科学技術の発展を4象限で捉えるDARPAのフレームワーク
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樋口さんはまず、これからの科学がどう発展していくのか、そして北川さん自身がどうしていきたいのかを聞きたいと切り出します。
北川さんによると、科学と技術をどう発展させるかという問いは、国家が非常に大きな問題として捉えているといいます。各国の経済発展や行方を決める重要な役割を担っているからです。
今、科学と技術の発展にどこに一番大きな可能性が眠っていて、かつそれを十分に使い切れてないのかっていうのを考えてる人たちがいるんですよ。
その考える人たちとは、各国の科学技術政策を作る人や、大学へ助成金を出す仕事をする人たちだと北川さんは説明します。
そこで北川さんが紹介したのが、アメリカのDARPAが使っているフレームワークです。科学と技術の発展を、2つの軸で4象限に分けて捉えます。
1つ目の軸は、その問題が社会にインパクトを与えると「すでに知られている」か「知られていない」か。もう1つの軸は、問題の解決に「科学的な発見が必要」か「エンジニアリングだけで足りる」かです。
社会へのインパクトがわかっていて、エンジニアリングだけで解決できる領域は、資本主義によって解決されると北川さんは言います。価値が理解されているので、お金を投下すれば進むからです。
深井さんが「今だと量子コンピューターとAIが完全にそこ」と確認すると、北川さんはAIはすでにそちらへ行き、量子コンピューターも近づきつつあると答えます。
社会への価値がまだ理解されておらず、科学的発見が必要な領域が「基礎研究」だと北川さんは続けます。研究者が知的好奇心や真理の探求のために理解を進める領域です。
残る2つのうち、社会へのインパクトが不明でエンジニアリングで解ける領域は、誰も取り組みません。価値がわからないのにお金だけかけることはしないからです。
DARPAが資金を出してきた「誰も手を出せなかった」領域
北川さんが機会として重要だと指摘するのが、4象限の最後の1つです。社会へのインパクトはあるとわかっていても、科学的な発見が必要なため、なかなか誰も手を出せなかった領域です。
社会へのインパクトがあるとわかってても、なんせ科学的な発見が必要だから、なかなか誰も手を出せなかった、もしくは通常の国の予算の付き方ではタイムスパンが足りないような研究っていうのがある。
この領域に十分な資金が行っていないと強く主張したのが、DARPAだったと北川さんは言います。DARPAがお金を投下したのが、AI、量子コンピューター、そしてモデルナのワクチンの基礎技術でした。
北川さんによれば、DARPAはインターネットを生んだ機関として知られており、今の汎用技術のかなりの数がこの領域から出てきているといいます。
一方で、量子コンピューターのように量子誤り訂正技術が実現しなければスケールできない技術は、民間のお金だけでは進みにくいと北川さんは指摘します。だからこそ国が意図的に長期的な資金を出す必要があるといいます。
北川さんはここでのポイントを整理します。特定の領域は資本主義で勝手に進むが、ある領域は人類が意図的にプランニングして推し進めなければ進まないというのです。
ある特定の領域は人類が意図的にプランニングして、意図的に、しっかりと推し進めていかないと進まない領域がある。
北川さんは、2000年の科学技術の進展で、資本主義が手を出せそうな場所はあらかたやり尽くされた感もあると話します。だからこそ、そうでない場所を見つけて資金や人をつけると結果が出やすいといいます。
さらに北川さんは、そうした資金がGoogleやAmazon、Microsoft、Appleのような巨大企業からも出ていると付け加えます。利益のある企業群が15年、20年かけて量子コンピューターに投資しているのです。
投資できる主体はなぜ変わったのか
深井さんは、この話を見方を変えると資金投下の規模の問題だと解釈します。株式会社や業界レベルでは資金も時間も足りなかったが、国レベルなら大きく投下できるという構図です。
樋口さんは別の見方を加えます。昔は投資すれば儲かる領域がもっと広かったが、今はその領域がやり尽くされてしまったといいます。
