ヒラから社長へ、2年ぶりの再登場
コテンラジオ番外編のゲストは、株式会社BOOK社長の青柳考哉さんです。青柳さんの出演は今回が2回目で、前回からおよそ2年が経っています。
前回の出演時、株式会社BOOKの社長は樋口聖典さんで、青柳さんは役職のない社員でした。その後、青柳さんが社長になり、樋口さんは会長という立場に変わっています。
前(に青柳が)出てもらった時は僕が社長で、青柳はヒラ。
樋口さんは普段は福岡市にいるため、田川で運営するいいかねPaletteの現場は、実質的に青柳さんが代表して回しているといいます。
樋口さんによると、これまでのゲストのなかで「もう一回出てほしい」という声が最も多かったのが青柳さんでした。青柳さん本人は「コテンラジオはストレスが溜まっているのでは」と笑いながら受け止めています。
青柳さんは自分の立ち位置を「晴れと褻」でいえば明らかに褻の側だと語り、日常の側から話を追求するスタンスを見せます。
初めて台本を書いた青柳さんが用意した「3本の話」とは?
青柳さんは今回、田川のヤンキーの話で初めて台本を書いてきたといいます。前回の出演では、深井さんたちから「あの話もして」と次々に求められたことを「ラジオハラ」と冗談めかして振り返っています。
今回用意したのは3本の話です。1本はもちろんヤンキーの話ですが、ほかの2本はヤンキーとは少し違う方向の話だと前置きします。
青柳さんは社長になってから、田川の経営者仲間と行動することが増えました。恰幅がよく、小さめのバッグを手に持つような人たちと一緒にいると、不思議と絡まれなくなったそうです。
そのうえで青柳さんが伝えたいのは、田川という町がいかに「尖っている」かという話です。ヤンキー文化から先へ進んだ田川の人たちの「尖り方」を、進化の状態として紹介したいと語ります。
誰も乗っていない車に喧嘩を売るヤンキー
1本目は、青柳さんが最近田川の飲み屋街で遭遇したヤンキーの話です。青柳さんは兄のタカヤさんや仲間たちと、兄が気に入っている「ナナハチ」というスナックへ飲みに行きました。
その場には、全身に入れ墨が入った体の大きな先輩、ノブさんも一緒でした。ノブさんはもともとハードコアの音楽をやっていた人で、青柳さんをかわいがってくれている存在です。
帰り際、運転手役の青柳さんが車をスナックのビルの前に着け、少し離れた場所で仲間を待っていました。そこへ、スマホをスピーカーにして大声で電話しながら歩いてくる一人のヤンキーが現れます。
そのヤンキーは、誰も乗っていない青柳さんの車の前で立ち止まり、車に向かって「お前なんか」と絡み始めました。青柳さんが駆け寄って自分の車だと謝ると、今度は「家まで送ってくれ」と頼まれます。
青柳さんが人を待っているので送れないと丁寧に断ると、ヤンキーは「殺すぞ」と言い、ナンバーを覚えたから次に見かけたらこの車を殺す、とまで言い出しました。青柳さんはしかたなく車を10メートルほど移動させます。
ヤンキーはその後、ビルに向かって立ち小便を始めます。そこへ入れ墨の先輩たちが降りてくると、ヤンキーは今度は壁に向かって「殺すぞ」とキレ始めました。
青柳さんはこの姿を、自分はあなたたちには絡んでいない、壁にキレているのだと示しているように見えたと語ります。その背中に、ヤンキーの哀愁を強く感じたそうです。ちなみにそのビルの名前は「天国ビル」でした。
車に絡む
スピーカー通話中のヤンキーが、誰も乗っていない車に向かって怒鳴る
送迎を求める
持ち主の青柳さんが謝ると、家まで送れと頼んでくる
断ると脅す
丁寧に断ると「殺すぞ」「この車を殺す」と言われる
壁にキレる
入れ墨の先輩たちが降りてくると、立ち小便の姿勢のまま壁に向かって怒鳴る
青柳さんは、送ったら何が起きたかを一瞬本気で考えたとも明かします。殴られたりお金を取られたりしたほうがコテンラジオで話せるかもしれない、という発想に、スタジオは「ヤンキーより人文知のほうが怖い」と沸きました。
田川の人は「絡んでいい相手」を嗅ぎ分ける
青柳さんによると、田川の人間は嗅覚が鋭く、絡んでいい相手とそうでない相手を感覚でわかっているといいます。
たとえば深井さんと楊さんが青柳さんと一緒に田川のスナックへ行っても、絡まれることはほぼないそうです。外から来た人は、同行していても不思議と絡まれないといいます。
樋口さんもこの感覚に同意し、自分たちと同じカテゴリーだと思った相手に来るのではないか、と話します。深井さんと楊さんは、どう考えても同じカテゴリーには入らないという見立てです。
