お金の歴史編はなぜ「全員集合」に見えたのか
コテンラジオの今回の回は、前シリーズ「お金の歴史」の振り返りから始まります。樋口さんは、お金というテーマを体系的にわかりやすく、しかも濃い内容で扱うコンテンツはほかにないと絶賛します。
深井さんによると、リスナーからは面白いという反響が多かった一方、耳で聞くだけではすっと入ってこなかったという声もあったそうです。樋口さんは概念的な部分が多かったからだろうと受け止めています。
でもなんかやっぱツイッターとか見てると、それでも難しかったんですけど、3回聞いちゃいましたとか。ありがたいですよね。
樋口さん自身は編集作業も含めて5、6回聞いたといい、世の中の見え方が変わったと話します。特に印象に残ったのは資本主義を扱った最終回でした。
樋口さんは資本主義の最終回を、ドラクエ4 ── ゲーム『ドラゴンクエストIV』。章ごとに別の主人公の物語が進み、最終章で仲間が集結する構成で知られますにたとえます。1章から4章までは別々の主人公の物語が進み、5章で全員が馬車に集まるという構成です。
なんか資本主義の最後の、あの回って、今までのやつが全員集合したみたいな。
楊さんは「アベンジャーズじゃないですか」と応じ、お金は宗教と同じく人類の歴史で最も長いものの一つだから、いろいろ深掘りできると説明します。フランス革命など、以前のシリーズで学んだ話題が最終回に出てきたことも、全員集合の感覚につながっていました。
回を重ねると歴史はパターンに見えてくる?
深井さんは、樋口さんが感じた「全部つながる」感覚は、回を重ねるほど強くなると話します。歴史上の人物を見て、この人はあの人と同じタイプだと思えるようになるからです。
全部だってつながるし、この人と同じタイプの人だとか思うようになるんで。
樋口さんが「パターン化」と言い換えると、深井さんはその先にコテンが作ろうとしているデータベースがあると説明します。パターンが見えるなら、最初からそのパターンで検索できればいいという発想です。
回を重ねる
さまざまな時代や人物の話を知る
つながりが見える
この人はあの人と同じタイプだと気づく
パターン化
似た出来事や人物が型として見えてくる
データベース
パターンで最初から検索できる仕組みをつくる
深井さんによると、番組は前シリーズの最終回で77回ほどに達していました。樋口さんは「そんなやってんすね」と驚き、楊さんは「実はもう長い付き合い」と笑います。
深井さんと楊さんは旅先で何を見ているのか
新シリーズに入る前に、樋口さんは「旅」という言葉にちなんで、長期休暇の旅の思い出を2人に尋ねます。深井さんはベトナム、ヨーロッパ、アメリカに行き、中国には十数回足を運んでいるといいます。
楊さんは中国以外では東南アジア、なかでもインドネシアに4回ほど行ったことがあり、モスクも訪れたそうです。深井さんもイスラム教国のインドネシアに行ってみたいと応じ、香港ではモスクに必ず入ると話します。
樋口さんは、自分のような「凡人」は観光地やおいしいご飯に向かうけれど、2人はどんな切り口で旅を見ているのかと質問します。深井さんの答えは、同じ場所に3回ほど通うというものでした。
えっとね、僕あの、同じ場所に3回ぐらい行くんですよ。で、1回目は観光するんですけど、2回目ぐらいから民家とかに行ったりとか。
深井さんは公園や現地の宗教施設で人に話しかけ、ときには民家の近くまで行くといいます。路地に迷い込んだ旅行者として話しかけると、本当にみんな親切に答えてくれるそうです。
本当に生活見たいんですよね。だから家の中見ないとわかんないじゃないですか。ホテルとかの中見ても、その国の生活わかんないから。
深井さんによれば、家の中を見ると日本とほぼ同じだと感じることもあれば、意外なところが違うと気づくこともあります。楊さんも、観光客向けの場所はすべてアレンジされていると同意します。
スーパーとアイスクリーム店で崩れた先入観
楊さんは、仕事ではない旅は基本的に一人旅で、当てもなく街を歩き続けるといいます。モスクやお寺があれば入り、スーパーにも普通に立ち寄ります。
楊さんと深井さんが旅先で見ているのは、自分が知っている世界との違いです。深井さんは、建築様式、スーパーの品ぞろえや陳列、接客態度、買い物のシステムまで観察すると話します。
楊さんは農業をしていた経験から、青果市場やスーパーの生鮮売り場が特に好きだといいます。深井さんもスーパーには必ず行くと話し、2人とも一般の人が生活する場所を重視しています。
