イスラム教の教祖ムハンマドは何者だったのか
世界三大宗教を作った人物を順に取り上げるシリーズで、今回はイスラム教とその教祖ムハンマドが取り上げられます。楊さんによれば、イスラム教もキリスト教と同じくユダヤ教から派生した宗教の一つです。
イスラム教が生まれた時期は、イエスの誕生からおよそ600年後とされています。樋口さんが「結構後輩なんですね」と返すと、楊さんは、当時としては新興宗教のような存在だったと説明しました。
楊さんがまず強調したのは、ムハンマドがもともと商人、つまりビジネスパーソンだったという点です。どの程度の規模で商売をしていたかを示す記録は少なく、普通の商人だったのではないかと楊さんは見ています。
(ムハンマドも)実際イエスと同じように、実は結構普通の時期が長くて、40歳ぐらいまで普通なんですよ。
ただ、ムハンマドには幼い頃の大きな体験があります。早くに両親を亡くした孤児だったのです。
楊さんは、ムハンマドの孤児としての経験が、のちのイスラム教の聖典コーラン ── イスラム教の聖典で、クルアーンとも呼ばれます。ムハンマドが神から受けたとされる啓示をまとめたものですにも反映されていると話します。コーランには、子どもへの虐待に非常に厳しい記述があるといいます。
40歳で洞窟へ。天使の啓示に怯えた教祖と支えた妻
ムハンマドは40歳に差しかかる頃から悩みを深め、一人になりたがるようになったと楊さんは語ります。山の中の洞窟へ行き、修行や瞑想をするようになりました。
中年に差し掛かろうとしてるおじさんが、ちょっとヨガやり始めたりとか、お寺通い始めたりとか、そんな感じだったかもしれないです。
ある日、洞窟で瞑想していたムハンマドは、天使ガブリエルから胸ぐらをつかまれ「この言葉を読め」と告げられる啓示を受けたとされます。楊さんによると、この出来事がイスラム教の始まりだと言われています。
楊さんが面白いと話すのは、啓示を受けた直後のムハンマドの反応です。普通の宗教者なら自信に満ちそうなところで、ムハンマドはひどく不安になり、精神が不安定になったといいます。
(啓示を受けたとき)普通、宗教者だったら「よっしゃ、啓示を受けたぞ」っていう風にすごい自信に満ちてるんですよ。彼、それめっちゃ不安になるんですよね。
樋口さんの「悪魔じゃないか」という合いの手に、楊さんも「悪魔のささやきじゃないか」と悩んだのだと応じます。そんなムハンマドを支えたのが妻のハディージャ ── ムハンマドの最初の妻。裕福な商人の未亡人で、イスラム教の最初の信者とされていますでした。
楊さんの説明では、ハディージャはムハンマドより15歳年上の未亡人です。ハディージャは「それは神の啓示だよ」と励まし、精神的に支えました。そのため、イスラム教の最初の信者はハディージャだとされます。
ハディージャは大金持ちでもあり、布教のスポンサーの役割も果たしたといいます。家柄もよく、年上で美人だったという楊さんの紹介に、樋口さんは思わず本音を漏らしました。
また生まれ変わったらムハンマドになりたいです。
酒と戦と詩の砂漠。遊牧民ベドウィンは何に生きていたか
楊さんは話を少し戻し、イスラム教が広まった時代背景を説明します。舞台はアラビアの砂漠で、そこにはベドウィン ── アラビア半島などの砂漠で、ラクダなどを連れて移動しながら暮らす遊牧民。部族単位で生活しますと呼ばれる遊牧民がいました。
楊さんは、ベドウィンの世界を日本の平安時代になぞらえます。ベドウィンは詩を詠み、酒を楽しむ豊かな精神世界に生きていました。
一方で、ベドウィンは戦争も好んだといいます。相手の部族を殺し、金品や女性を奪うことが男としての評価を上げる価値観だったそうです。楊さんは、ベドウィンの世界は略奪、戦争、酒、女、文学がすべてだったと表現しました。
当時の詩とかも読むとなんかもうすごい、今の人生マジ楽しもうぜっていう詩がめっちゃあるんですよね。
ベドウィンのもう一つの特徴は、部族単位で移動することです。楊さんによれば、部族とは血縁でつながったファミリーで、何より大事なものでした。ほかの部族は基本的に敵で、殺し合って当然という感覚だったといいます。
