遊牧民が強いのはなぜか、まず「騎馬」から
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この回のテーマは、モンゴル軍の強さの秘密です。深井さんはまず、モンゴルの前に「遊牧民そのものが強い」という前提から説明を始めます。
遊牧民が強い第一の理由は騎馬です。騎馬兵は歩兵より強く、馬に乗った相手が走ってきたら、徒歩の一人ではまず勝てません。
騎馬兵はまず歩兵より強い。(馬に乗った相手が)向こうから走ってきて、勝てる?
それは勝てない。
ここで深井さんが強調するのが、コストの差です。農耕民族が騎馬兵を作ろうとすると、馬を飼うために大きなコストがかかります。
定住して馬を飼うには、餌となる牧草を仕入れ、糞尿の世話をし、調教する専業の人手が必要になります。農業とは別の仕事なので、その分の負担が上乗せされます。
一方で遊牧民は、草原を移動しながら暮らしているため、馬を飼うコストがほとんどかかりません。深井さんは、この違いを生活してれば騎馬兵が作れると表現します。
彼らは普通に生きてたら騎馬兵が量産できるという超スーパーアドバンテージを持ってるんです。
三歳から馬に乗る、拡張された体としての騎射
モンゴル人が強いのは、馬に乗りながら弓を撃つ騎射 ── 馬に乗ったまま弓を射る技術。走る馬の上で狙いを定めるには高度な訓練がいるが、遊牧民は幼少期から馬と暮らすため自然に身につけたがうまいからだと深井さんは言います。ももだけで馬を操れるため、両手を離して弓を扱えます。
その技術の土台は、3歳から馬に乗る生活そのものにあります。だからこそ、農耕民族には身につけるチャンスが少ないと説明されます。
ももだけで馬を操れるんですよ、彼らは。両手離しで馬を操りながら、3歳から乗ってるからね。
楊さんは、この点を人材育成の観点から捉え直します。農耕民族なら訓練にかかるはずのコストが、遊牧民にはそもそもないという指摘です。
だから人材育成のコストないんですよ、実は。
樋口さんは、彼らにとって馬はもはや「拡張された体」のようなものだと表現します。楊さんも、馬は体の一部で、それに乗って弓を連射しながら走っていると応じます。
全員が兵士になれる、戦争のコストが低い集団
深井さんが次に挙げるのは、遊牧民は「全員が兵士になれる」という点です。騎馬して弓を撃てれば、そのまま軍隊になれます。女性の兵士も実際にいたとされます。
ここでも農耕民族との差が出ます。農耕民族が兵を集めれば農業が止まり、生活が立ち行かなくなります。遊牧民が戦争に行くコストは、基本的に時間だけです。
彼らがあんな連続で戦争できてるのは農耕民族じゃないからです。
楊さんは、食料調達のコストも低いと補足します。羊を連れて移動し、再生産させたり、乳から保存食を作ったりして食料を確保できるためです。
さらに深井さんは、物資が少ない一方で最新技術は取り入れていたと指摘します。中国や中東との交易を通じて、東西の技術と情報が入ってきていました。
自分たち軍事力最強だから有利な条件で交渉できるんですよ。
狩りがそのまま軍事訓練になる「サイヤ人」の日常
遊牧民は遊牧しながら狩りもします。深井さんは、この狩りがそのまま軍事訓練になっていると説明します。
狩りでは、両翼に軍を配置し、チームを動かして獲物を追い込みます。どのタイミングで仕掛けるかを集団で統率する練習を、日常的に行っていることになります。
戦争の時は戦争で訓練します。戦争がない時は狩りをして訓練する。だからずっと戦争のスキルを鍛え続けてることになる。生活の中で。
生活の中で戦闘スキルが磨かれ続けている様子を、樋口さんと深井さんは「サイヤ人」と例えます。狩りの技術がそのまま人間相手に使われる、という構図です。
狩りの技術をそのまま人間に対して使ってるっていうね。
装備面でも工夫がありました。馬具 ── 馬を操るためにつける鞍や手綱などの道具。番組内では「バグ」と呼ばれているは漢民族のものより軽く作られていたとされます。普段から長距離を移動するためで、その結果、機動性が非常に高くなります。
武器についても、460メートル離れた鉄2枚を貫通させるボウガンを持っていたという話が紹介されます。ただし深井さんは、どこまで本当かはわからないと断りを入れています。