利益がある状態の組織みたいなのが国ではなくて、初めて株式会社で誕生してきてみたいな感じなんだろうな。国はずっとお金足んないから。
樋口さんは、昔の巨大企業は鉄道会社のように多額の設備投資を必要としたが、IT企業はそこまでの設備投資が要らないと対比します。エンジニアという人のリソース投資は重要だが、利益として大きく残る構造だといいます。
この文脈で樋口さんは、コテンが作っているデータベースを4象限に当てはめます。既存技術で解決できることはわかっているが、価値がまだわからないとされる象限だといいます。
僕は価値を確信してるからやってるんですけど、なんで価値を確信させるように動くっていう、それはそれで新しいムーブを今やってることになります。
認知の転換が価値を生む、もう一つの領域
樋口さんは、定量化も定性化もできない「認知の変革」という領域が新しく出てきていると話します。今までの延長線上ではなく、捉え方が変わることで価値が変わる世界観です。
北川さんはこれに関連づけ、科学は数学で記述される客観的な学問だが、それをドライブするのが人間である点に難しさがあると応じます。認知が生まれなければ、その問題に取り組もうとしないのです。
北川さんは例として、昔は科学が高尚なもの、技術が泥臭いものと思われ、両者のやりとりが少なかったと説明します。とくに科学者が技術をやることが少なかったといいます。
似た関係が数学と物理にもあったと北川さんは続けます。数学はアプリオリで、現象の前に存在する論理構成であり、神に近い純粋なものと思われていました。
一方で物理は、この世界の現象論でしかないため、人に近い低俗な学問と思われた時期があったと北川さんは言います。そのため常に数学で物理を記述するというヒエラルキーがありました。
物理を使って数学を証明したエドワード・ウィッテン
北川さんは、数学と物理のヒエラルキーをシフトさせた人物として、物理学者エドワード・ウィッテンを挙げます。物理学者でありながら、数学者の賞であるフィールズ賞を取った人です。
ウィッテンの受賞理由には、日本語に訳すと「物理の示唆を用いて新しく深い数学の定理を導き、幾度となく数学界を驚かしてくれた」と書かれていると北川さんは紹介します。数学と物理の関係が逆になっているのです。
数学の定理を証明するときには複数の道のりがあると北川さんは説明します。人が普通に考えると、歴史の流れなどから、ある一定の道を歩みがちです。
ところが物理の直感を使って数式を読み替えると、「自然界はこう歩いている」という別の道が見えると北川さんは言います。物理学者はこれを「物理的直感」と呼びます。
北川さんはボールを例に挙げます。放物線の計算をしなくても、ボールがどこに落ちるかは直感でわかります。それが物理的直感で、ウィッテンほどの天才になると抽象数学の中にもそれが見えるといいます。
物理的にはこうだよみたいな。こうやってボールが落ちるんだよねみたいなのを見て、それをそのまま直感を使って数学記述をしたら、もう今までにはなかったような数学の定理が証明できた。
北川さんは、これがまさに思想的なバリアを超えた例だと位置づけます。物理で数学を証明するはずがないと思われていた時代にはなかったブレイクスルーだからです。
古代にもいたかもしれない、言語がなくて伝えられなかった天才
樋口さんは、こうした転換を牽引するのはインスピレーション系だろうと話します。強いインスピレーションを持つ人がいて、それをどれだけ他者に広められるかが鍵になるといいます。
樋口さんは、古代からそういう天才はいたはずだと想像します。同じレベルの天才がいても不思議ではないからです。
その人たちは多分物理的直感であらゆることがわかってたんだけど、数学的に記述できないので、誰にも伝えれずに死んだやつとか多分大量にいるんですよ。
樋口さんは、そうした人はうさんくさく見られ、何を言っているか周りにわからないが、実は妥当なことを言っていた人がちらほらいただろうと話します。深井さんは、本人からすれば「普通に考えたらこう」なのに、周りにはなぜそうなるかわからない状態だと補います。
北川さんは、この話からもう一つの重要な点を引き出します。コミュニケーションする言語がある程度そろっていることの重要性です。
