発端は「お金」だった? 植民地戦争と英仏の経済格差
フランス革命に至った経緯について、深井さんはまず、当時のフランスという国が財政破綻したことが発端だと説明します。革命は、実はお金の問題から始まっているといいます。
お金ですか。
財政破綻の背景として深井さんが挙げるのが大航海時代 ── 15〜17世紀ごろ、ヨーロッパ諸国が航海によってアフリカ、アジア、アメリカ大陸へ進出した時代。新航路の開拓と植民地獲得が進みましたです。新しい大陸を発見したヨーロッパは、新大陸やアジアへ目を向け、そこを植民地化していきます。
植民地にすると経済がよく回るため、ヨーロッパ中が競って新しい植民地を取ろうとし、戦争を繰り返しました。深井さんによれば、その戦争をやりまくった結果、各国は基本的に莫大なお金を使ってしまったといいます。
競って新しい植民地を取ろうとして、戦争をめちゃくちゃやるわけです。植民地を巡ってヨーロッパ中が。
18世紀に入ると、植民地争いはイギリスとフランスの二強状態になります。イギリスはこの時期に産業革命 ── 18世紀後半のイギリスで始まった、機械の導入による生産技術の大変革。工場制の生産が広がり、経済や社会の構造が大きく変わりましたを起こし、植民地戦争でも優位に立ちました。
その結果、フランスは劣勢になり、イギリスとフランスの間に経済格差が生まれます。深井さんは、この英仏の経済格差がフランス革命のトリガーの1つになっていったと話しています。
植民地争いから英仏の格差、そしてフランスの財政破綻へと至る流れを整理すると、次のようになります。
大航海時代
ヨーロッパが新大陸やアジアに目を向け、植民地化が進む
植民地戦争
植民地を巡ってヨーロッパ中が戦争を繰り返し、各国がお金を使い果たす
英仏の二強
18世紀にイギリスとフランスの二強状態になる
イギリスの優位
イギリスが産業革命を起こし、植民地戦争でも優位に立つ
フランスの劣勢
英仏の経済格差が生まれ、フランスは戦争で財政破綻へ向かう
新大陸の発見が、なぜ「啓蒙思想」を生んだのか
フランス革命の2つ目の背景として、深井さんは啓蒙思想 ── 17〜18世紀のヨーロッパで広がった思想運動。理性によって伝統や権威を問い直し、人間の自由や平等、社会のあり方を考え直そうとしましたを挙げます。樋口さんは「言葉だけは聞いたことある」と反応し、深井さんは教科書にも載っている、これが結構面白いと話を始めます。
深井さんによれば、大航海時代以前のヨーロッパは、基本的にユーラシア大陸とアフリカ大陸しか知らず、その大陸が世界だと思っていました。当時の基本的な概念だったキリスト教も、聖書のアダムとイブの話から始めて、その世界を全部説明していたといいます。
(アメリカ大陸を)発見した時にそれ(キリスト教による世界の説明)が崩壊するんですよ。世界の説明がね、一回できなくなっちゃうわけ。
コロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチ ── イタリア出身の航海者。新大陸がアジアではなく別の大陸だと主張したとされ、「アメリカ」という名前の由来になった人物ですらが新しい大陸を見つけると、そこには全く知らない文化と世界が広がっていました。新大陸の人々は果たしてアダムとイブの子孫なのか、人間は全員アダムとイブの子孫のはずなのに、とヨーロッパの人々は戸惑ったといいます。
喋る言葉も違うし、宗教も違うから。宇宙人と同じだな。
そうそうそう、宇宙人見つけたみたいになった時に、彼ら(ヨーロッパの人々)は自分たちを相対化して見ることができるようになるんです。
深井さんは、ここに歴史を学ぶ意義との共通点を見ています。番組でよく話している「歴史を勉強する一番の意義は自分のことがわかること」を、ヨーロッパは新大陸の発見によって経験したというのです。
神様という文脈から世界を説明する枠組みが外れたことで、人間科学が発達してきます。そもそも人間とは何か、宗教とは何か、王様とは何か、ということを考え始める人がたくさん出てきたと深井さんは説明します。
