さんは、人の人生を1本の映画や小説のように捉えています。例に挙げたのは漫画で、『スラムダンク』はきちんと終わったから面白いと話し、『ドラゴンボール』については、人それぞれとしつつ、もう少し早く終わってもよかったのではと述べています。
うんと生き続けることがそもそもいいともあんまり思ってないんですよ。で、なんかちゃんとエンドロールを美しくしたいなというのが僕にはあるし。
樋口さんは、人が亡くなってもその人のストーリーは残ると考えています。そのうえで、死を仕事の言葉にたとえました。
楊さんが「死によって人生が完成する」と言い換えると、樋口さんは、生きている間はずっとベータ版で、死によって「完パケ納品」になると続けます。楊さんからは「業界(の言葉が出てる)」とツッコミが入りました。
樋口さんにとって、死にたくない理由は死が悲しいからではありません。まだベータ版で開発を続けたいから死にたくない、というのが樋口さんの言葉です。痛いのは嫌だとも付け加えています。
ずっとベータ版。開発を続けている状態で、だからこそまだ死にたくない
完成品の納品。人生という物語が完成し、ストーリーは残る
回の最後、樋口さんが「死とウンコについてでした」とまとめ、3人の雑談は笑いとともに終わりました。
まとめ
「一番死に近づいた瞬間」という問いから、3人の話は事故や病気の体験談だけでなく、葬式の役割、太陽信仰の成り立ち、異文化の感覚、そして死生観にまで広がりました。重いテーマを、それぞれの実感と笑いを交えて語った回です。
- 樋口さんは居眠り運転、鬱、髄膜炎と何度も死にかけ、鬱の時は友達と相方の行動に助けられた
- 深井さんは祖父の急死を通じて、葬式は死なれた人たちが心を整理するためにあると気づいた
- 氷点下のキャンプで日の出に救われた深井さんは、太陽信仰やいけにえの気持ちを実感した
- 楊さんは中国の公衆トイレでの失敗を「社会的な死」として語り、異文化の感覚を振り返った
- 樋口さんは死を「完成品の納品」と捉え、まだベータ版で開発を続けたいから死にたくないと語った




