「国民」は昔からあったのか?帝国という鏡
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この回の解説は、現代人が「国民」という概念をごく当たり前のものとして受け取っている、という指摘から始まります。解説によれば、国民は元からある自然物ではなく、歴史の途中で人が作ろうとして作った人工物です。
国民という概念が生まれたきっかけは、フランス革命の人権宣言 ── 1789年にフランス国民議会が採択した宣言。人間の自由と平等、国民主権などを掲げ、近代の人権思想の出発点とされますです。人権宣言によって、国民が主権を持つ国家、つまり国民国家が誕生しました。
解説で強調されるのは、国民国家が生まれたことで、むしろ「帝国とは何だったのか」がよく分かるようになったという点です。新しい概念ができたことで、人々はそれまで自分たちがどういう国に生きていたのかを初めて自覚したといいます。
番組では近代以降の帝国を、2つの条件で定義します。1つは、広大な領域の中にコア地域があり、それとは別の文化や歴史を持つ複数の周縁地域を抱えていることです。大英帝国にとってのインドがその例として挙げられます。
もう1つは、帝国を統治するエリート階級と周縁の住民との間に、支配と被支配の関係、つまり身分の違いがあることです。この2つを満たすものを、この回では帝国と呼んでいます。
帝国と国民国家は何が違うのか
フランス革命では、革命家たちが封建的な所有権や身分制を廃止しました。聖職者や貴族といった身分をなくし、国民を均質な存在として扱う概念がここで作り出されます。
解説によれば、それまでのフランスには貴族や聖職者はいても「フランス人」という概念はありませんでした。身分のヒエラルキーをなくしたことで、初めて「同じグループ」としてのフランス人が現れたというわけです。
フランスはその後、ナポレオンやナポレオン3世の時代に帝政へ戻るなど揺り戻しを経験しますが、最終的には共和制へ戻っていきます。解説では、極端に振れて真ん中へ戻る揺り戻しは歴史によくある現象だと語られています。
帝国と国民国家の違いは、国境の考え方、法律や行政の適用、人々を従わせる仕組みにも現れます。番組で挙げられた特徴を整理すると次のようになります。
| 観点 | 帝国 | 国民国家 |
|---|---|---|
| 国境 | 比較的変動的 | 明確な国境線を引く |
| 法律・行政 | 住民ごとに多元的で一律ではない | コア地域では均質化させる |
| 人々との関係 | 臣従関係。軍事力による強制もある | 国民と政府が社会契約を結び、人権がある |
解説では、中でも国民と政府の社会契約という考え方が、一番大きな概念の転換だとされています。
ナポレオンの衝撃と「マーブル状態」の帝国たち
意外なのは、帝国と国民国家が互いを殲滅する方向には進まなかったことです。解説によれば、両者はお互いのいいところを取り合い、参考にし合う方向へ進みました。
とはいえ、実際には戦争も起きています。フランス革命の論理は周辺国の権力の源を根本から否定するものだったため、周辺国はウィーン体制 ── ナポレオン戦争後の1815年のウィーン会議で成立したヨーロッパの国際秩序。革命以前の君主制の復活と、革命思想の拡大の抑え込みを目指しましたでこれを押さえつけようとしました。解説は、宗教改革がローマ教皇の権威を否定したのとよく似ていると例えています。
しかしナポレオンの前に周辺国は敗れ、国民国家の強さを思い知らされます。フランス軍は国のために戦う素人の集まりでしたが、貴族のために戦う傭兵の軍隊に勝ってしまいました。
周辺国は国民国家の強さを研究し、そのいいところを真似し始めます。その結果、「ここは帝国」「ここは国民国家」とは言い切れない、両方の性質を持つ国が生まれていきました。
なるほどね。いいとこどりした結果、なんか(帝国と国民国家の)愛の子が生まれちゃったんですね。
解説によれば、第一次世界大戦はこの混ざり合った「マーブル状態」をなくし、帝国をほぼ崩壊させて国民国家へと置き換えた出来事でした。
