大英帝国はなぜ覇権を手放したのか
前回のエピソードはこちら
深井さんによると、大戦以前のイギリスは海軍の優位性を持ち、植民地に対しても高い国際的地位を誇っていました。
しかし第一次世界大戦で大きく疲弊したイギリスは、戦費のためにアメリカから多額の借金をします。深井さんはこれによって、イギリスとアメリカの金融的な上下関係が逆転したと説明します。
もっと言うと、イギリスはこの戦争するにあたって、アメリカに多額の借金をすることになるんで、金融的に上下関係が逆転するんですよ、アメリカと。
深井さんはさらに、戦後のアジアやアフリカで民族自決やナショナリズムが勃興し、大英帝国が広大な領土を統治するスタイルそのものが成り立たなくなっていったと話します。
彼らは植民国家モデルの形成も成功し、資本主義の形成も成功したんだけども、植民地支配を持続させることはできなかったんだよね。
楊さんは、植民地そのものが自分たちの意思を持ち始めたため、イギリスが管理も支配もできなくなったと補足します。
深井さんが特に強調するのは、イギリスが大戦中に各植民地から兵士を集め、戦争を手伝わせた点です。植民地の側からすると「犠牲を払ったのだから権利を認めろ」と主張できるようになり、各地がイギリス政府と自治権の交渉を始めることになりました。
大戦で疲弊
戦費のためアメリカから多額の借金をする
金融関係の逆転
イギリスとアメリカの上下関係が入れ替わる
植民地の動員
各植民地から兵士を集め、戦争を手伝わせる
自治権の要求
犠牲を払った植民地が権利を主張し、交渉を始める
覇権の移動
イギリスの栄光は過去のものとなり、アメリカへ覇権が渡る
楊さんは、当時ヨーロッパや世界で基軸通貨だったイギリスのポンドが、第一次世界大戦をきっかけに徐々にドルへ移っていったと話します。深井さんは、イギリスの元植民地だったアメリカの時代が来たのだと続けます。
参戦1年足らずのアメリカが握った主導権
深井さんによると、アメリカは開戦当初から中立の姿勢をとっていました。しかし、ドイツが潜水艦で船を次々に沈める無制限潜水艦作戦 ── 第一次世界大戦中にドイツが行った作戦で、中立国の船も含めて警告なしに潜水艦で攻撃しました。アメリカ参戦の大きなきっかけとされていますに踏み切ったことで参戦を決めます。
参戦から1年足らずで勝利したものの、アメリカ軍は兵士の練度がまだ低く、損害も大きかったと深井さんは説明します。
一方で、主戦場はヨーロッパだったため、戦場にならなかったアメリカや日本はヨーロッパ諸国にお金を貸す側に回れました。深井さんは、借金をしたことでイギリスやフランスの発言権が落ちていったと話します。
ヨーロッパはアメリカや日本からお金を借りた。だから、そのイギリスとかフランスの発言権っていうのは、お金を借りてしまったことによって落ちていくんですね。
アメリカはパリ講和会議を主導し、それが覇権を握ったことを示す出来事になります。深井さんは、そこから世界恐慌が来るまで、世界経済の中心はアメリカが完全に引っ張っていく状態だったと語ります。
言い出したアメリカが入らなかった国際連盟
深井さんによると、第一次世界大戦は誰も起こしたくなかったのに起きてしまった戦争でした。その原因の1つが各国政府間のコミュニケーション不足だと考えられ、それを事前に防ぐために国際連盟が作られます。
ところが、国際連盟を言い出したアメリカ自身が参加しませんでした。アメリカの上院議会で、他国に干渉しないほうがいいという意見が多数派になったためです。
自分で提案したのに自分で参加しないみたいなわけわかんないことしちゃって、アメリカが。
深井さんは、国際連盟が軍事介入の権限を持たなかったため、紛争が起きても無力だったと指摘します。さらにドイツ、イタリア、日本が次々と離脱していきました。
国際連盟というのはその構想としては良かったと思うんだけど、機能しなかったんだよね。
楊さんも、コミュニティを作るという発想自体は良かったと応じます。
第二次世界大戦は誰が起こしたのか
深井さんは、イギリスもアメリカも第二次世界大戦は起こしたくなかったと言われる一方で、彼らが起こしたと主張する人もいると話します。調べていくと、アメリカが起こしたのではないかという節もあるといいます。
