経歴の字面と本人の雰囲気、なぜ違う?
コテンラジオ番外編の今回のゲストは、エール株式会社取締役の篠田真貴子さんです。篠田さんは冒頭、いつも音声で聴いていた3人の声と実際に会話していることに「リアリティのなさにドキドキしている」と話します。
僕は概念に近いですけど。
樋口さんが読み上げた篠田さんのプロフィールは、慶應義塾大学経済学部卒業、ウォートン校 ── ペンシルベニア大学のビジネススクール。MBAプログラムは世界でもトップクラスの評価を受けていますでMBA、ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論の修士を取得というものです。
篠田さんの職歴は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年から2018年まで株式会社ほぼ日の取締役CFOを務めたというものです。退任後のジョブレス期間を経て、2020年3月からエール株式会社の取締役に就いています。
あまりの経歴に、篠田さん本人は「こういう経歴を見ると、まず嫌なやつだなと脊髄反射で思う」と笑います。深井さんは、字面はスーパーエリートなのに、篠田さん本人はとても柔らかい雰囲気だと応じます。
全然なんかこの字面と雰囲気が違いますよね。
篠田さんを呼んだきっかけは、共通の知人による引き合わせでした。深井さんは以前から親しい人に「篠田さんと話してみたらいい」と勧められていて、実際に何人かで話す機会を持ったといいます。
その場で篠田さんが話していたのが、人が人の話を聴くことの重要性でした。深井さんはその洞察に惹かれ、自分ももっと聴きたいし、リスナーも聴きたい話だろうと考えて今回の出演を依頼したと説明しています。
楽しかったことだけ覚えてますね。ほぼ覚えてないですけど。
社外の第三者に話を聴いてもらうと何が起きる?
エール株式会社が提供しているのは、社外の人材によるオンラインの1on1です。篠田さんはまず、多くの企業で導入が進む1on1 ── 上司と部下が定期的に行う1対1の面談。評価面談とは異なり、部下の相談や成長支援を主な目的とする人事施策ですという仕組みから説明します。
篠田さんによれば、社内の1on1は評価の場ではなく、部下が相談する場として、週に1回や月に1回など頻繁に行うものです。エールは、この聴き役を上司ではなく社外の第三者が担うサービスにしています。
エールで話を聴く人の多くは、副業として関わる普通のビジネスパーソンです。利害関係はないがビジネス経験はある人に聴いてもらうことで、上司には言いづらい話を話せたり、社内では暗黙の前提になっていることをあえて言葉にして気づいたりする、と篠田さんは話します。
篠田さんが強調するのは、言葉になっていなかった考えや感情が、聴いてもらうことでだんだん自覚できるようになる点です。わかるだけで気持ちが落ち着き、落ち着くと物事をより考えられるようになり、職場のコミュニケーションや仕事の工夫、自分の価値観の理解にもつながっていくといいます。
聴いてもらう
利害関係のない社外の人に、上司には言いづらい話や暗黙の前提を言葉にする
自覚する
考えていた・感じていたのに意識できていなかったことがわかってくる
落ち着く
わかるだけで気持ちが落ち着き、物事をより考えられるようになる
仕事が変わる
職場のコミュニケーション、仕事の工夫、価値観の理解が進む
さらにエールの1on1は、個人ではなくチーム単位で導入される点がコーチング ── 対話を通じて相手が自ら目標や答えを見つけるよう支援する手法。1対1で行われることが多いですとの違いだと篠田さんは説明します。部の半分ほどの人が毎週話を聴いてもらう状況が生まれると、チームそのものが変わっていくといいます。
篠田さんの見立てでは、話をちゃんと聴いてもらった経験がある人は少なく、経験がないと人の話もうまく聴けません。美味しいお寿司を食べたことがなければ寿司は握れないが、食べたことがあれば見よう見まねでできるようになる、という例えで、聴いてもらった人が少しずつ聴けるようになり、チーム内の会話が良くなる流れを説明しています。
深井さんが、第三者に話した内容がチームに共有されるのかを尋ねると、篠田さんは守秘義務があるので共有しないと答えます。深井さんは、聴いてもらえる状態をつくること自体に焦点を当てたサービスなのだと受け止めました。
樋口さんは高校時代の恋愛相談を例に、自分にも共感があると話します。
別れようかどうしようかとか言ってる中で、いややっぱ別れたくないってことが分かったみたいな。
篠田さんはこれに応じて、人は聴く相手やその場の雰囲気によって、半ば無意識に話す内容を変えていると指摘します。よく聴いてもらえれば思わぬ結論が出ることもあれば、緊張感の漂う場では心がフリーズして何も言えず、後から「なぜあの時言わなかったのか」と思うこともあるといいます。
なんかこれを言おうか言うまいかって思う前に、もうその人の関係性で相手が受け取ってくれなさそうなことって、(考えが)頭に出現させる前にガッてこう(抑えてることあるんですよね)。
篠田さんは樋口さんのこの感覚を受けて、職場では「言おうと思ったけどやめた」だけでなく、そもそも思いが上がってこなくなっていると話します。外部の第三者に話して一度言葉にできれば、会社の人に伝えるかどうかも自分で判断できるようになるといいます。
深井さんは、自分も話を聴いてもらうと整理しやすい相手を何人か持っていて、アウトプットしたくなったら「ちょっと話させて」と頼んでいると明かします。エールはその「超サポートバージョン」のようなものだと受け止めています。
1000人のサポーターから相性をどう選ぶ?
