腕木通信の10倍速い電信は何を変えたのか
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今回のエピソードは、電信の話から始まります。電信の前身として紹介されるのが、フランスで1791年ごろ、フランス革命の直後に使われていた腕木信号 ── 高い塔の上に組んだ木の腕の角度で文字を表し、塔から塔へ目視で中継する通信方式。腕木通信とも呼ばれますです。
1838年、モールスという人物が電線で信号を送る仕組みを考え、フランス当局に企画書を送ります。しかし「電線を切断されたらどうするんだ」と追い返され、最初に使われたのはアメリカだったと深井さんは話します。
モールス信号は点と線の組み合わせでアルファベットを置き換える方式で、1分間に30文字を送れました。1分間に3文字だった腕木通信の10倍の速さです。
モールス信号の基礎になったのは、アレッサンドロ・ヴォルタによる電池の発明と、ウィリアム・スタージャンによる電磁石の発明でした。電流を流したり止めたりできるようになったことが土台になったといいます。モールスは1844年にワシントンとボルティモアの間で電信回線を開通させ、電信はすぐに全米へ広がりました。
面白いね。性格が出るよね、国の。
電信がまず使われたのは証券取引でした。そこに目をつけたのが、ユダヤ系ドイツ人のポール・ジュリアス・ロイターで、のちのロイター通信につながります。証券価格などの情報が、各国の間でリアルタイムにやりとりされるようになりました。
戦争の情報も、電信によってリアルタイムで伝わるようになります。1853年から56年ごろのクリミア戦争 ── ロシアと、オスマン帝国・イギリス・フランスなどが戦った戦争。ナイチンゲールが看護活動を行ったことでも知られますは、戦地の詳細がリアルタイムでロンドンに伝えられた、おそらく初めての戦争だと深井さんは話します。
さらに電信によって各地の気象情報を集められるようになり、天気図が作れるようになりました。天気図は航海と軍事行動にめちゃくちゃ使えるものだったと、深井さんは説明します。
参謀本部はなぜプロイセンを勝たせたのか
電信は、軍隊の指揮のあり方そのものを変えました。それまでは指揮官が戦闘の現場へ行き、そこで指揮するしかありませんでした。
電信が発明されると、指揮官が現地に行く必要がなくなります。参謀本部に情報を一気に集め、全体を統一して指揮できるようになったのです。
指揮官が各地の戦闘の現場へ行き、その場で指揮する
参謀本部に情報を集め、全戦況を見ながら兵員の送り先まで一元的に指揮する
全然マネジメントの仕方が変わるね。
深井さんによれば、この変化は鉄道と電信という技術の組み合わせで可能になりました。樋口さんは、これをイベント会場でインカムを持っているスタッフにたとえています。
この仕組みに最初に目をつけたのがプロイセンでした。プロイセンはのちにドイツ帝国を作る中核になる国で、ドイツは列強の中でもかなり新しい国だといいます。
プロイセンはオーストリアとの戦争で、参謀本部によって指揮系統を一本化し、ボロ勝ちします。このときプロイセンが5本の鉄道を持っていたのに対し、オーストリア・ハプスブルク帝国は1本しかなかったと深井さんは話します。
無線通信からMI6、そして映画『1917』へ
電信の上位版として、第一次世界大戦の前ごろに登場するのが無線通信です。日露戦争では、すでに日本軍が無線を使っていたと話されています。
無線通信によってスパイ活動が活発になり、1909年にイギリスで秘密活動局というセクションができます。これがのちのMI6 ── イギリスの対外情報機関の通称。スパイ映画「007」シリーズのジェームズ・ボンドが所属する組織としても知られますです。
それまでのスパイ活動は、人が相手国に潜入するような属人的なものでした。無線通信、飛行機、撮影技術の発達によって、この領域の活動が一気にバージョンアップしたといいます。
撮影技術について、当時の写真は驚くべき解像度だと紹介されます。第一次世界大戦の映像は、白黒で音のない記録映像に、現代の技術で色と音を付けた映画『They Shall Not Grow Old』として見ることができます。
脱線として、第一次世界大戦末期のイギリス軍を描いた映画『1917 命をかけた伝令』も紹介されます。実際には多くのカットがあるものの、ワンカットで撮っているように見えるため、劇中の人とずっと一緒にいる感覚になるといいます。
5000年かかって気づいた石油の価値とは?
