なぜ今、もう一度資本主義を学ぶのか
コテンラジオの資本主義編は、「カネを持ってりゃ偉いのか」という問いから始まります。資本主義は、以前の「お金の歴史」シリーズの最終話で一度扱ったテーマです。深井さんはその時の説明を「ちょっと不十分」だったと振り返っています。
深井さんが資本主義を学び直したきっかけは、COTENの法人サポーター募集でした。この仕組みを考えるうちに、深井さんはこれが「ポスト資本主義的」なお金の集め方であり、売り上げの上げ方だと感じたといいます。
資本主義の次の時代の新しい資本主義的なお金の集め方というか、売り上げの上げ方だなと思ったんですよね。
何が新しく、どう新しいのかを理屈で理解したくなり、深井さんは改めて調べ始めました。調べてみると資本主義の話がとても面白かったため、リスナーにも共有しようと考え、急遽このシリーズを組んだそうです。もともと予定していたマルクス・エンゲルス編の前に置くことで、資本主義へのアンチテーゼである共産主義の理解も深まるという狙いもあります。
深井さんによると、周囲の起業家はみな「ポスト資本主義」について考えています。樋口さんも「僕ですら考えてます」と応じました。ただ、ポスト資本主義は「資本主義の次」という意味しか持たない言葉です。樋口さんが指摘するように、その方向性はほぼ無限にあります。
人によって言っていることが違って見える、ふわっとした議論を整理したい。そのために、今回は歴史だけでなく経済学もチームで学んだといいます。COTENがまとめた知識体系を聞くことで、リスナーそれぞれの思考が整理されることも、このシリーズの目標の1つです。
おさらい:資本主義を成り立たせる3つの条件
深井さんはまず、「お金の歴史」シリーズでまとめた資本主義の特徴をおさらいします。資本主義の定義は論者によってバラバラで、どれが正しいとも言えません。そこで前回のシリーズでは、特徴を挙げることで資本主義を理解するという方法をとっていました。
資本主義が成り立つための1つ目の条件は私有財産です。個人が「これを持っている」ことが法的に保障されている状態を指します。王様が財産を奪えるような社会では、この条件は満たされません。
2つ目の条件は利潤動機です。儲けたい、競争したいという気持ちのことで、頑張れば自分に返ってくるとわかっている状態を指します。
3つ目の条件は市場経済で、価格を決めてくれる自由な市場のことです。深井さんは、中世ヨーロッパには開かれた市場経済はおそらくなかったと説明します。何を売ってよいかが規制され、中国の塩のように売買が統制された品目もありました。自由な商業活動ができなければ、自由に値段が決まっていくこともありません。
前回のシリーズでは、これら3条件を支える前提として、生産性を上げようとする「生産性投資」の概念、リスクが分散され法律で保証された株式会社、口座などの高度な金融技術も挙げていました。それでも深井さんは、この説明は「まだ弱い」と考えています。今回は多くの本を読み込み、異論がほとんど出ないところまで特徴を網羅したつもりだと語りました。違うと思う点があれば、怒らずに優しくお便りを送ってほしいそうです。
封建制のヨーロッパで、新しい富は誰のものになったのか
資本主義以前のヨーロッパは封建制の社会でした。深井さんはこれを、王様が領主たちに土地を分け与えている状態だと簡単に説明します。この社会では、領主が余剰生産を出しても、それは王様か領主に吸収されてしまいます。
樋口さんが「頑張りたくないですもんね」と反応すると、深井さんは、封建制ではそもそも私有財産制度が成り立っていないと補足しました。自分の畑を耕しても、その成果は他人のものになってしまうからです。
やがてヨーロッパでは、余剰生産が大きく増えていきます。深井さんが挙げる理由は、アメリカ大陸からの財宝の略奪、アフリカから連れてきた奴隷による労働、植民地での鉱山や農業の開発です。ヨーロッパの外で生まれた新しい富を、ヨーロッパに持ち込んでいたということです。
新しい富を王様のものにするのか、貴族のものにするのか、それとも平民でありながら豊かな実力者のものにするのか。この問題をめぐって、イギリス、フランス、オランダなどで対立が起こりました。
