民主主義編の余韻と、なぜ今回も14話になるのか
冒頭で樋口さんは、前回まで配信していた民主主義の歴史シリーズに大きな反響があったことを振り返ります。反響の中には、それまでの各エピソードが民主主義の話に集約していったように感じた、という声もあったそうです。
やっぱ民主主義ってすごい現代っていう雰囲気があるじゃないですか。だから現代につながる系譜みたいなものが各時代からバーって来てるみたいな感覚やっぱあったんで。
深井さんは、歴史は全部つながっているので、どのテーマでもそうなるのかもしれないと応じます。楊さんも、民主主義は人類の思考の歴史であり、積み重ねの話だったと補います。
樋口さんは、大きなシリーズの後なので今回はライトなストーリー系になると気を抜いてきたと話します。ところが深井さんによれば、ケマル・アタテュルク編は14話あり、民主主義編より2話も多いとのことです。
民主主義より2話多いってなると、俺らも思わんかったね。
40回以上シリーズを作ってきても話数が読めない理由について、楊さんは会議で深井さんが話していた見立てを紹介します。シリーズを重ねると似たインサイトが出てくるため、リスナーを飽きさせないように違う切り口を探し、勉強量がインフレしていくのではないか、というものです。
一方で樋口さんは、もっとシンプルな理由があると茶化します。収録開始のたびに、深井さんが時計の測り方や手元のスタンドの有無を忘れているというのです。
深井龍之介が過去から学んでないんですよ。
ケマル・アタテュルクとは何者か?
今回のテーマは「ケマル・アタテュルク、一人の男がもたらす近代トルコの夜明け」です。樋口さんはケマル・アタテュルクについて、オスマン帝国編で名前が出てきたトルコの革命家、という程度の印象だったと話します。
今のトルコってトルコ共和国なんですけど、それを作った人ですよね。その前がオスマン帝国で。オスマン帝国を終わらせてトルコ共和国を作った人がケマル・アタテュルクです。
深井さんによれば、ケマル・アタテュルクは今でもトルコの英雄であり、建国の父とされています。名前は世界史で習うものの、何をどうした人なのかを知っている日本人はかなり少ないだろう、とも話します。
ケマル・アタテュルクに詳しい人物として名前が挙がるのが、番組と縁のある鷹鳥屋さんです。楊さんによれば、鷹鳥屋さんはケマル・アタテュルクを「閣下」と呼んでいるそうです。
深井さんは、鷹鳥屋さんと東京のトルコ料理店に行ったときの様子を振り返ります。店には写真ではなく、校長室に飾るような偉人の肖像画としてケマル・アタテュルクの絵が掲げられていたといいます。
楊さんは、トルコ共和国を西洋列強の植民地にならずに近代化を達成した、数少ない非西洋の国として紹介します。番組内では、日本やタイも同じような例として挙げられています。
ケマル・アタテュルクはオスマン帝国を滅ぼしてトルコ共和国を建て、初代大統領に就任した人物です。楊さんは、軍人でもあり政治家でもあり、トルコでは民族の英雄、レジェンド中のレジェンドとして扱われていると説明します。
楊さんによれば、収録時の2023年はトルコ共和国建国100周年でした。現大統領のエルドアン ── トルコの政治家。首相を務めたのち、2014年から大統領を務めています大統領が巨大な霊廟を訪れ、国家のさらなる飛躍を誓う行事もあったそうです。
台本に貼られた肖像写真を見た深井さんは、眼光の鋭さに驚きます。さらに、この人からオールバックという髪型ができたのではないかと思うほど、きれいなオールバックだと感想を漏らしています。
研究が進まなかった理由は「神格化」にあった
楊さんは、ケマル・アタテュルクがあまりに神格化されてきたため、フラットな研究がなかなか進まなかったと説明します。以後の番組では、略して「ケマル」と呼ぶことになりました。
ケマルはトルコ共和国の正当性を支える権威でした。そのため、プライベートなことや良くなかった点を正面から研究する動きは長く起こりにくかったといいます。
ようやく最近になって、比較的フラットに研究する歴史研究家が少しずつ出てきました。今回のシリーズは、そうした研究者の文献を読んで作られているそうです。
神格化の度合いを示す例として、深井さんは「アタテュルク侮辱禁止法」という法律があったことを挙げます。楊さんによれば、建国の父ケマルへのネガティブな意見の表明は犯罪になり、誹謗中傷した者は禁錮1年から3年とされていたそうです。
楊さんが読んだ本には、役場や学校に掲げる肖像画をめぐるエピソードも載っていました。ある町役場の職員が掃除の間だけケマルの肖像画をトイレに置いたところ、逮捕されて解雇されたというものです。
ケマルさんトイレ行かないんですか?
