台本292ページ、「答えが出ない」テーマの始まり
コテンラジオの民主主義シリーズは、樋口さんが台本のページ数に驚くところから始まります。A4で292ページあり、深井さんは今回がシリーズ最長だとしつつ「だいぶ削った」と話します。
もう帰りたいんですよ。ちょっと言っていいですか?A4で大体何ページって出るじゃないですか。
292。
深井さんは、民主主義の勉強が「めっちゃおもろかった」と振り返ります。ただし難しいというより、聞いたあとにどうすればいいかがわからない種類のテーマだといいます。
なんかほんとキャッチボールしてたのに急に相手いなくなったみたいな感覚になるかも。
楊さんも、番組として民主主義を「みんなで頑張っていこう」と強く押し出すつもりはないと補足します。深井さんも個人的な考えはあるものの、受け止め方は聞き手それぞれに委ねたいという立場です。
深井さんは9月に過労気味になるほど、この回の準備に没頭していました。特に社会契約説 ── 国家や政治権力は、人々が互いに結んだ契約によって成り立つとする考え方。17〜18世紀のホッブズ、ロック、ルソーらが代表的な論者ですが面白すぎて「バグった」と話し、楊さんは今回を民主主義というシステムの解析だと表現します。
民主主義は、なぜ即答できない言葉なのか?
楊さんは冒頭で「民主主義って何かと問われても即答できない」と切り出します。民主主義という言葉から人々が思い浮かべるものは、人によって大きく違うからです。
楊さんが挙げる民主主義のイメージは、有権者の政治意識、議会制や選挙制度、ロックやルソーやモンテスキュー、フランス革命、ポストに届く投票ハガキなどです。樋口さんは「多数決ぐらい」を思い浮かべる人もいると加えます。
楊さんによれば、日本では民主主義に「エモい」イメージを重ねる人も多いといいます。みんなで権力を獲得する、アメリカ独立革命やフランス革命のようにエネルギッシュに立ち上がる、といった印象です。
辞書には「人民が権力を所有し行使するという政治原理」という定義があります。しかし楊さんは、人民とは誰か、権力はどう使われるのかがはっきりしないと指摘します。
人民が自分自身を支配するっていう言葉っていうのは、要するにこう人民自分たちが権力を持つんですよね。で、治める立場に立って支配する。でもその支配する相手が自分たち。
楊さんは、国ごとに民主主義の「質感」が違う点も挙げます。アメリカとイギリスでは中身が異なり、日本は民主主義国でありながら投票率が低く、北朝鮮は国名に「民主主義」を掲げています。
楊さんは、民主主義はどう定義しても必ず反論が起きる言葉だとまとめます。深井さんは、資本主義と同じく「どっぷり浸かっているのに説明できないもの」だからこそ、歴史から学ぶ価値があると話します。
深井さんによれば、このシリーズでは民主主義が何かを言い切るのは難しくても、何が民主主義ではないのかはかなり見えてくるといいます。
ブレグジットとトランプ当選は「ポピュリズム」なのか?
深井さんは、民主主義が世界的に広まった今、その弱点を問う議論が増えていると話します。代表例が、ここ数年でよく聞くようになったポピュリズム ── 大衆の感情や不満に訴えて支持を集める政治手法や運動。「大衆迎合主義」と訳されることが多く、批判的な意味で使われる場面が目立ちますという言葉です。
深井さんが最初に挙げるのは、イギリスが国民投票でEU離脱を決めたブレグジット ── イギリスのEU離脱。2016年の国民投票で離脱派が僅差で勝利し、2020年に正式に離脱しましたです。虚偽の情報に踊らされて投票結果が変わった、という言説があるといいます。
深井さんは、ブレグジットの中核とされるのが中高年の白人労働者層だと紹介します。「置き去りにされた人々」と呼ばれ、産業構造の転換で苦境に立った人たちが、主権を取り戻すという感覚で扇動されたと言われています。
別にブレグジットがダメだとか僕は思ってないんだけど、そういう風に言われてるってことね。
深井さんが2つ目に挙げるのは、2016年のトランプ大統領の当選です。政治の世界から見るとアウトサイダーの不動産王で、メキシコ国境の壁や、批判的なメディアへの罵倒、アメリカ第一主義が話題になりました。
トランプ大統領の支持層として、深井さんはラストベルト ── アメリカ中西部から北東部にかけての、かつての重工業地帯。製造業の衰退で「錆びついた地帯」と呼ばれるようになりましたの労働者を挙げます。生活に不安を抱える人々に「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」が響いたと説明します。
深井さんによれば、こうした現象は大衆迎合的で衆愚的だとして、民主主義がまともに機能していないのではと言われています。ただし深井さんは、ロシアのサイバー攻撃説などについて「どこまで本当かわかんない」と留保しています。