楊さんは、ベドウィンの心の奥には「死んだら自分たちはどうなるのか」という不安があったとする研究も紹介します。その不安をごまかすために、さらに酒を飲み、女性と遊び、殺し合う。ベドウィンは「今」だけを生きていた、という見方です。
死後の世界の話を受けて、深井さんはキリスト教とイスラム教の死後観の違いを質問します。楊さんの答えは、両者の大方針は同じだというものでした。
楊さんの説明では、両宗教には最後の審判 ── 世界の終わりに神が全人類を裁くという考え方。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に共通しますがあり、それまでに死んだ人が全員復活してOKかNGかを言い渡されます。OKなら神の国に住めるとされ、楊さんは仏教の極楽とそう変わらないかもしれないと話しました。
キリスト教では、死んでから復活するまでの間は無だとされるそうです。楊さんは宗派によって違うかもしれないとしつつ、輪廻の概念はないと補足しました。
血縁より信仰を。ムハンマドが説いた「神の前の平等」
楊さんは、ベドウィン社会では血縁や地位といった過去の積み重ねが人の判断基準になっていたと整理します。それに対し、ムハンマドは「殺し合って、酒を飲んで、女と遊ぶ一生ではダメだ。もっとちゃんと生きよう」と説きました。
深井さんは、山にこもったのは周囲と自分の感覚の違いに悩んでいたからだろうと推測します。楊さんによると、ムハンマドがこうした主張を始めたのは山にこもった後のことです。
ムハンマドの主張の中心は、部族と血縁を重んじる価値観の否定でした。楊さんは、血縁そのものが大事でないというより、血筋の高貴さで人の価値を決めることがおかしいという主張だったと説明します。
人の価値は何で測れるのか。それは神様に対する信仰心でしか測れないことなんじゃないかなと彼(ムハンマド)は言うんですよ。
ベドウィン社会の価値観と、ムハンマドの説いた価値観の違いは、次のように整理できます。
血縁、家柄、地位など過去の積み重ねで人の価値が決まる。ほかの部族は敵
神への信仰心だけで人の価値が測られる。神の前では人間はみな平等
ムハンマドの考え方を、深井さんは「本質主義みたいな感じ」と受け止めました。ムハンマドはこの考えに基づき、ほかの部族とも同盟を組みます。
部族が違えば敵というのが当時の常識だったため、他部族と組んで戦う行動は周囲を驚かせたと楊さんは話します。ムハンマドの教えは、やがて迫害を受けることになりました。
メッカからメディナへ。戦いに勝ち続け、アラビア半島を統一
迫害に加え、妻のハディージャも亡くなり、ムハンマドはひどく気落ちします。ムハンマドは説教の拠点だったメッカを抜け出し、メディナという都市へ移りました。
楊さんによると、メディナは一神教を信じる人が多く、キリスト教の集団もいたため、ムハンマドの教えがなじみやすい環境でした。メディナでムハンマドの勢力は急速に大きくなります。
勢力が大きくなると、同盟を結ぶ部族がいる一方で戦いを仕掛ける部族も現れ、メッカからも軍が派遣されます。ムハンマドは信仰をかけた本格的な戦争に臨み、楊さんの言葉では戦争のセンスがあって勝ち続けました。
楊さんは、この時期のムハンマドの言葉を整理したコーランに、日常生活や考え方のルールが多いことに注目します。番組で以前扱った始皇帝 ── 紀元前3世紀に中国を初めて統一した秦の王。法による厳格な統治を進めましたが法によるルールで組織を作ったように、ムハンマドも同じことをしたのではないかというのが楊さんの見立てです。
仕組みとか組織とかを動かす、マネジメントするのが実際ちょっとセンスがあったんじゃないかなと思うんですよね。だからでかくなって戦争にも勝ったんですよ。
最終的に、ムハンマドはアラビア半島をイスラム教で統一します。楊さんは、精神世界だけでなく現実世界にも働きかける力を持っていた点が、ブッダやイエスとの違いだと語りました。
戦いに勝ったムハンマドはメッカに凱旋します。メッカのカーバ神殿 ── メッカにある黒い立方体の建物。イスラム教で最も神聖な場所とされ、巡礼者が周りを回りますには、多神教の都市だった当時、数百体の神の偶像が置かれていました。ムハンマドはそれをすべて叩き壊し、勝利を宣言したといいます。