深井さんによると、イギリスは王権が弱かったため、フランスほどの革命を経ずにブルジョワジー ── もともとは都市の商工業者を指し、のちに資本を持つ富裕な市民階級を意味するようになった言葉です的な富裕層へ権利が移りました。フランスでは革命で王が処刑され、富が平民に分配されていきました。実力者たちは富を自分たちのものだと主張する過程で、「僕たちは平等だ」という人権の概念も生み出していきます。
封建制
余剰生産は王や領主に吸収され、私有財産が成り立たない
新大陸の富
略奪、奴隷労働、植民地経営で富が急増する
分配をめぐる対立
王・貴族と、平民の実力者が富を奪い合う
実力者への分配
人権の概念を掲げ、イギリスでは産業革命、フランスでは革命が起こる
王権が低下するなか、イギリスでは産業革命が、フランスではフランス革命が起こり、資本主義が勃興していきます。新大陸の富を分配する仕組みとして少し前の時代に生まれていた株式会社も、ここにうまくはまったといいます。
改めて整理した、資本主義の6つの特徴
深井さんは今回の調査で、資本主義の特徴を3つから6つに増やしました。リスナーが資本主義の問題点だと思っていることや、資本主義とはこういうものだと考えていることは、すべてこの6つのどれかに入るはずだといいます。
1つ目の特徴は、市場経済を前提に成り立っていることです。自由競争ができ、工夫や効率の追求が許されています。その結果、社会の生産性は上がり、人々はとても豊かになりました。
2つ目の特徴は、市場にとって良しとされる行動にしかインセンティブがないことです。深井さんは株式投資を例に挙げます。自分が本当にいいと思う会社に投資しても、儲かるとは限りません。儲かるのは、市場がこれから伸びると評価している会社の株です。
樋口さんが「美人投票みたいなもんかね」と言うと、深井さんはケインズ ── 20世紀イギリスの経済学者。不況時の政府の役割を論じ、現代のマクロ経済学の基礎を築いた人物として知られていますの美人投票の例えを紹介しました。「みんなが美人だと思う人」に投票するルールでは、自分の好みよりも周囲の評価を読んで投票することになります。株式投資もこれと同じ構造だという指摘です。
3つ目の特徴は、資本主義では持続的成長が大事だとされているのに、その成長が生産人口に比例してしまうことです。働ける人口が増えれば経済は成長し、減れば縮小します。日本のように生産人口が減っている社会にとって、これは大きな問題です。
樋口さんは「世の中の原理原則ぐらいに思っていた」と驚きます。楊さんは、成長し続けなければならないという前提こそが問題なのだと補足しました。
資本主義では持続的成長をしなければならないとみんなが思ってるんで、そのためには人口が増え続けなければならないんですよ。
4つ目の特徴は、期待値を定量化できることです。企業の時価総額には将来への期待が乗り、株価に反映されます。しかし定量化されるのは、その会社がどれだけ儲けるかだけです。社会への貢献度や、どれだけ支持されているかは反映されません。
5つ目の特徴は、資本が資本を生むことです。お金を持っていれば、資産運用によってそのお金を増やせます。
深井さんが特に大事だと考えるのが、6つ目の特徴です。それは、資本主義はシステムではなく、我々のOSであるという点です。資本主義は制度だけでなく、文化、イデオロギー、習慣などの総体です。制度を変えるだけで変えられるものではなく、民主主義とも切り離せません。
深井さんは、資本主義というOSは固定されたものではなく動的なものだとも説明します。生まれてからずっと姿を変え続けながら、変わらない部分によって資本主義であり続けているといいます。この点は次回のエピソードで詳しく語られる予定です。
市場経済の前提の揺らぎと、インセンティブ設計の問題
深井さんによると、6つの特徴はすべて課題を抱えています。だからこそ、起業家に限らず多くの人がポスト資本主義を考え始めているという解釈です。
1つ目の「市場経済を前提とする」という特徴について、深井さんは、市場経済の前提そのものが変わりつつあると指摘します。特に大きいのがインターネットの登場です。深井さんは、シェアリングエコノミー、以前に小原さんと話したプロセスエコノミー、クラウドファンディングといった概念が、市場経済を少しずつ変えていると説明しました。
