廃校を民間で運営する「いいかねパレット」とは
この回は、株式会社BOOK社長の青柳考哉さんをゲストに迎えた番外編の続きです。樋口さんは冒頭で、コテンラジオが生まれた場所でもある「いいかねパレット」について、きちんと話させてほしいと切り出します。
樋口さんによれば、いいかねパレットの話はこれまでもエピソードの中で何度も触れてきたものの、なぜやっているのか、何をしているのかを正面から語ったことはなかったといいます。一面だけが伝わり、奥にある狙いは伝わっていない感覚があったそうです。
結構その一面だけは伝えたけど、実はもっと奥にやりたいことがあって、これ(いいかねパレット)やってるっていうのが僕の中ではあるわけですよ。
話の前提として、樋口さんはすでに社長を退いて会長になっていることを強調します。いいかねパレットの方向性を今決めているのは青柳さんで、樋口さん自身はもう現場にいないという立ち位置です。
僕はもう今現場にいないんで、創始者ではあるけど、基本的にパレットがやりたい方向って耕哉が決めてるっていうのをご理解いただきたいなって。
青柳さんの説明によると、いいかねパレットは田川市 ── 福岡県中部、筑豊地方にある市。かつて炭鉱で栄えた地域として知られていますにある旧いいかね小学校という廃校を、民間が全面的に運営している複合施設です。田川は産業の種類が少ないため、新しい産業を生む人の交流拠点をつくる、というのが出発点のテーマでした。
いいかねパレットの中には、コテンラジオの収録にも使われている音楽スタジオや、コワーキングができるフリースペースがあります。ほかにも、2段ベッドのドミトリー ── 複数人が1つの部屋を共有する相部屋形式の宿泊スタイル。ゲストハウスなどで多く採用されています型ゲストハウス、バーベキュー、給食室を改装した飲食店、中庭のオートキャンプ、レコード販売、メダカの販売所などのテナントがそろっています。
青柳さんが廃校活用の中でも珍しい点として挙げたのが、長期滞在で実際に住んでいる人たちの存在です。今は20名近くが住み、いいかねパレットの中でコミュニティを醸成しているといいます。
なぜ「自由」のために多様性が必要なのか?
いいかねパレットを始めた理由について、樋口さんは結論から話します。それは「人間が自由になってほしいから」で、自由のために社会の多様性が必要だと考えているからだといいます。
樋口さんのいう自由とは、生きやすい状態のことです。才能が発揮され、ストレスがなく、フルに活動できている状態を指しています。
田舎に住むっていうことが向いてる人が東京でしか働けなかったら、それって才能発揮できないでしょとか。
樋口さんは、人生のフェーズによっても合う場所は変わると話します。20代でガンガン出世したいときは東京が合っていても、40代で東京が合わなくなったときに田舎に受け皿がなければ、また自由ではなくなるという考え方です。
そこで樋口さんが重視するのが「移動の自由」です。場所だけでなく、仕事や家族構成も含めて、自由に移れる状態が担保されてほしいといいます。田川で多様性を担保したいという思いが、いいかねパレットの原動力であり、樋口さんにとって地域創生が必要な理由でもあります。
人間の自由
才能を発揮し、ストレスなくフルに活動できる状態
選べる状態
場所・仕事・家族構成を自由に移動できること
社会の多様性
地方にも受け皿があり、いろいろなタイプの場所が生き残ること
田川での実践
いいかねパレットで田川に多様性を担保する
地方にもいろいろなタイプがある、と樋口さんは続けます。田川、出雲、北海道はそれぞれ性質もコミュニティも違うので、出雲は合わないけれど田川は合う、という人もいるはずだという話です。
経済合理性だけで選べば人は都会に集まってしまう、と樋口さんは考えています。そのうえで、広い目線で見れば多様性を担保するほうが合理的だといいます。
樋口さんは、多様性の担保にはマイノリティを救うことが重要だと話し、右利きと左利きの例を挙げます。売れる商品を作り続けると右利き用ばかりになり、左利き用の商品は少なくなっていくという話です。
