1906年の不当な法案は何を変えたのか?
ガンディー編の第4回は、南アフリカのインド人コミュニティで権利を主張し始めたガンディーが、本格的な運動に踏み出す場面から始まります。きっかけは、1906年にインド移民を対象として制定された新しい法案でした。
深井さんによると、この法案には不当な内容がいくつも書かれていました。例えば、警官が令状なしでインド人の家に入ってよいという規定です。
もうプライバシーも何もないし、もうなんか逮捕しようとしたらできちゃうじゃないですか、そういうことできるようにしちゃったら。だから本当に人権ない状態になっていくんですよ。
インド人の人権がない状態にまで追い込まれたとき、ガンディーはバガヴァッド・ギーター ── ヒンドゥー教の代表的な聖典のひとつ。古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』の一部で、結果に執着せず義務を果たす生き方を説いていますから学んだ非暴力・不服従という考え方で戦うことを決意します。相手は南アフリカ政府で、その背後にいたのがイギリスでした。
ガンディーは、話す言語もカーストも異なるインド人たちに呼びかけ、人々を集め始めます。集まった人々の一部は、前回までに語られた農場で一緒に暮らしていました。
深井さんは、カーストを超えて同じ場所に住むこと自体が、カーストの考え方からすれば絶対にやってはいけない行為だったと説明します。楊さんはその時点ですでに革命だと受け止め、深井さんはイエスが娼婦に話しかけた逸話に近いと例えました。
信念を「行動」に変えた戦略性
ガンディーは非暴力・不服従・非協力という信念を、この時点ですでに持っていました。南アフリカでの数年間で彼が深く考えていたのは、その信念を社会的な活動としてどう実行するかという点です。
例えば俺らも言葉聞いて、じゃあどうぞ非暴力、服従、非協力で独立どうぞって言われたら、え?どうすればいいんだっけ?ってなりますよね。
そういうの(具体的な)アクションとかも全部この人はちゃんと考えた上でやってるんですよ。
貧民にとってどんな行動がよいのか、政府に対して何をすれば非暴力のまま目的を達成できるのか。ガンディーはそれを戦略的に考えていたと、深井さんは語ります。
楊さんが「そこがイエスと違う」と指摘すると、深井さんも同意しました。ガンディーには戦略性があり、弁護士として社会的にも成功していた点が、世を捨てたブッダや、イエスとは異なるという見方です。
それまでのタブーを破る姿勢は共通するが、社会的な戦略を立てて活動したわけではない
タブーを破るうえに、社会的な成功と、非暴力で目的を達成するための戦略性を持っていた
ガンディーが最初に呼びかけたのは、インド人専用の住民登録を拒否することでした。不当な法案のベースにあった登録制度に従わないことが、非協力であり不服従の具体的な形になります。
逮捕されても反撃しない。人々はなぜ従ったのか
登録拒否を呼びかけ、多くの人を巻き込むガンディーは、植民地支配をする側から目をつけられます。樋口さんが言うように、管理できなくなるからです。
ガンディーはここで初めて逮捕されます。しかし、殴られても蹴られても、服従はしないのに反撃もしないという姿勢を貫きました。逮捕されたのはガンディーだけではなく、仲間たちも大勢逮捕されています。
樋口さんが驚いたのは、ほかの人々がガンディーの言うことを聞くようになっていた点です。深井さんは、その理由を2つ挙げます。
1つは、ガンディーが弁護士として、貧民を助ける活動をずっと続けてきたことです。もう1つは、ガンディーが口で言っていることを、ガンディー自身が徹底して実践していたことでした。
ちなみに(ガンディーは)口で言うことを重視してないです。全部行動で示さないとダメだって言ってます。
この話を受けて、ラジオで喋っている身としては反省してしまう、と樋口さんが笑いを交えて応じる場面もありました。
支配する側は「コスト」で動く
ガンディーの運動では、逮捕者がどんどん増えていきます。深井さんは、フランス革命のときと同じく、反抗されている側はコストを考えるようになると説明します。
抑え込むコストと懐柔するコストと妥協するコストを全部考えた時に、一番マシなのを選ぶって選び方になっちゃうんですよね。
深井さんの見方では、反抗されている側は信念ではなくメリットとデメリットで動きます。そのため逮捕者が相次ぐと、南アフリカ政府も対応に困ることになりました。