楊さんにとって衝撃だったのは、マレーシアと記憶している旅先で、ムスリムの女子学生たちがバスキン・ロビンス ── 日本では「サーティワンアイスクリーム」として知られるアメリカ発祥のアイスクリームチェーンでアイスクリームを買っている光景でした。
あれ見た時に、あ、この子たちもちゃんとアイスクリーム食べるんだって。
だって今までさ、メディアでムスリムってさ、みんなどうせ激しい奴らばっかりでしょって刷り込まれてたから、そういう発見とかも。
深井さんも、ムスリムの人々は一番イメージと違うと応じます。樋口さんは、自分の中にある先入観と実際に行って見た国の姿の違いを確かめることが、2人の旅の面白さなのだと受け止めています。
観光地を回り、おいしい食事を楽しむ
民家、宗教施設、スーパー、市場など、現地の生活の場を見て自分の知る世界と比べる
三蔵法師・玄奘は西遊記の作り話ではない
旅の話を経て、新シリーズのテーマ「三蔵法師、終わりなき知的探求の旅」が発表されます。樋口さんによると、深井さんはTwitterでテーマをフライングするほど、ワクワクしながら準備していたようです。
三蔵法師といえば、多くの人は西遊記 ── 明代の中国で成立した長編小説。三蔵法師が孫悟空らを従えて天竺へ経典を取りに行く物語で、玄奘の旅をもとにしていますを思い浮かべます。深井さんは、三蔵法師には実在のモデルがいて、隋と唐の時代に経典を求めて旅をしたお坊さんだったと説明します。その人物の名前が玄奘です。
深井さんが玄奘を取り上げたきっかけは、去年かそのころの法事でした。法要に来たお坊さんが、三蔵法師はなぜ命をかけてあれほどの大移動をしたのかという話をしたのです。
よくよく考えてみたら、めっちゃ命かけて、なんでそこまでしてお経を持って帰んないといけないんだろうっていうのは確かにって思ったんですよ。
深井さんはもともと三蔵法師を知っていたものの、お経を求めに行ったという話を聞き流していたといいます。お坊さんの問いかけによって、玄奘の旅の意味を初めて考えるようになりました。
地球一周半の旅はどれほど危険だったのか
深井さんによると、玄奘はインドの旅に17年をかけ、合計で地球一周半の距離を歩いています。樋口さんが驚くと、深井さんは当時あの場所を歩くこと自体がとても難しかったと説明します。
玄奘の旅は、インドへまっすぐ行って帰るものではありませんでした。学びながら歩き、インドに着いた後もインド中を回ってお経を集めていたため、移動距離が長くなったのです。
深井さんは、当時の徒歩の旅の危険を、現代なら行ってはいけない国を通過するような感覚にたとえます。そのうえで、現代の自分たちは知識を得るためにそこまでするだろうかと問いかけます。
こんなに知的好奇心が強いとか自覚してる自分たちでもしないよ、そこまで。
樋口さんは、三蔵法師といえば夏目雅子さんや酒井法子さんが演じたドラマ『西遊記』の珍道中のイメージだったといいます。深井さんは、西遊記では4人で旅をしているが、実際の玄奘はほぼ一人旅だったと説明します。
(玄奘の旅は)まあ途中でお供もつけられるんですけどね。ついたりつかなかったりするんですけど、ほぼ一人旅です。
密出国、山賊、寒暖差100度の苦難
深井さんは、玄奘の旅を「お経を取って帰ってきただけ」と言えばそれだけだが、掘り下げるとめちゃくちゃ面白いと話します。楊さんも、玄奘は仏教界の歴史の中でもスーパースターだと語ります。
深井さんが挙げる玄奘の苦難の一つ目は、自然環境の過酷さです。砂漠や氷山を越えた旅では、寒暖差が100度あったとされます。
二つ目は、玄奘の出発が出国禁止の中での密出国だったことです。深井さんは吉田松陰 ── 幕末の思想家。海外渡航が禁じられていた時代に、ペリー艦隊の船で密航を企てて失敗したことで知られますのような感じだとたとえ、玄奘は追っ手に何度も捕まりかけながら国を出たと説明します。
三つ目は、盗賊や山賊の襲撃です。伝説では7回襲われたとされますが、深井さんによれば史実でおそらく本当なのは2回で、その2回では確実に死にかけています。途中の国の王から受けた援助金やお供も、山賊に奪われたといいます。
踏んだり蹴ったりやん。
般若心経と大唐西域記に残された功績
玄奘はインドで大学に入り、そこでトップクラスに上り詰めて深く学びました。その後、お経を大量に持ち帰り、帰国後は20年かけて翻訳に取り組みます。