もう一つの重要な点は、ナポレオンがフランス国民として攻めてきたことで、攻められた側も「自分たちは何者なのか」を意識せざるを得なくなったことです。こうして国民という概念は他の国々にも植え付けられ、各国の貴族たちはそれを押さえつけられなくなりました。
(国民という)概念を知らないと認識できなかったんですけど、概念知っちゃうと目覚めちゃうんですね。
第一次世界大戦で勝った帝国、負けた帝国の違いとは
第一次世界大戦の結果を分析すると、帝国の性質と国民国家の性質を併せ持っていた列強の中でも、勝った国と負けた国で性質が分かれていたことが見えてきます。
| 区分 | 主な国 | 国民国家モデルの導入 |
|---|---|---|
| 勝った国 | イギリス、アメリカ、フランス、日本 | 導入しやすかった |
| 負けた国 | ロシア、ドイツ、オーストリア、オスマン帝国 | 導入しにくかった |
ってことは、帝国モデルよりも国民国家モデルの方がまず優秀だったっていう。
解説はこれに対し、優秀というより戦争に強いのだと答えています。国民国家は国家総動員での戦争ができるからです。
国民国家モデルを導入できた国の特徴は、植民地が遠いことでした。イギリスやフランスはアフリカやインドに植民地を持ち、日本の植民地も海を隔てた先にありました。本国のコア地域では国民に均質な制度や参政権を与え、植民地には帝国モデルを適用するという二重構造が作れたのです。
一方のオスマン帝国は、多くの民族がそれほど離れていない場所で共生していたため、この二重構造が作れませんでした。そもそも「オスマントルコ民族」という人々は存在せず、国民国家にするときに何の単位で均質化するかという問題に直面します。
解説では、均質化が簡単だった国は近代化に成功し、難しかった国は失敗したと整理されます。失敗した例として挙げられるのは、ロシア、オスマン帝国、オーストリア、清です。
出演者の一人はこれを「多様性や多元性のもろいところが出てきた」と受け止めています。オスマン帝国が「トルコ民族集まれ」と呼びかけてもブルガリア人は集まらず、オーストリアも南スラヴなどドイツ系以外の民族の問題を抱えていました。
解説は、もし中国と日本と韓国の人々が同じ場所に混ざって暮らしていたら、日本の近代化も非常に難しかっただろうと例えます。誰に参政権を渡すかという問題が、途端に難しくなるからです。
こうして第一次世界大戦で勝ったのは海を隔てた「海洋帝国」、負けたのは「大陸帝国」的な国だったと整理されます。ドイツはその両方の性質を持つとされます。さらにロシアと中国は、国民国家にならず、大戦を経て帝国を作り直した別のグループとして紹介されています。
傭兵の戦争から国民の戦争へ、徴兵制は何を変えたか
国民国家ができたことで、近代的な徴兵制度が生まれます。それまでの戦争を担っていたのは、傭兵か貴族でした。
中世の傭兵の多くは、故郷に仕送りするためにお金を稼ぐ職業軍人でした。死んでしまっては元も子もないため、なるべく死にたくないのが本音です。捕虜も殺さず、城や町を落とせばそこで講和して終わる、という戦い方が標準でした。
お金のために戦う職業軍人が中心。なるべく死なず、城や町を落とせば講和して終わる
国民が国のために戦う。国家総動員で兵力が大きく、ナショナリズムが士気を支える
解説では、2000年ほど前のアテネには参政権と徴兵制がセットで存在していたことにも触れています。フランス革命後の徴兵制は、性質は違うものの、それが約2000年ぶりに復活したものとも言えます。今回は人権に基づいている点が異なります。
プロイセンが「ドイツ人」を作った日
国民軍の中からナショナリズムが生まれ、天才的な指揮官ナポレオン・ボナパルトは各国の傭兵隊に連戦連勝します。東はロシア、西はスペインまで攻め入り、ヨーロッパを震撼させました。
一番驚いたのはプロイセン ── 現在のドイツ北東部を中心とした王国。ドイツ統一の中心となった国で、強力な軍隊で知られましたでした。プロイセンは農奴制を廃止して国民軍を創設し、ドイツ語を話す人々を国民と定義します。これによって「ドイツ民族」が誕生しました。