楊さんが注目するのは、第一次世界大戦の責任をめぐる研究や文献です。大戦後には、どうして戦争が起きたのか、誰に責任があるのかを論じる資料が各国から大量に出てきました。
本当に重要な決定っていうのをあまり書かなかったりとか、逆に他の国のせいにするとかっていう、ある意味当然のバイアスがその時代の文献にめちゃめちゃかかってるんですよね。
楊さんによると、自国から出た研究は、自国の責任を薄める方向に傾きがちだったといいます。深井さんはこれを受けて、特定の国が戦争を始めたという考え方そのものが間違っているのではないかと話します。
どっかの国が始めたっていう概念が多分間違ってるんだと思うんですよね。全員悪いっていうのがやっぱり大事なんだろうなと思う
フランスとパリ陥落、「またドイツか」の悲哀
深井さんによると、戦後のフランスはアルザス・ロレーヌ ── フランスとドイツの国境地帯にある地域。両国の間で何度も領有が入れ替わり、普仏戦争後にドイツ領となっていました地方をドイツから取り返し、巨額の賠償金を課しました。ところが結局、賠償金は払ってもらえないまま、第二次世界大戦に突入していきます。
楊さんは、フランスが第二次世界大戦でナチス・ドイツに敗れ、パリを占領されたことに触れます。深井さんは、パリ陥落時にフランス人が泣いている映像を挙げ、その人の心情を想像します。
その人の年齢50代ぐらいだったから、多分第一次世界大戦の時も生きてたと思うんですけど。まあこの経緯でこの人生経験してて、パリが陥落した。もうしんどいですよね。
またお前かみたいな。
日本は大戦で何を得て、どこへ向かったのか
日本について、深井さんは第一次世界大戦によって極東と南太平洋の権益を確保したと話します。楊さんが日本は何をしたのかと尋ねると、深井さんは「あんまり何もしていない」と答え、そのことが良かったと考えています。
日本は日露戦争で満州の権益を確保していました。さらに、ドイツが極東で租借地にしていた山東半島などを、ドイツの敗戦によって手に入れます。ドイツの植民地だった南洋諸島も確保しました。
そのうえで日本は、中国での影響力を増すために対華21カ条要求 ── 1915年に日本が中国の袁世凱政府に突きつけた要求。山東省のドイツ権益の継承などを含み、中国で強い反日感情を生みましたを行います。深井さんによると、内容は国内でも批判があるほどひどいもので、中国に要求すれば反発を招くとわかっていながら実行したといいます。
これ(対華21カ条要求)に中国の民衆とか学生がまたブチギレる。
ブチギレさせて、今の対日感情の出発点みたいな。
ロシアが去った太平洋で、日本とアメリカが対立するまで
深井さんは、日露戦争の勝利がヨーロッパに与えた影響の大きさを指摘します。ロシアが離脱したことで、太平洋の海軍国は日本とアメリカの2つになりました。
日本が中国の権益を狙ったことはアメリカを警戒させます。仮想敵がロシアからアメリカへ移り、そのアメリカと対抗するために中国の権益を確保しなければならない日本、という構図ができていきました。
日露戦争の勝利
ロシアが離脱し、太平洋の海軍国が日本とアメリカになる
中国権益の追求
対華21カ条要求などで中国での影響力を増そうとする
アメリカの警戒
日本の仮想敵がロシアからアメリカへ移る
勢力圏の急拡大
大東亜共栄圏などの構想が生まれる
太平洋戦争
日本とアメリカの対立が戦争に行き着く
深井さんは大東亜共栄圏 ── 日本がアジアの諸地域を日本中心の共存共栄の圏域としてまとめることを掲げた構想。実態は日本の支配圏の拡大でしたについて、周辺地域の人々を臣民にし、日本語を話させようとしたことを、国民国家モデルを地域全体に広げようとした動きとして説明します。ただし、正当化しているわけではなく、ルーツを示しているだけだと断っています。
深井さんは、100年前の出来事でありながら今の国家の形にかなり近いところまで来たと話し、それぞれの国が仮想敵国に抱く感情の源流も歴史をたどるとわかるのではないかと語ります。樋口さんは、そこに第二次世界大戦の影響が掛け合わされていくと応じます。
12時間の収録を終えて感じたバタフライエフェクト
本編を終えた樋口さんは、11時に集合し12時間にわたって収録したことを振り返ります。深井さんは「第一次世界大戦を僕らやりきりましたね」と応じます。