こうした新しい思考は、ある人の考えにさらに別の人が考えを乗せる形で広がり、キリスト教の思考からだいぶ外れていきました。そして、その思考がフランス革命の大元の思考につながっていくといいます。
たとえば「王政は不平等である」という概念は、もともと当たり前すぎて存在しませんでした。しかし相対化の視点を得た人々が調べてみると、当時のフランスは絶対王政 ── 国王が強大な権力を握り、議会や貴族などに制約されずに統治する政治体制。17〜18世紀のフランスはその代表例とされますで王権がすごく強かったのに、数百年前はそこまで王権が強くなかったことがわかります。
じゃあおかしいやろ、これ(強すぎる王権)ってなってきちゃって。そういうことをバンバン言う人がたくさん出てくるんです。
その中で一番有名なのがルソー ── 18世紀に活躍したジュネーヴ出身の思想家。『社会契約論』などで人民主権を説き、フランス革命に大きな影響を与えましたです。樋口さんも啓蒙思想はルソーで覚えていたと話し、ルソーの思想はフランス革命の一番のエンジンになったと受けています。
ほかにもモンテスキュー ── 18世紀フランスの思想家。『法の精神』で立法・行政・司法を分ける三権分立を説いたことで知られますの名前が挙がり、深井さんは百科全書の存在も重要だと付け加えます。
「世界を客観的に書いてはいけない」時代と百科全書
深井さんによれば、百科全書 ── 18世紀フランスでディドロとダランベールらが編集した大規模な百科事典。当時の学問や技術の知識を集め、啓蒙思想を広める役割を果たしましたの価値はすごく大きいものでした。百科事典のように世界の色々なことが書いてあったのですが、それまでは、世界について客観的に記述していいという世界ではなかったといいます。
「どういうことですか?」と尋ねる樋口さんに、深井さんは、権力者がいて、その人の意向に沿った形でしか世界を記述できなかったと説明します。それでもピンとこない樋口さんに、楊さんが補足を加えます。
権力者とキリスト教がもう世界を認識する唯一のフレームワークなんですよね。だから自分でいろいろ考えても、それを外に出しちゃいけないんですよ。
出したらもう処刑されるかもしれない。
啓蒙思想の時代になると、「キリスト教はこうだけど、他はこうだよね」と言う人が出てきます。深井さんは、この時代も言ってはいけないことに変わりはなく、実際に逮捕された人もいたけれど、それでも言い始めてしまったのだと話します。
百科全書には日本のことまで書かれていたため、ヨーロッパの人々は日本などについても知り始めます。そうすると、キリスト教とはこういうものなのか、と自分たちの社会をどんどん相対化できてしまったといいます。
3つ目の理由は資本主義。ブルジョワジーと貴族特権のずれ
ここで深井さんは、フランス革命のきっかけを一度整理します。1つ目は、戦争しすぎて財政破綻したこと。経済格差が生まれ、フランスがイギリスから遅れてしまったことです。2つ目は、啓蒙思想が育ってきたことでした。
そして3つ目として挙げられるのが、当時ちょっとずつ資本主義が育っていたことです。世界の中でブルジョワジー ── 貴族ではないものの、商工業などで富を築いた市民層。フランス革命では、身分制や特権に不満を持つ勢力として重要な役割を果たしましたと呼ばれる、民衆で貴族ではないけれどお金持ちという人々が出てきたといいます。
楊さんは、その背景に生産性の向上があると説明します。農業技術が上がって生産量が増え、自分たちが食べる分、売る分、納税する分以外の余剰が生まれました。余ったものは売りに行くようになり、それが商品経済の発達につながったといいます。
こうして貴族とは別に、お金持ちの層が生まれます。ブルジョワジーは自分の土地でそこそこの実権を持っていましたが、貴族は明確な身分差別のもとで特権を持っていました。深井さんは、生まれながらに人間としての格が違うので、貴族はいろいろなことをしてよかったのだと話します。
その特権の一番は、税金をほとんど払わなくてよかったことです。一方の民衆は、年収の90パーセントを税金で取られていたといいます。楊さんも、合計するとだいたいそれぐらいで、実効税率9割だと補足しています。
