鉄を求めて宿敵・金へ、王が代わった一瞬を突く
前回のエピソードはこちら
前回はモンゴル軍の圧倒的な強さの秘密が語られました。今回のエピソードは、その強い軍隊がさらに拡大していく話から始まります。
深井さんによると、軍隊が大きくなると、その分だけ必要な鉄も増えていきます。鉄資源の重要性はさらに増し、モンゴルは鉄を求めていろいろな地域に手を出し始めます。
ずっと鉄、鉄。
ずっと鉄、鉄っていう。だからその鉄の重要性っていうのはさらに増していくと。
この時点でモンゴルは、まだ金という国の配下のような立場にありました。それでも鉄を求めて強い軍隊を各地に送り、着々と金との全面戦争に備えていたと言われています。
深井さんは、チンギスが金を嫌っていた背景にも触れます。金はもともとタタルを裏で操っており、そのタタルにチンギスの父イェスゲイが殺されているからです。信頼できる相手ではなかったのだろうと話します。
ただし、金の軍隊は桁違いに大きいものでした。金は騎兵が12万5000、歩兵が37万5000。対するモンゴルはこの時10万ほど、あるいはそれ以下だったと言われます。
それでもチンギスは、いきなり攻め込むタイプではありませんでした。深井さんは、チンギスは機をずっと待つ用意周到なタイプだと語ります。
そのチャンスが、金の王様が代わった時でした。バカな王様として有名な人物に代わった時に、軍隊では圧倒的に負けていても「今なら勝てる」と判断し、金の討伐を決意します。そして金の首都を陥落させました。
すご。
金と西夏から奪う、人材とエンジニアさらいのスタイル
首都を陥落させたモンゴルは、そこで新たな物資や鉄資源、そして人材を手に入れます。深井さんは、ここで文書行政に長けた有名な人物をゲットしたと話します。文書行政 ── 文書を用いて税や命令を記録・管理する統治の仕組み。遊牧民の征服国家が広大な地域を治めるには、こうした行政の専門家が不可欠でした
続いてモンゴルは西夏に攻め込み、そこで優秀な技術者を獲得していきます。深井さんはこれを「エンジニアをさらう」と表現します。
え、西夏はもう勝つんすか?
西夏も、てか基本的にこの人たち負けないんで。強いから。
樋口さんが「勝つかどうかは愚問なんですね」と応じるほど、モンゴルは負けない軍隊でした。西夏も本来は強い国だったといいます。
当時の勢力配置について、深井さんが整理します。西に西遼、東に金、南に西夏、さらにその南に宋がある、という並びです。
首都を陥落させ、鉄資源や物資に加え、文書行政に長けた人材を獲得
鉄資源に加え、優秀な技術者(エンジニア)を獲得
不老不死を求めた征服者、道士の答えに満足する
金を配下にして鉄資源を確保し、西夏でも資源や技術者を得ながら、モンゴルはどんどん強くなっていきます。しかしこの頃から、チンギスは焦り始めます。自分が死ぬかもしれないと感じ始めたからです。
チンギスは50代後半にさしかかり、そろそろ死ぬのではないかと考えます。それでもこの時点では、モンゴル帝国はまだ盤石ではないと本人は思っていました。
深井さんによれば、チンギスは盤石な体制を築くために中東へ攻め込む必要があると考えていました。安定した鉄資源と交易路の確保のため、ホラズムシャー朝を倒して道を押さえようとしたのです。
この頃、モンゴルは西遼をごく自然に滅ぼしていたといいます。深井さんは、滅ぼした国の数が多すぎて、一つ一つ語れないほどだと話します。
もう滅ぼしてる国の数が多すぎて、一つ一つ語れないです。早すぎてサイクルが。
深井さんは、この征服のスピードを漫画のたとえで説明します。息子や部下たちが一人ずつ各地に派遣され、その地域を滅ぼしていく様子を「サイヤ人方式」と呼びます。
一方で、チンギスは不老不死も求めていました。中国の有名な道士を呼び、不老不死の方法はないかと尋ねます。しかし返ってきた答えは「ありません」でした。
もう健康を保つしかなりませんって言われて。それその回答にすごく満足するんですよ、チンギスは。
道士は不老不死を否定し、健康と養生こそが大事だと答えました。チンギスはこの現実的な回答に、かえって満足したといいます。
使者を殺され激怒、溶けた銀を流し込む処刑