世界大戦をまったく知らない状態から話を聞いた樋口さんは、集中力が途切れることなく最後まで聞けたといいます。そのうえで、この大戦編で最も強く感じたのは、小さな歴史の揺らぎがその後を大きく変えるということでした。
ちょっとした歴史の揺らぎで大きくその後が変わってたっていう、そのバタフライエフェクト的なものを一番感じた回でしたね。
樋口さんは例として、レーニンがドイツを渡れていなかったらどうなっていたかを挙げます。
悪い人間は本当にいたのか
樋口さんがもう1つ挙げたのは、「全員悪い」という見方に賛成しつつ、同時に「悪い人間は本当にいたのか」とも思うという感覚です。樋口さんはこの2つを矛盾せずに抱いていると話します。
自分の利益のためっていうよりは、マジで国のためとか。
自分の正義があるんですよね。
樋口さんによると、当時の人々は今振り返ると間違った判断をしたり、ミスをしてはいけない場面でミスをしたりしました。それでも、誰も世界を崩壊させようと悪意を持って動いていたわけではありません。
だからそこにちょっと悲しさをめちゃくちゃ感じてますね。こんなに死ななくてよかったのにっていう。
深井さんは、ヒトラーの回でも話したように、ナショナリズムは私利私欲とは違うと応じます。ヒトラーもドイツのためにという思いを純粋に持っていて、第一次世界大戦の当事者たちも同じだったと語ります。
樋口さんは、その時代に生きていれば誰でもそういう思いになるのであり、個人の問題ではないと話します。深井さんも時代の潮流があるとしたうえで、当時を全否定するのも、当時に戻ろうとするのも違うと語ります。
でも僕らが彼らよりも賢いかというと、そう決してそうは言えないと思いますよね。
誰になっても悲劇は止められなかったのか
深井さんは勉強を通じて多くを学んだ一方で、強い無力感も覚えたといいます。
僕がこの登場人物の誰になったとしても、なんていうか、この悲劇を止めることができないなっていう感覚がすごく強くあるんですね。
深井さんは、バタフライエフェクトがある一方で、世界の潮流はフランス革命以後ここに向かっていたというのが自身の見解だと話します。フランス革命が起こった瞬間に、こうした出来事がある意味で埋め込まれていたのではないかという解釈です。
樋口さんも、人類が必ず通らなければいけない課題をここで通ったという感覚はわからなくもないと応じます。
この解釈に立つと、深井さんは当時の人々をバカにせずに見ることが大切だと考えます。ヒトラーでさえバカにしてはいけないという深井さんに、樋口さんは誰もがヒトラーになりうると応じます。
属人的なものにすべてを帰結させていく考え方ではなくて、社会構造としてこういう潮流があったから、こういう風になって、今はじゃあどうなんだろうって考えるっていうことが、ここから学べる最大値だというふうに自分は(考えてます)。
深井さんが示すのは、個人の善悪ではなく社会構造の潮流から考えるという歴史の見方です。
戦争は動物的か、それでも減っているのか
楊さんは、戦争そのものについて「とても動物的だ」と感じたといいます。動物の対立は基本的に暴力で決着するため、人間も最初から暴力を問題解決の手段として持っていたのだと楊さんは考えます。
法律って結局最終的に行き着くところは暴力なんですよ。
楊さんによると、法を犯し続ければ、死刑を廃止した国もあるとはいえ最終的には死刑になりえます。人間が動物である限り、暴力は人間に付随し続けるものだと楊さんは話します。
樋口さんも、食べられなくなったら侵略し、安心を得るために領土を増やし、負けたら奪われるという各国の行動は、自然の摂理という見方もできると応じます。
一方で深井さんは、大戦編の途中で学んだガンディーに触れます。ガンディーは第一次世界大戦を経験したうえで、人類は対立をなくしていくべきだし、それはできると断言して行動していました。
深井さんは、世界を自分でコントロールすることはできないとしても、諦めずに働きかけることはできると考えています。
古代に行けば行くほど、その一人当たりで見た場合に、戦争とか暴力とかで、寿命以外の理由で亡くなる人の方がやっぱ圧倒的に古代の方が大きいんですよね。
楊さんは、アメリカで出版された統計の本を挙げ、人類全体のうち戦争や暴力で死んだ人の割合は古代から現代にかけて減ってきていると紹介します。現代のほうが暴力に満ちているというイメージとは異なり、ドライに数字を見れば1つの希望だと楊さんは話します。
