なぜ女性は自分の賢さを隠すのか?
エール株式会社取締役の篠田真貴子さんを迎えた番外編は、前編・中編が盛り上がりすぎて今回も3部作になりました。樋口さんは後編のテーマとして、篠田さんが仕事を転々としてきた理由や、女性としてキャリアにどう向き合ってきたかを聞きたいと切り出します。
深井さんが特に知りたいと語ったのは、男性である自分には見えていない感覚でした。深井さんは24歳ごろに初めてがっつり一緒に働いた相手が女性だったなど、女性と働く機会が多く、これまで性別をあまり意識してこなかったといいます。
深井さんが驚いたきっかけは、コテンラジオのコミュニティで運営に関わる女性から聞いた話でした。女性が自分の賢さを隠している、というのです。
僕びっくりしたのが、女の人がその自分の賢さ隠してるっていう話聞いて。めっちゃびっくりした。うわぁ、そんなことしないといけないんだと思って。
でも確かにそうかもなと思ったんですよ。自分が女だった時に今のと同じように話してたら、なんか嫌われたりしそうだなと思って。
深井さん自身は若さを理由に退けられることはあっても、賢さを出すこと自体をとがめられた経験はありませんでした。だからこそ、女性の側の感覚をもっと聞きたいと篠田さんに問いかけます。
「男みたい」と言われ続けた就職活動
篠田さんは、トラブルになる手前で「調教され続ける」ような感覚だったと振り返ります。その背景として挙げたのが、篠田さんの世代と重なる男女雇用機会均等法 ── 雇用における性別による差別を禁じる日本の法律。1985年に制定され、翌年施行されました。募集・採用・昇進などで男女の均等な機会を求めるものですでした。
篠田さんによれば、この法律が必要だったということは、それ以前の雇用機会は均等ではなかったということです。伝統的な大企業では、今でいう総合職は男性のみ、アシスタント的な仕事は女性のみという募集が当たり前でした。
総合職にあたる基幹職は男性のみ、アシスタント的な仕事は女性のみという募集が当たり前だった
総合職に女性も門戸を開くことが義務になった。ただし世の中の考え方は法律に追いついていなかった
法律ができたのは篠田さんが高校3年生のときで、就職活動の時点ではまだ4年ほどしか経っていませんでした。篠田さんは日本長期信用銀行(現在の新生銀行)に総合職として入りますが、その途端「分かりやすくモテなくなる」体験をしたといいます。
篠田さん自身は、女の子だからこうしなさいと言われずに育った珍しい環境にいました。それでも当時はあらゆることがジェンダーで色付けされ、女らしさを求められないことは、男のようになることを期待されることと同じでした。
篠田さんが進んだ大学の経済学部は、女子の比率が5%ほどだったといいます。自分の興味を追求しただけなのに、周囲からは「男みたい」「女らしくない」と言われ続け、篠田さんは当時、他の価値観の選択肢がないまま「しょうがない」と受け止めていました。
さらに就職面接では、結婚したら仕事を続けられるのか、子どもが生まれたらどうするのかと繰り返し聞かれました。篠田さんにとってそれは、人生で望むことを「要りません」と言わなければやりたい仕事ができない状況で、女性としての自分とどう折り合いをつけるかに悩んだといいます。
「勉強できるとモテない」は今も続いている
篠田さんは、時間も経ち制度も整ったので状況は良くなったと思っていました。ところが今の20代の女性の話を聞くと、篠田さんが20代でぶつかった壁が変わっていないことに気づき、強い問題意識を持つようになったといいます。
篠田さんが紹介したのは、20代後半の優秀な女性の高校時代のエピソードです。地方の進学校で成績上位にいた仲の良い友人が、ある時から急に成績を落とし、理由を尋ねると「勉強できるとモテないんだよ」と答えたそうです。
その友人は、いわば戦略的にモテを選び、見事に学年で一番人気のある男子と付き合ったといいます。篠田さんはこれを、つい10年ほど前の話として紹介しました。
深井さんも、自分が新卒のころに同じ総合職でも男女の扱いに差があったと振り返ります。
男だけ徹夜してもよくて、女はダメみたいな。でもそれって裏を返したらさ、女の人出世できないってことじゃん。最初から何も期待してないって話じゃん。
アメリカも同じだった?「守られるべき女性」という価値観