番組内では、こうした変化について次の2点が語られます。まず、市場経済はもともと商品に値段をつける場ですが、制作の過程のように本来は商品でないものにまで価値がつき始めています。次に、家や車を共有するシェアリングエコノミー、サブスク、SaaS ── ソフトウェアを購入せず、インターネット経由で利用料を払って使う提供形態のことですなどが広がり、私的所有という前提が揺らいでいます。市場経済が生んだ新しい経済のあり方が、市場経済の基盤を崩し始めているというのが今の状況です。
2つ目の「市場にとって良しとされる行動にしかインセンティブがない」という特徴について、深井さんはこれが最大の課題だと考えています。人類にとって悪いことでも、儲かればよいという判断が成り立ってしまう構造があるからです。
みんなにとって悪い、人類にとっても悪い。だけど儲かればいいって思ってても、このインセンティブ設計だと成り立っちゃう。
深井さんは、この特徴から起きていることを3つに分けて説明しました。1つ目は、市場の評価に沿って生きても幸せになれないと、多くの人が気づき始めていることです。2つ目は環境問題です。環境破壊について社会で合意ができていれば、破壊しながら稼いでも仕方がないと判断するのが合理的なはずです。それでもその判断ができないのは、インセンティブ設計がおかしいからだといいます。
3つ目は金融資本主義です。利回りのよいものに投資する流れはここ数十年加速し続け、投資先の主役は製造業からIT、そして金融商品へと移ってきました。証券会社や銀行は新しい金融サービスを作り続けましたが、その設計に相当な無理があり、崩れたのがサブプライムローン ── 信用力の低い人向けの住宅ローン。これを組み込んだ金融商品が2007年頃に破綻し、2008年のリーマンショックにつながりました問題です。深井さんによると、ポスト資本主義の本を書いている人は全員がここを問題視していたそうです。
投資先の変遷
製造業からIT、そして金融商品へと利回りの良い先が移る
金融商品の乱造
証券会社や銀行が新しい金融サービスを作り続ける
投資の加速
「儲かるかも」という期待で資金が流れ込む
破綻
無理のある設計が崩れ、サブプライムローン問題が起きる
お金しか測れない物差しと、広がる格差
4つ目の「期待値を定量化できるが、お金しか定量化されない」という特徴は、2つ目の特徴とほぼ同じ内容です。それでも深井さんが分けたのは、期待値を定量化できること自体は素晴らしいと考えているからです。問題は、その物差しがお金しかないことです。そのため、会社で稟議を通そうとしても、儲かるもの以外は正当化できない世界になっています。
深井さんはさらに、人々が未来を予測でき、コントロールできると思い込んでいることも、近代以降の人間の勘違いだと話します。
もう言い切りますけど、勘違いだと思います。予測できません。人類全部外れてますから、何千年も。
5つ目の「資本が資本を生む」という特徴からは格差問題が生まれます。お金持ちはますます豊かになり、貧しい人はなかなか豊かになれません。中世に比べればチャンスはあるものの、是正すべきだという声があります。トマ・ピケティ ── フランスの経済学者。著書『21世紀の資本』で、資本収益率が経済成長率を上回り格差が拡大すると論じましたが、世界一律で資産に累進課税をかけるべきだと主張しているのはその一例です。
深井さんは、富の再分配が行われないことは資本主義にとって大きな欠陥であり、しかもそれを資本主義自体が引き起こしていると指摘します。一方で、格差問題と貧困問題は別物だとも強調しました。貧困は世界的に見ればだいぶ解決に向かっているものの、格差は残っているという整理です。
6つ目の「OSとして機能している」という特徴の課題は、このOSでは人々が幸せになれていないことです。多くの人がそのことに気づいていますが、どうすればよいかは誰にもわかりません。そのため、全員で方向を変えようという合意にはまだ至っていません。樋口さんは、学問分野が細分化されていて統合しづらいことも理由に挙げました。
| 特徴 | 内容 | 抱えている課題 |
|---|---|---|