コミュニケーションする言語がやっぱりある程度そろってるっていうことの重要性でもあるよね。
北川さんは、科学の発展を言語の発展として捉えます。数学という論理学の記述が発展したおかげで、天才的な直感を持つ人たちが同じ土台でコミュニケーションし、論文を書き、議論できたといいます。だからこそ人類は互いの礎に立って進化できたのです。
北川さんは、人文学系の思想のパラダイムシフトは、まだ言語がそろっていない可能性があると指摘します。そして、コテンのデータベースは、その言語をそろえようとする努力の一つかもしれないと話します。
樋口さんは、データベースは不完全だがひとまず認知をそろえようという試みだと応じます。それ以上の努力はできないという世の中への提示だといいます。
深井さんが認識の問題だから難しそうだと言うと、樋口さんは技術の問題だからできると返します。ノーベル賞は要らず、使えるかどうかが問題だといいます。
江戸時代の中でも平賀源内とかに渡したら多分使えるかもしれない。これすげえとか言いながら、何人か使い始めて、みたいな。
29人が集まり17人がノーベル賞を取ったソルベー会議
北川さんは、共通言語を持つ人がどれくらいの濃さで集まり、会話しているかも大事だと話します。その例として、量子力学が生まれた時代を挙げます。
量子力学は発見・発明から100年目にあたり、国際量子年とされていると北川さんは説明します。当初はどう記述してよいかもわからず、数学的にも複雑な、いびつなカーブの学問だったといいます。
その量子力学をめぐって、1927年に伝説的な学会が開かれたと北川さんは紹介します。量子力学を作り上げた物理学者がほぼ全員集まった会議です。
この会議はソルベー会議と呼ばれ、参加者はたった29人だったといいます。樋口さんが「世界変えたんだ、それが」と驚くと、北川さんはその29人のうち17人がノーベル賞を取ったと明かします。
北川さんは、この人たちがそれぞれ理論を作り、当時は手紙でやりとりしていたと説明します。それくらいの濃さで、物理的に言語を共有しながら会話する場を作って発火させないと、力が生まれないといいます。
樋口さんは、今年は海外に出て、興味のある人を捕まえて会を組成するのがよいと感じたと話します。
歴史のデータベースを阻む「学問の横断」というハードル
樋口さんは、歴史のデータベースが難しい理由を、学問領域が横断的だからだと説明します。情報工学だけでも歴史学だけでも処理できないのです。
一つ一つは簡単なんだが、連続性が難しいっていう感じなんだよね。
樋口さんは、歴史の再現性やフレームワークを身体知として持ちつつ、AIやデータベースにも精通した人が世界にほとんどいないと指摘します。そのため理解されにくいといいます。
さらに、歴史は知識大量系のため、詳しい人は基本的に高齢者になりがちで、若い世代に少ないことがネックだと樋口さんは話します。
そこで樋口さんは、研究チームを外注する形で、ビジネスパーソンにその力を実装させようとしていると説明します。一人の人間でやっていたことを、仕組み化・組織化しようという試みです。
技術は止められない。だから「技術現実主義」で向き合う
樋口さんは話題を倫理に移します。科学技術が恐怖を感じるほどのスピードで進む中、倫理の議論を急がないと危ないのではないかという問いです。
北川さんは、これは重要な問題として取り組まれていると答えます。ただ、AIセーフティのサミットなどでは、可能性をどう活かすかより、どう規制を作るかという話に行きがちだといいます。怖いからです。
北川さんは、科学と技術の発展は資本主義と同じくらい人間の本能に根ざしており、止められないと指摘します。真実を知りたい、発見したい、世の中を良くしたいという原始的な思いだからです。
その上で北川さんは、技術への向き合い方に3つの立場があると紹介します。技術悲観主義、技術楽観主義、そして技術現実主義です。
悪いことがいっぱい起こるからやめようという立場
問題は技術で解決できるから大丈夫だという立場
北川さんが注目するのが、第3の軸である技術現実主義です。技術の発展はどうせ起こると受け入れた上で、その中で何ができるかを考える立場です。