天国ビルのヤンキーは作業着のような服装で、青柳さんより5〜6歳上くらいに見えたそうです。青柳さんは、田川のそのくらいの年代にはこうした振る舞いが「デフォルト」のような感じもあると話しています。
ヤンキーは「尖りの果て」。お店でも家でもない米蔵という場所
ここから青柳さんは本題に入ります。青柳さんの考えでは、ヤンキーとは尖った果ての状態です。「俺は違う」という尖り方を突き詰めた先にヤンキーがあり、それが一般文化になっているのが田川だといいます。
その尖りの例として紹介されるのが、田川伊田にある米蔵(コメグラ)という場所です。樋口さんと同級生のてっちゃんとうえさんという、青柳さんにとって兄のような人たちが運営しています。
米蔵は、お店でも家でもライブハウスでもありません。たまに開けてお酒を飲んだり、ストリートファイターIIで遊んだり、ときどきライブをしたりする場所です。元は米蔵だった建物を、改装もせずにそのまま使っています。
開いていれば誰でも入れる米蔵では、近所の人が驚くようなノイズ ── 音楽ジャンルの一つ。旋律やリズムより、雑音や轟音そのものを表現として扱う実験的な音楽を指しますのイベントも開かれています。運営するてっちゃんとうえさんはヤンキーではなく、むしろカルチャー系の人たちですが、尖り方は凄まじいと青柳さんは話します。
チルなアンコールをブラックサバスで壊した夜
青柳さんが人づてに聞いた、米蔵のうえさんの尖り方を示す話があります。ある日、米蔵に昔の有名アーティストが来て、ふわっとしたチルな弾き語りのライブを行いました。
そのライブは女性に人気で、普段はほとんどいない女性客が米蔵に多く集まったそうです。最後の曲になり、会場はアンコールが来るだろうという雰囲気に包まれていました。
そのとき、うえさんは次に出番のDJに「絶対アンコールさせんなよ」と言い、ブラックサバス ── 1968年結成のイギリスのロックバンド。重く歪んだサウンドで、ヘヴィメタルの元祖と呼ばれていますのレコードを渡して、1曲目を爆音でかけるよう指示しました。
曲が流れると、鉄パイプを持ったうえさんが暴れ出し、お客さんは蜘蛛の子を散らすようにいなくなったといいます。樋口さんは、流れたのは「アイアンマン」だろうと即座に言い当てています。
チルな弾き語り
有名アーティストのライブに、普段は少ない女性客が集まる
アンコール直前
会場がアンコールを待つ雰囲気になる
DJへの指示
うえさんがブラックサバスを爆音でかけろと命じる
客が去る
鉄パイプを持ったうえさんが暴れ、客が一斉にいなくなる
後日、そのアーティストはXに「田川は怖い街と言われていたけれど全然そんなことはなかった。でもライブの最後に田川の片鱗を見ました」という趣旨の投稿をしていたそうです。
うえさん自身が呼んだアーティストで、どんな音楽かも知っていたはずです。それでも途中で「尖りスイッチ」が入るときがある、と青柳さんは説明します。
2018年、励ましの直後に飛んできた唾
青柳さんたちは、うえさんやてっちゃんと仲がよく、世話にもなっています。それでも米蔵は何が起きてもおかしくない場所なので、あまり寄りつかないといいます。
行けばうえさんから「いいかねPaletteはしょうもない」「お前らブルース足りてねえ」と言われるのが常だそうです。この「ブルース」という言葉が、今回のエピソードの合言葉になっていきます。
2018年、いいかねPaletteが潰れかけていた時期に、樋口さんは話を聞いてほしいとうえさんたちを訪ねました。青柳さんと、同級生の木村タカキさんの3人で米蔵へ行ったそうです。
木村タカキさんは、父親がビートルズのコピーバンドで活動しており、本人もミュージシャンという人物です。
うえさんは最初、「きついやろ」「頑張れよ」と樋口さんを熱く励ましていました。ところが「気合入れんか」と言った次の瞬間、樋口さんの顔に唾をかけたのです。
俺の、俺の顔面に。
驚く青柳さんとタカキさんにも、うえさんは唾をかけました。いいかねPaletteと関係のないタカキさんには「なんかビートルズが」という言葉とともに、だったそうです。
てっちゃんは「うえなりの気持ちだから、唾の意図を汲み取れ」という立場でした。けれど田川出身の樋口さんも青柳さんも、人が人に唾をかける意味はまったく解釈できなかったと話しています。
唾をかけられまいとしたライブの夜、狙われたのは誰?