樋口さんは、個人が使う弓も長距離用と近距離用の2本を使い分けていたと補足します。まず遠距離で敵の戦力を削り、それから接近戦に移る戦い方です。
飢えに強いサバイバル力と、静かで速い攻撃
深井さんは、遊牧民の日常のきびしさそのものが強さにつながっていると言います。普段の生活が過酷なため、戦時中のつらい状況も特別ではありません。
食料が乏しいことも珍しくないため、軍隊の中で不満が出にくいと説明されます。飢餓状態になれば馬の血を飲んで凌ぐような、サバイバルの技も持っていました。
自分の陣地から離れたところで生きていく術を、サバイバル力として持ってるんで、それはそのまんま軍隊としても強いんですよ。
こうした兵は16歳から60歳までの男子全員が対象で、常に動員できる状態にありました。しかも十人隊、百人隊、千人隊という統率のとれた構造で動きます。
深井さんによれば、その軍隊は野蛮なイメージとは逆に、非常に静かだったといいます。白黒の信号旗で指示を伝え、しゃべらずに部隊を制御していました。
めちゃくちゃ静かに攻めてきて、もう気づいたら死んでるらしいよ。
気づいたときには矢の雨が降っている、という攻め方でした。日本の戦国時代の狼煙のようなイメージとはまったく異なる、静かで速い戦い方だったと二人は語ります。
2日で210キロ、綿密な移動計画のマネジメント
機動力の桁も違います。深井さんは、2日間で210キロ移動し、しかも移動しきった後にそのまま戦争ができたと紹介します。
2日間で210キロ移動した後に戦争できたらしいよ。移動で終わるんじゃなくて、それだけ移動した後に戦争そのまんま行けたらしい。
樋口さんは、その裏にある軍事マネジメントの高さに注目します。草原では大軍を一つにまとめて移動させると、草を馬や羊に食い尽くされ、かえって餌がなくなってしまうためです。
そこで軍団をいくつかに分け、別々のルートで進ませ、同じ日、同じ時刻に一か所へ集結する。そうした綿密な移動計画を、事前に立てていたと説明されます。
軍団をいくつかに分けて、別々のルートで行かせて、同じ日、同じ時に、じゃあここで集合集結しようねっていう風に事前に計画を(立てる)。
時計も携帯もない時代です。深井さんは、これが遊牧民にとって特別なことではなく、計画的に暮らさなければ生きていけない環境の産物だと指摘します。
ちょっとでも計画ミスったら極寒の地で死ぬっていう状態なんで、計画を立ててから動くっていうのは彼らにとってすごく当たり前のことなんです。
どの時期にどの草を馬に食べさせ、冬の前にどの羊を殺して保存食にするか。そうした日々の計画性が、そのまま軍事の作戦能力につながっていると語られます。
陥落の知らせより速い、恐怖を武器にする戦い方
この綿密な計画と機動力が組み合わさると、恐ろしい事態が起きます。深井さんは、ある街が陥落し、その知らせを中央に伝える使者より、モンゴル軍のほうが速いことがあったと語ります。
滅ぼされたぞみたいな話を聞かない間に殺されてしまうということも起こったらしいです。
樋口さんは、この様子を「ベジータが千人で襲ってくる」と例え、絶対に勝てないと表現します。農耕民にとって、それがどれほどの恐怖だったかがうかがえます。
そのうえでモンゴル軍は、恐怖そのものを戦術として使いました。実際に殺した数より多く言うなど、恐ろしいという評判を自ら広めていたと説明されます。
最初からもう世論操作で攻めるっていうね。
樋口さんは、これを広告のようだと評します。恐怖で降伏を促せば、戦うコストを最小化できるためで、彼らは殺しそのものを好んでいたわけではないと語られます。
鉄を前線で加工する、移動する兵器工場
ここまでが遊牧民全体の強さです。深井さんは、チンギス率いるモンゴルはさらに一歩進んで、鉄を前線で加工できるようにした点が特別だと言います。
仕組みはこうです。鉄資源のある地域を制圧して押さえ、そこにいる鉄加工の技術者を戦争に同行させます。そして戦闘の最前線近くまで鉄を運び、その場で加工します。
これにより、武器が減った分をその場で作り続けられます。深井さんは、農耕民族には鉄器生産の拠点を前線に作成するという発想がないと指摘します。