| 市場経済が前提 | 自由競争で生産性が上がり豊かになった | シェアやサブスクなどで前提が変化している |
| 市場評価にだけインセンティブ | 自分の判断より市場の評価が優先される | 幸福の喪失、環境問題、金融資本主義 |
| 成長が生産人口に比例 | 人口が経済成長を左右する | 人口減少社会では成長できない |
| 期待値を定量化できる | 株価に期待が反映される | お金しか測れず、予測できると誤解している |
| 資本が資本を生む | 資産がさらに資産を増やす | 格差が広がり、富が再分配されない |
| システムではなくOS | 制度、文化、思想、民主主義を包括する | 幸せになれないとわかっても変えられない |
私たちが生きているのは「現代」か、それとも「近代」か
ここから話は、こうした特徴を持つ資本主義が生まれた「近代」という時代に移ります。深井さんの結論は、私たちの基本的な考え方は近代に始まり、今もそこから抜け出していないというものです。
樋口さんが「今は現代ですもんね」と返すと、深井さんは、多くの人が頭の中で思い描いているポスト資本主義的な理想は現代的なものだと答えます。しかし社会はまだ近代的なままで、移行できていないといいます。
だってそれを思っててできてなかったりだとか、やろうとしてる段階でしょ?ってことはまだ近代なんです。
この変わっていない考え方がどんなルーツを持つのかをメタ認知することが大事だとして、ここからは室越さんが解説を担当します。
室越さんは、そもそもなぜヨーロッパ人が経済のシステムを文化や社会と切り離せると考えたのかを問題にします。そして資本主義を2つの側面から見ていくと説明しました。1つは社会思想史のなかで資本主義がどう登場したかという側面で、もう1つは経済学が資本主義をどう扱ってきたかという側面です。今回は前者の社会の側から話を始めます。深井さんも、ポスト資本主義を考えるにはこの2つの視点が両方必要だと補足しました。
ギデンズが描く近代の特徴:時間と空間の分離、脱埋め込み、再帰性
室越さんによると、今が現代なのか近代なのかについては、1970〜80年代のフランスやアメリカで大きな論争がありました。今回は、今も近代が続いていると考える社会学者の視点に立ちます。その1人がアンソニー・ギデンズ ── イギリスの社会学者。近代社会の特徴を「再帰的近代化」などの概念で論じ、政治の「第三の道」の提唱者としても知られていますです。
ギデンズが挙げる近代の1つ目の特徴は、時間と空間の分離です。伝統社会の人々は特定の土地に結びつけられ、時間も日の出や日の入りなど、農業のような生業と結びついていました。一方で近代の人々は、時計という自分の外にある絶対的な時間を持っています。
室越さんは、鉄道を通じてイギリス全土が同じ時間を生きるという出来事が、世界で初めてイギリスで起きたと説明します。深井さんは「それまでは同じ時間を生きてる感覚なんてなかった」と補足し、当たり前だと思っている感覚をメタ認知することの大切さを強調しました。
2つ目の特徴は脱埋め込みです。伝統社会では、人は「誰々さん家の息子」「百姓の息子」「長男」といった社会的な文脈に埋め込まれています。自分が何者かは、社会が規定してくれるものでした。近代の人々は、そうした文脈の外に一度出ています。
自分で自分のことを決めないといけない時代に突入したっていうのは、まさにこの話をしてるのと一緒ですね。
3つ目の特徴は再帰性です。室越さんは、スペイン語で「起きる」を「私は私を起こす」と表現する再帰動詞を例に説明します。近代では、合理的な知見に基づいて自分たちの行動を変えていけるようになりました。樋口さんはこれを「コントローラーを持って自分の体を操作してる感覚」と表現しています。
土地に結びつき、生業の時間を生き、社会が自分が何者かを規定する
時計という外部の時間を持ち、社会的文脈から出て、自分で自分を操作する
こうした変化を制度面で可能にしたのが国民国家です。室越さんによると、国民国家の特徴の1つは監視、つまり出生、婚姻、収入、納税といった個人の情報をデータベースとして管理することです。もう1つは、工業化によって生まれた圧倒的な軍事力を国家が管理していることです。監視、軍事力、工業化、資本主義という4つの特性の組み合わせに、近代の特徴があるといいます。
