皇帝になった武則天に何が起きたのか
ついに皇帝の座についた武則天ですが、最終回は治世に生じた歪みから話が始まります。深井さんがまず挙げるのは、武則天が内政に集中しすぎていたことです。
皇帝になるために普通の人より難しいステップを踏まなければならず、武則天は内政に力を注いできました。その隙を突く形で、北方民族の突厥 ── 6世紀ごろからモンゴル高原を中心に勢力をもったトルコ系の遊牧民族。唐とは服属と反乱を繰り返しましたが反乱を起こし、刺激された契丹 ── 中国東北部にいた遊牧民族。のちに遼を建てたことで知られますも反乱を起こして唐への侵攻を繰り返します。
もう一つの歪みは、武則天自身の高齢化です。深井さんによれば、皇帝になった時点で68歳で、やがて病気がちになり、政治への意欲や気力も落ちていきました。
何よりも彼女のやっぱりその意欲が落ちて、気力ですよね。
さらに武則天は、後継者問題を片付けられずにいました。後継者としてアピールしてくる親族の武承嗣は信頼できず、それ以外の目ぼしい人物は武則天自身がすでに殺してしまっていたといいます。
そこで狄仁傑 ── 武則天に重用された名宰相。公正な人柄で知られ、後継者問題でも唐の皇統を戻すよう進言したとされますが、約15年幽閉されていた中宗を皇太子に据えてはどうかと進言します。中宗は一度皇帝になったものの、2か月もしないうちに廃位された人物です。武則天はこれを渋々受け入れ、深井さんはこの時点で武周朝が終わることはわかっていたと説明します。
晩年の愛人・張氏兄弟と、屈しない魏元忠
晩年の武則天には、新しい愛人として張氏兄弟が現れます。武則天は孫ほどの年齢の兄弟をとても寵愛し、彼らのために官職まで作って昇進させていきました。
美少年を囲う武則天に諫言する部下も出てきますが、晩年の武則天はかつてのように抑え込むのではなく、「よく言った」とご褒美をあげることもあったといいます。楊さんはこの変化を「丸くなっていった」と表現しています。
一方で、張氏兄弟に批判的だった魏元忠という人物を、武則天は失脚させ処刑しようとします。ところが他の家臣たちの反対を抑え込めず、魏元忠は流罪で終わりました。深井さんは、往年のような威厳がなくなっていった表れだと見ています。
魏元忠は深井さんが好きな人物でもあります。以前の回で酷吏 ── 武則天の時代に密告と拷問で多くの人を罪に陥れた官吏たち。恐怖政治の象徴とされますが人をはめようとした際、多くの人がペコペコしたのに対し、魏元忠だけは堂々としていたといいます。
全部普通にもうなんか顔色一つ変えずに「もうやってないですけど」みたいな。
魏元忠は一度は処刑直前まで行きましたが、そこでも顔色一つ変えず、冤罪とわかって助かったあとも一言も喋らずに帰っていったと語られています。
命より大切なものを持つ人は、なぜ現れるのか
深井さんは、魏元忠のような人物が出てくるのは儒教のいいところだと話します。こうした人は春秋戦国時代からいて、その気風が儒教として残っているという見方です。
樋口さんは、自分の命や家族の行く末に関係なく、国家の行く末を考えて行動する人が出てくる点に、中国の考え方のスケールの大きさを感じています。
命より大切なもんがあるみたいな感覚ですね。
深井さんによれば、孔子や孟子がまさにこうした人たちで、それを踏襲する人の系譜がずっと続いてきました。そうした人物は、腐敗した政治の時期に「キラッと光る」存在だと語られます。
張氏兄弟を討った神龍革命
後ろ盾である武則天がいなくなれば命がないことを、張氏兄弟はよくわかっていました。そのため怯えながらも、自分たちを快く思わない人々を処刑しようと武則天に働きかけていたといいます。
そんな中で起きたのが、張氏兄弟を殺すクーデターです。狄仁傑に抜擢されて宰相となった張柬之が、大将軍の李多祚を味方に引き入れ、500人の兵で中宗を連れ出しました。