不服従の広がり
登録拒否などで、多くのインド人が法に従わなくなる
逮捕者の増加
抑え込むための管理が大変になる
コストの比較
政府は抑え込む・懐柔する・妥協するコストを比べる
妥協案の提示
一番マシな選択として、妥協案を出す
ただし、南アフリカ政府の妥協案は大したものではありませんでした。人々を落ち着かせたあとで、結局その法案を成立させるという、だまし討ちのようなことを何度も繰り返したといいます。
何度裏切られても信頼する理由
南アフリカ政府に裏切られるたびに、インド人コミュニティは激しく怒りました。何度も嘘をつかれ、完全に舐められていると感じたからです。ガンディーは、その怒りを落ち着かせていきます。
何回裏切られても、(次の)回目も信頼するって言うんです、彼は。それがサティアグラハだっつって。
それでもガンディーは、何度も裏切られて信頼するのはただのバカではないか、と言われます。これに対してガンディーは、次も信頼するという姿勢こそが相手を変えるのだと答えました。
ガンディーの説明では、裏切られることを恐れたり、マイナスのイメージを持ったりすること自体が執着 ── 仏教やヒンドゥー教の思想で、物事や結果に心がとらわれること。苦しみの原因とされ、手放すべきものと考えられていますです。
結果への執着
こういう結果になってほしいと願う
不安と恐れ
その結果にならないかもしれないと感じる
攻撃性
不安と恐れから、相手への攻撃性が生まれる
対立
攻撃性は、常に対立という構造を生む
サティヤーグラハが目指すのは、対立という構造そのものを消滅させることだと、ガンディーは語っていました。だからこそ、何度裏切られても対立しないという姿勢になります。
樋口さんは、硬い瀬戸物同士がぶつかれば割れるが、片方が綿なら割れない、というたとえでこの考え方を受け止めました。
すべての人間に良心があるという信念
サティヤーグラハのもう1つのポイントは、すべての人間に強い良心があるという考え方です。ガンディーは、良心がどれほど深く埋もれていても、掘り起こせば必ずあると考えていました。
(ガンディーは)めちゃくちゃ性善説ですよ。
服従はしないのに、一切相手を攻撃しない姿勢を見せ続ければ、人間はその相手に攻撃性を持ち続けることは絶対にできない。ガンディーはそう言い切り、その信念を多くの人々に共有させました。
文字にすると、愛で相手を(良心)に気づかせていくっていう、陳腐な言い方なんですけど、それをマジでやってる人ですからね。
一方で樋口さんは、運動の現場では人が殴られ、殺されていたことを指摘します。深井さんも、ガンディーは父親を殺された妻や子どもに対しても、同じことを語っていたと話しました。
それでもガンディーは、サティヤーグラハには覚悟も訓練もスキルもいらないと言っていました。人間はもともとその能力を持っていて、それを掘り起こすだけだという考えです。
ガンディーにとってサティヤーグラハは、真理に従い、真理でないことをしなければ物事はその法則で進んでいく、という宇宙の真理に基づく活動でした。楊さんはここに仏教っぽさを感じ、深井さんはいろいろな思想が混ざっていると応じています。
理屈ではなく行動で示す説得力
サティヤーグラハの運動は、やがて大規模な行進にまで広がっていきます。刑務所に入れられたり仕事を失ったりした人々まで納得させた説得力について、深井さんは、ガンディー自身が論理での説明を否定していた点を挙げます。
この(サティヤーグラハの)心理を理屈で説明するっていうのは論外。行動で示すのみって言ってるんですね。
楊さんは、当時の人々が本当に後がない状況にいたことも大きいと付け加えます。深井さんも、守るものがない人のリスクテイクは強いと応じ、ヒトラー時代のドイツ人やフランス革命の民衆にも共通すると話しました。
それでも3つの現象を比べると、ガンディーの活動だけは怒りを一切ベースにしていない、と深井さんは強調します。楊さんはこれを「異常」と表現しました。
仲間が暴発したとき、ガンディーは断食した
行進の中では、警官に殴られて殴り返す人や、さらに過激な行動を望む人も出てきました。仲間が暴発したとき、ガンディーは活動を止め、断食を始めます。
落ち着くまで断食して、その人が落ち着かなかったらそのまま餓死しようとするんですよ。
暴発した人は、もともとガンディーを尊敬しているから運動に加わっています。自分の怒りを持ち続ければ、一番尊敬する人が餓死してしまう。どちらを取るかを迫られると、みんなガンディーを選んだといいます。