マジ兵器工場が移動してる感じだもんね。
武器にする前の素材の状態で運ぶため、移動に無駄がありません。矢が少ないときは矢を作るというように、少ない資源を有効に使えます。
もともと鉄資源が乏しい遊牧民の世界で、この仕組みは大きな差を生みました。深井さんは、これによってモンゴルは他の遊牧民より鉄で優越したと語ります。
資源地を制圧
鉄資源のある地域を滅ぼして押さえる
技術者を同行
現地の鉄加工技術者を戦争に連れて行く
前線へ素材を運搬
武器ではなく素材の状態で最前線近くまで運ぶ
その場で加工
減った分の武器をその場で作り続ける
他民族を吸収する、情報から攻城兵器まで
モンゴルの強さは、他民族を取り込む柔軟さにも支えられていました。深井さんは、ウイグルやムスリムをスパイとして走らせ、情報を集めてから攻めていたと説明します。
集めた情報は戦略会議にかけられます。近衛軍団であるケシク ── チンギス・カンの親衛隊にあたる近衛軍団。前回までの回で扱われた、モンゴル軍の中核を担う組織の幹部らと攻め方を決め、その命令をピラミッド構造で末端まで行き届かせました。
樋口さんは、この隙のなさに驚きます。事実をもとに作戦を立て、統率のとれた組織と生産の仕組みを持ち、そのうえで一人ひとりが強い、という三重の強さがそろっているためです。
ファクトを元に作戦立てて、完璧な軍隊組織で生産工場を持って、そもそも一人一人が強いんでしょ。
遊牧民は城攻めが苦手だと思われがちですが、実際には攻城兵器も持っていました。これも傘下に入れた民族の技術を取り込んだ結果だと深井さんは説明します。
降伏を選ばせる設計と、企業のような合理性
モンゴル軍の攻め方は、恐怖だけでなく損得の設計にも支えられていました。抵抗した都市は皆殺しにし、最初から降伏した都市はむしろ優遇します。
降伏すれば税を納めるだけで、そのまま生きられる。深井さんは、これをギリギリ降伏した方がマシな方にする設計だと表現します。だからこそ人々は降伏を選びやすくなります。
当時のヨーロッパの戦争は、ほどほどのところで互いに終える儀礼的なものが多かったと深井さんは言います。皆殺しは勝つ側にも負担が大きいためです。
その中でモンゴル軍は、降伏しても許さず本気で殺しに来る集団でした。楊さんは、それも見せしめのパフォーマンスの面があったのではと補足します。
ただし深井さんは、街の破壊や殲滅は本来メリットがないと指摘します。街を傘下に入れて生産や交易の拠点として使うほうが得だからです。殲滅するのは、別の戦略目的があるときでした。
この徹底ぶりは規律にも表れます。判断力が鈍るため飲酒は控えるよう求められ、兵器の点検を怠れば死刑だったといいます。楊さんはこの組織を「おぞましい」と評しました。
一方で、勝てば大きな見返りがありました。楊さんは、この仕組みをイーロン・マスクのようだと言い、昔の話なのに今の企業に近い感覚だと感想を述べます。
本当に何か今の企業みたいに感覚近いんですよね。すごい今っぽいなって感じがするです。
最後に楊さんは、農耕民族がこの強さをまねようとしても、明日から急にはできないと確認します。深井さんも、遊牧生活をしていないと成り立たないと応じ、環境が作り上げた強さだと締めくくります。
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まとめ
モンゴル軍の強さは、特別な才能ではなく、遊牧という生活そのものが軍事力に直結する構造から生まれていました。そこにチンギスが、鉄の前線加工や他民族の吸収、恐怖を使った降伏の設計を重ね、合理的で冷徹な世界帝国の軍隊がかたちづくられたと語られます。
- 遊牧民は生活の中で騎馬と騎射を身につけ、育成コストなしで騎馬兵を量産できた
- 狩りが軍事訓練を兼ね、計画的な遊牧生活が高い作戦能力とマネジメント力につながった
- チンギスは鉄を前線で加工し、他民族の情報・技術・攻城兵器まで吸収して強さを重ねた
- 抵抗は皆殺し、降伏は優遇という設計と恐怖の評判で、戦うコストを最小化していた
- その合理性は企業経営にも通じ、遊牧という環境が作り上げた強さだったと語られる