産業構造の転換
旧工業地帯の労働者が経済的に苦境に立つ
不安の高まり
将来の生活に強い不安を抱える
訴えかけ
主権回復や「再び偉大に」というメッセージ
投票結果
ブレグジットやトランプ当選につながったと言われる
独裁的な指導者が増える時代とチャイナモデル
深井さんは、民主主義の危機としてもう1つ、独裁的な指導者が世界的に増えている点を挙げます。例として、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平氏、北朝鮮の金正恩氏、フィリピンのドゥテルテ前大統領、トルコのエルドアン大統領が挙がります。
どちらかというと指導力のある、全部自分で決めてくれて、ガンガン引っ張ってくれる人を選出しちゃうと。
深井さんによれば、人民が主権を持ちながら攻撃的で排他的な指導者を選ぶことは、ある意味でヒトラーを連想させるため危険だという意見があります。楊さんは、それが民主主義国側からの意見だと補足します。
一方で深井さんは、コロナ禍での中国の対応にも触れます。反対の声を許さないロックダウンや素早い決定を見て、危機には「チャイナモデル」のほうが民主主義より優れているのでは、という意見も出たといいます。
楊さんは、現在の世界で民主主義国とされる国は半分に満たないと話します。深井さんは、自分が子どもの頃は、どの国も遅かれ早かれ民主化するという感覚が欧米側で共有されていたと振り返ります。
どの国もいずれ民主化するという感覚が欧米で共有されていた
本当にそうなるのか、強い指導者のほうがよいのではという意見が出ている
民主主義への懐疑は、古代から繰り返されてきた
深井さんは結論を先に示します。民主主義への懐疑や疑問は現代に限らず、古代から何度も繰り返し出てきたものだと、民主主義の歴史を学ぶとわかるといいます。
樋口さんは、会社経営の経験と重ねて話します。1人でバッと決めたほうがいい時と、スタッフを集めてみんなで決める時があり、身をもって知りたいテーマだといいます。
楊さんは、株式会社や組織経営学が近代に生まれたのに対し、民主的な国の体制は紀元前から続いていると指摘します。人類が有史以来ずっと考えてきた「古くて新しいテーマ」だと話します。
別にシステムとは限らないんですね、民主主義っていうのは。結論から言うと、僕はシステムではないという結論に至った。
深井さんはさらに、民主主義を多数決だと考えるのは「明確に間違ってます」と言い切ります。では何なのかは難しく、それがこのシリーズの面白さだとして、民主主義の誕生から話を始めます。
デモクラシーの起源は古代ギリシャより前?
深井さんによれば、民主主義という言葉は古代ギリシャのデモクラティアが語源です。人民や民衆を意味するデーモスと、力や支配を意味するクラトスが組み合わさり、「人々の力、支配」という意味だったといいます。
ただし民主主義の起源そのものは古代ギリシャではないようだ、と深井さんは続けます。オーストラリア出身の政治学者ジョン・キーンさんによると、古代の民主主義はバビロニアやアッシリアで始まり、フェニキアを通じて古代ギリシャへ伝わったとされます。
深井さんは、アメリカ建国の父たちが北米先住民のイロコイ族 ── 北米北東部の先住民の部族連合。複数の部族が連邦を作り、会議で物事を決める仕組みを持っていたことで知られますの自治の伝統を知っていた例も挙げます。最終決定は会議で行い、若者から年寄りまで平等な発言権を持っていた記録があるといいます。
深井さんによれば、議論で合意を作りそれに自発的に従う実践は、各地に古くからありました。法的な拘束力や定期的なルール運用のレベルに達したのが、古代ギリシャあたりからのようです。
だから合議制はどこにでもあったってことだよね。ただ、合議制と民主主義っていうのは全然違うからさ。
2600年前のペルシア、民主制を推したオクタネスの主張
深井さんは、2600年前のペルシア帝国で、ダレイオス(おそらく1世)らが民主制・寡頭制 ── 少数の貴族やエリートが権力を握り、物事を決める政治体制・独裁制の3つを議論した記録を紹介します。楊さんは、この議論が「めちゃくちゃメイクセンスしてる」と評価します。
議論の背景には、暴虐を尽くした先代カンビュセス王の時代があります。重要人物7人ほどが集まり、ダレイオス、オクタネス、メガビュゾスが体制について意見を述べます。
オクタネスは民主制を推します。どんなに優れた人でも君主の地位に座れば、栄華による傲慢と生まれ持った嫉妬心から悪徳を身につけてしまう、という理由です。
オクタネスは民主制の利点として、万民同権という麗しい名目があることと、独裁者のような振る舞いが起こらないことを挙げます。役人は抽選で選び、国の重要な論議はみんなで話し合って決めるべきだと主張しました。
これかなりもっともですよね。
メガビュゾスの寡頭制論は、今のポピュリズム批判と同じ?