マジョリティじゃなくてマイノリティを救うっていうことを一生懸命やった方が、僕は多様性担保されると僕が思ってるんですね。
会社で働けなかった原体験と、引き継がれた自由
青柳さんに、どんな人生経験がいいかねパレットにつながったのかと聞かれた樋口さんは、シンプルに「会社で働けなかった」と答えます。契約社員として働いた時期に精神的に参ってしまい、居場所がないと感じたそうです。
で、PALETTEやるってなった時に、なんか生きづらさを感じてるような人が多分いっぱいいるから、そこ(生きづらさ)をなんかできないかみたいなところ。
青柳さんによると、コテンラジオの初期にいいかねパレットを取り上げてもらったときも、「生きるのが苦しい人は集合」といった呼びかけをしていたといいます。実際にそうした人たちが来て、長期滞在するようになった流れがあるそうです。
一方で、青柳さんは樋口さんの語る自由を「引き継いだ自由」と表現します。その自由とは何なのかを、自分なりに答えを出しながら事業を進めている段階だといいます。
青柳さんの考えでは、経済合理性を求めていけば一極集中になり、今の日本もそれに近い状態です。その傍らで、それぞれがそれぞれの正解を深められることが重要で、生き方、思想、哲学、ものづくりなどを深める場が社会には必要だと話しています。
聞き手から、いいかねパレットはそのモデルケースをつくる役割なのかと問われると、青柳さんはそれも1つだと答えます。加えて、目の前の一人ひとりを実際に自由にしていくことも、いいかねパレットの役割だといいます。
ビジネスモデルはどう成り立っている?
聞き手がビジネスモデルについて尋ねると、青柳さんは一応ビジネスモデル上は成り立っていると答えます。いいかねパレットを軸に地域を活性化していくことが、事業体としての基本です。
具体例として青柳さんが挙げたのは、長期滞在者と組んだDXチームです。東京ではやりづらかったけれど田川でならコーダーとして働ける人たちと一緒に、地方の中小企業のホームページ制作や、LINE・SNSのサポートを受託しているそうです。
いいかねパレットの売上は、パートナーシップの売上と施設利用の売上で構成されていると青柳さんは説明します。関わる人や長期滞在者、テナントが増えれば施設利用料も増えますが、青柳さん自身は、施設ではなく「有機体」を運営していると考えています。
会社や団体との連携もあります。北陸でドローン事業を行う「北陸の空」と提携し、九州版の「九州の空」を立ち上げました。田川でドローンを学びたい人がここで学べる世界をつくる、という発想から生まれた取り組みです。
コテンラジオが生まれた場所が示すこと
青柳さんは「一回収益を取っ払った話をしてもいいか」と前置きし、コテンラジオがいいかねパレットで生まれたことを例に挙げます。再現性はないと思いつつも、いいかねパレットの理念にとても沿った出来事だったといいます。
青柳さんによれば、田川は膨大な時間、持て余した場所や土地があり、メインストリームから距離がある土地です。その端だからこそ深められたものがある、というのが青柳さんの見方です。
コテンラジオが始まった当時、BOOKは潰れそうな状況で、樋口さんが深井さんたちと出会ってきたといいます。青柳さんは当時の印象を「暗い人を連れてきたなと思った」と笑いながら振り返ります。
それでも、歴史から人文知を深めたいという人たちと、一緒に発信してみようと動いたことが始まりでした。青柳さんは、当時それが誰かに届けるためのものだったかというとそうではないと考えています。
3人が「人間が生きることとは何か」を歴史の文脈から深めた結果、コロナ禍のタイミングで世の中に大きく跳ねた、と青柳さんは話します。そして、こうした出来事は経済合理性の外でしか起きないのではないかと語ります。
聞き手の一人も、もし経済合理性が最初に来ていたら、そもそも樋口さんや青柳さん、BOOKがコテンラジオと組むことはなかっただろうと応じています。
「具体的に何をしているか」は実は重要ではない?