楊さんは、こうした文化に日本とアメリカで差があるのかを尋ねます。篠田さんの答えは、最近は差が広がったものの、もともとは同じくらいだったというものでした。
篠田さんによれば、アメリカもカウボーイが成り立ちのマッチョな文化で、イギリス文化の影響も濃く、女性は守られるべき存在という価値観が強くありました。20世紀初めに一部の女性が参政権を求めた際も、女性は繊細でか弱いのだから政治のような乱暴なことに巻き込むのはかわいそうだ、という議論が普通にあったといいます。
篠田さんは、女性に厳しい仕事をさせない、徹夜させないといった扱いも、根っこは同じだと指摘します。女性をおとしめたいのではなく、良かれと思ってやっていることが実はよくない、という構造です。
価値観
女性は繊細でか弱く、守られるべき存在だと考えられた
善意の配慮
政治や厳しい仕事、徹夜から女性を遠ざけるのが「かわいそうだから」とされた
結果
参政権や仕事の機会が制限され、多くの女性自身もその価値観を信じていた
篠田さんはさらに、アメリカの参政権運動でも多くの女性が参政権に反対していたと話します。男性を称えることが女性の使命だと教わって育てば、そう信じるのは自然だというのです。そのうえで、ここ数年でアメリカやヨーロッパは変化が早く、日本はあまり変わっていないと述べました。
深井さんから中国について聞かれた楊さんは、親の世代には女性に学問は不要とする時代もあったが、今は違うと答えます。
やっぱ男の、まあたとえ学歴が男とか、社会的な、いわゆる立場が男よりも低くても、何か家庭の中でとか、口ゲンカとかでは男が勝ったところ僕見たことないです。
楊さんの出身地の四川省では、政治家や大企業で男性がやや多いものの、日本より女性の経営者や政治家の比率ははっきり高いといいます。深井さんも、中国人の友人と接していて女性の強さを感じると応じました。
誰にも責められないのに抱く罪悪感
篠田さんは、女性の中にある価値観が、今の身の回りでは「罪悪感」という形をとると話します。妻として、母親としてあるべき姿を十分にできていないのではないかと、誰に言われたわけでもなく思い込んでしまうというのです。
篠田さんは仕事が大好きで、子育てに専念すれば子どもに過干渉になると考え、働きながら機嫌よくいる母であるほうがよいと迷いなく思ってきました。子どもたちは生後間もないうちから保育園に預けてきたといいます。
数年前、当時小学生だった娘さんがパソコンに映った「女性は仕事と家庭の両立が難しい」という見出しを見て、「女性は仕事と家庭は両立できないの、ママ?」と声に出しました。篠田さんは反射的に「できるわよ」と答えます。
ところが続けて「家庭はどうなの?」と聞かれた瞬間、篠田さんは黙ってしまいました。一方で「仕事は?」と聞かれると「頑張ってるわよ」とすぐ答えられたのです。
後でショックを受けて考えた篠田さんは、こうあるべき母親や主婦の姿に自分が届いていないという負い目が、無意識のうちにあったと気づきます。娘さんが「ママOK」と言ってくれたことには救われたものの、家庭をもっと大事にしたい人ほどこの葛藤はしんどいはずだと感じたといいます。
楊さんも、女性の友人から聞いた話を紹介します。
(その友人は)保育園に預けること自体がすごく罪悪感っていうふうにおっしゃってて。
もっとそれに拍車をかけるのは、旦那さんの方が、なんでそんな保育園に預けるんだ、子供は幸せじゃないじゃないかみたいな、厳しい言葉をまたその友人にぶつけて。
ペプシコCEOインディラ・ヌーイも罪悪感を抱えていた
篠田さんは、罪悪感はみんなが持っているものだと考えることで自分を保っていると話します。その最高の事例として挙げたのが、ペプシコ ── 清涼飲料やスナック菓子の多くのブランドを持つアメリカのグローバル食品・飲料企業で10年ほど社長を務めたインド系アメリカ人女性、インディラ・ヌーイさんの動画でした。
篠田さんによると、ヌーイさんは「ひたすら罪悪感しかない」と率直に語り、だましだまし乗り越えるための仕組みを周囲に作るしかなかったと話していたそうです。
たとえば娘さんの私立学校で平日昼にお茶会があり、娘さんに「うちだけママが来ない」と言われたとき、ヌーイさんは面談で先生に実際に来た母親を確認し、全員ではないとわかって自分を落ち着けたといいます。