深井さんは、自分が同じ立場なら理屈で説得しようとするか、排除しようとするかもしれないと振り返ります。説得も排除も相手と対立しているのに対し、断食は対立していないという点に感心していました。
相手と向き合い、相手を押さえ込もうとするため、対立を生む
自分だけで行うため対立が生まれず、尊敬する人を失うかどうかを相手に委ねる
不当な法案はどう廃止されたのか
運動の規模が大きくなりすぎた結果、南アフリカ政府は譲歩するしかなくなりました。インド人救済法 ── 1914年に南アフリカで成立した法律。インド人への人頭税の廃止など、ガンディーらの運動を受けた一定の譲歩が盛り込まれましたが成立し、不当な法案は廃止されます。
この経験によって、ガンディーは非暴力の力の強さを確信しました。楊さんの言葉を借りれば実証実験、深井さんの言葉ではフィジビリティテスト ── 計画が実行可能かどうかを確かめるための試験や調査のこと。ビジネスでは事業化の前段階で行われますを成し遂げたことになります。
一方で、ガンディーは「歴史上、非暴力で権利や自由を獲得した人は一人もいないのでは」とも言われました。深井さんも、歴史を勉強すると確かにその通りだと認めています。
この返しに対し、楊さんは「初めてのことがバンバン起こってるよと。歴史を見れば」と応じました。楊さんは、ガンディーの価値観がそれまでの人生で「発酵」し、ここで一気にアウトプットされたのではないかとも語っています。
何も考えずに出てくる言葉と、ヒトラーとの対比
深井さんは、後に出てくるエピソードとして、ガンディーがロンドンでイギリス国王もいるような会議に呼ばれた場面を紹介します。向かう車の中で、喋ることを考えたかと聞かれたガンディーは、何も考えていないと答えました。
ガンディーは、何も考えていない状態で出てくる言葉以外はいらないと考えていました。途中から最も貧しい人と同じ生活をしていたガンディーにとって、作為のない状態から出る言葉こそが真の言葉でした。
深井さんは、ここでヒトラー編との比較を勧めます。樋口さんが言うように、ヒトラーは勉強を重ねて喋りの技術を高め、怒りを煽って人々を動かしました。
何も作為のない状態から言葉を出し、怒りや恐怖心を使わず、対立構造を消そうとした
喋りの技術を磨き、怒りを煽って説得し、ユダヤ人という敵を作って対立構造を生んだ
深井さんは、ガンディーが恐怖心を使わず、「罪を憎んで人を憎まず」の姿勢を保っていたとまとめます。同時代を生きた2人の対照性が、人間とは何かを考える手がかりになると語っていました。
「あなたに協力してもらいます」という答え
最後に紹介されたのは、ガンディーがイギリス側の要人と会ったときの発言です。ガンディーはデモや法律違反をする前に、必ず要人へ手紙を送り、どんな活動をするかを事前に伝えていました。
会談の席で、こんな活動で本当に法律を変えられると思っているのかと聞かれたガンディーは、思っていると答えます。どうやって変えるのかという問いへの答えは、次のようなものでした。
深井さんによると、ガンディーはこれを笑顔で言い、結果として実際に協力を得て目的を成し遂げました。
その笑顔でまるで昔からの親友かのように言ってくるわけそれを。
敵意を持って言いくるめようとした相手に、恐怖心をまったく持たずに協力を求められたら、攻撃する気が失せる。深井さんはそう語り、敵を作ったヒトラーとの極端な違いにも改めて触れました。樋口さんは「生きてたら課金しますよ」と興奮気味に応じ、回を締めくくっています。
まとめ
今回のエピソードでは、1906年の不当な法案をきっかけに、ガンディーが非暴力不服従をサティヤーグラハとして具体的な運動に落とし込み、南アフリカ政府に法案を廃止させるまでが語られました。その核には、対立の構造そのものを消すという考え方と、すべての人に良心があるという信念がありました。
- ガンディーは非暴力不服従を、登録拒否などの具体的な行動に落とし込む戦略性を持っていた
- 何度裏切られても信頼する姿勢は、結果への執着が対立を生むという考えに基づいていた
- 仲間が暴発したときの断食は、説得や排除と違い、対立を生まない対応だった
- 運動の拡大で南アフリカ政府は譲歩し、不当な法案は廃止された
- 怒りを煽り敵を作ったヒトラーと比べると、ガンディーのあり方の特異さが際立つ