室越さんは、近代そのものが社会にリスクをもたらしているとも指摘します。環境をコントロールできると考えて環境を破壊すること、人為的な暴力で一瞬にして滅びうるグローバルな軍事秩序の中で生きていること、そして人格に自分で意味をつけなければならなくなったことです。
ヴィクトリア朝と砂糖に見る、近代資本主義の起源
室越さんは、こうした近代の価値観と制度が西ヨーロッパから世界中に広がり、他の多くの文化を押しつぶしていったと説明します。その起点としてとらえているのが、イギリスのヴィクトリア朝です。どこからどこまでを区切るかは学者によって見解が分かれるものの、18世紀半ばから19世紀にかけての社会的変化だと説明されています。
深井さんが「ヴィクトリア朝はどこの国の王朝か」と尋ねると、室越さんはイギリスの王朝で、大英帝国の産業革命の少し後の時代だと答えました。日本では孝明天皇から明治天皇へ代替わりした頃で、フランスではナポレオン3世の帝政が復活し、ロシアではアレクサンドル2世が近代化を進めていた、帝国主義の時代です。
ヴィクトリア朝のイギリスでは経済成長によって中産階級が増え、商業を中心としたリベラリズムの社会が生まれました。深井さんは、中産階級とは貴族ではなく商業をしている人たちのことだと補足します。自由に商売をしたい人々が主役になったので、自由主義が広がったという整理です。
中産階級を生んだ富の源泉は、新大陸からの収奪でした。室越さんはこれを砂糖の歴史で説明します。キューバ、プエルトリコ、バルバドスなどでヨーロッパ人が砂糖のプランテーションを作り、アフリカから連れてきた人々を労働力にしました。砂糖のプランテーションは、工場のような時間管理と大量の人員の合理的な運用を必要とする農業でした。
プランテーション
新大陸で奴隷労働による砂糖生産が始まる
管理技術の転用
奴隷を管理する技術がイギリスの工場管理に転用される
ハイカロリー
安い砂糖で工場労働者が長時間働けるようになる
確率的な思考
難破の多い砂糖貿易から、未来は予測できるという感覚が生まれる
室越さんによると、奴隷を管理する技術はイギリスの工場管理に転用されました。砂糖によって手軽にカロリーをとれるようになり、工場労働者は長時間働けるようになります。また、帆船による砂糖貿易は難破のリスクが高く、利益は確率でしか見込めませんでした。「船の90%が帰ってくるなら、これぐらい儲かる」と考えるうちに、未来は予測できるという感覚が人々に広がっていったといいます。
こうした変化が17〜18世紀を通じて進み、産業革命につながりました。身分はないもののお金を持った人々が大量に生まれ、選挙権の拡大を通じて社会の中で声を持つ存在になっていきます。これがヴィクトリア朝の時代です。
鉄道と進歩主義:社会は右肩上がりだという思い込み
ヴィクトリア朝のイギリスでは、鉄道の登場によって時間意識が変わりました。人類はそれまでにないスピードを手に入れ、速度が重要な概念になります。深井さんは、極端に速いものが現れたからこそ、それまで重視されていなかった速さが大事になったと説明しました。樋口さんは「1日で10回運べるやん」となったのだろうと想像しています。
時間が人間の外にある共通の物差しになると、1つの時間軸の中に世界中の社会を並べられることに人々は気づきます。ヨーロッパ、アジア、アフリカにそれぞれの歴史があると気づき、比較宗教学のような学問も生まれました。
この時間感覚がもたらしたのが進歩主義です。目の前の社会は急速に変化し、どんどん豊かになっていました。そのため、時間が進めば社会は豊かになり続け、社会は右肩上がりなのではないか、という感覚が生まれたといいます。
番組内では、これはたまたま時間の概念を獲得した時期に社会が進歩していたから生まれた結びつきであり、条件が逆なら逆の概念が定着していただろうと語られます。伝統社会では、社会はだめになっていくものだと考えられることが多く、儒教や終末思想もその例です。100年後の世界を今より便利で幸せなものとして描くのは、歴史上でも近代以降の人々くらいだといいます。