また海外出張が多いため、会社の代表電話の交換手に、子どもから電話があれば宿題や翌日の支度を確認してからゲームを30分許可するよう頼んでいたそうです。篠田さんは、ここまでしないと両立できなかったという話を聞き、罪悪感は普遍的で日本の今の女性だけのものではないと感じたといいます。
篠田さんはさらに、仕事を頑張るたびに家庭のことで引き戻される女性と、昇進すれば「すごいわね」と支えられる男性とでは、後者のほうが力を発揮しやすいと指摘します。女性管理職を増やすことには社会正義があると考えつつ、なりたくない女性の理由もよくわかるので、気持ちよく活躍できる状況まで作る必要があると話しました。
男性が子育てを担うことの難しさ
樋口さんは、逆の方向から見ることも大事だと問題提起します。子育ては女性がするものというイメージが強く、保育園の入園式や卒業式に来るのも大体はお母さんだといいます。
僕の友達で男で専業主婦してる人がいるんですけど、奥さんがもう働いてて。で、彼はしかも北海道の田舎にいるんですけど、めちゃくちゃ人の目がやっぱり突き刺さるらしいんですね。
樋口さんは、そのくらい強く決めなければ男性が専業主夫として生きることはできないと話します。深井さんも、男性は男性で働くしかないと選択肢が限られていると応じ、両方から変えないと解決しないという点で二人は一致しました。
樋口さん自身も、収入は妻のほうが多く、子育てもワンオペで担ってもらっていると明かします。
収入も向こうの方が上って言ったら男の俺なんやみたいな感じでやっぱなってて。(そこを)納得させるのも相当結構覚悟とか決意みたいなのがいるなっていう。
子どもは両親だけで育てるものではない
深井さんは、子育てのスタイルこそが男女の働き方に大きく影響していると考えます。そしてまず問題なのは、つい最近になって進んだ核家族化だと指摘し、篠田さんも「基本無理ですよね」と応じました。
子供ってまず両親が育てるものじゃないんだよね。ホモサピエンスは両親じゃなくて集落の大人でみんなで育てるんですよ。
深井さんは、母親だけで育てるのは群れで生きる動物として相当逸脱した状態だと話し、保育園に預けるのはかわいそうという考えとは逆に、いろいろな大人に会わせたほうが子どもの脳の発達も早いと述べます。
篠田さんはここで、リンダ・グラットン ── イギリスの組織論学者。著書『ライフ・シフト』で長寿化に伴う働き方と人生設計の変化を論じ、「人生100年時代」という言葉を広めましたさんの『ライフ・シフト』を紹介します。寿命が100年に近づくと、勉強・仕事・引退という3つのフェーズの人生は成り立たないという提言です。
篠田さんによれば、同書は子育てについても触れています。人生が長くなれば会社の寿命より働く期間のほうが長くなり、キャリアの転換も必要になるため、家庭のあり方も変わるというのです。
勉強・仕事・引退の順に進み、子育てはどちらかの親が主に担う
子育ても学び直しも、夫婦がお互いに交代しながら担う
篠田さんの例では、出産は女性にしかできないものの、その後の子育ては子どもごとに夫婦で担当を替えてもよいといいます。AIで会計の仕事がなくなり、2年間仕事を辞めて学び直すといったことも、お互いに起こりうるからです。
樋口さんは、交代しても家族のリソースが足りないことがあると、子育て中の実感を漏らしました。
複数の家族で育てるという選択肢
深井さんは最近、複数の家族を同じところに住まわせ、補い合う体制が大事だと考え始めているといいます。人間のデフォルトは孤立しないことであり、相互補完でセーフティーネットを敷くのが人間の生存戦略だという考えです。
深井さんは、集団就職のころに生まれた核家族の時代はもう終わっていると話します。そして結婚しない人や子どもを産まない人が罪悪感を持たされる社会からも、解放されたほうがいいと続けます。
子供産んだけど子育て経験しなくてもいいわけですよ、究極ね。したくなかったら。
篠田さんは、外資系企業で働いていたころの台湾の同僚の話を紹介します。台湾では家族の概念が日本の核家族より広く、男女とも現役世代はまず働くので、子どもを子育てが一段落した親戚に預け、週末だけ家で過ごすことも珍しくないといいます。
篠田さんは、子育てはやり直しがきかないと思うからこそ、正しいとされるやり方以外を試さなくなると指摘します。けれど歴史上や海外の事例を知れば、そうした育ち方でも子どもは幸せに育つとわかり、安心できるというのです。
両親が背負う責任が重すぎるんだよね、現代って。そんな全部両親に司られないじゃん、人間は。
