外資系で「伝える」を磨いた人が、なぜ「聴く」に向かったのか
前編では、エール株式会社取締役の篠田真貴子さんの華やかなキャリアが紹介されました。中編は、樋口さんの「聴くことの重要性に気づいたきっかけは何だったのか」という問いから始まります。
篠田さんによると、社会人になって外資系の会社で働いていた頃は、聴くことに意識が向く気配は微塵もなかったそうです。どうパワフルに伝えるか、会議の場をどう支配するかを考え、人の話にカットインして自分の主張を言う研鑽を積んできたといいます。
樋口さんが「いわゆるプレゼン力ですね」と受けると、篠田さんはプレゼンだけでなく会議の議論でも「そういうことじゃないんですよ」と割って入っていたと振り返りました。
篠田さんが聴くことを意識できるようになったのは、ほぼ日 ── 糸井重里さんが代表を務める会社。ウェブメディア「ほぼ日刊イトイ新聞」の運営や、ほぼ日手帳などオリジナル生活雑貨の企画販売を手がけていますを卒業した頃からだそうです。
篠田さんは2008年から2018年までほぼ日に在籍していました。ほぼ日のウェブメディアには対談記事が多く、糸井さんや同僚が人の話を聞き、それがコンテンツになっていく様子を近くで見てきたことが、ベースとして大きな影響を与えたと話しています。
外資系時代。いかに伝え、会議の場を支配するかを磨き、人の話にカットインするのも当然だった
ほぼ日での対談文化を土台に、卒業後のジョブレス期間で「聴いてもらう」体験を重ね、聴くことの価値に気づく
1年仕事をしない「ジョブレス期間」で起きたこと
篠田さんはほぼ日を卒業したあと、すぐ次を決めると視野が狭くなりそうだと感じ、助言も受けて、あえて1年間まったく仕事をしないと決めたそうです。
ジョブレス期間の篠田さんは、人と会い、本を読み、たまにカンファレンスで話す程度の日々を送っていました。子どもが2人いるので世界旅行などはせず、大体は家にいたといいます。深井さんは「いいなー」「羨ましい」と何度も声を上げていました。
どの組織にも属さず利害関係のない立場になった篠田さんには、いろいろな人が食事や対話に誘ってくれたそうです。話題はたいてい「次は何をするのか」になり、そのたびに自分の考えを話すうちに、聞いてもらうことで自分の考えが少しずつ見えてきたといいます。
さらに篠田さんが話をすると、相手も人生の大きな決断や今の悩みを打ち明けてくれることが多かったそうです。初めて聞く一面を知ることで、相手との関係が一歩深まる体験を何度もしたと振り返っています。
時間のあったジョブレス期間に、篠田さんは以前にも読んだ『こころの対話 25のルール』を再読しました。「私たちは基本的に聞かれていない」という前提から始まる本で、自分の感度が上がっていたぶん、「これだわ」と強く響いたそうです。
そこから篠田さんは、他の本を読んでも聴くことのレンズで受け止めるようになりました。そのタイミングで共通の知人からエールを紹介され、聴くことが野村総研や日本たばこといった大企業をクライアントにしたBtoBビジネスになっていると知って驚いたといいます。
篠田さんは、大企業にも変わろうとしているところがあると感じ、自分が大事だと思っていることが受け入れられる素地ができつつあるなら手伝いたいと考えました。エールへの参加は誘われたのではなく、篠田さん自身から「入れてください」と申し出たそうです。
誘われたんじゃなかったんですね。
篠田さんにとって良かったのは、エールのメンバーが自分の経歴をほぼ知らず、フラットに出会えたことだといいます。楊さんは「今無職ですって言いながら入ることになるわけだから」と、その身軽さを面白がっていました。
篠田さんは、過去の経験は宝物だとしながらも、自分にとっての意味合いとマーケットで評価される意味合いには乖離があり、マーケットの期待値に合わせることに居心地の悪さを感じていたのだと思う、と語っています。
エールのセッションを受けた人は転職してしまうのか?