深井さんは、翻訳も玄奘の一大事業だったと強調します。その代表例が、現代でも人気のある般若心経 ── 大乗仏教の「空」の思想を短くまとめた経典。日本でも写経や読経で広く親しまれていますです。
楊さんによると、現在よく目にする般若心経の漢字の並びのうち、最も普及しているのが玄奘訳のバージョンです。深井さんは、それ以前にも訳はあったものの、玄奘がさらにブラッシュアップしたと補足します。
あれ、三蔵法師だったんですね。
玄奘はさらに、旅で立ち寄った各国の様子や食べ物などを記した大唐西域記 ── 玄奘が旅で見聞した西域やインドの国々の地理・風俗などをまとめた書物。現在も歴史資料として重視されていますを残しました。深井さんは、ほかに残っていなかった記録を玄奘が残したことにも大きな価値があると話します。
哲学者であり冒険家でもあった天才
深井さんは玄奘を、基本的には哲学者だと説明します。仏教を哲学として捉え、インドに着いてからも哲学的な探究を続けていたからです。
けど、同時に冒険家なんですよ。その今言った(寒暖差)を越えながらたどり着いてるわけなんで。
樋口さんは、哲学と関係なく旅だけを課されても相当きついと反応します。深井さんも、玄奘はフィジカルな冒険家とメンタル面の哲学者という、どちらも難しい2つの性質をあわせ持っていたと話します。
砂漠や氷山を越え、命がけでインドへたどり着いた
仏教を哲学として探究し、インドで深く学んだ
2人の人生1回で歩んでるみたいな。
なぜお経を持ち帰ることが偉業だったのか
深井さんは、法事のお坊さんの話を聞いたときに、お経を持ち帰ることの本質的な意味がわかれば、玄奘がなぜ歴史に名を残したのかもわかるはずだと考えたといいます。
深井さんはアレクサンドロス ── 古代マケドニアの王。東方遠征によってギリシャからインド北西部に及ぶ大帝国を築きましたと比べます。アレクサンドロスには地位があり、戦争にも強かったため、名が残る理由はわかりやすいと話します。
けど三蔵法師はなんでこんなに残るんだろうと思ったんだよね。
深井さんによると、当時の中国は戦乱続きで民衆には救いがありませんでした。仏教は普及していたものの、哲学であるためインテリ層のものにとどまっていたといいます。
さらに、仏教の原典を中国人がしっかり中国語に訳したものは少なく、それまでは中国人ではない人が中国語に訳していました。深井さんは、哲学はよほど正確に訳さない限り伝わらないことが、玄奘の課題意識だったと説明します。
深井さんは、玄奘が民衆への普及をどこまで意識していたかは微妙だとしながらも、原典の正確な翻訳を通じて、インテリ層の仏教と民衆をつなぐ役割を果たしたと見ています。
戦乱の社会
民衆に救いがなかった
仏教の限界
仏教は哲学としてインテリ層に偏っていた
翻訳の課題
正確な中国語訳が少なく、誤って伝わるおそれがあった
玄奘の役割
原典をしっかり中国語に訳し、つなぎ役になった
玄奘を旅立たせた個人的な探究心
樋口さんは、翻訳の効果はわかったものの、それで命までかけるだろうかと疑問を投げかけます。深井さんは、玄奘の動機は最初、民衆を救うことよりも個人的なものだったと考えています。
楊さんも、玄奘はめちゃくちゃ頭のいい天才だったと話します。普通の人とはレベルが違うため、常に学ぶ環境に満足できなかったという見立てです。
だから普通の凡人のレベルじゃないので、常に自分の今の勉強する環境に満足してないんですよね。
深井さんは、次回からいつも通り時代背景を掘り下げると予告し、玄奘シリーズの初回は締めくくられます。
まとめ
玄奘シリーズの初回は、お金の歴史編の振り返りと旅の話を経て、なぜ玄奘は命がけでお経を求め、なぜ歴史に名を残したのかという問いを立てる回でした。深井さんは、その答えを当時の中国の民衆と仏教の関係から探っていくと示しています。
- 三蔵法師のモデルである玄奘は実在の僧で、17年の旅で地球一周半を歩いたとされる
- 玄奘の旅は密出国で始まり、ほぼ一人旅で、寒暖差100度の道のりや山賊の襲撃にも遭った
- 玄奘は帰国後20年かけて経典を翻訳し、広く普及した般若心経の訳や大唐西域記を残した
- 正確な中国語訳によって、インテリ層の仏教と戦乱の世の民衆をつなぐ役割を果たした
- 旅立ちの出発点は、中国ではこれ以上学べないという個人的な探究心だったと語られた



