スーパーマンもウルトラマンも「嘘くさい」?
やなせたかし編の第5回は、アンパンマンの人気が広がる話に入る前に、やなせたかしがアンパンマンにどんな哲学を込めたのかから始まります。出発点は、既存のヒーローたちが語る正義への疑念でした。
戦後の漫画やテレビには、スーパーマン、バットマン、スパイダーマン、月光仮面、ウルトラマンなど、多くの正義の味方が登場しました。やなせたかしは、そうしたヒーローたちを見て「嘘くさい」と感じたと紹介されています。
やなせたかしは、飢えや戦争を直接体験してきた人物です。その目から見ると、ヒーローたちは飢えた人を助けに行くことをせず、悪者や怪獣を倒し、戦いの中で街や森を壊しておきながら「正義が勝った」と言っているように映りました。
服装への違和感もありました。どんなに戦っても、ヒーローの服は破れも汚れもしません。やなせたかし自身は、戦地から引き揚げたとき服はボロボロで真っ黒になり、アメリカ兵を見て惨めな気持ちになっていました。その体験と比べると、リアリティがないと感じたようです。
さらに、自分の偉さを誇示するヒーローは自分をアピールするコマーシャルのように見え、兵器が撃ち合い爆発する描写は戦争賛美のようにも思えたといいます。戦争をしている国同士はそれぞれ自分を正義だと言いますが、その間にも子どもたちが死に、餓死している。そうした残酷な現実に、ヒーローたちは応えられているのかという問いです。
番組では、ウルトラマンやバットマンにもエピソードによって深い話があるとしたうえで、これはあくまでやなせたかしの考えだと断っています。
逆転しない正義は「食べ物」だった
既存ヒーローへの疑問から、やなせたかしは本当の正義を行う新しいヒーローを描きたいと考えるようになります。正義はある日突然逆転する不安定なものなので、単純な善と悪の対決を描いても意味がない、というのが出発点でした。
そこでやなせたかしが行き着いた答えは、逆転しない正義は食べ物だというものでした。目の前で餓死しそうな人がいれば、その人にひとかけらのパンを与えること。与える愛と献身は、どんな状況でも正義であり続けると考えたのです。
この考えは机の上で組み立てたものではなく、戦時中の飢えの体験に基づいています。番組では、体験に裏打ちされているからこそ説得力があり、信念に血が通っていると語られています。
やなせたかしは、悪い人をやっつけるヒーローではなく、ひもじい人を助けるヒーローを作ろうと考えました。自分の身を犠牲にしてでも食べさせてくれる人がいたら、人間にとってどれだけありがたいか。これがアンパンマンの原点です。
そうした正義を行うヒーローは、決してかっこよくありません。天下無敵のスーパーマンとは違い、人を救えば割を食い、戦えば傷つき、理解も感謝もされないことがある弱い存在です。やなせたかしは、この現実世界をそのままヒーロー像に反映させるべきだと考えました。
安全圏から人を助けて褒められたいだけでは、正義のレベルとしては低い。傷つく覚悟で自分から動くことが本物のヒーローだ、という考えです。こうして生まれたのが、世界最弱で最もかっこよくないヒーロー、アンパンマンでした。
悪者や怪獣を倒す。服は汚れず傷つかない。自分の正義や偉さを誇示する
飢えた人に食べ物を与える。弱点があり傷つく。威張らず慎ましい
初期のアンパンマンは、太った汗だくのおじさんとして描かれていました。顔がパンになってからも、濡れたり汚れたりして食べられない状態になると力が出ません。
アンパンマンの弱点は、食べられる状態、つまり人を助けられる状態にあって初めて元気が出るという設定です。人を助けるために顔をかじらせればエネルギーを失う。その弱さに人は共感し心を打たれる、とやなせたかしは考えたのではないかと語られています。
なぜ「愛と勇気だけが友達」なのか
アンパンマンのマーチの「愛と勇気だけが友達」という一節は、覚悟のことを言っていると番組では解説されます。人を助けるとき、まず自分が傷ついてもいいと思うことが大事で、誰かを巻き込まないと人を助けられないのはまだレベルが低い、という考えです。
人を助けるときも戦うときも、まず自分一人から始める。その時点では一人なので、自分を動かしてくれるものは愛と勇気だけになります。ゼロからイチを始めるのは、いつも自分自身だということです。
アンパンマンのもう一つの特徴は、威張らないことです。「俺が正義だ」「俺が偉い」とは言わず、自己顕示欲のためではなく、困っている人に手を差し伸べるだけ。この慎ましさも、やなせたかしにとって大事な要素でした。
一方でやなせたかしは、現実の厳しさも理解していました。現実の人はみな傷つきたくないし、長いものに巻かれたい。それでも誰かが本物の正義を実行しないと世の中は悪くなっていく、と考えていたといいます。
