クーデター後の長州はなぜ薩摩と手を結べたのか
前回、高杉晋作はほぼ終わりの状態から1人でクーデターを始め、長州藩の主導権を握りました。深井さんによると、その後の晋作は、幕府の長州征討軍が再び来ることに備えて軍備増強に走ります。
ただ、朝敵とされた長州藩は、どことも貿易できない状態に置かれていました。イギリスとの直接の密貿易も断られ、さらに密貿易計画が攘夷志士に知られて、晋作は命を狙われる立場になります。
晋作はいったん四国へ逃れますが、そのときも愛人のうのを連れていたといいます。樋口さんの「やることやって、そんなことやってんすね」に、深井さんは「ずっとそんな感じです」と返しています。
女は男を強くするんじゃないですか。
どの立場で誰に言ってるの?
同じころ、逃げ続けていた桂小五郎 ── 長州藩士で、のちの木戸孝允。西郷隆盛、大久保利通と並ぶ「維新の三傑」の1人とされますが帰国し、藩政改革で近代的な制度づくりを始めます。軍の近代化を進めたのは大村益次郎 ── 長州藩の軍事指導者で、蘭学・兵学に通じ、のちに日本の近代陸軍の基礎を築いた人物ですでした。深井さんは、近代化は晋作以外のさまざまな人の才能によって進められていったと話します。
彼はね、ほんと逃げるのがうまいし、合理的な人なんで、ずっと逃げた方がいいと思って逃げてて。
そして、ひどく仲の悪かった薩摩と長州が手を結ぶ薩長同盟が成立します。深井さんは「これがなかったらやっぱり先がなかったと思う」と、その重要性を強調しています。
薩摩はもともと公武合体派でした。しかし、権力闘争に負けてもなお潰れない長州を見て、幕府より長州と組むほうが良いと判断したと説明されています。
最初はね、ずっと薩摩藩も公武合体派だったんですけど、幕府ってちょっと使えないよねみたいな。
長州側にも、薩摩と組む理由がありました。番組で語られた両藩の思惑と同盟までの流れは、次のように整理できます。
薩摩の判断
潰れない長州を見て、幕府より長州と組むほうが良いと考える
長州の事情
朝敵の汚名を外したい。お金はあるのに武器を買えない
取引から接近
長州は薩摩藩の名義を借りて武器を輸入し、その取引で互いの溝を少しずつ埋める
同盟の成立
桂小五郎と西郷隆盛が中心となり、坂本龍馬が間を取り持つ
深井さんによると、薩長同盟も一筋縄ではいかず、いろいろな曲折がありました。それでも、反目し合っていた2つの雄藩が手を結んだことで、流れは倒幕へと向かいます。
なるほど。LINEとYahooが。
はい。誰を倒すんだそれ。
第二次長州征討、追い詰められた長州はなぜ勝てたのか
幕府は、長州藩がまた怪しい動きをしているとして、再び長州征討軍を差し向けます。楊さんによると、1回目は攻める直前で終わりましたが、2回目は本格的に攻めてきました。
一方、薩長同盟を結んだ後の長州では、晋作らが長崎で軍艦や兵器を買い集めていました。大村益次郎らの近代化も進み、長州は実は強くなっていたのです。
各地で同時に戦闘が起こるなか、長州は幕府軍を追い返します。深井さんは、背水の陣の長州と、幕府に言われて来ているだけの諸藩とでは、モチベーションの水準が違ったと説明しています。
幕府に言われて来てる他の藩の人たちなんですよ。だからちょっとモチベーションのレベルが違う。
この敗北で、幕府の権威はさらに落ちていきます。途中で将軍が病死したことも、戦況に影響しました。将軍が1回目と2回目のどちらの征討中に亡くなったのかについて、深井さんは収録中に言い直し、2回目だと思うと話しています。
九州の小倉城では、長州と因縁のある幕府側の小倉藩が戦い続けていました。晋作は、わざわざ攻めなくても囲むだけで逃げるだろうと読みます。実際に小倉藩は自ら城を燃やして退きました。
いや、小倉かわいそう。