楊さんは、台湾の例と同じような育ち方を自分自身が経験したと明かします。
いやでも全然、いやなんか普通だった。おばあちゃんちに結構長く預けられてて。
楊さんの祖母の家には親戚が出入りしていて、その中でずっと過ごしていたそうです。楊さんの世代ではそれが特別なことではなかった一方、若い世代では中国でも核家族化が進み、日本と同じような課題が出てきているのではないかと話しました。
子育ては本能ではなくスキル
深井さんが、日本にはお手伝いさんやシッターを使う文化が乏しいと話すと、篠田さん自身はシッターさんにかなり頼っていたと応じます。篠田さんは、シッターを頼むことを邪魔している思い込みが2つあると指摘します。
1つは、女性は出産するとホルモンなどの働きで子育てをしたくてたまらなくなるという神話です。もう1つは、おむつ替えなどの世話が本能的にできるという思い込みで、男性も女性も持っているといいます。
子どもに愛情を感じること
おむつ替えや授乳などの世話ができること。好き嫌いや向き不向きもある
篠田さんは、子どもには愛情をかけているものの、乳幼児期の子育て自体はあまり好きではないと率直に語ります。誰でも自動的にできるという思い込みがあるため、好きになれない自分に罪悪感を抱き、人に相談できずシッターも頼まない、という心理的なバリアが生まれるといいます。
深井さんは、別の会社で児童向けの施設を作っていて、1か月ほど現場を見た経験から、プロに頼んだほうがいいと力を込めます。
だって何十人、何百人、何千人も、今までその年の子供たちのいろんなパターンを見ながら対処してきた人と、自分の子供を初めて見て、スキルのレベルが違いすぎて、そのアドバイスをもらわないメリットがないんですよ。
深井さんはさらに、公園で広い範囲に注意を払い続けるような子育ては、注意が苦手な人には向かないと話します。誰もが保育士になれないのと同じで、向いている人やアドバイスできる人が近くにいることが、核家族の安心につながると考えています。
篠田さんは、保育園がなければ子育てはできなかったと振り返ります。ある朝、子どもが植木鉢の土を口にしていたようで救急に行くべきか迷ったまま保育園に連れて行くと、先生に笑顔で「ミネラル補給ですね」と言われ、救われたといいます。
深井さんと篠田さんは、核家族以前は祖母や親戚、集落、年上の子どもたちが一緒に子どもを見ていたはずだと話します。深井さんは、一人っ子を親だけで育てるのは「イレギュラー中のイレギュラー」で、そこに成果を求めるのは合理的ではないと述べました。
話は子どもを持つ持たないにも広がります。篠田さんは、子どもを持たないと大人として不完全という価値観はどうでもいいと語り、深井さんも、子どもがいない人も子育てに参加できる社会がいいと応じました。
篠田さんは英語の本で読んだ話として、エリザベス朝 ── 16世紀後半、エリザベス1世が統治したイングランドの時代のイギリスでも1〜2割の女性には子どもがおらず、親戚のおばとして第三者的に子どもに関わる大事な役割があったと紹介します。
頭でわかっていても難しい、お金と保育の問題
子育て中の樋口さんは、話を聞いて「頭ではわかっていても相当むずい」としか思えないと打ち明けます。深井さんも、すでに核家族でワンオペを強いられている人に今の話をしても、どうにもできないと認めました。
食費にかけるか、家にかけるかの中で、ベビーシッターにかけるっていうのは相当重要だぞっていうことなので、今金あり余ってる家庭の方が少ないじゃないですか。
深井さんは政治的な発言になると断りながら、子育てに公金をかけなさすぎだと話し、樋口さんも同意します。篠田さんは、保育のプロフェッショナルにきちんとお金を払うことも必要だと加えました。
子供の方が上っ面で対応できないから、完全に人間として向き合わないといけないから、人間力そのまんまパフォーマンスに出るんだよね。保母さんとか保父さんって。
樋口さんは、保育は体力仕事でもあるため若い人が入っては辞めていく現状があると聞いたと話します。深井さんは、まず予算を割くことが第一だと答えました。
篠田さんに保育施設を作るかと聞かれた樋口さんは、本気で考えたことはあるものの、片手間ではできないと話します。話が子育てに転がりすぎたことに一同は笑いつつ、篠田さんは「みんなにとって大事な話」だと受け止めました。