解説はこれこそが、冒頭で語った「国民は作られたもの」の意味だと強調します。日本人も最初から存在していたと思われがちですが、明治時代に作られたものだというのです。
プロイセンはこうしてフランス軍を破り、ナポレオン戦争を終わらせます。その後、絶対王政への揺り戻しを経て、再び国民国家化の流れが戻ってきました。
日本、ドイツ、イタリアが同じ時期に国民国家として出発したことについて、出演者は、この3か国が第二次世界大戦で同盟を結んだことを運命的だと語ります。解説でも、後発の国民国家だからこそ先発の列強と対立しやすい構造があったのだろうと話されています。
一方で、中国、朝鮮、東南アジア、インド、イラン、オスマン帝国などでは、国民軍の創設は失敗しました。原因は先に見た均質化の難しさです。
予備役とナショナルチーム、軍隊が国民をひとつにする
解説は余談として、第二次世界大戦後にナショナリズムがアジアやアフリカへ広がったことにも触れます。ガンディーによるインド独立、ホー・チ・ミンによるベトナム独立、スカルノによるインドネシア独立はいずれも、それまで一つにまとまったことのない地域がまとまったナショナリズムの例です。
話はナポレオン時代に戻ります。フランスの徴兵制は若年層の失業対策にもなりましたが、プロイセンはこの国民軍に敗れた原因を分析しました。フランスとロシアという大国に挟まれたプロイセンは強い危機感を持ち、職業軍人だけでは足りないとして徴兵制を作ります。
ただし常備軍には訓練と給料の費用がかかり、兵士の間は経済活動も止まってしまいます。そこでプロイセンで生まれたのが予備役 ── 平時は一般社会で働き、有事の際に招集されて軍務につく制度。常備軍の費用を抑えつつ、大きな兵力を確保できますです。一度訓練を受けた人は社会で働き、戦争のときだけ再び招集されます。
解説では、ナショナリズムが育った国の軍隊は「スポーツのナショナルチーム」に近いと説明されます。勝てば英雄になり、負ければ罵声を浴び、兵士の活躍は国民に称賛されるという感覚です。
政治的な対立さえ吹き飛ばして、国のために戦えるほどナショナリズムは強いものでした。解説では、ナショナリズムそのものが悪いとは考えておらず、自分にも愛国心があると語りつつも、ナショナリズムが戦争の要因になったことは確実だと話されています。
徴兵制は「同じチームの一員」という感覚を生み、国民国家の形成に一役買いました。新聞が戦況を伝えると人々は一喜一憂し、悪い情報はほとんど伝えられなかったといいます。
教育はなぜ「国の仕事」になったのか
国民という概念ができたことで、教育が国家の仕事になりました。それ以前、貴族にとって農民を教育しても得になることはなく、文字が読めず農業だけしていればよかったのです。
しかし国民国家は国民に参政権を与え、兵士として徴兵もします。国民に文字が読めてもらわないと困り、参謀となる優秀な人材も必要でした。解説は、教育が国の仕事であることは当たり前ではないと強調します。
解説では、現在は教育が国の仕事でなくなりつつあると感じるとも語られます。義務教育がなくなるわけではないとしたうえで、国家の教育の役割が変わる転換点が来ているという見方です。
当時の識字率はかなり低いものでした。番組で紹介された数字は次のとおりです。
| 国 | 1850年ごろ | 1900年ごろ |
|---|---|---|
| フランス | 約60% | 80数% |
| 日本 | 約50% | 80数% |
| ロシア | 約15% | 約25% |
ロシアが低いままだった理由について、解説は国土が広すぎて学校に通えなかったからではないかと推測します。出演者の一人は、貧しい農民は子どもの労働力を取られるため学校に通わせなかったとも補足し、工業国のほうが農業国より識字率が高いという話につながります。
この時期には共通語の制定が始まり、辞書や百科事典も作られます。教科書を作るには、みんなが同じ言葉を話さないと教育できないからです。
やっぱり俺も思った。そうか、(共通語ができる前は)ひどい方言やったんですね、みんな。