深井さんの冗談に楊さんは「アウト」と返し、深井さん自身も会話ごとカットしてほしいと慌てる一幕がありました。
楊さんによれば、ケマルには女性関係があり、本によってはアルコール依存症に近かったと書かれているものもあるそうです。こうした話題も、つい最近までは全てNGだったといいます。
おさらい:オスマン帝国とカリフ・スルタン
シリーズの本題はオスマン帝国の崩壊過程から始まります。オスマン帝国は以前、メフメト二世 ── オスマン帝国の第7代スルタン。1453年にコンスタンティノープルを攻略し、ビザンツ帝国を滅ぼしましたがコンスタンティノープルを陥落させる回で扱われていました。
深井さんは、その回に出てきた大砲作りのウルバンを思い出し、ずいぶん昔のことだと振り返ります。そこで楊さんと深井さんが、オスマン帝国の成り立ちを「びっくりするぐらい簡単に」おさらいします。
楊さんの説明では、イスラームはもともとアラブ世界の宗教として勃興しました。数百年かけて、ウマイヤ朝やアッバース朝といった王朝が生まれていきます。
深井さんによれば、イスラームの権力はその後、アラブ世界から周縁地域へと移っていきます。ついには周縁から生まれたトルコ人のオスマン帝国のほうが大きくなり、イスラームの権威の主体のようになる時期もあったといいます。
アラブ世界で勃興
ムハンマドの時代、イスラームはアラブ世界の宗教として始まる
王朝の成立
数百年かけてウマイヤ朝、アッバース朝などが生まれる
周縁へ広がる
権力がアラブ人の世界から周縁地域へ移っていく
オスマン帝国の台頭
トルコ人のオスマン帝国が大きくなり、イスラームの権威の主体になる時期も
深井さんは、オスマン帝国が600年以上続いた巨大な帝国だったことを強調します。そのうえで、押さえておくべきキーワードとして2つの地位を挙げます。
1つは宗教的権威のトップであるカリフ ── イスラーム共同体の指導者の称号。預言者ムハンマドの後継者を意味し、時代によっては複数の勢力が名乗りました、もう1つは世俗権力のトップにあたるスルタンです。深井さんは、厳密には違うと断ったうえで、教皇と王様のような違いと捉えてもそこまでおかしくないと説明します。
宗教的権威のトップ。教皇に近い感覚。カリフが乱立する時代もあった
世俗権力のトップ。王様に近い感覚。オスマン皇帝はもともとスルタンだった
カリフは時代によって乱立し、3人ほどが同時に名乗ることもあったといいます。一方、オスマン帝国にしかカリフがいない時代もあり、オスマン皇帝がスルタンとカリフを兼ねる状態にもなりました。
楊さんは、オスマン帝国が近代まで国際政治の一大アクターであり続けた「スーパー帝国」だったとまとめます。帝国の時代から国民国家の時代へ移る大きな流れの中で、ケマルが登場するという構図です。
長く続いた組織はどう崩壊し、どう立ち直るのか?