オクタネスの民主制論に反対したのがメガビュゾスです。メガビュゾスは独裁制をやめる点には同意しつつ、主権を民衆に委ねるのは最善ではないと主張しました。
メガビュゾスによれば、民衆は何が正当かを教えられず、自ら悟る能力もないため、自分が何をしているかさえわかっていません。奔流する川のように、ただがむしゃらに国事を進めてしまうといいます。
メガビュゾスは、ペルシアに害を与えたい者こそ民主政治を取ればよいとまで言います。そして最も優れた人材の一群を選び、主権を与えるべきだと結論づけました。
深井さんは、当時の民衆は読み書きもできず教育も受けていなかったと補足します。そのうえで、メガビュゾスのロジックは今日の世界でも一定の支持を得られると話します。
教養とかもなくて、本も読まずに、ただ単にSNS上のフェイクニュースの垂れ流しを見て、それで「うわっ、投票しないと」みたいな。
深井さんは、そうした現象の良し悪しは別として、メガビュゾスの主張は現代のポピュリズム批判と同じロジックだと指摘します。樋口さんも「今言ってるやつやん」と反応します。
ダレイオスはなぜ独裁制が最善だと断言したのか
最後に意見を述べたダレイオスは、メガビュゾスの民衆批判には同意しつつ、寡頭制の評価は正しくないと述べます。3つの政体がそれぞれ最善の姿なら、独裁制がはるかに優れていると断言しました。
ダレイオスによれば、寡頭制では功績を競う人々の間に敵対関係が生まれ、派閥化します。民主制では悪人同士が強固な友愛関係で結託し、それを抑える人物が民衆に賛美されて、結局は独裁者になるといいます。
寡頭制
有力者が自分の意見を通そうといがみ合う
内紛と流血
争いが内紛を呼び、流血に至る
民主制
悪人が結託して公共に悪がはびこる
独裁制
事態を収めた人物が賛美され独裁者となる
反対勢力も誰かがトップになるから、そいつが勝ち取ったらそいつ独裁者になるだろうって話。
ダレイオスは、我々の自由は民衆でも寡頭制でもなく、ただ1人の人物によって与えられたものだと主張します。最終的に多数決によって独裁制の維持が決まり、ペルシアは大帝国を築いていきました。
| 論者 | 推した体制 | 主な理由 |
|---|---|---|
| オクタネス | 民主制 | 独裁者は傲慢と嫉妬で悪徳を身につける |
| メガビュゾス | 寡頭制 | 民衆は無知で、国事を任せると国が壊れる |
| ダレイオス | 独裁制 | 他の体制も内紛や結託の末に独裁に行き着く |
2600年前と同じ議論を、今も続けていないか?
深井さんは、2600年前にすでに現代に近い議論がされていたことを強調します。そのうえで、人類はその後の歴史でこの議論を大きく進めてきたのに、今の議論はペルシアの頃と同じレベルにとどまっていると感じるといいます。
深井さんによれば、その先に進んだ理論こそが社会契約説です。せめてダレイオスたちと同じ議論はしなくてよくなりたい、社会契約説に反対するなら代案を出せるようになりたい、と話します。
樋口さんは、以前ヒトラーの回で民主主義のメリットは「大きく間違わないこと」だと話したことを振り返ります。深井さんは、今回の勉強で自身の考えがさらに深まり、なぜ民主主義が必要なのかを語れるようになったといいます。
次回は古代ギリシア、ヨーロッパの理論を軸に進める理由
深井さんは次回予告として、古代ギリシアの民主制が「頭突き抜けてすごい」ものだったと紹介します。メソポタミアの合議制やペルシアの議論とは違う段階として、次回で詳しく扱う予定です。
深井さんは、シリーズの扱う範囲についても補足します。民主主義には各地にさまざまな形がありますが、日本を含む多くの国の政治体制はヨーロッパで形成された政治理論をベースにしているため、ヨーロッパを中心に深掘りするといいます。
深井さんは、ヨーロッパの政治思想が最高だと番組として言うつもりはないと明言します。ただし、代案を出すのがとても難しいことは、シリーズを通してよくわかるはずだと話します。
まとめ
民主主義シリーズの初回は、民主主義が定義しにくい言葉であることと、ポピュリズムや独裁的指導者の増加で揺らいでいる現状を確かめる回でした。そのうえで、2600年前のペルシアですでに民主制・寡頭制・独裁制の論争があったことが紹介され、社会契約説へ向かう長い歴史の入口が示されました。
- 民主主義は人によって思い浮かべるものが違い、どう定義しても反論が起きる言葉だと語られています
- ブレグジットやトランプ当選、強い指導者の増加を受けて、民主主義への懐疑が強まっていると紹介されています
- 合議制は古くから各地にあったものの、合議制と民主主義は別物だとされています
- ダレイオスらの政体論争は、現代のポピュリズム批判とよく似た論理を含んでいます
- 深井さんは、社会契約説を知ることで2600年前と同じ議論から抜け出せると考えています