一行は武則天のもとにいた張氏兄弟を二人とも斬り捨て、武則天に皇太子へ帝位を譲るよう要求します。武則天は退位と引き換えに尊号を約束され、「則天」という名はこの則天大聖皇帝という尊号に由来すると説明されています。
後継の決定
狄仁傑の進言で、幽閉されていた中宗を皇太子に指定
張氏兄弟の台頭
晩年の愛人として寵愛され、反対派の処刑を働きかける
クーデター
張柬之らが500人の兵で張氏兄弟を討つ
退位
武則天は帝位を譲り、まもなく亡くなる
張柬之にも思惑がありました。80歳でようやく宰相になった遅咲きの人物で、放っておいても李家に政権が戻る流れのなか、自分の手で政権交代を成し遂げた功労者になりたかったとされます。この出来事は神龍革命 ── 705年、張柬之らが張氏兄弟を討ち、武則天を退位させて中宗を復位させた政変。これにより唐が復活しましたと呼ばれます。
最期の武則天と、分かれる後世の評価
退位したその年の暮れに、武則天は亡くなります。年齢は81〜83歳と言われ、かなりの高齢でした。
その後、中宗の妻である韋皇后が武則天と同じことをもう一度やろうとします。しかしすぐに失敗し、それを倒したのが武則天の孫の李隆基、のちの玄宗 ── 唐の第6代皇帝。前半は「開元の治」と呼ばれる繁栄を築き、後半は楊貴妃を寵愛したことで知られますでした。
武則天への後世の評価はさまざまです。君主を殺し国を奪った残忍な人物とされる一方で、相当すごい人物だという評価もあります。楊さんは、武則天以降に政治で力を発揮する女性が出てきたことで女性の政治介入への制限が強まり、武則天を批判する歴史記述が増えた面もあると補足します。
深井さんは、残酷なエピソードが多いことを認めつつ、当時の女性が皇帝位につくにはそれぐらいのことをしない限り無理だったと話します。
いずれにせよ、ね、これほどの苛烈さがない限り、やはりこの逆風を乗り越えるってのはまず無理だった。
武則天は一代で結果を出す必要もありました。深井さんは、曹操なら王朝の簒奪を息子に託せたのに対し、武則天は息子に託すと李家の王朝のままになってしまうと対比します。
漢王朝の簒奪と新王朝の建国を息子の代に託すことができた
息子に託すと李家の王朝に戻るため、一代で皇帝になるしかなかった
それでも武則天は家臣と信頼関係を築き、優秀な人材が最後まで残っていました。深井さんは、女性でそれができた人物は世界史でもほとんどいないと評価しています。
武則天は好きか、嫌いか
本編を終えたエンディングで、楊さんが樋口さんに率直な感想を求めます。樋口さんはこの回までの情報だけと断ったうえで、「あんまり好きじゃない」と答えます。
樋口さんが比べたのはエリザベス1世でした。エリザベスには組織として国を良くしようとする姿勢を感じた一方、武則天には身近な人を殺した印象が強く残ったといいます。
深井さんは、武則天の治世では農業がうまくいき人口も増え、民衆にとっては良い時代だったと指摘します。そのうえで、樋口さんの美学にはまらなかったのだろうと受け止めています。
武則天の原動力は何だったのか
武則天の性格や動機は史料に書かれておらず、予測するしかないと深井さんは前置きします。そのうえで、幼少期に異母兄弟からいじめられた経験が大きかったのではないかと考えます。
武則天は唯一信頼できた母親を最後まで大事にした一方、姉や息子であっても、権力を奪おうとする親族には苛烈でした。深井さんはその根底に、原体験から来る防衛反応があったのではと推測します。
また、尼として一生を終えるしかなかった状況から再び道が開けた「セカンドチャンス」も大きかったのではないか、と深井さんは話します。
人はなぜこれほど権力を求めるのかという問いには、中国では一度権力を持てば手放すか死ぬかしかない苛烈な世界だった、という答えが示されます。楊さんは、まさに「仁義なき戦い」を見た気がすると振り返ります。
