革命のバイブルを書いたルソーとは何者か
フランス革命編の3回目は、革命前夜の話を受けて、啓蒙思想家ルソーの話から始まります。深井さんは、ルソーが書いた『社会契約論』が革命のバイブル、つまり聖書のような存在だったと紹介します。
ルソーの肩書きは思想家です。深井さんは、定職に就いていない「ニート」のような人だったと笑いながら説明します。
自分で経済を起こしたり政治をしたりした系じゃなくて、ただただ考える人。
深井さんは、これまでの回に登場したブッダやイエスと同じく、ルソーも自分が社会活動をするというより、思想で多くの人間を動かした人物だと位置づけます。
ルソーの思想は、ロベスピエール ── フランス革命期の政治家。ジャコバン派の指導者として恐怖政治を主導したことで知られますやサンジュスト ── ロベスピエールの盟友として知られるフランス革命期の政治家。若くして革命政府の中心で活動しましたといったフランス革命の代表的な革命家にとって、行動の指針になりました。
この人のおかげで僕たちは今人権を持ってると言ってもぶっちゃけ過言ではないっていう素晴らしい人。この人めっちゃ変態なんですよ。
深井さんは、現代の世界が「変態が考えた人権の上で」成り立っているところが面白いと話し、ルソーの生涯の説明を楊さんに託します。
生後9日で母を失った少年は、なぜマゾになったのか
楊さんによると、ルソーは時計職人の父のもとに生まれました。身分が高いわけではないものの、貧しくもない家庭です。
ところがルソーは生後9日で母を亡くし、その後ずっと母のいない環境で育ちます。父からは小説やギリシャ神話を読まされ、ロジカルな理性よりも感性で物事を考える教育を受けたといいます。
その後、父が貴族と喧嘩をして夜逃げしなければならなくなり、幼いルソーは親戚に預けられます。楊さんは、この時点でルソーはすでに孤児のような状態だったと説明します。
預けられた親戚の中に40歳の未婚女性がいて、十数歳のルソーはこの女性から暴力を受けます。楊さんは、この経験が二つの面でルソーに影響したと話します。
その時に不当な権力というか、力に対する反抗心が芽生えたんですよ。と同時にマゾになったんですよね。
楊さんによると、いたぶられることへの快感は、ルソーが死ぬまで続いたそうです。思想の芽となる反抗心と、私生活の性癖が同じ出来事から生まれたという話に、樋口さんは「急に来すぎた」と戸惑います。
誕生
時計職人の家に生まれ、生後9日で母を亡くす
父の夜逃げ
父が貴族と喧嘩して逃げ、ルソーは親戚に預けられる
親戚からの暴力
十数歳のころ、40歳の未婚女性から暴力を受ける
二つの芽生え
不当な権力への反抗心と、マゾヒズムが同時に生まれる
下半身露出を自伝に書いた「パンク」な青年時代
楊さんは、ルソーがその後も当時の社会でも超変態的な行為をしていたと話します。町を歩く若い女性たちの前で下半身を露出していたというのです。
しかもルソーは、そのときの気持ちを自伝に書き残していました。恥ずかしげもなく伝えようとする姿勢を、楊さんは「めっちゃパンク」と表現します。
でも読書はめっちゃするんですよ。ただこう、そういう性格なんで、いろんな職に就こうとして勉強もしようとしたけど、やっぱ全然合わなくて。
楊さんによると、若いルソーは今でいう「バイトに入ってすぐ辞めるニート」やチンピラのような存在で、騒ぎを起こす不良少年でした。頭は切れるけれど、社会になじめない男だったといいます。
「ママン」と呼んだヴァランス夫人との関係
社会になじめなかったルソーは、ヴァランス夫人という女性と運命的な出会いを果たします。書き起こしでは「バランス夫人」と呼ばれており、表記はヴァランス夫人です。楊さんによると、夫人はルソーよりかなり年上の美しい人妻でした。
夫人は夫と仲が悪く別居状態で、ルソーはそこに転がり込んでヒモのような生活を始めます。夫人は教育を受けさせたり食事を与えたりし、二人は親子のような関係になっていきました。
今までルソーもずっと非行を重ねてきたから、愛に飢えてた部分があって、お母さんの愛を求めてしまってるんですよ。そのうちその夫人のことをママンと呼ぶようになります。
ルソーと夫人の関係は、やがて親子から愛人へと変わっていきます。イケメンだったルソーが同世代の女性から言い寄られ始めると、夫人は「私が手ほどきしてあげないと」と考え、ルソーの初体験の相手になったと楊さんは語ります。
その時の体験も、ルソーはもう自伝とかで書くんですよ。近親相姦の感じがして最高でしたみたいな。
血のつながりはないものの、母と呼んだ相手との関係をそう書き残すルソーに、楊さんは「地味にちょっとキモい」と本音を漏らします。
愛に飢えたルソーが夫人のもとでヒモ状態になり、夫人を「ママン」と呼ぶ親子のような関係
互いに恋愛感情を抱くようになり、夫人がルソーの初体験の相手となる愛人関係
なんかやってることマジで90年代のパンクスっすね。要は社会で働けなくて、欲望に忠実で、それに悪気もなくただただ発信し続けて。
5人の子を孤児院へ送った男が『社会契約論』を書いた
ルソーはその後ヴァランス夫人のもとを離れ、年下の宿屋のメイドと結婚します。楊さんによると、10年ほどの間に子どもを5人ほどもうけました。
しかしルソーは、その子どもたちをみな孤児院に送ってしまいます。深井さんは即座に「それはダメやわ」と反応します。
金がなかったのもあるんですけど、それをまた堂々と自分の本の中に書いて、それを女の人からめっちゃディスられるっていう。