楊さんは、エールの対話サービスを受けた社員が自分の中で大きく変わった結果、会社に貢献するのではなく、転職を選ぶ展開もありうるのかと質問しました。樋口さんも同じことを聞きたかったと乗っています。
篠田さんの答えは、転職する人は0ではないというものでした。エールは退職しそうな人を引き止めるサービスではなく、クライアントにもその点は理解してもらっているそうです。
そのうえで篠田さんによると、実際には辞める人よりも「なぜ自分がこの会社にいたいのか、居続けているのかがわかった」という人のほうが、人数でも内容でも大きいといいます。
篠田さんは、自分が本当に何を感じ、何を大事にしているかは、特別なきっかけがないとなかなかわからないと話します。忙しく働いていると振り返る機会がなく、会社が理念を強く発信しても、自己理解が追いついていないので自分事として受け止めにくいというのです。
エールのセッションで自分の頑張りの源が言葉になると、それが会社の理念とつながっていると気づく人のほうがずっと多い、と篠田さんは説明しています。
お金ではもう測れない「幸福の栄養素」
樋口さんは篠田さんの話を受けて、人は幸福になりたくて生きているが、幸福を感じる「栄養素」は人それぞれ違うのではないか、という考えを持ち出しました。
なんとなくお金で良かったはずなんですよ、ちょっと前までは。お金はすべてに変換できるから。
自分の幸福の栄養素ってどれかっていうのを自分の中で認識しないと、一歩も動けないような状況になってきちゃってるような気がしてて。
樋口さんによると、食べ物や車、家、異性からモテることなどはお金に変換しやすかったものの、今はお金で買えないものが増え、価値が相対的に変わってきているといいます。
篠田さんも樋口さんの意見に同意し、「こうしたい」「こうありたい」という幸福の栄養素を強く持っている人は少数派だと話しました。起業する人はそちら側かもしれないが、篠田さん自身も含めて多くの人は「何かを成し遂げたい」という栄養分をあまり欲していないそうです。
しかも幸福の栄養素は時期によって変わります。篠田さんは、その時々の自分を捉えるには、人からの問いかけで改めて考えることが多いのではないかと話しています。
心理的安全性は「ブレーキを緩める」もの
樋口さんは、エールが話の結論をコントロールしない点に注目しました。聞く側が自分の思い通りにしたいと思っていたら、話す側には安心がないからです。深井さんも「どっか誘導されるのわかってたら」話す意味がないと続けました。
そこで樋口さんは、エールが心理的安全性 ── 組織やチームの中で、否定的に受け取られそうな発言や指摘をしても罰せられないと信じられる状態のこと。チームの学習やパフォーマンスとの関係で注目されていますを明確に意識しているのかを尋ねました。
篠田さんによると、エールのサービスが心理的安全性を高めると直接うたっているわけではないそうです。ただ、概念を打ち立てた心理学者エイミー・エドモンドソンさんの本や論文で、安全な場づくりに聴くことが重要だと主張されているのを読み、やっぱりね、と感じたといいます。
篠田さんがこの概念を知ったのは、Googleが社内の高パフォーマンスチームの特徴を数年がかりで調べたプロジェクトでした。2015年か16年に発表された結果で、最大の貢献要素が心理的安全性だったそうです。
篠田さんは、組織のパフォーマンスで見たとき、心理的安全性の役割はブレーキを緩めることだと説明します。アクセルは別に必要で、両方がそろって初めて高いパフォーマンスが出るといいます。
心理的安全性の役割。多くの会社ではここに意識が向いていない
心理的安全性とは別に必要。ブレーキが強いまま踏み続けると効率が悪く、プレッシャーやメンタル不調にもつながる
篠田さんによると、Googleは心理的安全性の要素として、チームのメンバー間で話す量が均等であること、表情や身振り、目線などの非言語コミュニケーションに長けていることの2つを挙げています。
話す量が均等なら、5人のチームでは1人が話す時間は2割で、残りの8割は聞いていることになります。篠田さんはここから、心理的安全性と聴くことは相当密接なのではないかと考えたそうです。
篠田さんの説明では、心理的安全性とは、たとえば「篠田さん喋りすぎです」のようにネガティブに受け取られかねないことを言える状況のことです。言えるということは、絶対に聞いてもらえるという信頼があるということだ、と篠田さんはつなげました。
心理的安全性は「人への信頼」ではなく「場」の性質
篠田さんは、先ほど使った「信頼」は一般用語で、厳密には心理的安全性は信頼とは別の概念であり、あくまで組織風土なのだと補足しました。
篠田さんは出演者4人をチームに見立て、人である以上、他の3人を等しく信頼することは起きえないと説明します。心理的安全性は個々の信頼度合いをいったん置いて、「この場では聞いてもらえる」と信じられる状態を指すそうです。ここで深井さんが「樋口が一番信頼してますよね」と茶々を入れ、笑いが起きました。