民衆にとってはいい皇帝だった?門閥政治と科挙
楊さんは、武則天の時代には大きな内乱も民衆の塗炭の苦しみもなく、民衆にとっては良い皇帝だったと評価します。宮廷内の殺し合いとは別に、当時の民衆は比較的幸せだったのではないかという見方です。
さらに、国を傾けずに次世代へつなぎ、玄宗のもとで唐が再び盛り上がる前提条件を作った、という言い方もできると話します。
深井さんが重要な役割として挙げるのは、門閥政治 ── 家柄の良い貴族の一族が官職や政治権力を独占する体制。唐の初期まで強い影響力がありましたをやめさせたことです。貴族政治が続く限り唐には内乱のリスクがあり、誰かが抑え込む必要がありました。深井さんはこれを「デフラグ」にたとえます。
楊さんはそれと表裏一体の影響として、科挙 ── 試験によって官僚を選ぶ中国の制度。隋に始まり、家柄によらず実力のある人材を登用する仕組みとして長く続きましたが本格的に機能し始めたことを挙げます。実力のある人を中央に吸い上げる仕組みが、中国で動き続けるようになったという指摘です。
門閥政治の抑制
内乱リスクを抱えた貴族政治をやめさせる
科挙の本格稼働
実力のある人を中央に吸い上げる仕組みが動き出す
次世代への継承
国を傾けずにつなぎ、玄宗の時代に唐が再び盛り上がる
ただ、一緒にいたいかという話になると、3人とも否定的です。武則天が母親なら恐ろしい「親ガチャ」で、長男なら皇太子になるしかない、と笑いまじりに語られています。
麺とソースのように、時代背景と人物を味わう
シリーズ全体を振り返り、楊さんは前半が中国のシステムの成り立ち、後半が人間のストーリーと、性格の違う面白さがあったと話します。深井さんはその掛け算を「麺とソースの絡み具合」にたとえます。
深井さんによれば、秦漢帝国と隋唐帝国は性質が違い、その間の混乱期を経て変遷したこと、隋唐が遊牧民的な性格を帯びていたこと、そして儒教システムが通底していることは、今後中国史を見るすべての場面で使える気づきです。
今の中国を見ていても、多分合点がいくことがどんどん増えてくるような、中国を本質的に理解するためのキーポイントなんですよ。
実際、制作で読んだ本の90%ほどは武則天自身の本ではなく時代背景の本でした。日本には武則天の本が数冊しかなく、中国語の本は楊さんが読んで調べたといいます。
完璧な施策はない、だから問い続ける
前半で印象に残ったこととして、楊さんは、その時々にミクロで見れば完璧な判断が、マクロで見ると失敗になっていたことを挙げます。
深井さんは、どんな施策も実はあらゆる面で完璧ではないと話します。しかし人は日常でそれを忘れているからこそ、「これが大事だ」と突っ込むことができ、ベンチャー起業家はまさにそうだといいます。
どんな施策も完璧ではなく、今大事だと思うことも大体間違っていると知っておく
大事だと思って取り組む気持ちは否定しなくていい。その瞬間はその判断しかできない
始皇帝に将来を教えて考え直させようとしても、「代案を出せ」と言われるだけだと深井さんは言います。人間社会を単純に捉えがちな人の見方に対し、深井さんの結論は答えの出ない問いを問い続けることでした。
「わからない」を抱えたまま決める
楊さんは、現代日本の政治について何を基準に正しさを決めればいいのかわからないと打ち明けます。
深井さんの答えは、決めることと決めないことを共存させることです。どちらか一方にいれば簡単ですが、問いが再生産されなくなるといいます。
問いを再生産させ続けるには、わかんないなって思っておくことがすごく大切だと思うんですよね。
楊さんはこれを無知の知 ── 自分が知らないということを自覚していることこそ知恵だ、という古代ギリシャの哲学者ソクラテスに由来する考え方やアンラーニング ── 一度身につけた知識や思い込みを意識的に手放し、学び直すことに重ねます。