ここで聞き手の一人は、この話はだいぶ言語化しないと伝わらないと感じ、一緒に深めていく回にしたいと提案します。そして、あえてビジネスモデルや具体的な活動を聞いたものの、それは多分どうでもいいのだろうと解釈を示します。
その解釈によれば、いいかねパレットは有機体なので、表に出る具体的な活動はさほど重要ではありません。大事なのは、何かをやりたいと言っている人が、よりできる状態をつくれたかどうかです。
経済合理性についても同様で、お金は必要なので何とかしようとはしているものの、それ自体は核心ではないという整理です。経済合理性の上でしか成り立たない今の社会への違和感から、別のものを示そうとしているのだから、同じ穴に落ちては意味がない、という理屈です。
聞き手はさらに、産業もない辺境の地に、既存の社会にうまくはまらないけれどエネルギーのある人が来たとき、確率論的に開花することが起こりうる状態があることが大事なのだろう、とまとめます。樋口さんはこれに「めちゃめちゃそう」と強く同意しています。
言語知と身体知、説明できない価値をどう扱うか
聞き手の一人は、経済合理性がなく説明不可能なことに価値がないと思っている人が多すぎる、とまず指摘します。そのうえで、樋口さんと青柳さんの話は「身体知」的な話だと述べます。
聞き手によれば、近代以降の社会は言語をとても大事にしてきました。先進国では、すべては説明可能で言語化すべきであり、言語化されたものは誰でも再現でき、再現性がないものはスケールしないので価値がない、と考えられがちだといいます。
説明可能で再現性があり、スケールするものとして近代社会で重視されてきた知
身体感覚としては持っているが、言葉で表現しきれない知。経済活動では無視されがち
樋口さんは、仕事や経済活動になると身体知が無視されがちだと応じます。聞き手はその理由を、合意形成のために言語化しないと「説明ができていない」と見なされるからだと説明します。
聞き手はアカウンタビリティ ── 説明責任のこと。組織や個人が、自分の行動や判断の理由を関係者に説明する責任を指しますを例に、責任とはもともと虚構であり、取ったことにするための説明を儀式のようにして合意を取っている、と語ります。現代ではそれが特に数字とお金で行われるため、表現できないことをやりたい人があふれてしまうという見方です。
なんかそれをやってると、本当にお金が集まるところが正解になるんですよね。
経済合理性が正しいとされる場所だけに人やお金が集まり、今ならITやAIばかりになる、と樋口さんは続けます。聞き手の一人は、投資家から「10年後に何倍になるのか」と聞かれることに「うるせえ」と思うと本音を漏らし、コテンラジオも予測できたからやったわけではないと話します。
聞き手は、予測不可能だが確率としてはありうる状態を残しておくこと自体が世界にとって重要で、それを田川という辺境で実践することにシンボル的な意味がある、と整理します。樋口さんは、シンボル的にも実質的にも意味があると考えていると答えています。
田川という土地の個性についても話が及びます。中央の文化が100%は届かず、尖った人間が多い田川は、同じく個性のある出雲とも質感が違うといいます。その質感が生むセレンディピティもあれば、野蛮すぎて離れていく人がいることも含めて意味がある、という話です。
社会にバグを起こし続ける人を、どう受け止めるか
樋口さんは、誤解してほしくない点として、経済合理性を目指す人も必要だと強調します。集まったお金はまた何かに使えるので、お金儲けが悪いとは全く思っていないそうです。ただ、自分たちの役割はそこではない、という感覚があるといいます。
なんかその人を否定して省くんじゃなくて、ちゃんとその人を、生きてていいというか、状態にしときたい。じゃないと一個のところに収束して危ねえと思ってるんですよね、人類が。
いいかねパレットが対象とする人を聞かれた樋口さんは、「救いたい」は助けてあげたいというより、守る、受け皿になるという意味に近いと言い直します。
樋口さんは、コテンとBOOKの違いにも触れます。コテンは歴史のデータベースをつくるという目標のもとに人とお金が集まるゲゼルシャフト ── ドイツの社会学者テンニースが提唱した概念で、利害や目的でつながる社会関係のこと。家族や村のような自然なつながりのゲマインシャフトと対比されます的な組織です。一方で、BOOKはいいかねパレットがあれば何をやってもいいので、飲食をやりたい人も音楽をやりたい人も全力で応援するといいます。