5000万だったら90パーだから4500万取られるってこと。5百万しか残んないの。5000万なのに。
一方で、貴族や聖職者、教会の人は免税され、働かなくても生きていけたといいます。さらに領主権を持つ人は、自分のエリアの中でいろいろな決め事をしてよかったそうです。
当時のフランスでは、貴族の権力よりも王様の権力が圧倒的に強く、それが王様に集約されて、王様が言ったことは絶対という状態でした。この状態に疑問を持ったのが、お金持ちになったブルジョワジーです。そして、その疑問が啓蒙思想と結びつきます。
あれ、なんで僕たちこんなことを我慢しないといけないんだっけ?ってなってくるんですね。
こんなに稼いでるのに、なんで取られるんやみたいな。
深井さんは、こうした不満が財政破綻の時に爆発したと説明します。財政が破綻してさらに苦しくなったとき、「ふざけんな」と爆発したのだといいます。
面白いのは、貴族も啓蒙思想をかなり取り入れていたことです。深井さんは、啓蒙思想がわかるやつはかっこいい、という雰囲気が貴族の中にもあったと話します。楊さんによれば、貴族にも古い王政を絶対視する人もいれば、ビジネスをしている人、ブルジョワから貴族になった人もいて、結構グラデーションがあったそうです。フランスでは、儲けたブルジョワが貴族の官位を買うこともあったといいます。
なぜイギリスではなくフランスで、あれほど振り切れた革命になったのか
ブルジョワから貴族になれる仕組みについて、深井さんは、なぜ他の国ではなくフランスで革命が起きたのかという理由がそこにあると話します。王権を先に弱めたのはイギリスでした。
深井さんによれば、イギリスは王様を最初に殺し、議会を作って、議会の権力が王様より強い状態を圧倒的に早く実現しました。この立憲君主制 ── 君主がいながら、その権力が憲法や議会によって制限される政治体制。イギリスはその代表的な国として知られますの状態で、合理的に動いて産業革命を成し遂げていきます。
一方のフランスでは、金持ちが貴族になるというステップがありました。中途半端なお金持ちは貴族に反発しますが、本当にお金持ちになるとそのまま貴族になれるため、むしろ貴族に迎合していったといいます。
その結果、反発するはずの層が貴族に吸収され、フランスでは極限状態になるまで革命が起こりませんでした。深井さんは、その代わり、極限状態で起きた革命はめちゃくちゃ振り切れたのだと話します。
深井さんの説明をもとに、イギリスとフランスの違いを比べると次のようになります。
王様を最初に殺して議会を作り、早くから議会が王様より強い立憲君主制へ。その状態で合理的に動いて産業革命を成し遂げる
金持ちが貴族になれるステップがあり、ブルジョワジーが貴族に吸収される。極限状態になるまで革命が起こらず、起きたときには徹底的に振り切れる
他の国では起こらないレベルで完全に振り切れて、さっきのなんかサンジュストの演説みたいになっちゃったことによって、思いっきり王様が吹っ飛んだんですよ。
なるほど。貯めて貯めてパンチ。
深井さんは、フランスの革命はすごく遅かったけれど、貯めて貯めて一気に来たからこそ徹底的なものになり、それによって世界が変わったところに面白さがあると話します。
ガス抜きをしていれば違ったのでは、という樋口さんの問いに、深井さんは比較対象として江戸幕府を挙げます。侍は貧乏でも威張ってよく、商人は金持ちで、技術者は税金が低いというように、身分差をつけながらも全部うまくガス抜きさせていたから長く続いたといいます。ただし江戸幕府は黒船という外圧を想定しておらず、それで吹っ飛びました。
これに対してフランス革命は、内部に矛盾を抱えたまま、戦争による貧困という外的要因と、啓蒙思想という外的要因によって一気に振り切れた構図だと深井さんは整理します。
パンを求める農民、権力を守る王。4つの勢力は何を求めたのか
深井さんは貴族特権の話をさらに深めます。資本主義が成長するために大切なのは、自分で値段をつけて、欲しい人に自由にものを売れること、そして儲けたお金が自分のものになると保証されることです。