人間は動物であり、法律も最後は暴力に行き着く。暴力は人間から離れない
戦争や暴力で亡くなる人の割合は古代から現代へ減っている。人類は経験から学べる
深井さんも、人類は経験を学びにしていく能力を持っていると応じます。タイムスリップしても防げないとしても、今の人類と第一次世界大戦当時の人類とでは認識が違うと深井さんは考えます。
歴史のデータベースはなぜ必要なのか
樋口さんは、思想を言葉でコピーできることこそ人間が他の動物と圧倒的に違う能力であり、それによって歴史から学んでアップデートしていけると考えています。
僕らはこれ(大戦)を本当に、本当に純粋に繰り返したくないと思ったし、そのためにやっぱりね、歴史のデータベースいるなと思いました。
深井さんは「コテンやん」と喜び、データベースという装置があることで、みんなの歴史へのアクセシビリティが上がり、人類全体の歴史理解や、自分たちと社会への理解に貢献できると語ります。
ただし深井さんが「データベースで戦争は増えるのか減るのか」と問うと、即答はできませんでした。樋口さんは、テクノロジーの発達で一度は増えるかもしれないが、必ず減らすと答えます。
解釈は人それぞれ、だからファクトを並べる
深井さんは、大戦編の冒頭で政治的主張はしないと伝えていたことに触れます。歴史を語るうえで政治的主張はノイズでしかないため、ファクトはファクトとして、感想は感想として切り分けることを大切にしているといいます。
深井さんによると、歴史は同じファクトでも人によって解釈がまったく違います。今回の話も、人類は愚かだとも、少しずつ前に進んでいるとも、性善説とも性悪説とも解釈できます。
ファクトはどっちにでも解釈できちゃうから、解釈でこの世はできてると思うんですよね。
だからこそ深井さんは、ファクトを並べて同じ土俵に立つことに価値があると考えています。解釈を揃えたいのではなく、それぞれが好きなように解釈すればいいというのが深井さんの立場です。
歴史のファクト並べて、みんなが同じように思った方がいいなんて全然思ってない。それぞれ好きなように解釈してほしい。
樋口さんは、いろいろな人の解釈を一覧で並べて見られるようにしてほしいと提案します。深井さんも、あるファクトに対して誰がどう解釈しているかを並べ、俯瞰できるようにすることを将来的にやりたいと話します。
国家に任せる歴史教育の限界とは
深井さんは、大戦編の途中で義務教育が国家の仕事として生まれたと話したことを振り返ります。国家が担う以上、歴史教育はどれだけ頑張っても国家の都合でしか語れず、フラットには見られないと深井さんは指摘します。
深井さんが本来あるべきだと考える歴史教育は、次のような順序で組み立てられます。
ただし深井さんは、こうした教育は税金ではやりづらいと話します。国家に利する歴史教育をすること自体が悪いとも思わないとしたうえで、次のように語ります。
深井さんが「資金調達中です」と締めると、樋口さんは「うまくまとめましたね」と笑います。注目を集めすぎたら国から暗殺されるかもしれないという冗談も交わしながら、3人は大戦編を「過去最高」の超大作だったと振り返り、番組の月額サポートを呼びかけて収録を終えます。
最初から読むにはこちら
まとめ
第一次世界大戦後、疲弊したイギリスは覇権をアメリカに渡し、国際連盟は機能せず、日本は中国権益をめぐってアメリカとの対立へ向かいました。3人は悪意ではなく時代の潮流が悲劇を生んだと捉え、解釈の前にファクトを共有するための歴史のデータベースに希望を見いだしています。
- イギリスは戦費の借金と植民地の自治要求によって覇権を失い、ポンドからドルへと世界の中心が移った
- 国際連盟は提案国のアメリカが参加せず、軍事介入の権限もなく、各国の離脱で機能しなかった
- 日本は対華21カ条要求などで中国権益を追い、ロシアに代わってアメリカを仮想敵とする構図が生まれた
- 3人は「全員悪い」と同時に「悪い人間はいなかった」とも捉え、個人ではなく社会構造から歴史を見る姿勢を示した
- 深井さんは、フラットに歴史のファクトを見られる環境を全人類のインフラにすることに価値を見ている