統一の年齢について、出演者たちも正確な数字は確かめられていません。統一から2年ほどで亡くなったと楊さんが話し、深井さんは50歳前後か、60歳ぐらいかと推測しています。
楊さんの説明をもとに、ムハンマドの生涯の流れを整理すると次のようになります。
幼少期
早くに両親を亡くし孤児になる
40歳ごろまで
普通の商人として暮らす。年上の未亡人ハディージャと結婚
40歳ごろ
洞窟での瞑想中に天使ガブリエルから啓示を受ける
布教と移住
血縁を否定する教えで迫害され、メッカからメディナへ移る
晩年
戦いに勝ちアラビア半島を統一、メッカに凱旋。統一から2年ほどで死去
深井さんは、一番精力的に動いていたのが40歳を過ぎてからだったことに「勇気出ますね」と反応します。楊さんも、ムハンマドの生涯は少年ジャンプの漫画のようだと話しました。
だから相当の価値観転換を一代で成し遂げてるんですよね。
楊さんは、ムハンマドが生きているうちに教えを広めた点がイエスとまったく違うと強調します。思想家であり経営者でもあり、政治的指導者としても実務をこなしたことが、ムハンマドをブッダやイエスと分ける特徴だとされました。
キリスト教と何が違うのか。イエスの位置づけと日々の戒律
最後に深井さんは、イスラム教とキリスト教の思想の違いを尋ねます。楊さんがまず挙げたのは、イスラム教の神がユダヤ教を受け継いだ厳しい神であることでした。
一方で、イスラム教はキリスト教と同じく、民族を問わないグローバル宗教だと楊さんは説明します。ユダヤ人だから救われるのではなく、神の前にひれ伏せばみな救われるという考え方です。
明確な違いは、イエス・キリストの位置づけにあります。キリスト教ではイエスは三位一体 ── 神(父)、子であるイエス、聖霊の三つが一つの神であるとするキリスト教の中心的な教えの中で神と同じ存在とされますが、イスラム教ではイエスを人間であり預言者だと見なします。
三位一体により、イエスは神であり神の子。神の最後の化身のような存在
イエスは人間の預言者。ムハンマドはイエスと同列で、ムハンマド自身が最後の預言者とされる
楊さんによれば、イスラム教はイエスよりムハンマドのほうが偉いと主張しているわけではありません。ただ、イエスを神の子と認めず、自らを最後の預言者としたことで、結果的にキリスト教に喧嘩を売る形になりました。
だってイエスが神の子であるという前提で成り立ってる宗教なんで、キリスト教が。そこの前提条件を崩しちゃうと絶対にコンフリクトしますよね。
楊さんは、ムハンマドが喧嘩を売った相手は、砂漠の民ベドウィンとキリスト教の両方だったとまとめます。
日常の実践についても違いがあります。楊さんは、1日5回の礼拝や、肉を食べる前に祈りを捧げるなど、決められた行動をとることで神の意にかなうという考え方がイスラム教にはあり、キリスト教より厳しいと話しました。
深井さんは、信者からすれば語弊があるかもしれないとしたうえで、愛を大事にする、よい人であろうとするといった大方針は両宗教で変わらないと話します。違うのは、どう生活すべきかというディテールや、何を優先するかの部分だという見方です。
一般的に一神教自体がそもそも結構厳しいんで、多神教の人からしたら厳しいですよ。
キリスト教、イスラム教と続いたシリーズは、次回の仏教へと進みます。
まとめ
ムハンマドは40歳まで普通の商人でしたが、啓示を受けたのち、血縁や身分を重んじる砂漠の価値観を否定し、神の前の平等を説きました。迫害や妻の死を経てメディナで勢力を広げ、組織づくりと戦いの才覚でアラビア半島を統一します。生きているうちに教えを広め、思想家と指導者を兼ねた点が、ブッダやイエスとの大きな違いとして語られました。
- ムハンマドは40歳ごろまで普通の商人で、洞窟での啓示に不安を抱き、妻ハディージャに支えられた
- 血縁や地位で人を測るベドウィン社会に対し、信仰心だけが人の価値を決める「神の前の平等」を説いた
- コーランのルールに見られる組織づくりの才覚が、戦いでの勝利とアラビア半島統一につながったと楊さんは見ている
- イスラム教はイエスを神ではなく人間の預言者と位置づけ、日々の礼拝など行動の戒律がキリスト教より厳しいとされる