樋口さんは「むちゃくちゃ当たり前のこと」と反応しますが、深井さんは、フランス革命の前はそういう世界ではなかったと説明します。頑張って儲けても財産を平気で取り上げられたり、特権によって売っていいものと売ってはいけないものが決められていたりしたといいます。
資本主義の発達には経済的自由がとても大切でした。お金持ちは増えていきましたが、貴族になれる人には限りがあり、お金持ちなのに貴族になれない層がフランスに溜まっていきます。
地雷がいっぱい。
貴族になれないお金持ちたちは、経済的自由を獲得するために革命を起こそうとします。一方で、人口の90パーセントほどを占めていたのは貧しい農民でした。財産を持たない農民たちは経済的自由など求めておらず、ずっと「ご飯をくれ」と求めていたといいます。
ケーキを食べればいいじゃない。
そうそうそう。[[マリー・アントワネット]]がね。それ言ったやつですね。
パンを求めてキレる農民に対して、貴族は、当時王様の権力が強すぎたため、王様の権力をもっと下げろとキレていました。そして王様は、自分の権力をそのまま守ろうとしました。
全員違うじゃないですか。
深井さんは、大きく分けて4つの勢力がそれぞれ動きまくり、その複合がフランス革命なのだと説明します。それぞれの勢力が求めたものは、次のように整理できます。
| 勢力 | 立場 | 求めたもの |
|---|---|---|
| 王様 | 絶対王政のもとで強い権力を持つ | 自分の権力をそのまま守ること |
| 貴族 | 免税や領主権などの特権を持つ | 強すぎる王様の権力を下げること |
| 金持ち(ブルジョワジー) | お金と実権はあるが貴族になれない | 経済的自由の獲得 |
| 貧乏な人(農民) | 人口の90パーセントほどで財産を持たない | パン、つまり食べるもの |
深井さんによれば、これらのベクトルは革命の進行ステップによって別々の結びつき方をしていきます。そうして複雑なベクトルが形成された結果、誰も予想しなかったナポレオン ── フランスの軍人・政治家。革命後の混乱の中で台頭し、のちに皇帝に即位してヨーロッパの広い範囲を支配しましたの登場という着地に至ったといいます。
深井さんは、4つのベクトルの複合要因だからこそ、フランス革命を本当に理解しようとすると複雑なのだと話します。樋口さんは、4つのレイヤーの人たちがいて、それぞれ思いが違い、ここから何かが起こっていくと受け止めています。
3つの理由と4人のプレイヤー。次回はルソーから
最後に深井さんは、フランス革命が起きた理由を改めて3つにまとめます。財政破綻、啓蒙思想の成長、そして資本主義の気質が育ってきたのに、特権を持つ貴族体制がそれに対応できていないことです。
財政破綻します。啓蒙思想育ちます。資本主義の気質が育ってきたのに、それにその特権の貴族体制が対応できてませんっていう3つの理由があって、そこにプレイヤーが4ついますと。
そのプレイヤーとは、王様、貴族、金持ち、貧乏な人の4つです。これらが複雑に絡み合いながら革命が起こるというのが、今回の前提条件の共有でした。
樋口さんは、ここまでがセットアップで、次からがついに本編だとまとめます。深井さんは、次回は革命がどういうきっかけで起こり、どう進んでいくのかを話したいとしたうえで、その前にルソーの説明をしたいと予告しました。
ルソー最高だから。
まとめ
フランス革命は、植民地戦争による財政破綻、新大陸の発見から育った啓蒙思想、成長する資本主義と貴族特権のずれという3つの理由が重なって起きた、と深井さんは整理しています。さらに、王様・貴族・金持ち・貧乏な人という4つの勢力がそれぞれ違うものを求め、その複合が革命を複雑にしたと説明されました。
- 植民地を巡る戦争でヨーロッパ中がお金を使い、イギリスとの経済格差が広がったフランスは財政破綻へ向かった
- 新大陸の発見でキリスト教による世界の説明が崩れ、自分たちを相対化する啓蒙思想が生まれた
- お金持ちなのに貴族になれず、経済的自由を求めるブルジョワジーがフランスに溜まっていった
- 金持ちが貴族に吸収される仕組みのため、フランスでは極限状態まで革命が起きず、起きたときには徹底的に振り切れた
- 次回は、フランス革命の一番のエンジンとされるルソーの思想から本編に入る