ただし、いきなり日本全体のために良いことをするのは難しいので、自分の範囲でやればいいとも言っています。自分の周りの人を助ける人が増えていけばいい。やなせたかし自身は、作家として自分にできる範囲で人のためになることをしている、という目線を持っていました。
この「自分の範囲で」という考えは、アンパンマンの姿とも重なるという話になります。アンパンマンの顔は世界に1つしかなく、一度に顔をちぎって分けられる相手は限られるからです。
フランケンシュタインの怪物と青い鳥の意外な合体
アンパンマンのキャラクターデザインにも、やなせたかしの哲学が落とし込まれています。その元ネタは、フランケンシュタインの怪物と『青い鳥』だと紹介されます。
フランケンシュタインの怪物 ── イギリスの作家メアリー・シェリーが1818年に発表したゴシック小説『フランケンシュタイン』に登場する人造人間。フランケンシュタインは作った科学者の名前で、怪物自身には名前がありませんは、繊細で知的な魂を持ちながら、外見が醜いために忌み嫌われる存在です。言葉を覚え、歴史を学び、人を助けても、その優しさは認められませんでした。
この外見と内面のコントラストが、アンパンマンに生かされました。みんなから馬鹿にされるかっこ悪い外見に、人を助ける正義の心を持たせるというコンセプトです。
出演者たちは、アンパンマンの顔が「かっこ悪い」デザインとして生まれたことに驚きます。今ではスタンダードになりすぎて、かっこ悪いとは誰も思っていないからです。アンパンのイメージ自体も、アンパンマンによって良くなったのかもしれないという話も出ます。
フランケンシュタインの怪物は、雷を死体に浴びせるという超自然的な力で生まれた命です。アンパンマンの誕生にもいくつかのパターンがあり、嵐の夜にジャムおじさんが人の形に作ったパンに雷が落ちて誕生したという話と、アンパンの種に空から降ってきた命の星が宿って誕生したという話が紹介されています。
もう一つの元ネタは、ベルギーの作家モーリス・メーテルリンク ── ベルギーの詩人・劇作家。チルチルとミチルが幸せの青い鳥を探す『青い鳥』で知られ、1911年にノーベル文学賞を受賞していますの『青い鳥』です。この物語にはパンの妖精が登場し、そのコンセプトもアンパンマンに生かされました。
パンの妖精と怪物という遠い題材をつなげた発想について、番組では文学少年だった経験が生きていると語られています。
なぜアンパン?12キロ歩いた少年の原体験
アンパンが選ばれた背景には、やなせたかしが子どもの頃、空腹のときにアンパンをもらった原体験があります。幼い頃、遠くへ遊びに行って財布を落とし、食べ物も電車の切符も買えなくなってしまったのです。
夜が近づき、周りは知らない人ばかり。やなせ少年は仕方なく、12キロ離れた家まで線路沿いを歩いて帰ろうとしました。周りの大人は、少年がお金もなくお腹を空かせて困っていることに誰も気づきませんでした。
心細く歩いていたところで「やなせ君」と呼ぶ声がして、振り返ると友達とその母親がいて助けてくれました。帰りの電車で食べたアンパンが、死ぬほどおいしかったといいます。
このとき、やなせたかしは子ども心に、本当のヒーローとはささやかな親切を惜しまない人なのだと思い、いつかそういう話を書きたいと考えていたそうです。
アンパンを選んだ理由はもう一つあり、アンパンは日本人のアナロジーだという話も紹介されます。パンは外国のもので、あんこは日本のもの。中身は日本人でも外側は洋服を着ている日本人の姿に重ねたという発想です。
「空飛ぶアンパンは下品」と酷評された絵本
こうしてアンパンマンを世に送り出したものの、やなせたかし本人は子どもたちに好かれるか強い不安を抱えていました。フレーベル館から出た最初の絵本のあとがきでも、「こんなアンパンマンを子どもたちは好きになってくれるでしょうか、それともテレビの人気者の方がいいですか」という趣旨の弱気な言葉を書いていたと紹介されます。
実際、アンパンマンは大人たちから厳しく批判されました。出版社の編集部からは、こんな絵本はこれきりにしてほしいと言われ、童話には王子様やお姫様が出てくる話がいい、空飛ぶアンパンは下品だとまで言われたといいます。
- 出版社の編集部: こんな絵本はこれきりに、空飛ぶアンパンは下品
- 幼稚園の先生: 顔をちぎって食べさせるなんて残酷
- 絵本の評論家: 図書館に置くべきではない、今の子はメカの話でないと受けない
あまりに否定されたため、やなせたかしはしばらくアンパンマンを描くのをやめた時期もありました。本当に描きたいのはアンパンマンなのに、他のものを描いても自分らしくないと苦しんでいたそうです。
アンパンマンは亡き弟の面影だった