西遼を滅ぼしたモンゴル軍は、ついに10万を超える大軍でホラズムシャー朝に侵攻します。遠い相手でしたが、彼らの機動力なら数か月かけて到達できました。
ホラズムシャー朝はイスラムの国で、モンゴルとは文化がまったく違いました。最初は通商関係を結ぼうと友好的に進めていたと楊さんは説明します。
最初はなんかこう通商関係を結びたいから、そういう話で進んでみたいだけれども、ホラズムシャー朝の地方の知事みたいな人が。
ところが、ホラズムシャー朝の地方の知事が、チンギスから送られてきた使者400人を殺し、略奪したのです。これがきっかけとなり、チンギスは軍を攻め込ませます。
深井さんは、これは口実だった可能性もあると付け加えます。送られた使者は情報収集のためのスパイだったという説があり、それを殺した相手を「使者を殺した」と非難して攻め込んだ、というものです。本当は交易路の確保が目的だったのかもしれないといいます。
捕らえられたのは、イナルチュクという商業長官とされる人物でした。その処刑の仕方が、この回のタイトルにもなるほど強烈なものでした。
溶けた銀を流し込むっていう殺し方するんですよ。
溶けた銀を、目と耳に流し込むという処刑でした。深井さんも楊さんも、その残忍さに思わず声を上げます。
楊さんは、その背景に当時の銀の意味があったのではと推測します。銀は当時、通貨として広く使われていました。
もしかしてお前金が好きだったらいくらでもやるよみたいな。言いながら流したもんじゃないかもしれない。
サイヤ人方式で血祭りに、バーミヤンでの復讐
ホラズムシャー朝への攻撃は、チンギスの子供たちの軍隊によって進められました。ジョチ、チャガタイ、ウゲデイといった息子たちが各地に派遣され、次々に都市を滅ぼしていきます。
末っ子のトルイは、今のイラン、アフガニスタン、トルクメニスタンにまたがる諸都市を「血祭りにあげた」と記録されています。深井さんは、たった一人でそれをやってのける強さに恐怖を感じたと話します。
ホラズム朝の皇帝ムハンマドは、首都サマルカンド、今のウズベキスタンから逃亡し、浮浪者のように死んでいったといいます。
ここで楊さんが、滅ぼされた王家の子供のエピソードを紹介します。ホラズムシャー朝の王子ジャラールッディンは、非常に勇猛な戦士でした。
父の死後、ジャラールッディンはチンギスと戦い、モンゴル軍に大打撃を与えます。この戦いで、チンギスは最愛の孫を戦死させてしまいました。
多分おそらくチンギス・カンの軍隊の一番最初の大きな敗戦だったというふうに言われてて。
最初の大きな敗戦に、チンギスは激怒します。フルパワーでもう一度攻め込み、その戦いの舞台となったのが、過去の回でも登場したバーミヤンでした。
あそこが殺戮の場になります。
学問の目的地としても語られていたバーミヤンが、殺戮の場となります。チンギスはそこでムハンマドの孫を討ち取りました。深井さんも楊さんも、その恐ろしさに言葉を失います。
移動宮殿とお妃たち、勝利宣言としての妻
チンギスはこの調子で領土を一気に広げていきます。深井さんは、この生き方をアレクサンドロスと同じく「ずっと戦争している」状態だと表現します。
戦争を続けながら、チンギスは移動宮殿に住んでいました。そこにはお妃たちも連れてこられ、一緒に暮らしていたといいます。
深井さんによると、名前が残っているだけでもお妃は多数おり、そのうちの何人かは部下に与えていたとも伝えられています。
これには当時の慣習が関わっています。倒した国の武将の妻を自分の妻とすることが、勝利宣言の一つだったのです。妻の数だけ、武将を打ち破ってきたことを意味しました。
チンギスカンの、なんか血を継いだ子供がめちゃくちゃいるっていうのは、なんか噂というか。
楊さんが、チンギスの血を継いだ子供が非常に多いという話に触れます。ただし深井さんは、有名になった40代以降に妻が増えていったこと、そしてこの頃はもう高齢だったことを補足します。若い頃は妻は一人だったといいます。
毎日食べる家畜の内臓が贅沢、質素な暮らしの中身
チンギスは17メートルほどの宮殿で暮らしながらも、非常に質素な生活を送っていました。ただし、その中でも贅沢はあったといいます。
