システムエンジニアからクリエイティブディレクターへ
コテンラジオの今回の番外編は告知を兼ねた回で、株式会社Steve* inc.代表でクリエイティブディレクターの太田伸志さんと、アートディレクターの黒田志保利さんがゲストとして招かれました。
太田さんは宮城県生まれで、映画『マトリックス』の主人公ネオに憧れてシステムエンジニアになったという経歴の持ち主です。2018年にSteve* inc.を設立し、サッポロビールや楽天などの企業ブランディングを手がけながら、東北を中心に地域性を活かしたクリエイティブの可能性を探っています。
大学講師や作家、利き酒師 ── 日本酒の知識を持ち、味や香りを見極めて提供方法を提案できる人に与えられる民間資格の呼称ですとしても活動しており、振れ幅の広さに出演者たちも驚いていました。
太田さんによると、大学4年生になるまでやりたい仕事が見つからず、そのとき観た『マトリックス』でキアヌ・リーブス演じる主人公の職業がシステムエンジニアだったことが決め手になったそうです。
深井さんは、作中でシステムエンジニアとして描かれるのは冒頭だけで、憧れるならそのまま救世主にならないといけないのでは、と突っ込んでいます。太田さんの答えは「そこまではなりたくなかった」というものでした。
太田さんは、もともと絵を描いたり文章を書いたりするのが好きでした。ただ、宮城県の小さな田舎の出身で、周りにクリエイティブを仕事にしている人が一人もおらず、それを仕事にするという発想自体がなかったといいます。システムエンジニアなら稼げそうだし、その給料でデザインの本を買おうと考えたのが最初のきっかけだったそうです。
一方の黒田さんは北海道生まれで、収録時はロンドン在住です。9時間の時差を超えての参加になりました。
黒田さんは、父親がデザインの仕事をしていて家がそのままオフィスだったため、幼い頃からMacやAdobe製品に親しんで育ちました。小学校高学年の頃には、イラレ ── Adobeのグラフィックソフト「Illustrator」の略称。ロゴやイラストなどの制作に広く使われていますで年賀状のイラストを作っていたそうです。
その後、経済学部でマーケティングやブランディングを学んでから再進学してデザインを学び、見た目のデザインと仕組みのデザインが響き合うような設計を目指しているといいます。
なぜ今回、デザイナーを番組に呼んだのか
深井さんが二人を招いた理由は、Steve* inc.と一緒に作ってきたコテンラジオのオリジナルグッズの発売です。オフ会で予告してから半年ほどかけて準備を進め、この回の配信時には概要欄から購入できる状態になっていました。
Steve* inc.とは2年ほど一緒に仕事をしてきた間柄で、番組の鳥「ピュイ」のロゴも、会社としてのCOTENの現在のロゴも、Steve* inc.が手がけています。
深井さんは、一緒に制作する中でSteve* inc.のデザイナーとしてのこだわりや哲学を強く感じたといいます。グッズの告知とあわせて、どんな哲学を持った人たちが作っているのかも伝えたいと考えたそうです。
意外と日本ってデザインの仕事がそもそも何なのかとかって、あんまり周知されてない感覚がすごくあって。
深井さんは、ベンチャーの領域ではデザイナーの仕事は比較的知られているものの、日本全体ではその中身があまり知られていないと感じています。今回は番組として初めてデザイナーをゲストに迎え、その凄さや深みを知ってもらう回になりました。
ピュイには実は2つのバージョンがあります。番組開始から使われていた最初のピュイはインドネシア人のデザイナーが作ったもので、それをリニューアルした現在のピュイは、Steve* inc.が全体を担い、黒田さんがメインで制作しました。
クリエイティブディレクターとアートディレクターの分担
太田さんはまず、リスナー向けに、クリエイティブディレクターとアートディレクターの役割の違いを説明しました。