一方で楊さんは、何をやっても同じではないかと寂しくなる危うさも口にします。深井さんも、歴史を学ぶことで無常感を抱き、仕事で力を出し切れなかった経験があったといいます。
それでも考え抜いた深井さんがたどり着いたのは、他にやることがないなら全力でやるしかない、という考えでした。意味がないかもしれないと思いながら全力でやる、その二つを同時に走らせると「超気持ち楽」だと話しています。
突き抜けた人が時代を変える
深井さんは、新しい時代につながっていくには突き抜けることが大事だと強調します。武則天のような人が出たからこそ門閥政治がなくなり、科挙が本格稼働し、時代が変わっていったという見方です。
武則天自身はそれを目指していなかったかもしれませんが、突き抜けたことで時代は変遷しました。深井さんは吉田松陰も例に挙げ、突き抜けることぐらいしかやることがないと語ります。
楊さんも、この回で見てきた保身した人は滅んでおり、突き抜けた武則天は歴史に残っていると応じます。
保身しても結局滅び、何も残していない
歴史に名を残し、時代を変える何かを変えた
武則天は孤独だったのか
楊さんは、武則天が既存のシステムという高い壁に真っ向からぶつかっていたと振り返ります。深井さんは、そこに反骨心を感じると話します。
こんなにやる気持続しないでしょ、普通。大変だもん。孤独でしょ。
自分が皇帝になるために考えてくれる人はほとんどおらず、むしろ足を引っ張ろうとする人ばかりでした。楽しかったのか、幸せだったのかは微妙だと深井さんは言います。
楊さんは、愛人だった薛懐義 ── 武則天に寵愛された僧侶出身の愛人。権勢をふるったのち、武則天の意向で殺害されたとされますを殺すと決めた時の武則天の気持ちを想像すると寂しくなると話します。愛していたはずなのに、一緒にいてはいけないとわかっていたのではないか、という想像です。
深井さんは、武則天は本当に孤独で、その孤独に耐える力を持っていたのだろうと語ります。天寿を全うした精神力を考えると、「そこまで嫌いじゃないかもしれない」とも話しています。
次回シリーズは再び資本主義
10回にわたった武則天シリーズの最後に、次回シリーズの予告があります。テーマは、お金の歴史シリーズの最終回で扱った資本主義の掘り直しです。
きっかけは、深井さんが法人サポーターを始めようとしたことでした。見返りを渡さない個人・法人のサポーターが資本主義の中でどう説明される活動なのかを知りたくなり、経済学やポスト資本主義の流派、資本主義の歴史を調べ直したといいます。
深井さんは、有料化や広告で稼ぐことは簡単だと話します。ただ広告を載せればマス向けに作り始め、本質が失われる可能性が高いため、コテンでは本質に全振りすると決めているといいます。
その結果出てきたものって、なんか失敗でも成功でも人のためになるんじゃないかなと思ってるんですよ。
次回の資本主義シリーズは、全4〜5回ほどのショートバージョンになる予定だと語られています。
まとめ
武則天の晩年は、外敵の反乱、高齢化、後継者問題、張氏兄弟の台頭によって威厳が揺らぎ、神龍革命で幕を閉じました。最終回ではそこから、権力の苛烈さや孤独、歴史を学びながらどう生きるかまで語られています。
- 晩年の武則天は気力の衰えとともに家臣を抑え込めなくなり、張氏兄弟を討つ神龍革命で退位した
- 残酷な面が強調される一方、民衆にとっては比較的良い治世で、門閥政治の抑制や科挙の本格稼働という大きな影響を残した
- 深井さんは、完璧な施策はないと俯瞰しつつ全力で取り組む「ダブルエンジン」と、問い続ける姿勢を語った
- 武則天は孤独に耐え、突き抜けたことで時代を変えた人物として振り返られた
- 次回シリーズは、法人サポーターの構想をきっかけに資本主義を改めて掘り下げる