所与のものとして、自然の流れとして技術が発展するってものはもう起こるから受け入れようと。ただ、その現実解があった中で我々は何ができるのかってことを考えていこう。
北川さんは、いくら規制しても発展は起こると言います。だからこそ、社会構造やコミュニケーション構造をどう作るかが大事だといいます。とくに技術を作る人や、最初に手にして使う人とどうコミュニケーションを取るかが問われます。
なぜ北川さんはコミュニケーションを重視するのか
樋口さんは、北川さんが拠点とするアメリカは倫理の議論では楽観的なポジションにいる文化圏だと指摘し、投資家と倫理の話をするのかを尋ねます。
北川さんは、アメリカの投資家がそうした話を出すことはあまり珍しいと答えます。北川さん自身が一人の人間として、コミュニケーションを重視すべきだと考えているのです。
なんか俺の中にある文化がどれぐらいそれを重要だと思ってるかに根ざしてるよね、すごく。
北川さんは、投資家の中では異質でも、経営者の中には倫理を考える人が割と多いと補足します。起業家には移民も多く、自分の意志が強くないとできない仕事だからだといいます。
北川さんは、資本主義は均一な色をしているように見えても、経営者が何を重要と考え、どんな文化を会社に持ちたいかにはさまざまな色があると話します。それは個の力によって規定されていることが多いといいます。
100人中1人の悪用をどう防ぐか。2種類の倫理
樋口さんは、量子コンピューターのようにパワーの大きい技術には、2種類の倫理があると整理します。1つは、大多数が正しく使っても、1%の人が悪用して世界を滅ぼしかねないケースをどう防ぐかです。
もう1つは、マスがスタンダードとしてどう使うかという倫理だと樋口さんは言います。核兵器や量子コンピューター、AIが物理や兵器と結びつくと、前者が現実味を帯びます。
起こる可能性は低いが、起きると壊滅的な悪用をどう防ぐか
大多数が日常的にどう使うかという標準的な倫理
北川さんは、AIを例にすると前者がわかりやすいと応じます。AIはごく一部のパワフルな企業や個人にコントロールされている流れができているといいます。
っていう流れができてるから、良くも悪くも個人依存してんなっていうイメージがあります。
樋口さんは、でっかい組織でやっていても、結果的には経営層や、それをリードしてきた個人の特性に依存しているのかと確認します。北川さんはOpenAIをめぐるやりとりを例に挙げ、イーロン・マスクの名前を出します。
深井さんも、最近登場したGrokにイーロン・マスクがかなり影響していると加えます。北川さんは、誰も意図しなかった結果として、そういう構造が出てきていると話します。
樋口さんは、その一人一人がやばかったら危険だと指摘します。だからこそ、北川さんのように一人一人が自分で気をつけることが大事だといいます。
量子コンピュータもAIも、実は狭いコミュニティで進んでいる
樋口さんは、量子コンピューターの開発が、かつてのソルベー会議のように狭いコミュニティで進んでいるのかを尋ねます。
北川さんは、冷却原子を基に量子コンピューターを作るグループは世界にあるが、ほぼ全員が共著者で、非常に近い関係だと答えます。全員が知り合い同士だといいます。
深井さんが、国籍による競争関係はないのかと聞くと、北川さんは関係ないと答えます。アカデミアは大学で一緒に勉強していたようなノリだといいます。
昔なんか一緒に論文書いてるとか、昔ちょっと議論して、全く違う文脈で一緒に仕事してた人たちがみんな違う会社作ってできた。
北川さんは、これはAIも全く同じで、スタンフォードで博士号を取った人たちなど、スーパーに狭いコミュニティで牽引されていると話します。
技術好きの本音。20年後に不老不死もあり得る未来
樋口さんは、ここまで悲観的な話をしてきたが、実は技術がめちゃくちゃ好きで超ワクワクしていると打ち明けます。人文の側から懸念が示されているため、あえてそちら側の話をしてきたのです。
樋口さんは、1歳の娘が20歳になる頃には自動運転が実装され、寿命の概念すら変わっている可能性があると話します。生物科学が進み、あらゆる病気が治り、新しいウイルスにも即座にワクチンができる世界観です。
スタンダードのマジョリティは不老不死ですみたいなことは望めば可能みたいなのが、普通に20年後、30年後にあるわけだよね。