日露戦争から世界大戦までの10年ほどの間に勃興した産業の一つが石油です。石油は紀元前3000年ごろにはメソポタミアで存在が確認されていたものの、産業として使われ始めたのは1859年でした。
石油は最初、照明用の灯油として使われていました。大量に掘られるようになった理由はエンジンで、それまで蒸気機関で使われていた石炭に代わる燃料になっていきます。
深井さんによると、石油は同じ体積で石炭の2倍のカロリーがあり、積み込み作業もいりません。映画『タイタニック』の石炭を積み込むような作業が不要になり、パイプで流し込むだけで済むといいます。
ただし各国は石炭採掘に巨額の投資をしていたため、石油への切り替えは大きな決断でした。深井さんはこれを、今の電気自動車への切り替えと同じような話だと例えています。
イギリスでその決断をしたのが、第一次世界大戦のときの海軍大臣で、第二次世界大戦では首相になるチャーチルです。同じころイランで中東最大の油田が見つかり、イギリスがそれを押さえに行きます。ここから中東が取り合いの場になり、今もその構図が続いていると語られます。
自動車で先行したのはなぜイギリスではなかったのか?
石油を使う内燃機関は、シリンダー内に気化した燃料を送り込んでピストンを動かす仕組みです。水を蒸発させた蒸気でピストンを動かす蒸気機関とは構造が違うと説明されます。
内燃機関を使い、ドイツのダイムラーとマイバッハがガソリンエンジンの車を作りました。ほぼ同時期に、ベンツも自動車を走らせています。
鉄道でリードしていたイギリスは、内燃機関ではドイツとフランスから10年遅れを取ったといいます。そのためイギリスの自動車メーカーは少ないと深井さんは話します。
深井さんの解釈では、産業革命の第一号だったイギリスには、石炭・蒸気・鉄道といったレガシー技術がすでに社会に実装されていました。一歩進んだ第二次産業革命がドイツなどで起こったとき、イギリスはそこからの転換が難しくなったのです。
深井さんはこの構図を現代にも重ね、ITの新しい技術が中国でどんどん実装される一方、日本ではファックスや電話がなかなか手放せない状況と同じだと話します。
さらにアメリカは熟練工が不足していたため、技術がなくても作れる仕組みを極めていきました。その結果、大量生産が一番得意な国になり、自動車を一番作れたのもアメリカでした。
| 国 | 状況 | その後 |
|---|---|---|
| イギリス | 石炭・蒸気・鉄道の技術と安い移民労働力があった | 新技術への転換や機械化のモチベーションが低かった |
| ドイツ | 第二次産業革命が起こった | 内燃機関や自動車で先行した |
| アメリカ | 熟練工が不足し、労働力も外から調達しにくかった | 属人性を排した大量生産を極め、経済成長につながった |
イギリスではアイルランドからの移民などで安い労働力が確保されていたため、機械化のモチベーションがアメリカより低かったと話されています。熟練工の不足という弱みが、アメリカでは自動化を早める強みに変わったのです。
ライフリングと後装が変えた戦い方
内燃機関によって、潜水艦や航空機も作れるようになります。自転車店を経営していたライト兄弟は、1903年にエンジンを使って12秒間で37メートルの飛行に成功しました。
19世紀半ばに資本主義を推し進めていたのはイギリスで、イギリスは金本位制 ── 通貨の価値を金と結びつけて保証する制度。各国が採用すると為替が安定し、国際的な取引がしやすくなりますに切り替えて資本取引をしやすくしていきました。市場が世界に広がり、兵器の大量生産も始まります。
鉄道で何百万人を動員できても、銃を大量生産できなければ意味がありません。深井さんは、この時期の技術は全部が歯車として揃っていて、一つでも欠けていたらできなかったと話します。
銃の分野では2つの技術が発展しました。1つは銃身の内側に渦巻き状の溝を掘るライフリングで、弾を椎の実型に変えて回転させることで、弾道が安定し射程距離が5倍になりました。
もう1つは、弾を後ろから込める後装という技術です。火縄銃のように銃口から火薬と弾を詰める必要がなくなり、手元で弾を込められるようになりました。
ライフリング
弾が回転して安定し、射程距離が5倍になる
後装
小さな動作で手元から弾を込められる