さらに、時間軸に他の社会を並べることで、「同じ西暦の年に、ある国は発達しているのに、別の地域はまだ狩りをしている。だから遅れている」という見方が生まれました。発展途上国と先進国という概念もここに由来し、発展すれば先進国になり、民主主義を経てみんな幸せになるという考え方も、おそらく勘違いだと室越さんは指摘しています。
ニュートンからダーウィンへ:資本主義の思想的土台はどう組み上がったか
ヴィクトリア朝に先立ち、ニュートン ── 17〜18世紀イギリスの科学者。万有引力の法則を示し、近代物理学の基礎を築いた人物ですが万有引力を発見しました。羽毛が落ちるのも、天体が運行するのも、人が転ぶのも、すべて同じ法則で説明できる。それまで地上と天上では別の法則が働くと考えられていたため、この発見が西欧の知識社会に与えた影響は非常に大きかったといいます。
知識人たちは、あらゆるものの背後に隠れた法則があるのではないかと考え、電磁気学、有機化学、細菌学などが発展しました。室越さんがつまずきだったと見るのは、同じような不変の法則が人間の社会にもあるはずだと社会科学者たちが考え始めたことです。
最初にその影響を受けたのがベンサム ── 18〜19世紀イギリスの哲学者。功利主義の創始者として知られ、法や社会制度の改革を唱えましたです。「最大多数の最大幸福」で知られる功利主義は、利己的な人間がそのまま振る舞うと全体の幸福を壊しかねないので、その部分だけを規制すれば多くの人がおおむね幸せになる、という考え方です。この考え方は民主主義を強化するとともに、経済学とも合流していきます。
経済にも不変の法則があると考えたのがアダム・スミスです。私利私欲を持った人々が自由に振る舞えば、市場では需要と供給が一致するところで価格が決まります。だから規制は少ないほうがよく、外からの干渉を拒む自由市場という考え方が生まれました。
この自由市場の考え方は、キリスト教によって道徳的にも補強されます。ヴィクトリア朝のイギリスで広まったプロテスタントの福音主義 ── 教義や礼拝の形式よりも、個人の信仰と生き方を重んじるプロテスタントの潮流ですは、神に評価される生き方として労働を重視しました。たくさん働いて利潤を得るほど道徳的になれる、という考え方です。もともと人間は利己的だから市場に参加するとされていたものが、道徳的に正しいから市場に参加するという理屈に置き換えられていきました。
最後に加わったのがダーウィンの進化論です。ダーウィン自身は進化論を人間に当てはめることに慎重で、『種の起源』では最後の章でわずかに触れただけでした。しかし多くの知識人は、人間にも当てはまると考えました。自由競争で勝ち残る者が生き残ることは生物として正しい姿だという社会ダーウィニズムが広がり、それがナチズムにもつながっていきます。
室越さんのまとめでは、社会ダーウィニズムによって自由競争による淘汰が正しいとされ、本来はあまり関係のなかった複数の概念がヴィクトリア朝を通じて強く結びつき、資本主義の思想的土台がつくられました。深井さんは、これが今も変わっていないから近代が続いているのであり、これらの思想がそれぞれ6つの特徴の課題に直面しているからこそ「僕たち全員困ってる」のだと結びました。
ポラニーの「悪魔の引き臼」は何を砕いたのか
この構造を指摘し始めたのが、第二次世界大戦の頃に登場した経済人類学者のポラニー ── ハンガリー出身の経済学者・経済人類学者。『大転換』で市場社会の成立と危うさを論じましたです。ポラニーは人類学の知見から、多くの伝統社会には自由市場がなかったことに気づき、市場を自明のものとする考え方に疑問を投げかけました。
ポラニーによると、自由市場は人々が健康に暮らし、家に住み、社会の一員として生活するという基盤があったからこそ成立しました。ところが、自由市場にはその基盤自体を壊していく作用があるといいます。ポラニーはヴィクトリア朝的な経済システムを「悪魔の引き臼」と呼びました。何でも穴に入れれば粉々にしてしまう引き臼のように、自由市場はあらゆるものを商品にしてしまうという意味です。
室越さんは労働時間を例に挙げます。自由市場では人生の24時間すべてに値段がつき、値段がつく限り人は売ろうとします。そのままでは休めず、寝ずに働けば死んでしまいます。樋口さんが「だからワークライフバランスという課題が出てくる」と言うと、室越さんは、ワークライフバランスは自由市場を制限しようとする試みだと応じました。