北川さんは、そこまで行くかはわからないと慎重に応じます。樋口さんも、ポテンシャルとしての話だと認めつつ、すごいと感じているといいます。
樋口さんは、ロボティクスより生物科学が先に進むと、ロボットでなくてよくなるのではという話が出たと紹介します。生身の人間にAIを実装した方が早いという発想です。
金属の体より人間の体の方が優秀なんだよね、多分。現時点でも圧倒的に。走れるし、維持できるし、みたいな。
北川さんは「ブレードランナーやん」と反応します。深井さんは、昆虫に極小のAIチップを積んで電気で動かし、火星探索に使う研究を見たことがあると加えます。
樋口さんは、こうした未来では最大のボトルネックが人間のアイデアになると話します。思いつけないことを思いつける人が最大の価値を持つ時代になるといいます。
技術が先に来てしまう時代に、ビジョンをどう示すか
北川さんは、そうなるほど、人類がどこを目指すべきかという指針を議論して深める必要があると話します。どこに向かうべきかというビジョンを示すことが重要だといいます。
北川さんは、今の世の中はすべての技術で現実主義に行きがちだと指摘します。起こるから仕方ないと受け入れた上で対処する話になり、ビジョンの提示の前に技術の発展が来てしまうのです。
北川さんは、ビジョンに合わせて技術を使えれば、その達成のために必要な規制や構造を考えられると話します。しかし今はその順番が逆になっているといいます。
樋口さんは、ビジョンを社会にどう実装するか、社会がビジョンとどう関わって動くかは社会科学の領域だと応じます。そこでコテンから価値提供できたら嬉しいといいます。
自由意志と共助。歴史から見る人間と社会の性質
樋口さんは、最近の喫緊のテーマとして、人間に本当に自由意志があるかがギリギリのラインだと考えていると話します。人の挙動は環境要因に大きく規定されているからです。
樋口さんは、真理を追求したいという本能があっても、それをさせてもらえない社会ではしないと指摘します。欲求として個人単位で持つことはあっても、社会要因の方が大きく規定してしまうといいます。
今のようなリベラルで自由主義的な社会だからこそ、真理追求が先行できるのだと樋口さんは言います。ここで樋口さんは、トップランナーと一緒に考えるべきなのに、全員が歴史を知らないという懸念を挙げます。
一方で樋口さんは、遺伝子レベルで存在するのが共助だと話します。ホモサピエンスは滅びたいとは思わず、助け合いたいと思っているといいます。
ただし人は「仲間」という範囲を規定し、その外の人には感情コストをカットする性質があると樋口さんは説明します。共感はコストなので、世界全員には共感できないのです。
樋口さんは、近代の凄まじい発明が国家だと言います。国家というレベルで共感できたことが、国民国家のリソース動員力の強さにつながったといいます。
今はさらに強いのが株式会社の形態だと樋口さんは続けます。共感はしていなくても利害を一致させる仕組みで、リソースを集めやすいのです。しかしそれが倫理問題とコンフリクトしているといいます。
樋口さんは、こうした課題をCEOたちと一緒に、仮説を立てて考えられたら面白いと話します。北川さんも「やりましょう」と応じ、リアルに集まって話す場の理想を語り合います。
バーニングマンとかもあるし、旅行だとか、みんなでどっかに集まるとか、そういう場の中で多分そういうコミュニケーションが起こるのがやっぱ理想な気がする。
歴史の共通認識はどこまでそろえられるか
北川さんは、歴史を知らないという課題をどう解決するかを問います。ChatGPTのおかげで学ぶ速度が上がり、YouTubeの質も上がったため、歴史の認識をそろえる条件は整いつつあるといいます。
北川さんは、そこを構造的に組み合わせ、ある程度文脈をそろえた上で一緒に会話できるかをうまくプログラム化する必要があると話します。
樋口さんは、国家間では政治が絡むため、この100年ほどの歴史で共通認識を取るのはほぼ不可能に近いと応じます。ポジショントークになってしまうからです。
ただし19世紀以前の話であれば、再現性のある現象については比較的そろえられるのではと樋口さんは言います。とくにビジネスパーソンは共通認識を取りやすいといいます。