それでも、やなせたかしのアンパンマンへの愛着は消えませんでした。漫画の世界には天才がそろっていて戦う前から負けている、人生の後半に差し掛かった今はもう戦うのはやめて、描きたいものに集中しよう、と開き直ったのです。
やなせたかしは、世界中でたった一人、自分だけがアンパンマンの熱烈なファンであればいい、誰が喜ばなくても編集者が反対しても描き続ける、と考えるようになりました。
その根底には、亡くなった弟の面影がありました。弟も丸顔で、アンパンマンが弟に見えてきたため、捨てることなどできなかったといいます。番組では、描くのをやめたら今度こそ弟を永遠に失ってしまう不安があったのではないか、という語り手の想像も添えられています。
描く場として選んだのが、やなせたかしが編集長を務めていた雑誌詩とメルヘンでした。いわば自分の城で、大人向けの『熱血メルヘン 怪傑アンパンマン』を描き続けたのです。
この大人向けのアンパンマンはダークヒーローとして描かれています。あるエピソードでは、悪徳食品会社の社長がジャムおじさんのパン工場を買収しようとして森に放火し、工場は焼き払われます。怒ったアンパンマンは社長のヘリを襲いますが、策略にはめられて逮捕され、牢屋で鎖につながれてしまいます。
何もかも嫌になったアンパンマンの牢屋に、窓から1個のアンパンが投げ込まれるところから物語が再び動き出します。このアンパンマンは、パンを与えるのは飢えた人を救うためではなく、飢えた人の中に自分が生きるためだ、という解釈を持っていたと紹介されています。
それでも世間からの評価は低く、やなせたかしは60代に差し掛かっていました。引退も考える中、妻の暢さんだけは「外見は良くないけれど、普通の人と違うところがあるから、いつか必ず認められる」と励ましていたといいます。
大人に酷評され、子どもに見出された
アンパンマンを酷評していたのは、すべて大人でした。一方、子どもたちの間では人気がふつふつと育っていました。
やなせたかしの家の近くの写真屋の主人は、幼稚園に通う息子が毎晩アンパンマンを読んでくれとせがむと話していました。図書館ではアンパンマンがいつも貸し出し中で、新品を入れてもすぐボロボロになる。フレーベル館のアンパンマンのステッカーを貼ったワゴン車が幼稚園や保育園に入ると、子どもたちが大喜びしたそうです。
子どもは漫画に夢中で絵本など見向きもしないと思っていたやなせたかしは、これに驚きました。アンパンマンを最初に認めたのは、字もまだ読めない3歳から4歳ぐらいの幼児でした。権威や世間の評判を気にせず、好きか嫌いかで本能的に判断する読者です。
注目すべきは、やなせたかしがここで欲を出して売ろうとしなかったことです。小さな読者と真剣に向き合い、「傷つくことなしに正義は行えない」というメッセージを意識的に作品へ入れるようにしました。
周囲からは、読者が小さい子どもなのだからグレードを下げてほしいと何度も言われましたが、やなせたかしは応じませんでした。物語や歌を作るときに子ども向け・大人向けを区別せず、子どもも大人も一緒に感動しなければならないと考えていたからです。
アンパンマンのマーチの「何のために生まれて、何をして生きるのか」という歌詞も、子どもには難しいと指摘されていました。それでもやなせたかしは、子どもたちは平気で歌っているし、この歌を子どもの頃から歌っていれば考えることが自然と身につく気がする、と退けたといいます。
そうですよね。合わせにいってないですもんね、なんか。
アニメ化は何度も潰れ、若いプロデューサーが通した
アンパンマンの人気を決定づけたのはアニメ化でしたが、その道のりは一筋縄ではいきませんでした。本格的なテレビアニメの前に、NHKで紙芝居形式のアニメが放映されていたほか、1984年制作の『アンパンマンとバイキンマン』という幻のアニメ版も残っているそうです。
この1984年版は、バイキンマンが巨大化したアンパンマンに捕まり、太陽の熱で焼き殺されるという衝撃的な結末です。どのように使われた作品なのかは、調べてもわからなかったと語られています。
テレビアニメ化の企画は何度も持ち上がっては潰れました。テレビ局側には売れなさそうだという意見が強く、さらに顔を与える設定を変えてほしいといった改変の要求を、やなせたかしは拒み続けました。
スポンサーに内定していたパンメーカーからは、バイキンを連想させるキャラクターは商品にプリントできないとして、バイキンマンを削除してほしいという要望も寄せられました。やなせたかしがそれを受け入れるはずもなく、スポンサーが降りることもあったといいます。
今やこんな心配全くしなくていいのはわかるけど、こうやって心配するよね。