新聞はナショナリズムをどう煽ったのか
共通語が広まると新聞を読める人が増え、新聞がさらに国民意識を強めるという相互作用が起こります。出演者の一人は、新聞には海外の情報、特に自国への批判などの悪い情報を伝える役割もあり、それがナショナリズムを補強したと指摘します。
例として挙げられたのは、日本人がテレビで反日デモの映像を見たときに湧く感情です。どの国が自国に親しく、どの国が悪く言っているかを、国民が世論として形成できるようになりました。
解説では、煽るのは簡単で、抑えるのは難しいと語られます。細かなファクトを伝えるよりも、勧善懲悪の論理で感情を激高させるほうがずっと簡単だからです。
当時の新聞は、フランスやドイツ、日本がこういうことをした、と平気で嘘を流しました。海外に敵を作って怒りの矛先を向け、一致団結させてリソースを集約するのが当時の国家のマネジメント手法だったといいます。
一方で、高ぶった世論を政府がコントロールできなくなり、本来は外交で解決できたトラブルが国民の怒りに乗っ取られる場面も多く出てきたと語られています。
国民国家はどう完成したのか
徴兵制、義務教育、新聞、そして鉄道や電信が重なり合うことで、均質化された国民が出来上がり、国民国家が完成します。
徴兵制
自分の体が国民としてカウントされる
義務教育
言語が共通語に統一され国民化される
新聞
世論や言説空間が国民化される
鉄道・電信
空間に統一感が生まれ国民国家が完成する
この国民国家という概念とナショナリズム、そして前回までに語られた技術発展が、政治状況と掛け合わさって世界大戦へ突入していきます。次回以降は、ナポレオン以降の政治の流れが語られる予定です。
解説は、国民国家を人をまとめるための新しい枠組みだったと表現します。樋口さんは、民族や国の括り方が時代によって変わってきたことに触れ、宇宙人が現れたら「人類とは何か」という括り方さえ変わるかもしれないと感想を述べています。
出演者の一人は、自身のように日本で暮らす中国人と、中国で育った中国人とではアイデンティティが違うと語ります。同じ国籍を持つ人々の中にも濃淡があり、それは面白くもあり怖くもあるといいます。
ナショナリズムは移り変わる、世界大戦は再び起こるか
解説では、この章を学んで、ナショナリズムは時代によって移り変わるものだと分かったと語られます。日本が好きで誇りも持っているけれど、日本という概念がこれほど新しいと知ると、それに囚われるのも違うと感じたといいます。
次の世代の子どもたちは全く違うナショナリズムを持つかもしれず、「昔の人はこうだった」と押し付けるのは違うだろう、というのがこの回の感想の一つです。
世界大戦が再び起こるかについては、打ち合わせで意見が分かれたそうです。一方はナショナリズムが昔に戻ることはないと考え、もう一方は第一次世界大戦も誰も起こるとは思わなかったのだから、可能性はあると考えています。
消耗戦や塹壕戦を人類が繰り返せるとは思えないという意見や、核兵器の存在が抑止力になっているかもしれないという意見も出ますが、結論は「わからない」で締めくくられます。最後には、大戦が始まるのは9話目ごろだと明かされ、笑いが起きていました。
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まとめ
この回では、「国民」がフランス革命以降に作られた概念であり、国民国家モデルを導入できたかどうかが第一次世界大戦の勝敗を分けたことが語られました。徴兵制、教育、新聞が国民を均質化し、ナショナリズムが世界大戦へ向かう力になっていきます。
- 国民は自然にあるものではなく、フランス革命以降に作られた人工的な概念とされる
- 植民地が遠く、本国を均質化しやすかった国ほど国民国家モデルを導入でき、第一次世界大戦に勝った
- 多民族が混在するオスマン帝国やオーストリアは、国民を定義できず近代化に苦しんだ
- 徴兵制・義務教育・新聞・鉄道や電信が重なって、国民国家が完成した
- ナショナリズムは時代によって移り変わるものであり、次の世代に押し付けるべきではないという感想も語られた