深井さんによれば、当時の遊牧民の感覚で贅沢とされたのは「毎日家畜の内臓を食べられること」でした。チンギスはそれができていたため、贅沢な方の暮らしをしていたことになります。
なんじゃそれ。いいわ俺。俺ポテトチップスとかの方が。
楊さんは、冷蔵庫のない時代であることを踏まえて、この贅沢の意味を説明します。家畜を殺すこと自体が、生産できるものを一つ壊すことにあたるからです。
だからこう、家畜を殺すっていうのはもう贅沢なんですよ。
深井さんはこれを現代にたとえます。遊牧民から見れば、毎日家畜を食べるのは「一か月ごとに車を変えられる」くらいの贅沢だったのかもしれない、というわけです。
乳や労働力を生み出し続ける「生産できるもの」
その生産手段を壊すことになる、極めて贅沢な行為
最後の標的・西夏へ、70代での遠征と陣中での死
中央アジアに進出してからも、チンギスは7年ほど戦い続けます。ホラズムシャー朝などを滅ぼしていく中で、最後に目をつけたのが再び西夏でした。
深井さんによると、西夏は東西を結ぶ交易の大動脈を握っていました。この大動脈を確保するため、チンギスは西夏を攻めることを決めます。すでに60代から70代とされる年齢での遠征でした。
この時のモンゴル軍は非常に大きな規模だったと言われますが、遠征の途中、チンギスは陣中で死を迎えます。
あら、あらら、急に?
死因については、病死説と、落馬してそのまま弱って死んだ説の二つがあると深井さんは説明します。死亡推定年齢も66歳から73歳まで幅があるといいます。
死に際のエピソードも強烈でした。死期を悟ったチンギスは、西夏を滅ぼす時、たとえ西夏王が謁見して命乞いをしても全員殺せと命じて死にます。その通り、西夏の人々は殺されました。
すげえな。武闘派。
深井さんも楊さんも、なぜ死ぬ前にそんなことを命じたのかと首をかしげます。後の時代に、西夏を殺した事実をチンギスの遺言のせいにした可能性もあるのではないか、と楊さんは推測します。
喧嘩する息子たち、三男ウゲデイが後継者に
チンギスの死後、問題となったのが後継者です。後継者は一応、生前に決められていました。深井さんは、ホラズムシャー朝に攻め入る直前ごろの逸話を紹介します。
妻から後継者について考えるよう促されたチンギスは、子供たちを集めます。ところが、子供たちは非常に仲が悪く、特に長男と次男が激しく喧嘩したといいます。
長男と次男のどちらもらちが明かない中、二人は「長男でも次男でもない三男のウゲデイがよい」と主張しました。深井さんによれば、襟首をつかむレベルの喧嘩の末に、ウゲデイが後継者に決まったといいます。
じゃあ別に自分たちがなりたかったわけじゃなかったんですかね。
ただし深井さんは、歴史家の見方として、この逸話は多分嘘だろうと語られていたと付け加えます。そんな決まり方をするだろうか、というわけです。
実際には権力闘争などの意図が裏にあり、それを隠しているのではないかとも考えられています。楊さんは、西夏を殺す遺言の話と同じく、残っていない歴史は想像するしかないという点に納得します。
やっぱりあんまりちゃんと残ってない歴史ってこういう。
深井さんは、次回がチンギス・カン編のラストであり、チンギスの死後のモンゴル帝国について語る予定だと締めくくります。
このシリーズの次のエピソードはこちら
まとめ
この回は、鉄を求めて拡大を続けたチンギス・カンが、金・西夏・ホラズムシャー朝を次々に破り、70代での遠征の途中に死を迎えるまでをたどりました。残忍な処刑や後継者選びの逸話には、記録が乏しい歴史ゆえの推測も多く含まれています。
- 鉄資源の確保がモンゴル拡大の一貫した動機となり、金や西夏から資源・人材・技術者を奪っていった
- チンギスは機を待つ用意周到なタイプで、金の王が凡庸な人物に代わった一瞬を突いて首都を陥落させた
- 使者殺害をきっかけにホラズムシャー朝へ侵攻し、溶けた銀を目と耳に流し込む処刑を行った
- 倒した武将の妻を娶ることが勝利宣言であり、質素な暮らしの中では毎日家畜の内臓を食べることが贅沢とされた
- 後継者は三男ウゲデイに決まったが、その経緯や死の遺言には記録が乏しく、想像に頼る部分が大きい