深井さんは今回の勉強を通じて、長く続いた組織や王朝が崩壊するときに何が起こるかには、強い再現性があると感じたと話します。
やっぱすげえ再現性があんだよね。やっぱホモサピエンスがこういう環境において、こういう状態に置いたら、こういう性格のやつがこういうことしてみたいなのは変わんないんだよね、どこでも。
深井さんは、オスマン帝国の崩壊は株式会社のアナロジーとしても使えると考えています。ただし、歴史をアナロジーに使うことは本来あまり良くないとも付け加えます。
深井さんの説明では、アナロジーとは類似する事例を持ち出し、目の前の出来事を同じものとして見ることです。安易に使うと、ディテールを飛ばして違うものを同一視し、かえって物事の理解の解像度が粗くなってしまいます。
それでも深井さんは、オスマン帝国の崩壊については、崩壊する組織のプロセスとしてめちゃくちゃ学びになると感じたといいます。
深井さんが注目するのは、明治維新やトルコ共和国の成立のように、崩壊の後にすぐ立て直せたケースです。完全に崩壊してしまう例と比べることで、回復するときに何が起こるかにも再現性が見えてくるといいます。
普段はちょっとあんまりこういうことを勧めないですけど、今回はかなりそうだなって思いましたね。
楊さんは、自分は一度会社を崩壊させているので、2回目以降どう崩壊させるかを学びたいとボケます。深井さんは「崩壊学びたい人は崩壊させる方を学んで」と返し、意図がずれていると突っ込みました。
崩壊期の具体例として深井さんが挙げるのは、メフメト二世の時代に活躍したイェニチェリ ── オスマン帝国の常備歩兵軍団。精鋭として帝国の拡大を支えましたが、後期には特権化し、改革の妨げになったとされますです。番組ではかつて、高田さんが持ってきた衣装を着て収録したこともありました。
深井さんによれば、イェニチェリは帝国の最盛期には大活躍しましたが、末期には腐敗していました。楊さんが「既得権益になる」と補うと、深井さんは、そうした軍団が改革の邪魔をし続けるところも含めてエモいと話します。
「古いものは悪」と見ないためのシリーズの留意点
本題に入る前に、楊さんはシリーズの留意点を説明します。ケマルは改革者であり、帝国というシステムやイスラームという宗教を悪と断罪して捨て、新しいものに切り替えていった人物です。
帝国というシステム、イスラームという宗教
近代化、国民国家、西洋の法律の導入、民主化
楊さんは、こうした構図の歴史を学ぶとき、人は古いものが悪で新しいものが良いと捉えがちだと指摘します。今回のシリーズは、あくまでケマルが当時のゲームルールの中でどう戦ったかを見るケーススタディだといいます。
番組として、社会進化論 ── 社会は進化の法則に沿って低い段階から高い段階へ進歩していくとする考え方。19世紀にダーウィンの進化論の影響を受けて広まりましたのような歴史観を提唱しているわけではありません。楊さんは、そこはフラットに聞いてほしいと話します。
ここ結構重要ですね。なんかついついなんか社会はずっと右肩上がりに進化し続けているものっていう捉え方をしちゃいがちですもんね。
深井さんは、ケマルの見方を観察することで、自分たちも社会を同じように見ていたとメタ認知しやすくなると話します。たとえばケマルは科学を強く信奉していましたが、科学を信奉する傾向は現代にも続いていると指摘します。
宗教否定してるつもりの人たちも、ただ科学を宗教のように信仰してるだけだったりするわけでだよね。
深井さんは、科学を本当に勉強すれば限界が見えてくるはずで、限界を知らずに完全に信奉するのは宗教と同じ構図だと説明します。ただし、それが悪いと言っているわけではないとも強調します。
深井さんが大事にしているのは、人間が同じことを繰り返している事実を批判せずに学ぶ姿勢です。以前の年功序列の回でも、当時はそういう時代だったからそれでいいと話していたと振り返ります。
そのうえで深井さんは、ここまでの話が批判的に聞こえたかもしれないと断りつつ、ケマルはフラットに見てもめちゃくちゃすごい人だと強調します。
フラットに見てすげえってすげえじゃん。
楊さんは、ケマルを高杉晋作 ── 幕末の長州藩士。奇兵隊を創設し、倒幕に向けた長州藩の動きを主導しましたとビスマルク ── 19世紀プロイセン・ドイツの政治家。ドイツ統一を主導し、「鉄血宰相」と呼ばれますを足したような人物だと表現します。深井さんも、打ち合わせでは「上位互換っぽい」と話していたと明かします。
ただし、ケマル本人が登場するのは第6話からで、それまではオスマン帝国の時代背景の話が続きます。樋口さんは、ケマルにはリンガーハットで食事でもして、ゆったり待っていてもらおうと笑い、第1回を締めくくりました。
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まとめ
ケマル・アタテュルク編の第1回は、トルコ建国の父の偉大さと神格化の実態を確認したうえで、オスマン帝国の基礎と、崩壊と再生のプロセスをフラットに学ぶためのシリーズの前提を示す回でした。
- ケマル・アタテュルクはオスマン帝国を終わらせてトルコ共和国を建て、今もトルコで民族の英雄とされる
- アタテュルク侮辱禁止法があるほど神格化されてきたため、フラットな研究は最近まで進みにくかった
- オスマン帝国は、宗教的権威のカリフと世俗権力のスルタンを兼ねる時期もあった「スーパー帝国」だった
- 深井さんは、長く続いた組織の崩壊と回復のプロセスには強い再現性があり、学びが多いと感じている
- 番組は「古いものは悪、新しいものは善」という社会進化論的な見方をとらず、ケマルを当時のルールの中で戦った人物として扱う