深井さんは、特定の人が入ると場が崩れることもあるが、それを超える場づくりができていること、つまり誰が入ってきても必ず話を聞いてもらえる状態が心理的安全性なのだと整理し、篠田さんも同意しています。
言う側もうまく言えるとは限らないじゃないですか。めちゃくちゃ下手くそな言い方して角が立つかもしれない。
(だから)言い方下手でいいから言ってみたら解釈しようとするよっていう(場が必要なんですね)。
篠田さんは、そうした場づくりはある意味で極めて人工的なものだと話しました。自然体なら相性もあり、機嫌の良い日も悪い日もあるからです。
篠田さんによると、集団で仕事をすればミスや見落としは必ず起き、同じことを続けていれば活動は停滞します。ミスや変化の機会から学び合わないとチームは死んでしまうので、本当の目的は学び合いであり、そのための環境が心理的安全性なのだそうです。
ミスと停滞
集団で仕事をすると、ミスや見落としが起き、続けていれば活動も停滞する
学び合い
ミスや変化の機会から互いに学び合わないとチームは死んでしまう
心理的安全性
学び合いを実現するための環境として必要になる
樋口さんは「人工的なもの」と言い切られたことが響いたといい、知識として重要性を知ったうえで頑張って振る舞わないと作れない、と受け止めていました。深井さんも、いろいろな場でやろうとしているが難しいところもあると打ち明けています。
会議の前に5分、付箋に書く
樋口さんは「浅はかですけど」と前置きしつつ、心理的安全性を作るテクニックを知りたいと切り出しました。篠田さんはプロではないと断ったうえで、エールの会議で実際にうまくいっている方法を紹介しています。
篠田さんによると、この進め方なら全員に「必ず聞いてもらった」という体験が作れるそうです。深井さんは「そこはルールでやるんだ」と反応し、篠田さんは「人工的」と言ったのはこういうことだと説明しました。
この会議の進め方をすると必ず発見がある、と篠田さんは話します。新しい観点や自分と正反対の意見が出てきても、自分が先に「こういうことですよね」と言ってしまっていたら、その存在にすら気づけなかったからです。
聞いたふりのあとに来る「ジャッジメント」の壁
深井さんは、篠田さんの付箋の話を「受け取るフェーズ」と「ジャッジメントするフェーズ」を分け、受け取るフェーズを必ずルールで作ることだと整理しました。そのうえで、ジャッジメントの段階でアイデアが採用されないことは必ず起きる、と難しい質問を投げかけます。
聞くとこ、聞いたふりするところまで誰でも結構やってくれるんですよ。その後に結局響いてないんだよね。全然。
深井さんによると、聞いたふりをしている本人にも自覚はなく、相手の話を具体的に想像したり寄り添ったりしないまま判断に進んでしまうそうです。双方が本当に聞き合っていないと、「確かにそうだね」と納得できるコンセンサスは得られないと話しました。
超属人的なんですよ、そこが。対話スキルがある人だけを集めたら簡単にそれできるんですけど。
対話スキルない人が1人でもいて、かつこれが上の方の人だと、もう総崩れするんですよね。
樋口さんも、数字を出すことが目標の会社では、数字が出そうにないアイデアはいくつ出しても採用されないことがあると補足しました。
「判断軸」をみんなで積み上げる
篠田さんは心理的安全性のプロではないと再び断ったうえで、自分が努力している一例として、聞くフェーズとジャッジのフェーズのあいだにもう1つ段階を挟んでいると紹介しました。
篠田さんによると、集まったアイデアを抽象化・グループ化してマッピングするそうです。たとえばある投資への賛成と反対があっても、それぞれに短期の成果を見た意見と長期の成果を見た意見がある、と整理します。
篠田さんは、このマップ自体はフラットなものだと話します。そこから「そもそもこの投資の先で何をしたいのか」に立ち返り、必要なら目的について改めてアイデア出しをしてから議論に入るといいます。
意見を出し合う
全員がフラットに意見を出し、聞いてもらう
グループ化する
短期と長期など、意見の塊をマッピングする
目的に立ち返る
そもそも何のためにやるのかを話し合い、判断軸を言語化する
議論する
判断軸に照らして、出た意見をどう考えるかを議論する
篠田さんは、この段階の本質を判断軸は何かを話し合うことだとまとめました。判断軸を共有できると、最初の考えと違う結論になっても、感情は別として話の道筋としては理解しやすくなるそうです。
深井さんは、篠田さんの判断軸の話を「勝ち負けや正しい間違いのような簡単な問題ではなくなる」と受け止めました。篠田さんも、話が複雑だと共有されるとよいのかもしれない、大体の判断は複雑ですから、と応じています。
人文学的な対話と、リーダーの責任
楊さんが判断軸の話を「とても人文学的ですね」と評すると、深井さんは、人文学は人の話をジャッジメントではなく解釈できるようになるので、会社でもとても役立つと日頃から考えていると話しました。
