初代を継ぐという「初イベント」
帝政ローマ編もこの回で6回目です。前回まではアウグストゥスが権力を自分のもとへ集めていく過程を追ってきました。
そのアウグストゥスが亡くなり、後を継いだのがティベリウスです。この時ティベリウスはすでに55歳でした。
ティベリウスはもともと、アウグストゥスの後妻リウィアの連れ子でした。つまり義理の息子です。
アウグストゥスは血縁で後を継がせようと、さまざまな候補に望みをかけましたが、皆亡くなってしまいます。他に誰もいなくなり、いわば最後の選択肢としてティベリウスに継がせたと考えられます。
滑り止めになった感じだね、結果的にね。かわいそうな言い方をすると
さらに難しいのは、権力を「引き継ぐ」という発想自体が、この時代には初めてのものだった点です。
もともとローマは共和政で、コンスルは一年交代でした。だから権力を継承するという観念を、全員が共有していたわけではありません。
引き継ぐこと自体が初イベントだから。それって引き継ぐもんなんだっけ?ってなってる人もいるわけです
アウグストゥスに権力が集まったのは、あくまで属人的な理由によるものでした。法律で保証された役職があったわけではありません。皇帝という称号すら名乗っていませんでした。
そのため、新しいティベリウス体制が崩れない保証はどこにもありませんでした。ただ、多くの人は「引き継いだ方がいい」と考えていたようです。
皇帝という仕事の異常な難しさ
ティベリウスは、皇帝に就くことに躊躇していたともいわれます。就任にあたって、一度は元老院からの求めを辞退しました。
これには諸説あります。一つは、すでに元老院と話がついており、養父アウグストゥスと同じ儀式を踏んだだけという見方です。もう一つは、本当に躊躇していたという見方です。
(ティベリウスは皇帝の仕事のことを)狼の耳を掴んでいると表現してるらしいんで。つまり、いつ噛まれてもおかしくないってことだよね
皇帝の役割は、征服者であり、和平の工作者であり、建設者であり、破壊者でもありました。裁判官であり、一族の長であり、祖国の父であり、民衆の保護者であり、東方では王であり神でさえありました。
これほど多くの役割を一人で担うのは、並大抵のことではありません。番組では「やりたくないよね」という感想が繰り返し出てきます。
帝王学のない国で有能を求められる皇帝
番組では、この回のために研究者へのインタビューも行ったと語られます。そこで指摘されたのが、ローマには帝王学の教育が体系的になかったという点です。
小さい時から帝王として、リーダーとしてどう振る舞うべきかみたいな教育が、おそらくはその中華王朝ほどには体系的にはされてないと
もともと共和政で、優秀な人たちが集まって協議する国でした。次期皇帝を厳しく育てるという文化やニーズが、まだ生まれていなかったのです。
ここで中国の皇帝制との違いが語られます。中国の皇帝は、システムの中で象徴的な存在になっている面があり、極端に言えば無能でも致命的でなければ回ります。
このローマ皇帝は有能じゃない限り死にますから。殺されます。カエサルみたいな感じで
つまり、機能不全に陥りがちな元老院を抱えながら、ローマ帝国を統治できるだけの万能さを、一人の人間に求める構造ができあがっていたのです。
しかも皇帝は、元老院、軍団、民衆、そして騎士階級という複数のステークホルダーのバランスを取らねばなりません。誰かにおもねりすぎれば、カエサルのように暗殺される危険がありました。
権力が一人に集中し、有能でバランスを取り続けなければ暗殺される。帝王学の教育もない。
優秀な官僚に権力が分散し、象徴的な存在に近い。皇太子として幼少期から育てられる。
そのうえティベリウスは、天才級と評されたアウグストゥスの跡を継がねばなりませんでした。番組では、スティーブ・ジョブズの跡を継いだティム・クックにたとえられています。
帝国随一の大富豪、しかし出費も膨大
ここでティベリウスの人となりが紹介されます。彼はクラウディウス氏族という、共和政以来の名門の血を引いていました。アッピア街道を作った家系ともいわれます。
アウグストゥスは、婚姻や養子縁組を通じて、複数のローマの名門を自分のもとに集約し、政治集団を形成していました。これは「アウグストゥスの家(ドムス・アウグスティ)」と呼ばれます。
この構図の中で、ティベリウスは第二代皇帝として輩出されました。彼自身は背が高くハンサムで、記録にも容姿がしばしば言及されています。
そして彼は生粋の軍人でした。パルティアとの戦いなどで軍功を重ね、「常勝不敗の人」という異名を持つほどの将軍でした。
軍功を土台に、法務官やコンスルへと順調にキャリアを積んでいきます。家名だけでなく、確かな実力も備えていたのです。