社会はどう変わる?経済力と若い世代の兆し
深井さんは最後に改めて、女性の視点からどうすればよいと思うかを篠田さんに尋ねます。篠田さんがまず挙げたのは、家庭の経済力でした。
篠田さんによれば、今は税制の控除の影響で、働く女性の多くが収入を年105万円ほどに抑えています。夫婦2人が本気で働かなければ家計が維持できない状況になれば、現実は変わりやすくなるといいます。
必要に迫られる
2人で働かないと家計が成り立たなくなる
保育の需要が増える
経済的な理由でも子どもを保育園などに預ける家庭が増える
経験者が育つ
預けられて育った人が大人になって増えていく
普通になる
それが当たり前になり、世の中の価値観が変わる
篠田さんは、時間はかかるものの、必要に迫られなければ価値観は変わらないという構造だと考えています。
篠田さんがもう1つの光として挙げたのは、憧れの対象となる若い層の変化です。偏差値の高い大学や競争率の高い有名企業に入る若手男性が、育休を取れるかやジェンダー論に関心を持つようになっているといいます。
篠田さんは、一昔前の意識の高い若者が環境問題に向かったように、今はジェンダーに関心が向いているようだと話します。5年後、10年後に彼らが社会で発言力を持てば、言論や仕組みも変わるはずで、篠田さんは年上として「邪魔な石はどけておきたい」と語りました。
森喜朗さんの発言に見る「メタ認知」と学び続けること
篠田さんは、2月に森喜朗 ── 元内閣総理大臣。東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を務めていたさんが女性は話が長いという趣旨の発言をした件に触れます。5年前なら個人の失言で終わっていたかもしれないが、今回は日本社会の構造の問題として多くのメディアが取り上げ、年配の男性からも批判が出たことに、変化のムードを感じたといいます。
深井さんは、森さんの世代がそうした考えを過去に持っていたこと自体はそれほど非難されないと考えます。問題は、あの立場で今の時代に言ってしまうことへの自覚の欠如だというのです。
篠田さんは、ダイバーシティ&インクルージョン ── 多様な人材を受け入れ、それぞれが力を発揮できるようにする考え方を柱に掲げる東京五輪の立場にある人だからこそ問題だと補います。深井さんは、常識の更新が速い時代には同じことが頻繁に起こると予想し、自己変革の経験を多く持つことが鍵になると話しました。
篠田さんも、学び続けることの大切さを改めて感じたといいます。自分の経験は客観視しにくく、全体の傾向のどこに位置する話なのかわからないまま語るのは危ういと考えているからです。
篠田さんが自分の体験を語れるのは、アメリカの社会学や心理学のジェンダー研究に多くのエビデンスがあり、自分の話をよくあるエピソードの一つと位置づけられるからだといいます。それでも状況は変わっていくので、勉強し続けなければならないと話しました。
樋口さんが、自分の今を相対的に見ることが大事だとまとめ、外部から気づきを促すのがエールの役割ではないかと話すと、深井さんは冗談まじりに「全人類に導入を」と応じます。最後に篠田さんは、エールで話を聞く「サポーター」を資格不問で募集していることを告知しました。
深井さんによれば、コテンラジオのリスナーの中にもすでにエールのサポーターがいたそうです。「聞く」について語り続けた回の最後に、篠田さんは、3人が聞いてくれたおかげでとても話しやすかったと締めくくりました。
まとめ
篠田真貴子さんとの後編は、就職活動で「男みたい」と言われた体験から始まり、女性の罪悪感、核家族の子育ての限界、そして社会が変わる兆しへと広がりました。個人の努力ではなく、家族や社会の仕組みとして考える必要が繰り返し語られています。
- 男女雇用機会均等法から時間が経っても、「勉強できるとモテない」という価値観は今の20代にも残っている
- 女性の罪悪感は誰に責められなくても生じるもので、ペプシコ元CEOのインディラ・ヌーイさんも抱えていた
- 子どもは本来集落で育てるもので、親だけ、母親だけで育てる現代の核家族は負荷が高すぎると深井さんは指摘する
- 子育ては愛情とは別のスキルで向き不向きもあり、プロの力を借りる文化が必要だと語られた
- 篠田さんは、家庭の経済的な必要と、若い世代の男性のジェンダーへの関心に変化の兆しを見ている