そんなルソーが『社会契約論』を書いたのは、40代になってからでした。楊さんは、その時期だけ集中力が一気に高まり、歴史に残る書物を書いていったと説明します。
立派な思想と破綻した私生活は両立するのか
深井さんは、ルソーの人生にこそ歴史のロマンを感じると語ります。『社会契約論』は、現代の人権や生存権を保障する出発点になった、きわめて立派な書物だからです。
一般的に考えたら、高潔なものを出してる人って人格も高潔だって思われがちじゃないですか。人格高潔じゃなかったら叩かれたりしますよね、今の世の中とかだと。
深井さんは、アンバランスな人物からとてもよいものが生まれ、現代の生活に影響を与えているという事実がとても面白いと話します。
楊さんもこれに同意し、私たちは知らないうちに相手に完璧さを求めがちだと指摘します。歴史をリーダーシップの授業のような切り口だけで語るのは、面白みがないとも話します。
深井さんは、ルソーが孤児院に送った子どもたちは不幸になったかもしれないと認めたうえで、その思想によって今多くの子どもたちの人権が守られていると対比します。
子ども5人を孤児院に送り、露出行為や性的体験を自伝に書いた
『社会契約論』で、現代の人権や生存権の出発点をつくった
楊さんによると、繊細な神経を持つルソーは晩年に精神を病み、統合失調症 ── 幻覚や妄想などを特徴とする精神疾患。ルソーの症状については後世にさまざまな見方がありますのような状態の中で書き続けていたそうです。深井さんは、『社会契約論』を書いていなければ、客観的には「ただの変態」に見える人だと話します。
マイナスがプラスに転じる人生を、どう評価するか
深井さんは、現代にも同じような例があると話します。有名なミュージシャンやクリエイター、漫画家などで、仕事は素晴らしいのに家庭はめちゃくちゃという人です。
めちゃくちゃな人生を送ってきたからこそ気づいたものあるとか、ここのマイナスがあるからこそ、こっちにプラスとして転用できるみたいなことも必ずあるじゃないですか。
深井さんは、どこかを不幸にしてる人が全部を不幸にしてるわけじゃないと語ります。番組が普段から言う、相手の文脈で考えることや複数の尺度で考えることが、とても分かりやすく表れる人物がルソーだといいます。
樋口さんは、自身が田川でほぼ生活し、妻と子どもは福岡市内にいることを例に挙げます。家族は寂しいかもしれないが、その分こちらで頑張ろうと思うと話し、少しブルーになったと笑います。
ヒトラーも「無私の人」だったという問い
樋口さんは、ヒトラーを扱った回のあとに人から言われた話を紹介します。歴史上の偉人は「無私の人物」として評価されがちですが、ヒトラーも無私の人だったというのです。
彼はもう完全に無私の心でユダヤ人を殺しまくってるし、本当に世界のために良くなるためにユダヤ人虐殺をしてるんですよね。同じ無私の人なんですよ。でも偉人じゃないんですよね。
樋口さんは、自分たちが知らないうちにつくってしまった人間観を壊してくれるのが、歴史の勉強のよいところだと話します。
深井さんも、人と比べなければ自分の価値観は見えてこないと応じます。そのうえで、歴史を学んで一番わかるのは、長い時間軸で評価するか短期で評価するかで評価がまったく変わることだと語ります。
そのちんちん出された方が、まさかこのちんちん出してる人、将来教科書に載るって絶対思ってない。
ルソーは生前ほとんど評価されなかったものの、一部にファンがいて、今では教科書に載るほどの人物になりました。露出行為の場面だけを見れば、評価はマイナスでしかありません。
その場で善悪を決めつけすぎないために
樋口さんは、時間がたつと評価が変わることは日常にもあると話し、交通事故のたとえを出します。
車で事故を起こし、目的地に時間通り行けず「不幸だ」と感じる
そのまま進んでいたら崖崩れに巻き込まれていたかもしれないと知り、事故が幸運だったと思う
樋口さんは、彼女に振られたことが今のパートナーと出会うきっかけになれば、振られてよかったと思えるとも話します。その場その場で善悪を決めつけすぎないことの前例として、ルソーの人生を受け止めています。
自分がやってることはとても正義だと思ってる人だからこそできることとかもあって。
深井さんは、この後に話すロベスピエールにも触れつつ、生き方やスタンスによって出せる価値もデメリットも千差万別だと語ります。よいことだけ、悪いことだけということはないと、よくわかるのがフランス革命だといいます。
最後に樋口さんは、今回一番勉強になったのは「どう考えてもちんちんは出さない方がいい」ことだと締めくくり、笑いの中で回が終わります。
まとめ
ルソーは、母を早くに失い、暴力や放浪、奔放な恋愛、子どもを手放す選択を経ながら、40代で『社会契約論』を書き、現代の人権の出発点をつくりました。偉大な思想と破綻した私生活をあわせ持つその姿は、人を一つの側面や短い時間軸だけで評価しないことの大切さを示しています。
- ルソーの『社会契約論』はフランス革命のバイブルとなり、現代の人権や生存権の出発点になった
- ルソーは少年時代の暴力をきっかけに、不当な権力への反抗心とマゾヒズムを同時に抱えたとされる
- 露出行為や子どもを孤児院に送ったことまで、ルソーは自伝などに堂々と書き残していた
- 一つの業績や悪行だけで人を評価することには意味がないと、深井さんは語る
- 評価は時間軸によって変わるため、その場で善悪を決めつけすぎないことが大切だと語られた