深井さんは学びを言語化し、話を具体的にしすぎるとすぐメリットとデメリットの判断に進んでしまうので、お互いが納得できるところまで抽象化して原点回帰し、そこから再び具体に下りるという流れが大事だと述べています。
さらに深井さんは、判断軸を共有する進め方にはリーダーが場づくりを決断していることが不可欠であり、だからこそエールは第三者のヒアリングという仕組みで全体の底上げをしているのだろう、と私見を語りました。
篠田さんは、自分も含めて聴くことにあまりに無知かつ無意識だったので、少しでも意識が向く人や場が増えるだけで組織のパフォーマンスは相当良くなる、伸びしろだらけだと話しています。
聴くことの効果は仕事だけではありません。篠田さんが社内で聞いた話では、エールのセッションを3か月受けていた大企業勤めの男性に、思春期の息子さんがほぼ初めて「今度の日曜日、お父さん勉強教えて」と言ってきたそうです。篠田さんは、聞いてもらう経験を重ねたことで、男性が家族の話を前より聞くようになっていたのではないかと推察しています。
「聞きなさい」はなぜ「従え」になったのか
篠田さんは、聴くことにはパラドックスがあると話しました。従来の常識では、ビジネスパーソンとして優秀であろう、成功しようとするほど、聴くことから遠ざかるというのです。深井さんも、優秀なビジネスパーソンは人や社会をコントロールしようとするから、と同意しました。
篠田さんによると、子どもの頃から親に「言うことを聞きなさい」と言われてきたため、「聞く」は「従う」とイコールだと強く刷り込まれているそうです。
中国では、子どもが親の話を聞くっていう熟語があるんですよ。
(その熟語は)子供は親の話を聞く、従うという、そのまんまの意味なんですよね。
楊さんは、この熟語「てんきんほわ」が儒教 ── 孔子の教えをもとに中国で発展した思想体系。親への孝行や上下の秩序を重んじ、東アジアの家族観や社会道徳に大きな影響を与えてきました的な美学として今も残っていると説明しました。篠田さんも、英語の「Listen to me」には従えという意味が強く含まれると付け加えています。
統率が取れてなかったからだと思うんだよね、昔は。ヒエラルキー構造が必要だったんだけど、今はもう教育度合いが上がりすぎて、全員自分で考えるフェーズに入っちゃった。
篠田さんは深井さんの見方に同意し、社会全体にヒエラルキーがあると、個人ではなく役割が先に立ち、官が上で民が下、男が上で女が下のように位置が決まって、情報の流れる経路も固定されると話しました。
篠田さんによると、そうした社会では伝えることが大きな力を持ちます。伝える権利を手に入れたポジションの人は、いわば土管を通していくらでも言いたい放題で、エリートとは伝えられる場所に行くことだったといいます。
ヒエラルキーで位置と情報経路が固定され、伝える権利を持つエリートだけが発信者だった
技術の進歩で誰もが発言力を持ち、話すことのウェイトが下がり、つながりがネットワーク型になりつつある
深井さんは、歴史的にもエリートだけが情報発信者だったが、技術の進歩で今は誰もが政治に影響を与える発言力を持つようになったと応じました。篠田さんは、匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね」が国会を動かした例を挙げています。
会社の外にもある「聴いてほしい」というニーズ
深井さんは、聴くことの必要性は企業だけでなく教育機関にもあり、学校でもエールのサービスを使ってほしいと話しました。篠田さんも「ほんとそう」と同意しています。
深井さんはここで、暴走族のバイクの爆音は「僕の話を聞いてよ」と社会に言っているのだ、という話を聞いたことがあると紹介しました。途中で樋口さんの話にカットインし、「今カットインしましたね、僕」と自ら笑う場面もありました。
先生とか親とかがもう聞いてくれてたら、あんなに社会に向かって大きな音を出さなくてもいいんじゃないかっていうのがあって。
話は30分以上盛り上がり、続きは後編に持ち越されることになりました。深井さんは後編で、篠田さんが女性としてキャリアを積んできた経緯を生い立ちから聞きたいと話しています。
まとめ
この回では、伝える力を磨いてきた篠田真貴子さんが、ほぼ日での経験とジョブレス期間を通して聴くことの価値に気づいた経緯から、心理的安全性を作る具体的な方法、「聞く」と「従う」が結びついてきた歴史までが語られました。
- 篠田さんはジョブレス期間に聞いてもらう体験を重ね、自分の考えが見え、人との関係が深まることに気づいた
- エールのセッションを受けた人は、転職よりも「なぜこの会社にいたいのか」がわかるケースのほうが多いという
- 心理的安全性はブレーキを緩める役割を持つ「場」の性質で、目的はチームが学び合うことにある
- 会議では付箋で全員の意見を聞いたうえで、意見をグループ化し、判断軸を一緒に話し合うと結論に納得しやすくなる
- 「聞く」が「従う」と結びついてきたのはヒエラルキー社会の名残で、今は伝えるより聴くことの重みが増している