青柳さんは、いいかねパレットで実際に動き出した人たちの例を次々と挙げていきます。
| 人物 | もともと | いいかねパレットでの動き |
|---|---|---|
| 辻さん | 田川の学校の先生 | 長期滞在しながら田川市議会議員として活動 |
| まっちゃん | アーティストとして来訪 | 約1年かけて音楽制作とレコーディングを行いアルバムを完成 |
| あつのりさん | 青柳さんの同級生 | 裏山を子どもが遊べる場所にする清掃プロジェクトを地域と立ち上げ |
| サダさん | 作品展を1年間やりたいという希望 | クラファンで1年間ぶっ通しの個展を開催 |
| 地域のアーティスト | 芸術振興をしたいという思い | NPOを立ち上げ、BOOKと共同でアトリエとギャラリーを運営 |
| スタッフと長期滞在者 | 文化祭をやりたいという声 | 一緒に文化祭を開催 |
辻さんは市議会議員になった今も、寂しいからという理由でいいかねパレットに住み続けているそうです。樋口さんは特に文化祭を象徴的なイベントだと話します。
ここのいいかねパレットに関わってるっていう1個のフォルダに入ってるっていうだけなんですよ、繋がりって。でも、なんかそこの人たちでなんかやるってなって、自発的に何かやってるんですよ。で、儲けとかどうでもいいんですよ。
伝わりにくい価値と「営みを最大化する」という考え方
聞き手の一人は、ここで誤解されやすい点を指摘します。個展が開けたといった「結果」をゴールとして良いものだと考えているわけではなく、いいかねパレットの本当の価値は、既存の枠組みでは制限されていた自由が制限されない状態をつくったことにある、という見方です。
なんかこう、リリースされるっていうイメージなんです。
聞き手によれば、人にはメンタル、フィジカル、社会関係の中にさまざまなブロックがあります。宇宙に行きたいと言われてもすぐには叶えられないものの、できることはやり、やりたい人にブレーキをかけさせない場がこの世に存在することに価値がある、という発想です。
主流とは違うカウンターパートが存在すること自体が世界に影響を与える、という考え方は、社会を構造的に理解している人でないと伝わりにくいのではないか、と聞き手は話します。
青柳さんは、一般的な地域創生のイメージと自分たちの考え方の違いを語ります。当初は新産業をつくるためにスタートアップ支援も試みたものの、地域の人にはそもそもスタートアップがわからず、全くうまくいかなかったといいます。
観光資源の活用、大企業の誘致、起業、イベントによる賑わい創出
暮らす人たちの営みを最大化していくこと
青柳さんの見立てでは、地域の人たちは同調圧力のようなものの中で、やりたいことをやれずに悶々としています。だからこそ、ここならやれるかもしれないと思える場をつくればよいと考えたそうです。
青柳さんは、困ったときに声をかけられ、面白いと思ったことを一緒にやれる仲間がいて、やりたいことがある、それだけで人生は豊かだと話します。その営みがコテンラジオや、芸術団体のアーツトンネルを生み、その先で社会が変わっていくと考えています。
そこでBOOKの理念は「社会をもっと面白く」に変わったといいます。青柳さんは、自分たちが先頭に立つのではなく、みんながそれぞれ主人公でいいと語り、それぞれの営みを最大化すれば田川は盛り上がるはずだと話します。
聞き手の一人はこの話を、説明はできないが感覚で理解している身体知の話だと受け止めます。見返りがなくても困っている人を助けることがあるように、感覚で「こっちのほうがいい」と思うことの価値を、近代以降の社会は説明できないという理由で下げすぎてきた、と語ります。
聞き手はさらに、エコノミックアニマル ── かつて経済的利益ばかりを追求する日本人を揶揄して使われた言葉ですと呼ばれた日本人も、実際は一人勝ちして大金持ちになろうという人は多くないと指摘します。資本主義もスタートアップも文化であり、自分たちの延長線上で営むことが豊かさなのだ、という話につながっていきます。
39歳で武道館を目指すことの何が悪いのか?