太田さんが務めるクリエイティブディレクターは、そもそも何を目指し、どんなコンセプトで、それを作ることで何を実現したいのかという、ストーリーや考え方を決める役割です。黒田さんが務めるアートディレクターは、その考え方を形や絵にするとどうなるかを具体化していく役割だといいます。
何を目指し、どんなコンセプトで何を実現したいのか、ストーリーと考え方を決める
その考え方を形や絵にするとどうなるかを具体化する
深井さんと太田さんが出会ったのは、共通の友人との食事会でした。品川のフランス料理店で話をしたのが始まりだったそうです。
当初の相談は、ロゴとキャラクターを作りたいというものでした。最初は、番組に登場する高杉晋作やヘレン・ケラーといった歴史上の人物をキャラクター化し、それでグッズを作るという構想だったといいます。
そこから話は何度も形を変え、プロジェクトは2年ほどに及ぶ大がかりなものになりました。新しいロゴの話とキャラクターの話はもともと別々でしたが、だんだん融合し、会社の象徴はやはりピュイがいいのではないか、キャラクターもピュイで表現すべきではないか、という方向に落ち着いていったそうです。
役に立たないことしか言わない虎とファンダルボボッソ
打ち合わせの途中で生まれながら、世に出なかったボツキャラクターもいくつか紹介されました。YouTube版では画像が映されましたが、音声では見られないため、出演者が口頭で様子を説明しています。
1つ目は、薄いグレーの虎のキャラクター「巻乃虎」です。「虎の巻」を逆にしたネーミングで、体が日本の巻物になっています。
黒田さんによると、コンセプトは「役に立たないことしか言わない妖怪」です。コテンラジオが歴史をどう捉えているのか、リスナーにとって歴史とは何かを深掘りする中で、「役に立たないことを学べるのが歴史なのではないか」という強いキーワードが出てきたといいます。
このキャラクターは、体の巻物がぐるぐると開いて一言キーワードが現れるものの、そこに書かれている情報のほとんどが役に立たない、という設定です。太田さんは「虎の巻は役に立つが、巻の虎なので全く役に立たない」と説明しています。
このキーワードは、深井さんへのヒアリングから生まれました。太田さんが「歴史から学んで未来の行動に活かせそうですね」と尋ねたところ、深井さんは、歴史を知れば知るほど未来の行動には何も役に立たないとわかった、と答えたそうです。
何かの役に立てるために歴史を学ぼうみたいな、ビジネス本チックな感じで歴史勉強しようみたいなのをやっても、歴史の神髄っていうものには到達しないよねっていう感覚が昔からありまして。
深井さんのこのアンチテーゼをキャラクターに落とし込んだのが、巻物の虎だったというわけです。
2つ目は「ファンダルボボッソ」という、少し水色がかった妖精のようなキャラクターです。深井さんが語感の良さから好んでいた、意味のない言葉がそのまま名前になりました。
ファンダルボボッソのコンセプトは「無意味なことしかしない妖精」です。耳は頭の上にあるのに、顔の横にヘッドホンをしています。ほかにも、ビニール傘で日差しをよけようとする、クッキーを食べながら歯磨きをするなど、無意味な行動で既成概念に問いかけてくるという特徴があるそうです。
時空を超える神「タイムマ神」
3つ目の大物として紹介されたのが、「タイムマ神」という神様のキャラクターです。「タイムマ」までがカタカナで、最後の「神」が漢字になっています。
設定は「全ての人類の歴史を客観的に見つめ続ける、あらゆる時空を超越した存在」です。太田さん自身、改めて読むと説明しているようで何も決まっていない、と笑っていました。
黒田さんによると、キャラクター設定のブレストで、一つの時代にとどまらず時間や空間を超越した存在にできないか、というアイデアが出ました。それは人間ではないよね、というところから、いっそ「神」と言ってしまおうという発想に発展したそうです。