晋作は戦上手だったのか。深井さんは「どこまで上手いかはわかんない」としつつ、戦にはセンスのある人がいるので、晋作にもそれがあったのかもしれないと話しています。
血を吐いて戦線離脱、高杉晋作はどう最期を迎えたのか
孝明天皇の崩御など、さまざまなことが同時に起こるなか、晋作は小倉城の戦いの最中に結核で血を吐きます。この時期に詠んだのが、高杉晋作編の第1回でも取り上げた「おもしろきこともなき世をおもしろく」という上の句です。
深井さんは、征長軍を追い返したまさにその頃に晋作が倒れたことを「本当にドラマみたいな人生」と表現します。晋作は実はボロボロの体のまま戦っていました。
クーデターから最期までの流れを、深井さんの説明に沿って並べると次のとおりです。
深井さんは、劣勢だった長州が盛り返したことこそ、晋作の人生が歴史を変えた点だと語ります。長州が盛り返さなければ、薩摩も幕府と組んでいたかもしれず、歴史は違う形になっていたかもしれないといいます。
ずっと仕事してる感じじゃなくて、本当に大事なところで自分が出てきて、バンってやって、なんかいなくなるんですよ。
晋作がつくった奇兵隊も、その後は山県有朋が率いています。深井さんは、晋作が生きていれば明治政府で重要な地位に就いたはずの功労者であり、おそらく西郷隆盛らと対立して内戦に入っていたかもしれない、と推測交じりに話しています。
療養先は吉田松陰の墓の近くで、晋作は死にかけながら松陰の墓参りを続けたといいます。最期には見舞いに来た人たちに「やってくれろ」と後を託しました。
樋口さんは、アレクサンドロス編のときと同じく、急にいなくなる終わり方だと感じたと振り返っています。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」は前向きな言葉なのか
樋口さんは、全10回を聞いたあとでは辞世の句の深みがまったく違って見えると話します。第1回を聞くまでは「人生楽しくいこうぜ」というポジティブな言葉だと受け取っていたそうです。
深井さんは、句を詠んだ時の長州はまだどうなるかわからない局面だったと指摘します。征長軍は追い返したものの、これから幕府を倒しに行かなければならない、晋作にとって最も大事な時期でした。
どういう気持ちで読んだかはわかんないですよ。わかんないけど、そのすごく単純なポジティブじゃないことは確かだと思う。
悔しかったと思いますよ。
樋口さんは、悔しさや悲しみとともに、「これが人生面白えな」という受け入れも何パーセントかあったのではないかと話します。深井さんは、晋作も坂本龍馬も大政奉還を見届けられなかったことに触れています。
そのうえで深井さんは、こうした人たちが未熟ながらも燃え尽きていった上に、今の日本社会があることに面白さを感じると語ります。
この人たちがここで頑張ってなかったら、今の俺の生活ちょっと違うかもなみたいな。
日本人でまだ150年前だよ。アレクサンドロスは二千何百年前だからね。
樋口さんも、晋作が投獄されていなければ、伊藤博文が「しょうがねえな」と言わなければ、山県有朋が「俺も行く」と言っていればと、歴史の分岐を次々に挙げます。深井さんは、人間の人生や社会は「スイッチの多さが半端ない」と応じました。
燻り続けた27年が、なぜ人を惹きつけるのか
深井さんは、いろいろな条件が絡み合って今があるからこそ、それを一つひとつ考えながら合理的に動いても面白くないと思うようになったと話します。結局、高杉晋作はやりたいことをやっただけだというのです。
しかもずっと燻ってたし、空回りしてるんですよ、彼は。27までずっと。
まともにエネルギーを爆発させたのはクーデター以後だけで、深井さんは、晋作は人生の大半を苦悩の中で過ごしたと見ています。晋作は困ったと言わなかったものの、苦悩はしていたはずで、ずっと自分の舞台を探し続けていたのだろうと語ります。