物陰からの射撃
隠れながら弾を込め、遠くの敵を撃てる
塹壕戦
第一次世界大戦で隠れながら撃つ戦い方が生まれる
要は今までその飛距離もないし、弾を込める時にでっかいアクション取らないといけないから、物陰から隠れてパンパン撃つっていうことが実はできなかった。
信長の時代の火縄銃では、この理由で3列で戦っていたと深井さんは説明します。ライフリングと後装の銃を最も大量生産できたのも、熟練工が少なく民間工場で量産体制を作れたアメリカでした。
ライフリングの技術は大砲にも使われ、大きくなった大砲が鉄の装甲艦の上に載るようになります。高杉晋作が上海で見て衝撃を受けたアームストロング砲 ── 19世紀半ばにイギリスで開発された、ライフリングと後装を備えた大砲。幕末の日本でも使われましたも、この流れで登場しました。
最強の軍艦が生んだ建艦競争とマスメディア
深井さんが「皮肉なこと」として挙げるのが軍艦の開発競争です。射程距離もスピードも上回る軍艦があれば、逃げながら撃てるため、劣る軍艦はほぼ勝てません。
つまり最も性能のよい軍艦が出てくると、それまでの軍艦は全部意味がなくなります。各国は負けないために作り直しを繰り返し、莫大なお金がかかるようになりました。
高性能艦の登場
射程も速度も上の軍艦が出ると、旧式艦は勝てなくなる
建艦競争
各国がより良い軍艦を作り直し続ける
予算の膨張
莫大なお金が必要になる
マスメディアの利用
軍部が他国の脅威を訴え、国民の納得を得ようとする
危機感の肥大化
お互いの危機感が膨らみ、さらに予算と開発が拡大する
予算案を通すには国民の納得が必要でした。そこで軍部はマスメディアを使い、イギリスなら「ドイツが脅威だ」、ドイツなら「イギリスやフランスが脅威だ」と訴えて危機感を醸成したといいます。
それは間違ってはないんですよ。その通りではあるんだけれども、その危機感がお互い肥大化し続けていった結果が、やっぱりその予算の拡大、軍艦の開発だったわけです。
製鋼技術の向上で砲台は大きくなり、砲弾は100キロを超えて人が持てなくなります。装填はシステム化され、被弾しても爆発しないよう鉄で覆う必要が出てきて、戦艦は近代的な姿になっていきました。
イギリス海軍は1892年ごろ、アームストロング連装砲を4門持つロイヤル・ソブリンを建造します。このころのイギリス海軍の予算は、日本の国家予算の3倍ほどだったと話されています。
資金集めのため、各国はお金持ちから税を多く取る累進課税の法律も成立させました。結果的にではあるものの、それが格差を縮めることにも役立ったといいます。
技術は揃った。では人はなぜ死地へ向かえたのか?
技術の話はここで一区切りとなります。深井さんは、これで大量の人を殺せるようになった技術的な背景は出揃ったとし、次は国民がなぜ死に向かって突っ込んでいけたのかを扱うと予告します。
次回以降のテーマは、国民国家意識がどのように醸成されていったかです。体の外の社会の話から、心の話へ移っていく流れが示されます。
前後編を通じた感想として、数十分の話の中にいくつもの新技術が登場し、その一つ一つの裏にさらに細かな技術が積み重なっていることが語られます。深井さんは、新しい技術は古い技術の組み合わせであり、そうした積み重ねを生んだのは資本主義のいいところだと応じています。
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まとめ
第一次世界大戦の前には、電信、無線、石油、内燃機関、航空機、ライフリング、大量生産、近代戦艦といった技術が次々に出揃いました。それらが組み合わさり、国家が大量の人を効率的に殺せる条件が整っていったことが、この回の核心です。
- 電信は参謀本部による一元的な指揮を可能にし、鉄道と組み合わせたプロイセンがオーストリアに大勝した
- 石油と内燃機関では、レガシー技術を抱えたイギリスが出遅れ、熟練工不足のアメリカが大量生産で強みを得た
- ライフリングと後装によって物陰から撃てるようになり、塹壕戦につながる戦い方が生まれた
- 最強の軍艦が旧式艦を無意味にするため建艦競争が起き、予算確保のためにマスメディアで国民の危機感が煽られた
- 次回は、国民が死に向かって突っ込んでいけた背景として、国民国家意識の醸成が語られる