太田さんは、コテンラジオの出演者の話し方からもこの着想を得たといいます。歴史の話は「家康は1600年にこうしていた」のような断片的なものになりがちですが、コテンのメンバーは「この頃ニューヨークではこうで、ヨーロッパではこんなことが起き、日本ではまだこうだった」と時空間を自在に移動して語ります。その視点を、昔でいう神の視点だと感じたそうです。
見た目はロボットのようなデザインで、楊さんは「トランスフォーマーの古代バージョン」と表現しました。
黒田さんによると、石像のように古そうに見えて、実は高度なナノテクノロジーが使われているというギャップを入れることで、キャラクターの個性が出ると考えたそうです。
色使いとか描いてる模様とかは、先端的なメタリックな感じじゃなくて、なんかちょっと古代文明を彷彿とさせますよね。
太田さんは、ストーリーを考える際に手塚治虫の『三つ目がとおる ── 手塚治虫による漫画作品。額に第三の目を持つ少年が主人公で、古代文明や超古代の遺物をめぐる物語が描かれます』を参照したと明かします。見た目が弥生土器のようでも、実はすごいハイテクノロジーを持っているかもしれない、というニュアンスを出したかったそうです。社内の会話は毎日こんな調子だといいます。
ピュイとタヌキの「ポテン」のコンビ案
ボツ案の中には、現在のピュイにより近い「ステップ2」ともいえる段階の案もありました。ピュイ1匹ではなく、鳥のピュイとタヌキの「ポテン」が対になったコンビのキャラクターです。
黒田さんによると、ピュイは歴史や異次元の存在を、ポテンはリスナーや現代社会の悩みといった身近な人々を象徴しています。その両者がいつも一緒に対になって存在している様子をキャラクター化したのがこの案でした。
キャラクター性も対照的で、ピュイはとても頭が良く、ポテンはうまく周囲に溶け込めなかったり、ゆったりしていたりするイメージだったそうです。
太田さんによると、この段階になったのは、リスナーアンケートなどで「ピュイは残したほうがいい」という声があったからだといいます。コテンラジオのコミュニティでもリスナーに意見を聞いたところ、ピュイへの思い入れが強かったため、その意見を取り入れつつ、ピュイのキャラクター性を際立たせる相棒としてポテンが生まれました。
一周してピュイに戻ってきた理由
ピュイとポテンの案をめぐって議論が深まるうちに、黒田さんたちは最終的に「それはもうピュイそのものなのではないか」という結論にたどり着きました。
歴史を面白く学ぶこと、つかみどころのない異次元の存在といった要素を総合すると、ピュイになる。そこで、インドネシア人のデザイナーが作った元のピュイをどうブラッシュアップするか、という方向に進んだそうです。
歴史上の人物
高杉晋作やヘレン・ケラーをキャラクター化してグッズにする構想
コンセプト型のキャラ
巻物の虎、ファンダルボボッソ、タイムマ神などの案
ピュイとポテン
リスナーの声を受けてピュイを残し、タヌキと対にする案
ピュイへの回帰
議論の末、ピュイそのものをブラッシュアップする方向に
樋口さんは、いろいろ考えた末にピュイへ戻ってきた流れを「歴史は繰り返すことの象徴」と表現し、出演者から「うまいけど何の意味もない」と笑われていました。
そもそも最初のピュイが鳥になった理由について、深井さんは、インドネシア人のデザイナーに頼んだときは動物なら何でもいいと伝えていたと明かします。リスやイタチ、タヌキなどの案が集まった中で、この鳥が一番可愛かったので選んだだけだそうです。
僕が香港行った時に、元々九龍城があった九龍公園みたいなところ行ったら、なんかピュイって鳥が鳴いてたんで、それだけです。