まっち売ってきた俺。めちゃくちゃ売ってきたさ、そう考えたら。
室越さんはさらに、自由市場は家族や地域の結びつきも壊すと説明します。家も土地も売れるし、一人で住んだほうが効率よく時間を売れるからです。深井さんは核家族化を例に挙げ、労働力を市場で売るために伝統的な家族が解体され、子育てが大変になったと指摘しました。一人暮らしでは食事、子育て、住まいのコストがすべて上がり、そのコストを補うために賃金を上げようとする、という循環が起きています。
すべてが商品に
労働時間、家、土地にも値段がつく
社会基盤の破壊
休息、家族、地域の結びつきが失われる
反発
伝統的な社会や価値を守りたい人々が増える
戦争や恐慌
ファシズムやナショナリズムが台頭する
ポラニーは、こうした流れが行き詰まると戦争や恐慌が起きると考えました。社会を守りたいという人々の反発が、ファシズムやナショナリズムを生むからです。深井さんは、ナチスのユダヤ人迫害も、富の集中への不満から強制的に再分配しようとした動きとして解釈できると話しました。
一方で深井さんは、これはポラニーの主張の紹介であり、そう思ってほしいわけではないと念を押しています。市場経済が生活基盤を破壊したという言い方は過激だと感じつつも、そう言われて初めて「確かにそうかもしれない」と思える点があることが面白い、という受け止め方です。次回以降に紹介するポスト資本主義の議論にも、壊された基盤を取り戻そうという意見が多くあるそうです。
当たり前を疑うには、メタ認知のエネルギーがいる
室越さんは、埋め込まれている状態では自分が何に埋め込まれているかを認識できないと話します。近代になって脱埋め込みができるようになったといっても、それは専門分野などの一部にとどまり、生活全般はまだ埋め込まれたままだといいます。樋口さんは、鏡のない時代に自分の顔がわからなかったようなものだと例えました。
深井さんは、儲けたら偉い、都会に出て働く、環境に悪くても安いものを選ぶ、無駄でも大量に作って消費するといった資本主義的な「当たり前」が積み重なり、多くの人がしんどさを感じているのが今なのだと語ります。
樋口さんは、自分自身が東京に出て出世や承認、お金を求め、今は核家族で暮らしていると振り返ります。なぜそうしているのかを理解しないまま、社会がそうなっているからと動いてきたことに気づき、「動かされてるんです、多分俺社会に」と話しました。室越さんは、それこそが資本主義をOSと呼ぶ意味だと応じています。
次回の第2回では、経済学者から見て資本主義がどう見え、何が問題とされ、どんな解決策が試みられてきたかを扱います。第3回ではポスト資本主義について今どんな人が何を言い始めているかを紹介し、第4回ではそれらを踏まえてCOTENがどうしていきたいかを語る予定です。
樋口さんが「メモを取りながら2、3回聞いてほしい」と言うと、室越さんは「メタ認知するにはエネルギーが必要」と応じ、深井さんは「元気な時しかできないよね」と締めくくりました。
まとめ
資本主義編の第1回は、資本主義を6つの特徴と課題でとらえ直し、その思想的土台がヴィクトリア朝のイギリスで、砂糖、鉄道、功利主義、自由市場、福音主義、社会ダーウィニズムの結びつきによってつくられたことをたどる回でした。私たちはその近代のOSの中で今も生きていて、だからこそポスト資本主義を考えるには、まず当たり前をメタ認知する必要がある、という問題提起で締めくくられています。
- 資本主義は、市場経済、市場評価へのインセンティブ、生産人口に比例する成長、お金だけの定量化、資本が資本を生む性質、OSとしての性格という6つの特徴で整理され、そのすべてが課題を抱えている
- 資本主義は制度ではなく、文化や思想、民主主義まで含むOSであり、制度を変えるだけでは変えられない
- 進歩主義や「未来は予測できる」という感覚は、ヴィクトリア朝の時代の条件から生まれたもので、普遍的なものではない
- ポラニーは、自由市場があらゆるものを商品にし、自由市場自体を支える生活基盤を壊すと指摘した
- 私たちの考え方は近代から抜け出しておらず、ポスト資本主義を考えるにはそのルーツをメタ認知することが出発点になる