それでもアニメ化が実現したのは、熱心な若いプロデューサーが粘り強く企画を出し続けたからでした。このプロデューサーは、自分の子どもが通う幼稚園で、たくさんの絵本の中から1冊だけボロボロになるまで読まれた絵本を見つけ、それがアンパンマンだったことで自信を持ったといいます。
日本テレビで『それいけ!アンパンマン』の放送が始まった当時は、昭和天皇の病状悪化による自粛ムードで、新番組の告知やイベントがしにくい空気でした。放送局も少なく、視聴率が取りにくい時間帯に置かれるなど、条件は良くありませんでした。
それでも放送が始まると視聴率を取り、文化庁から表彰されるなど全国的な人気になります。するとテレビ局や出版社の態度は一変し、スポンサーがつき、放送期間や放送エリアを広げようという話が次々に出てきました。
大人たちの酷評
編集部・幼稚園の先生・評論家から批判され、描くのを一時やめる
自分の城で描き続ける
編集長を務める雑誌で大人向けのアンパンマンを連載
幼児たちの支持
図書館で常に貸し出し中、絵本がボロボロになるほど読まれる
アニメ化
若いプロデューサーの粘りで実現し、全国的な人気に
すごいよね。だから子供から見たらめっちゃ良かったけど、大人にはそれがずっと分からなかったとかね。
子どもがなぜこれほどアンパンマンを好きなのかは、出演者たちにもよくわからないという話になります。自分の子どもも2〜3歳頃に夢中になったという実感や、フォルムや世界観、ご飯をあげるという行為に何かがあるのかもしれないという推測が出ます。
それ要素分解して研究した方が良くない?何がそんなヒットするんかって。
69歳でようやく空いた「満員電車の席」
アンパンマンは、漫画のコミックを原作にアニメ化するのが常識だった時代に、絵本とメルヘンの世界から出てきて天下を取った異色のヒーローでもありました。
アニメが始まったとき、やなせたかしは69歳でした。せめて1年は続けたいと始めたアニメは、30年以上続いています。配信サービスで1200話といった表示を見たという話や、おもちゃ屋にアンパンマンだけのコーナーがあるという話も出ます。
このヒットについて、やなせたかしは満員電車のたとえで語っています。手塚治虫や石ノ森章太郎のような天才がひしめく漫画界に自分の座る椅子はなかったが、承知で満員電車に乗り込み、途中で降りずに立ち続けていたら、ある時目の前の席が空いた、というものです。
70歳を過ぎるまで代表作がなく、人の活躍を見ながら立ち続けた時間も、アンパンマンに出会い育てるための準備期間だったのかもしれない、とやなせたかしは振り返っています。番組では、たまたま席が空いただけだと語る、その威張らない姿勢にも注目しています。
弱さがあるから愛される、というやなせたかしの分析
アニメの第1話にも、やなせたかしの哲学が込められています。生まれたばかりのちびアンパンマンを助けようとしたジャムおじさんが崖から落ち、逆にアンパンマンに助けられます。
ジャムおじさんから「お前には力がある。勇気も優しい心もある。ありがとう、アンパンマン」と言われ、ちびアンパンマンは心がホカホカすると感じます。人を助けると胸があたたかくなる、というのがアニメでのアンパンマンの原体験です。
やなせたかしは、アンパンマンが子どもたちに愛される理由の一つを、強さだけでなく弱さがあることだと分析しています。顔をちぎって差し出すと元気を失うけれど、顔を取り替えればまた空へ飛んで誰かを助けに行く。弱さと強さを兼ね備えた姿です。
やなせたかしは、地球上に何十億人いても完全な人は一人もいないし、もしいても完全無欠な人と友達になりたくはないと考えていました。人は弱さに共感して心を動かされる。だから他のキャラクターを作るときも、強い部分と弱い部分、善の部分と悪の部分を両方持たせるようにしていたそうです。
そして、アンパンマンの弱さという魅力を最大限に引き出す存在がバイキンマンだと予告され、最終回でバイキンマンの話をすると締めくくられます。
まとめ
やなせたかしのアンパンマンは、戦争と飢えの体験から「逆転しない正義は食べ物を与えること」という哲学を掴み、あえて弱くかっこ悪いヒーローとして生まれました。大人たちに酷評されながらも描き続け、先入観のない幼い読者に見出され、69歳でアニメ化によって花開いた姿は、作品の哲学そのものと重なって見えます。
- 既存ヒーローへの疑念から、飢えた人を助けることを「逆転しない正義」と考えた
- 傷つく覚悟で一人でも動くことが「愛と勇気だけが友達」の意味だと解説された
- 元ネタはフランケンシュタインの怪物と『青い鳥』のパンの妖精、アンパンは子どもの頃の原体験
- 大人に酷評されても描き続け、3〜4歳の幼児に支持されてもグレードを下げなかった
- 若いプロデューサーの熱意でアニメ化が実現し、30年以上続く作品になった