ピュイという名前の由来は、九龍城 ── 香港にあった高密度の巨大スラム「九龍城砦」のこと。1990年代に取り壊され、跡地は公園になっていますの跡地で聞いた鳥の鳴き声でした。深井さんは、意味から考えたキャラクターも良いものの、ピュイの場合は「コテンラジオのあの鳥」としてすでに認知されている存在に、あとから意味を付与していく流れだったと振り返っています。
太田さんは、デザインの現場では、悩み抜いてさまざまな提案をした末に「やっぱり最初が一番良かったかも」となることがよくあると話します。
ただ太田さんは、それを『時をかける少女』のようなタイムリープにたとえました。同じ一日に見えても一周した分だけ深まっており、これまでの提案を通じて好みのテイストや考え方が見えてきたので、イメージや色や形はかなりブラッシュアップされている、と話しています。回り道にも意味があるというのが、太田さんの見方です。
15羽の試作と「スピード感」という物差し
ピュイに戻ってからも、細部の検討は続きました。黒田さんは、現在のピュイにたどり着くまでの試作として、15羽ほどの鳥が並んだ資料を画面に映しています。
羽やくちばし、足の形、くびれの有無、癖毛をつけるか、目をクリクリにするか点にするかなど、一つ一つを検討する過程があったそうです。
打ち合わせで印象的だったのは、静止画のロゴやイラストを作るにもかかわらず、「スピード感はどうですか」とヒアリングしていたことだと出演者は振り返ります。普通なら丸みや可愛さといった見た目の指標で探っていきそうなところに、速度という概念が入っていたことに驚いたといいます。
太田さんはこれを車のデザインにたとえます。普段時速30キロで走る車と、時速400キロ出る車とでは、想像する形も質感も変わります。同じように、ピュイがどのくらいのスピードで飛ぶかによって、シュッとした羽かぽってりした羽かが変わってくるというわけです。
丸みはどうか、可愛さはどうかといった外見から探る
どのくらいの速さで飛ぶかを決め、羽の形や質感を導く
ピュイの色が青になったのは、深井さんが見かけたピュイと鳴く鳥が青かったこと、旧ピュイも青を基調にしていたことが理由です。黄色やピンクなども試したうえで、途中で青の方向に決まっていったそうです。
旧ピュイの明るい水色に対し、新しいロゴの青は、日本の色でいえば群青色に近い落ち着いた色です。黒田さんによると、ポテンとの組み合わせを考えていた段階ですでにこの色は生まれていて、何を考えているかわからないキャラクターには、意思が強すぎる色より落ち着いたブルーが合うと考えたそうです。
深井さんは、Steve* inc.との仕事で一番感じたのは、本質を捉えてから細部に落とし込むという流れだと話します。COTENが何者なのかを見たうえで、ヒアリングや考え直しを重ね、ピュイに戻ってくるまでに1年ほどかかったそうです。
太田さんは、普段から何年もかけるプロジェクトばかりではないと念を押し、深井さんは「僕らの自分探しに付き合っていただいた」と応じていました。
こうしてピュイが完成し、ロゴ化されたことで、ようやくグッズ制作に進めるようになりました。新ロゴの発表はおよそ1年前で、そこからのグッズ化の話は後編で語られる予定です。
まとめ
コテンラジオのピュイは、歴史上の人物キャラや「役に立たない」ことを体現するボツ案、タヌキとのコンビ案を経て、一周して元の鳥に戻り、ブラッシュアップされる形で生まれ変わりました。その背景には、番組の歴史観を丁寧にヒアリングし、形や色に落とし込むデザイナーの仕事がありました。
- 当初の構想は歴史上の人物のキャラ化で、そこから2年ほどかけて形を変えていった
- 巻物の虎などのボツ案には、「歴史は役に立たないことを学べる」という深井さんの考えが込められていた
- 議論の末に元のピュイへ戻ったが、回り道の分だけ色や形は深まったと太田さんは話す
- 静止画のデザインでも「どのくらいの速さで飛ぶか」という物差しで羽の形まで考えていた
- 落ち着いた群青色は、何を考えているかわからないピュイの性格に合わせて選ばれた