深井さんが晋作を好きな理由も、この燻っていた時期にあります。晋作はままならなさを克服したわけではなく、ままならないなかで頑張っただけであり、そこが人間くさいというのです。
樋口さんは、晋作が世の中の常識にことごとく反抗しながら、自分の気持ちには従っていたように見えると話します。深井さんは、晋作は自分の気持ちと父親、松陰の言葉には耳を傾けていたと補足しました。
2人は、晋作の人生を「あるべき自分」と「やりたい自分」の対比で捉えています。最後の最後でやりたい自分に振り切ったことが、転機になったという見方です。
あるべき自分で動いていた時期は失敗が続き、誰からも賛同を得られない
やりたいことに振り切ったクーデターで、伊藤博文の賛同を得る
頭と心と体が一致してる感覚にドンってなって覚醒したみたいなイメージなんですよ。
深井さんは、クーデターは全然合理的な判断ではなく、やりたいからやったものだったと話します。幕末の面白さは、こうした人たちが大勢いて、しかも敵同士だったことにあるとも語っています。
深井さんは晋作が好きでも、その思想に賛同しているわけではないといいます。西郷隆盛も新選組も好きで、それは一人ひとりが同じ時代を真剣に生きていたからだと話しました。
明治維新の「理不尽さ」をどう見ればいいのか
樋口さんは、違う思想を持つ人たちのエネルギーが不思議な融合を起こし、結果として日本を外敵から守り切ったように見えると話します。これを受けて深井さんは、明治維新後の話を補足しました。
明治維新で頑張った下級武士たちは士族となった後に職を失い、報われないまま反乱を起こして殺された人もいました。反乱は各地で続き、最後は西郷隆盛の西南戦争が最後の内戦になります。
それでも深井さんは、理不尽なことが起きたから明治維新はだめだ、という見方には同意しません。世界はもともと理不尽であり、その現実を見ていないように感じるからだといいます。
人間は羽が生えてないからクソだって言ってんだと一緒だなと思う。
深井さんは、勝手に期待し、美化し、その落差に絶望するのではなく、勝手に期待しないことこそ歴史から学べることだと話します。本には晋作たちをテロリストだとして否定する論説もあるものの、深井さんは、テロリストだとは思っても、だめだとは思わないといいます。
彼のその人生を彼のように歩んでいて、ああなるのはそうだろうという話であって、それを評価することが僕たちの人生にとって意味があるかって話なんです。
最後に深井さんは、会社などで絶望を感じたときこそ晋作を思い出してほしいと語ります。大切なのは本当に絶望的かどうかではなく、自分がどう思うかであり、そこに晋作が学んだ陽明学 ── 中国・明代の王陽明が説いた儒学の一派。心のあり方や知行合一を重んじ、幕末の志士にも大きな影響を与えましたの考え方を重ねています。
まとめ
高杉晋作は、クーデター後に長州を立て直し、薩長同盟と近代化を背景に第二次長州征討を退けたところで結核に倒れ、約半年後に亡くなりました。番組では、辞世の句を単純な前向きさではなく、悔しさと受け入れの混じった言葉として読み、燻り続けた人生そのものに価値を見いだしています。
- 薩長同盟は、潰れない長州を見た薩摩の判断と、武器を買いたい長州の事情から、取引を通じて成立した
- 近代化した長州は、モチベーションで勝り、第二次長州征討軍を各地で追い返した
- 晋作は戦線離脱から約半年で亡くなり、その年に大政奉還が行われた
- 「おもしろきこともなき世をおもしろく」は、最も大事な局面で病に倒れた悔しさを含む句として読まれている
- 深井さんは、理不尽さを理由に歴史を否定するのではなく、勝手に期待しない姿勢が大事だと語った