唾をかけられたあとも、青柳さんたちは米蔵のノイズイベントにもう一度行ってみることにしました。今度こそ唾をかけられずに帰ろう、と決めての参加です。
ライブ中、青柳さんたちはステージ後方に座るうえさんばかりが気になり、演者にまったく目が行かなかったといいます。うえさんは酒が入り、誰かに「お前ブルース足りちょる」と言っていたそうです。
ライブが終わり、青柳さんが車を取りに行ったのはわずか2〜3分でした。戻ると、タカキさんが車に飛び乗って「唾をかけられました」と告げます。
その間、うえさんは同行したリュウヘイさんに「ドラムはしょうもない、カリンバをやれ」と絡んでいました。ただ、アンニュイで柔らかい雰囲気のリュウヘイさんには、唾をかけたくてもかけられない様子だったそうです。
そこで隣にいたタカキさんが「カリンバもいいかもね」と相槌を打つと、唾はタカキさんのジャンパーに飛んできました。
柔らかい雰囲気で、うえさんは唾をかけたくてもかけられなかったと青柳さんは見ている
「カリンバもいいかもね」と同意した直後に、ジャンパーに唾をかけられた
「ブルースってどういうこと?」と聞いても、答えの代わりに唾が飛んでくるといいます。一方で、パレットが潰れかけた時期にスタジオを予約し続けて支えてくれたのも、うえさんでした。
パレット潰れかけた時にずっと支援してくれたのも、上さんなんですよ。
いいかねPaletteが通常営業に戻ると、うえさんの利用は離れていったそうです。スタジオを借りに来ているときは唾を吐かない点について、青柳さんは相手の領域かどうかの違いではないかと推測しています。
詩人シンゴさんが米蔵で殴ったのは誰だったのか
米蔵のもう一つのサイドストーリーは、いいかねPaletteに来る後輩、シンゴさんの話です。シンゴさんは田川の人たちへの感謝をハッピーな詩にしていました。
樋口さんは「優しい人ばかりではない本当の田川を見せたい」と、シンゴさんを米蔵へ連れて行きます。シンゴさんが「田川の人たちのために詩を書きたい」と話すと、うえさんは「詩は自分のために書くものだろう、しょうもない」と返しました。
混乱したシンゴさんは、うえさんを担ぎ上げてしまうほどでした。樋口さんはその様子を、飲みながら「そういう考え方もある」と眺めていたそうです。
帰り道、シンゴさんが「もう二度と来たくない」とこぼすと、酔った樋口さんが煽ります。「ムカつくならうえさんを殴ってこい」と言われたシンゴさんは、テンパって樋口さんの腹を殴ってしまいました。
この件について樋口さんは、自分がなぜそんなことを言ったのかまったく覚えていないと話しています。シンゴさんは現在茨城に住み、今もいいかねPaletteに長期で遊びに来ては、エントランスで来た人に詩を書いているそうです。
なんでそんなこと言ったんかな、俺。もう全く覚えてない。
樋口聖典も例外ではない。1年間「やります」と言い続けた後輩
3本目は、樋口さん自身の尖りの話です。青柳さんは、田川の人間はもともと尖っていて、それがヤンキーとして昇華されているだけであり、ヤンキーでない人も尖っていると改めて強調します。
青柳さんによると、樋口さんは上下関係や礼儀に厳しく、男の約束を守るタイプです。特に有言実行にはこだわりが強いといいます。
樋口さんには、同じ川崎町出身で小学校から一緒の後輩、ササヤンさんがいます。樋口さんはササヤンさんにSNSでの発信や独立などを勧めていましたが、ササヤンさんはなかなか行動しませんでした。
仲間内には、パーティー用のクラッカーをお尻に刺して鳴らす「ケツクラッカー」という悪ふざけがありました。ササヤンさんは、飲みの席で「自分もやれます」と言いつつ、実行しないままでした。
樋口さんは、生きづらさから検査を受けた経験を踏まえ、ササヤンさんにも受けてみたらと勧めていました。ササヤンさんは「やります」と答えたまま、365日が過ぎます。
ついに樋口さんは、「言ったことをやらんやつが大嫌いだ、目の前から消えてくれ」とササヤンさんに告げました。慌てた周囲の説得で、ササヤンさんは検査を受け、さらにケツクラッカーも実行すると約束します。