こういうことをするとこういうことが起こるよね、歴史的に。それを踏まえて、じゃあ経済活動しましょうみたいなカンファレンスは、本当に日本がやってもいいかもしれない。
深井さんは「じゃあ後で僕27人選んどく」と冗談めかして応じ、まずは29人ほどの会を作ることが今日の学びだと場が笑いに包まれます。
科学技術は人間や社会の理解をどう変えるか
北川さんは逆に、科学や技術が認識の仕方にどう影響を与えられるかをみんなに問いかけます。
樋口さんは、AIの発達が人間社会のシミュレーションに近づいてきた感覚があると答えます。LLMが人間のように振る舞い、意識があると言えるかがテーマになるといいます。
樋口さんは、バイオで作られた体にAIを実装したら人間なのかという哲学的問いが発生し、人間とは何かという問いに実際に近づけると話します。
一方で樋口さんは、社会科学は題材と実証データが少ないのが常に困る点だと指摘します。物理と違い、AlphaGoの初期の棋譜のように材料が少ないため発展させにくいのです。
樋口さんは、AIや量子コンピューターのシミュレーションが発達すれば、架空の人間に人格や先天・後天の要因を今の社会と同じ割合で付与し、何が起こるかをシミュレーションできる可能性があると話します。
樋口さんは、社会科学は本来10の10乗個の因子があるかもしれないのに、人間の認知が追いつかず5つほどに制約してしまうと説明します。機械的な処理でその因子の多さが見えれば、社会科学の見方は明らかに変わるといいます。
まず会議のシミュレーションから。すぐ実現しそうな未来
北川さんは、楽天でマネジメントを始めた頃、うまくいかず反省が多かった経験を語ります。ミーティングを思い返し、あの発言は良くなかったと頭の中でシミュレーションしていたといいます。
北川さんは、その場でどう言えばよかったかを何度も反芻し、発言を言い直していたと話します。すると、こう言えばより良い展開になったと想像しやすかったといいます。
北川さんは、歴史全体のシミュレーションは壮大で時間がかかるかもしれないが、会議の中のちょっとした発言のシミュレーションはもうすぐできるだろうと話します。
樋口さんは、外交のシミュレーションをして実際の結果と照らせば、人間をどれだけ理解できていたかがわかると応じます。同じ結果が出なければ、まだ認知されていない人間の領域があるとわかるのです。
反対意見を集めて戦わせる。深井さんのChatGPT活用法
深井さんは、自分がどうChatGPTを使っているかを紹介します。社会で問題が起き、自分の意見を決めたとき、その意見が合っているかを考えるために、ChatGPTに反論をたくさん出させ、それにさらに反論を出させて戦わせるといいます。
深井さんは、これは自分の意見が間違っているかを確かめるより、サンプルがたくさん出ることに意味があると話します。いろんなパターンがテーブルの上に出た状態で選べるようになるのです。
いろんなパターンが全部テーブルの上に出た状態で選べる状態になっていくんですよね。
深井さんは、哲学的視点、技術的視点、倫理的視点など、いろんな視点からパターンを出させると話します。SNSがない頃は偏ったコミュニティしかなかったが、SNSがライブラリを作ったといいます。
深井さんは、クリティカルな意見やオリジナリティのある意見を言える天才は一部しかいなかったが、ChatGPTはその天才を一瞬で集めて議論させられると話します。これが人文知を進める上で使えるといいます。
北川さんは、樋口さんも深井さんも、より良い意思決定のために日々鍛錬しているのがよくわかると感心します。深井さんは、SNSが出て、自分が正しいと思った瞬間により頭のいい人が別の意見を出し、倫理観が覆る経験をしたのが原点だと話します。
北川さんは、反対意見を取り入れて消化し、意思決定につなげるエネルギーやモチベーションが出ないことこそ、この世の中の大きな課題だと指摘します。
北川さんは、ある有名な経営者が意思決定の際、信頼でき、かつ反対意見を持ちそうな人に自分の意見を述べて感想を聞くという話を紹介します。深井さんは、権力を持つほど反対意見を吸い上げにくくなるので、それを技術で補完できると応じます。
技術で丸裸にされる気持ち悪さと、最適化の先にあるもの