さらに教養と学識もありました。ギリシャやラテンの古典に明るく、雄弁家であり詩人でもあり、ローマ法にも精通していたと伝えられます。
イケメンで背が高くて、頭が良くて、戦争に強くて、根暗で人に嫌われてます
一方で、いつも厳しい表情をし、打ち解けて話すこともなく、冷淡で傲慢な印象を与える人だったともいわれます。この「根暗で嫌われる」という部分が、彼の評価を大きく左右していきます。
その背景には、苦しい幼少期がありました。難民のような境遇、崩壊した家庭、父の喪失、そして高圧的な母リウィアの存在。基本的に人を信じられないタイプだったと語られます。
食糧難と財政難に挟まれた統治
財産面では、ティベリウスはアウグストゥスから莫大な遺産を受け継ぎました。現金だけで国家収入の三年分以上、さらに帝国各地の不動産や鉱山もありました。皇帝は帝国随一の大富豪だったのです。
ただし、この富はそのまま個人の贅沢に使えるものではありませんでした。番組では、株式会社と個人事業主の違いにたとえて説明されています。
コロッセオとか水道橋とか作って文無しになっていかないといけないっていう。実際アウグストゥスは豪華な暮らしできてませんから
水道橋やインフラを自分の資産で作り、民衆に現金をばらまくのも私財からでした。しかも複数のステークホルダーのバランスを崩せば、待っているのは暗殺です。
そのティベリウスを、いきなり難しい問題が襲います。ローマ市の人口が急増し、深刻な食糧難が起きていたのです。
番組では、約百年で人口が四倍、さらにアウグストゥスの時代にかけて大きく増えたと語られます。人口増加は食糧の大量輸送という難題を生みました。
一隻あたりの積載量は100〜300トンですが、それでも数千隻を動かさねば運びきれません。古代のロジスティクスとしては極めて困難でした。
確かにね、DXとかないからね
ティベリウスは元老院への書簡で、ローマの生活が海外領土の援助と、毎日安定しない風の恵みに左右されていると訴えています。嵐一つで危機に陥りかねない状況でした。実際、首都ローマは三度も深刻な食糧不足に見舞われます。
約束の反故と緊縮財政で嫌われていく
財政面も苦しいものでした。アウグストゥスが帝国化のために国庫を使い込んでおり、ティベリウスはお金を節約せざるを得ませんでした。
問題はアウグストゥスの遺言です。親衛隊や軍団兵に多額の金を渡すと約束されており、ティベリウス自身もさらにその倍を出すと言ってしまいました。ところが蓋を開けると、お金がありませんでした。
いざその蓋開けてみたら全然金なかったらしい。で、これ約束反故にするんだって。で、それですっげえ嫌われる
軍の支持は最優先です。約束を反故にしたうえ、性格も暗いとなれば、嫌われるのは避けられませんでした。
資金を確保するため、彼は属州への徴税を強化し、富裕層の財産を没収します。これは元老院などの反発を招き、しばしば皇帝暗殺の火種になる行為でした。
さらに剣闘士競技や猛獣の戦いも節約し、市民への現金ばらまきも24年間の統治でわずか三度しか行いませんでした。
経営者としてちゃんとやるべきことをやってんだけどね。緊縮財政やってんのにさ。かわいそうに
財政再建という意味では正しい判断でした。しかし民衆にとっては、娯楽と現金と食料をどれだけ与えてくれるかが評価の基準です。それをくれないティベリウスは「根暗」と揶揄されていったと考えられます。
完璧すぎた後継者ゲルマニクスの死
次の世代として登場するのが、ティベリウスの甥ゲルマニクスです。彼の評判は驚くほど良いものでした。
クラウディウス氏族とユリウス氏族の両方の血を引き、妻はアウグストゥスの孫娘アグリッピナ。血筋の点で、これ以上ないほど高貴な人物でした。
サラブレッド中のサラブレッド
そのうえ戦争にも強い人物でした。アウグストゥスの死後、ゲルマニア戦線で軍隊が暴動を起こした際、彼はその武勲とカリスマで兵士たちを掌握します。
この暴動の背景には、軍縮によって残された兵士たちの勤務期間が延び、常備兵化が進んだ矛盾がありました。中には30〜40年も勤務した老兵もいたといいます。
ゲルマニクスは兵士に厳しく語りかける一方で、勤務年数を20年に定め、倍額のボーナスを払うと約束し、暴動を鎮圧しました。気持ちと待遇の両面から兵をまとめたのです。
民衆からも人気があり、長身のイケメンで学識もあり、雄弁でありながら傲慢さがなく、自分を誹謗する者すら傷つけまいとする人物だったと伝えられます。
しかし、その完璧な後継者は、ローマ帰還後の大盛況の凱旋式から程なくして病に倒れ、いきなり亡くなってしまいます。
ゲルマニクスの亡くなった日には神殿に石が投じられ、神々の祭壇はひっくり返された