樋口さんは、いいかねパレットにしばらく住んだ人から「これをやっちゃっていいんだと初めて思った」と言われることがあると話します。その例として挙げたのが、39歳の青柳さんが本気で武道館を目指してバンドを続けていることです。
ただこれまあまあ大事で、普通にこれ(武道館を目指すバンド)言ったら、お前それで飯食っていけるん?とかなるんですよ。
月にいくら儲かるのか、結婚して子どもをつくれ、といった声を青柳さんは散々言われてきたといいます。樋口さんは、楽しい、やりがいがある、夢を目指しているだけで十分なのに、社会が外から経済合理性や意味を付けようとすることに違和感があると話します。
それも重要だけれども、もうそれ世界にはそのルールしかないっていうふうな呪いがね、自分の中でもうめっちゃかけられて、自分で自分をかける、かけちゃうんだよね。
青柳さんは、今後の構想として「NPOみんなのパレット」の立ち上げを紹介します。このNPOには青柳さんたちBOOKは入っていないそうです。
青柳さんが目指すのは、BOOKという権威や権力がない状態で、関わる人たちだけでいいかねパレットを運営する姿です。必要なものはみんなで決めて、協力してつくり、守り、後世に残していく。そのうえで経済合理性が成り立てばよいと考えています。
青柳さんは、世の中の意思決定はさまざまな価値観にコントロールされていると感じており、それを一度取り払って、必要だと思うものを自分たちでつくる文化を育てたいといいます。いいかねパレットは、その実践の場だと位置づけています。
経済合理性でなければ何なのか。「地元だから」で始まる営み
コテンラジオ側の出演者の一人は、経済合理性だけを目指していたらコテンラジオは1年も続かなかったはずだと振り返ります。
その出演者は、サラリーマン時代に合わないと思いつつ、それが正しい大人の姿だと思って働き続けていたといいます。一方で、歴史や本が好きで話す場が欲しくなり、Facebookで人を集めてセミナーを年に4回、数年にわたって開いていたそうです。
起業の志があったわけではなく、ライフワークであり、メンタルのバランスを保つための活動だったといいます。その先で仲間と出会い、今の生活の中心であるコテンラジオに結実したという実体験があるため、この回の話に強く納得できると語っています。
では経済合理性でないなら何なのか、という問いには、シンプルに「好き嫌い」になるのではないかという答えが示されます。なぜ歴史の講座をやるのかと聞かれても「なんとなく」としか答えられないことが、昔はかっこ悪くコンプレックスだったものの、今は言語化できなくても悪くないと思えるようになったそうです。
理由を言語化できないのは大人としてかっこ悪く、コンプレックスだった
コテンラジオやいいかねパレットとの出会いを経て、言語化できなくても悪くないと思えるようになった
いいかねパレットをなぜ田川でやっているのかについても、答えは「田川が出身だから」くらいだといいます。論理性があるわけではなく、樋口さんと青柳さんが地元の先輩後輩で、旧いいかね小学校が青柳さんの出身校だった、という偶然から始まっています。
青柳さんは、なぜ田川でやるのかを毎回考え、自分なりの答えを見つけたいと話します。なぜ今この場に立っているのか、その理由を自分の中で深めていくことが重要で、それができる場が社会にあること自体が、営みの最大化につながるのかもしれないと語っています。
まとめ
いいかねパレットは、廃校を活用した複合施設であると同時に、経済合理性の外側で人がやりたいことを深め、自由に動き出せる受け皿として運営されています。コテンラジオの誕生もその一例として語られ、説明できない価値を残しておくことの意味が浮かび上がる回でした。
- 樋口さんは、人間の自由のためには移動の自由と社会の多様性が必要で、田川にその受け皿をつくりたいと考えている
- 青柳さんは、地域創生の核は観光や企業誘致ではなく、暮らす人たちの営みを最大化することだと話している
- いいかねパレットの価値は個別の成果ではなく、やりたい人にブレーキをかけさせない状態をつくることにあると語られた
- 言語化や再現性を重視する近代の価値観に対し、身体知や「好き嫌い」「地元だから」といった理由の大切さが示された
- 今後は、BOOKが関わらない「NPOみんなのパレット」によって、関わる人たち自身が運営する形を目指している