深井さんが話す相手を内容によって選んでいるように、聴き手との相性は大切です。エールでは、話を聴く人とクライアント企業の社員を、AIで1対1にマッチングしていると篠田さんは説明します。
エールでは話を聴く人を「サポーター」と呼び、当時すでに約1000人が登録していました。篠田さんによると、そのなかから一人ひとりに合う人を機械が上から3、4人選び出し、そこから選んでもらう仕組みです。深井さんと樋口さんでは、提案される顔ぶれも順番も違うといいます。
サポーターっていうのは話を聞く側。
マッチングの基準について篠田さんは、ロジックが固定されたものではなく、AIの計算結果だと話します。過去の何千ものセッションで話した人が感じた有意義さの評価を目的変数にし、心理学に基づく性格特性の何十もの項目を入力にして分析しているといいます。
機械学習的に出してるってことなんですか。
楊さんが性格特性の具体例を尋ねると、篠田さんは傾聴力や活発性などを挙げました。
ここで深井さんは、自分の会社でも全社員が全社員と1on1をする「相互1on1」を毎日行っていると紹介します。人数が少ないからできる総当たりで、増えたら部署単位にすることも考えているといいます。
深井さんがこの取り組みを始めた理由は、さまざまな会社の経営を見てきて、事業が進まない最大の理由がディスコミュニケーションだと感じたからです。お互いがなぜそうしようとしているのかを理解していないことが、不和というより無理解を生み、人のエネルギーを阻害しているといいます。
このロスがなくなるだけで、多分人間のエネルギーってバーってなんかどんどんどんどん速くなっていく感覚があって。
深井さんは、エールの仕組みを、聴いてもらうことでメタ認知 ── 自分が考えたり感じたりしていることを、一段上の視点から客観的に捉えることが進み、何を伝えるべきかや課題に各自が気づいて、社内のコミュニケーションが活発になるものだと理解し、それで合っているかを篠田さんに確かめました。
コミュニケーションの鍵はキャッチャー側にある?
篠田さんは、深井さんの言う「氷山の下」のイメージがまさにその通りだと応じます。そのうえで、コミュニケーションがうまくいっていないと感じたとき、特にビジネスの世界ではもっとうまく伝えようとしてしまうと指摘します。
篠田さん自身、プレゼンテーション研修や、自分のボディランゲージをビデオで確認する研修など、伝える側のトレーニングを多く受けてきたといいます。しかしある本で、コミュニケーションはキャッチボールだと学び、受け取る側もあると気づいたと話します。
ピッチャーとキャッチャーでいうキャッチャー。
篠田さんは、投げる側が変な球を投げても受け止められるスーパーキャッチャーがいれば、良いコミュニケーションが成り立つと説明します。それなのにキャッチすることを全く学んでも意識してもいなかったと、数年前に気づいたといいます。
篠田さんは深井さんの相互1on1にも触れ、言いっぱなしでは効果は出にくく、効果を感じられたのは相手が1on1に合った聴き方をしていたからだろうと話します。ここで紹介されたのが、エール代表の櫻井さんによる「Withジャッジメント」と「Withoutジャッジメント」という整理です。
篠田さんの例はこうです。「お水は1日2L飲んだ方がいい」と聞いて、即座に「そうらしいね」「飲み過ぎじゃないか」と判断して返すのが、普段の聴き方であるWithジャッジメントです。
一方のWithoutジャッジメントでは、聴き手の意見はどうあれ、一度「篠田さんはそう思っているんですね」と受け止め、「どう良いと感じているのか」「どうしてそう思えるようになったのか」と尋ねます。内心「トイレにどれだけ行くんだ」と思っても、それは一旦置いておく聴き方だと篠田さんは説明しています。
聞いた瞬間に自分の中で良し悪しを判断し、その判断に沿って返事をする普段の聴き方
自分の意見は一旦置き、「そう思っているんですね」と受け止め、理由や経緯を尋ねる聴き方
篠田さんによれば、上司と部下の関係ではWithoutジャッジメントは特に難しく、頭でわかっていても「いいから仕事しろ」と思ってしまいがちです。利害関係のない第三者なら、相手がどれだけ水を飲もうと関係ないので、落ち着いて話を聴けるといいます。
バイアスをかけずに人を見るのはなぜ難しいのか
深井さんは、篠田さんの話を聞いて自分たちの考えと「めっちゃ似てる」と感じたのが出演依頼の理由だと語ります。コテンラジオでは、アウトプットよりインプットを鍛えた方がいいという話をよくしており、歴史もジャッジせずに学ぶようにしているといいます。