民衆は悲嘆に暮れ、神々への怒りをぶつけました。敵の蛮族すら休戦して彼の死を悼んだと伝えられるほどで、毒殺の噂も流れました。
皮肉なことに、このゲルマニクスの血統が、後に三代目カリグラ、四代目クラウディウス、そしてネロへと受け継がれていきます。人気だったゆえに継がせたい血筋が、後世で悪名高い皇帝たちを生むことになりました。
不信の連鎖とセイアヌスの横暴
ティベリウスに話を戻します。人を信頼できない彼は、親衛隊を大きく増強しました。ローマ市内には軍隊がほとんどおらず、この親衛隊が後々大きな力を持つことになります。
守るため守るために増強したやつにどんどん暗殺されるっていう風に、この後なっていくんですよね
そのティベリウスが唯一心を許したのが、親衛隊隊長セイアヌスでした。彼を信頼したティベリウスは、ローマを任せてカプリ島の別荘に隠棲してしまいます。母リウィアの葬儀にすら参加しないほどの引きこもりぶりでした。
ところが、皇帝が不在の間、セイアヌスは政治を専有し、横暴に振る舞い始めます。番組では、これを中国の始皇帝と趙高になぞらえて説明しています。
セイアヌスは陰謀をこじつけ、ゲルマニクスの妻アグリッピナを追放し、長男と次男を投獄して死に追いやりました。三男ガイウスだけが残ります。
さらに護民官職を狙い、皇帝に代わって元老院の議決を引き出そうとします。ここでようやくティベリウスは異変に気づき、ローマに戻ります。
元老院でティベリウスは自ら書いた手紙を読み上げ、セイアヌスを激しく批判しました。想像していなかったセイアヌスは、一味とともに捕らえられ、拷問のうえ処刑されます。
後にわかったことですが、ティベリウスの実の子ドルススもセイアヌスに殺されていました。唯一信頼した部下が、自分の親族を殺していたのです。彼はますます誰も信じられなくなりました。
恐怖政治と晩年の崩壊
ティベリウスの晩年は、恐怖政治へと傾いていきます。彼の時代には「大逆罪」が形成され、皇帝への些細な言動でも侮辱と見なされれば処罰される仕組みができました。
たとえば、皇帝の肖像がついた指輪をはめたまま便器に触れただけで告発の対象になったといいます。しかもこの告発を職業にする者がいました。
告発で被告を有罪にできれば、没収された財産の四分の一を告発者が得られました。そのため、あることないことで告発して稼ぐ「告発屋」が現れたのです。
なんか告発で稼ぐ人なんですよ。なんかね、告発で被告を有罪に追い込むと、その被告の財産で没収されるんですよね。その四分の一を告発したがもらうことができるんですよ
番組では、酔って便器を手にした元法務官が告発されかけ、機転を利かせた奴隷が指輪を抜き取って難を逃れたエピソードが紹介されます。こうした緊張感が社会を覆っていました。
さらにティベリウスは、別荘で性的な逸脱に走ったと伝えられます。少年への暴行行為も含まれ、これも彼の評判の悪さにつながっていきました。
後継者には、生き残ったゲルマニクスの三男ガイウス、のちのカリグラを指名します。歴史書では、性格の悪い者同士で気が合ったのではないかとまで語られています。
そして77〜78歳で、ティベリウスは亡くなります。ローマの人々はその死を聞いて大喜びし、「テベレ川にティベリウスを投げろ」と叫びながら走り回ったと伝えられます。まるで罪人扱いでした。
超スピードで走っているめっちゃ速い車を運転してるみたい。ちょっとでも変な角度にハンドルを切ってしまったらもう瞬間事故るみたいなやつですよね
皇帝という立場には、遊びやクッションがありません。属人的な不信感や人格の暗さが、皇帝という器を通じてローマ全体に降りかかっていくのです。
共和政の人々が王政を避けた理由そのものが、アウグストゥス以降に次々と現れ始めました。だからこそ、後に五回連続で有能な皇帝が続いた五賢帝の時代が、いかに稀なことだったかがわかります。
たまたま五回連続でガチャが当たったけどね
まとめ
二代目ティベリウスは、有能でありながら望まず皇帝となり、食糧難と財政難に挟まれて緊縮を貫き、それでも民衆に嫌われました。皇帝という立場は個人の不信や暗さを増幅し、ローマ全体に負の連鎖を広げていきます。次回は、その先に控える問題の皇帝カリグラへと話が進みます。
- 権力を「引き継ぐ」観念すら新しく、帝王学もない中で、皇帝には万能さと有能さが求められた
- ティベリウスは軍功も教養も備えた有能な人物だったが、性格の暗さと緊縮財政で民衆に嫌われた
- 完璧と評されたゲルマニクスは早世し、その人気ゆえの血統が後に悪名高い皇帝たちを生む皮肉を残した
- 唯一信頼したセイアヌスに親族を殺され、不信は深まり、晩年は恐怖政治と逸脱へと崩れていった
- 皇帝という遊びのない立場が個人の負の性質を増幅し、共和政の人々が王政を恐れた理由が現実になった