楊さんは、あまり整理できていない感想として、技術に関して2点感じていることを挙げます。1つは、技術や科学によって自分のすべてが丸裸にされる気持ち悪さです。
楊さんは、遺伝子解析やホルモンの分泌パターンがすべて数式化され、クラウド上で計算に使われる状況を例に挙げます。すべてが予測可能なものとしてパターン化される本能的な気持ち悪さがあるといいます。
もう1つ楊さんが挙げるのは、技術が社会や人間を最適化していくという軸です。その最適化の機能が社会の中で並列に広がっていく先に何があるのかという問いです。
個性とか意見のその差分が消滅していくっていう感覚もあるし、意見の対立の究極は戦争であったり、殺し合いとかもあると思うんですけれども、それをなくすことは究極的に人間にとって有益なのか悪いのか。
楊さんは、問題はすべて解決される必要があるのかという問いも投げかけます。そして、科学者や技術者はこうしたことをどう考えているのかを尋ねます。
最適化の先に人間が得るのは「暇な時間」かもしれない
北川さんは、楊さんのポイントは時間の過ごし方に出てくるという仮説を示します。効率性や生産性が上がると、その代わりに人間が持つのは暇な時間ではないかというのです。
その空白の時間に何か人間性を取り戻すっていうか。イメージすべきは、我々がみんな一緒に暇になったらどうなるんだろうっていう想像が一つある。
深井さんは「暇になったらみんなゲームしそう」と応じます。樋口さんは、暇になった結果が今の自分だと自嘲します。ほぼ何もしなくてもご飯が食べられる状態でも、地位の差をつけて個性を出したくなるといいます。
深井さんは、それなら量子コンピューターが発達して全ての問題が解決した世界が幸せかをシミュレーションし、ダメなら全部ぶっ壊そうと冗談を言います。樋口さんは、自分たちが言うのはいいが、実際に作れそうな北川さんが言うと怖いと笑います。
楊さんは、SFで全てがAIにコントロールされる世界に初期化機能を組み込む設定があると話し、星新一のショートショートのような話に及びます。
北川さんは、すでにコントロールされているのが今の可能性もあると話します。ホルモンや腸内細菌がまさにそれで、自覚がなければ大丈夫かもしれないと言います。楊さんは、自分は自由意志で生きているという物語があればいいと応じます。
北川さんから。学ぶことのエンターテインメントを楽しんでほしい
最後に、北川さんが聞き手へメッセージを送ります。科学技術の発展に加え、YouTubeやポッドキャストといったメディアの発展のおかげで、学び理解することがとても簡単になったといいます。
北川さんは、難しいことはいろいろあるが、まずは「そんな風になってるんだ」という楽しみをぜひ体験してほしいと話します。樋口さんも、今日の話で興味を持った人は自分で調べると面白い発見があると呼びかけます。
北川さんは、この分野は日進月歩なので、ニュースを受け取っているだけでも全然違うと付け加えます。こうして、たっぷりと語り合った回が締めくくられました。
最初から読むにはこちら
まとめ
この回は、量子コンピュータ開発者の北川拓也さんを迎え、科学技術がどう発展するのか、そして人類がどう向き合うべきかを語り合った対話でした。DARPAの4象限から始まり、共通言語の重要性、倫理、そしてAIによる社会のシミュレーションまで、話題は広く深く展開しました。
- 科学技術の発展は4象限で捉えられ、社会へのインパクトが既知でエンジニアリングで解ける領域は資本主義が、価値が未知だが発見が必要な領域は国や巨大企業の長期投資が担う
- 科学の進歩は言語の発展でもあり、数学という共通言語がそろったからこそ天才たちが議論を積み重ねられた。歴史の分野ではその言語がまだそろっていない可能性がある
- 量子力学のソルベー会議やアカデミアのように、ブレイクスルーは共通言語を持つ狭く濃いコミュニティから生まれる
- 技術は本能に根ざし止められないため、技術現実主義の立場で、作る人・使う人とのコミュニケーションによってリスクを和らげる必要がある
- AIや量子コンピュータのシミュレーションが発達すれば、会議や外交、さらには社会の因子分析まで可能になり、人間と社会の理解が大きく変わる可能性がある