深井さんの問題意識の背景には、価値観の多様化があります。自分と同じタイプの人とだけ集まって生きることが構造的にできなくなり、世代も考え方も違う人と、グローバルにも一緒に何かをしなければならない社会になっていくと深井さんは考えています。
その時に必要なのが多分インプット能力ですよね。要は変なバイアスをかけすぎずに理解できる能力だなと思うんですよね。
深井さんは、このインプット能力は訓練が必要なスキルであり、マインドとスキルの両方だと話します。樋口さんは会社の代表としての経験から、その難しさを率直に語りました。
これ僕一応会社の代表としていろんなスタッフとやる中で、1000回以上それ思ったんですけど、1000回以上失敗してると思います。
だって僕の世界って僕の脳みそが作ってるので。
深井さんは、職場では利害や感情、「メンバーにこうなってほしい」という欲があるため、フラットに聴くことが一層妨げられると指摘します。途中、篠田さんの中学1年生の娘さんが電車代を取りに来る場面があり、深井さんが「これも放送したい」と笑う一幕もありました。
深井さんは、利害関係や人間関係の積み重ねがあるからこそ、バイアスをかけずに認知するのは難しいと続けます。ずっと失敗してきたメンバーが変わろうとしていても、過去を知っている側は「どうせやる気がない」と見てしまいがちだという例を挙げています。
今と過去があって、そこにラインがあったとして、今から未来に対して点線引いてるんですよなんか。
深井さんはさらに、働く人の多くは自分自身が満たされておらず、職場の不満を抱えたまま相手の話をフラットに聴くのは非常に難しいと語ります。樋口さんは、人は自分が正しいという前提で考えており、常に自分を疑いながら生きられるのはソクラテス ── 古代ギリシアの哲学者。「自分が知らないということを知っている」という無知の自覚を説いたことで知られていますくらいではないかと話します。
一方で深井さんは、ずっと懐疑的では何も行動できないので、バランスが大事だとします。樋口さんも、特に会社の代表は、わからなくても予測で決めて進まなければならない立場にいるため、判断する側に寄ってしまうと話しています。
歴史は利害関係のないケーススタディになる
深井さんが歴史を勧める理由は、歴史上の人物は全員亡くなっているため、利害関係なくフラットに見やすいからです。次に扱うエリザベスの話も自分と利害がないので吸収しやすく、生きている有名人や芸能人を見るときのような苛立ちが起きにくいといいます。
これに対して篠田さんは、利害関係があるからこそ人は興味を持つという面もあり、利害のない歴史上の人物に興味を持って理解しようとするのも大変ではないかと問いかけます。
深井さんの答えは、普通に生きていると利害のあるケーススタディの数が少ないというものです。多くの人は1つの組織に属し、コンサルタントでもない限り100個、200個の組織を見ることはありません。深井さんは、自分がフラットに見られていない自覚があるからこそ、強制的に俯瞰できるケーススタディを「喉が乾いた人が水を飲むかのように」求めていると話します。
深井さんは、聴いてもらうことも歴史も、旅行やアートも、無意味だと思われがちなことが実はメタ認知にはとても有意義だと語ります。そのなかの明確な1つが対話であり、自社では業務時間をある程度削ってでも対話に投じ、急がば回れで早く進むと考えているといいます。
俯瞰しやすい場
利害関係のない聴き手との対話、歴史、旅行、アートなど
メタ認知
自分がフラットに見られていない状態や、考えていることに気づく
急がば回れ
コミュニケーションのロスが減り、結果として物事が早く進む
話の最後に樋口さんは、篠田さんが聴くことの重要性に気づいたきっかけを尋ねます。篠田さんは「ゆるゆるとですけど、あります」と答え、その話は後編に続くことになりました。
まとめ
前編では、エール株式会社の社外1on1を入り口に、話を聴いてもらうことで自分の考えを自覚できること、そして聴く側がジャッジを挟まないことの難しさが語られました。深井さんは、利害関係のない歴史を学ぶことも対話と同じくメタ認知を促すものだと位置づけています。
- エールは利害関係のない社外のサポーターが話を聴く1on1を、チーム単位で提供している
- 聴いてもらうことで言葉になっていなかった考えが自覚でき、気持ちが落ち着き、コミュニケーションが良くなる
- コミュニケーションは伝える側だけでなく、受け止めるキャッチャー側の技量が大きい
- Withoutジャッジメントの聴き方は、利害や過去の関係がある職場ほど難しい
- 深井さんは、歴史を利害関係のないケーススタディとして、俯瞰やメタ認知に役立つものと捉えている