午後6時、共有カレンダーに入っていた「男の約束」
約束の日は、どぶろっくの森さんを迎えたバーベキューと重なっていました。いいかねPaletteの共有カレンダーの樋口さんの予定には、律儀にも18時の約束が書き込まれていたそうです。
18時になると、樋口さんはすでに事務局の椅子に座ってササヤンさんを待っていました。口では「もうどうでもいい」と言っていたにもかかわらず、です。
ササヤンさんは検査結果を持参し、約束どおりケツクラッカーを実行します。状況がわからない森さんが見守るなか、音が鳴ってササヤンさんが倒れた瞬間、樋口さんは駆け寄って「よくやった」と抱きしめました。
それ以来、樋口さんはササヤンさんを以前にも増してかわいがり、一緒にタイへも行く仲になっています。一方、その場で田川の尖り方を目撃した森さんは、それ以降いいかねPaletteに来ていないそうです。
青柳さんは、樋口さんが怒るポイントは一つだけだと説明します。本人がやらないと決めること自体には怒らず、「やります」と言い続けながらやらない言行不一致だけが許せないのだといいます。
「やっぱりやらないことにしました」と正直に伝えること
「やります」と言い続けたまま、いつまでも実行しないこと
スタジオからは、題材がケツクラッカーでなければ美談にもなり得る話だ、という声も上がりました。
野蛮と断じる前に。人類学の目と、尖りの奥にある愛情
この回を放送するかどうかについて、出演者の一人は、大学で人類学の研究室にいた経験から意見を述べます。行動だけを切り取れば、パワハラや性的な虐待と捉えることもできる話だという認識です。
そのうえで、自分たちの文化圏とかけ離れた人々の行動を見て「野蛮だ」と断じるのは、今の人類学ではアウトであり、一方的な価値観の断罪にすぎないと話します。この話は、聞き手の許容の幅が試されるという見立てです。
スタジオでは、ケツクラッカーの延長線上でコテンラジオも生まれている、同じセンスだという声も出ました。叩かれるかもしれないが、それでも価値が高い話だったという受け止めです。
青柳さんは、ササヤンさんを抱きしめる場面を「上半身だけなら感動的、下半身だけ見たらまったく別物」と表現し、そのコントラストを語ります。宗教画や彫刻にしたいという冗談に、樋口さんは「違うシーンでお願いしたい」と返しました。
青柳さんがこの話で伝えたいのは、全部が愛だということです。うえさんも樋口さんも愛を持って接しているのに、それが尖りすぎて攻撃性を帯びてしまうのだといいます。
さらに青柳さんは、田川の人の尖りの背景に、メインストーリーを歩かない、歩けないという生きづらさを感じると話します。そして、そういう人たちを愛しいと思うと語りました。
現在のササヤンさんは幸せで、樋口さんとも強い信頼関係を結んでいるそうです。青柳さんは、うえさんのことも好きで尊敬していると明言し、信頼関係の築き方は一つではないと締めくくります。
最後に青柳さんは、こうしたことは一部の尖った人との深い関係の中でたまに起きるもので、田川全体がそうではないと補足しました。優しい人も尖った人もいる多様な街として、ぜひ遊びに来てほしいと呼びかけています。
まとめ
今回の青柳さんの話は、田川のヤンキー話を入り口に、その土壌にある「尖り」を米蔵のうえさんと樋口さんのエピソードで描くものでした。唾やケツクラッカーといった強烈な出来事の奥に、不器用な愛情と生きづらさがあるという視点が示されています。
- 青柳さんは、ヤンキーを「尖った果ての状態」と捉え、田川の人はジャンルを問わず尖っていると語った
- 米蔵のうえさんは、ブルースという言葉と唾で人と関わる一方、潰れかけたいいかねPaletteを支えた人でもある
- 樋口さんが許せないのは、やらないことではなく「やります」と言ってやらない言行不一致だった
- スタジオでは、行動だけを切り取って断罪せず、文化の文脈で受け止める人類学的な視点が語られた
- 青柳さんは、尖りの奥にある愛情と生きづらさを愛しいものとして伝えようとしていた





