ホッブズの次に来たジョン・ロックは何を足したのか
前回のトマス・ホッブズに続き、今回のコテンラジオは同じイギリスの思想家ジョン・ロックを扱います。深井さんは、ロックを「民主主義政府をかなり具体化した人」として紹介しています。
深井さんによると、ホッブズが一貫して語ったのは命の保全でした。ジョン・ロックはその「命」に、財産という概念を加えます。
財産も守られるべきっていう。ちょっとより人権に近づいてきたよね。
さらに後のルソー ── ジャン=ジャック・ルソー。18世紀フランスの思想家で、『社会契約論』などを著し、フランス革命に大きな影響を与えたとされますが自由を前面に押し出すことで、命・財産・自由が包括され、人権という概念が確立されていく、というのが深井さんの見立てです。
ホッブズ
命の保全を一貫して重視した
ジョン・ロック
命に加えて財産も守られるべきだとした
ルソー
自由という概念を前に押し出した
ジョン・ロックの主張を端的にまとめると、政府の目的は人民の自由・生命・財産に関する権利を守り、他者の権利を侵した者を罰することです。そして、ロックは目的にかなわない政府は打倒してもよいと述べました。
ダメな政府は「アンインストール」できる?
ホッブズは、リヴァイアサンの強い力に従わなければ自然状態に戻ってしまうので従え、と説きました。ジョン・ロックはこの点で、ホッブズとはっきり異なります。
アンインストールできるよっていうことを言ったんです。
そう、アンインストールしたらまた新しいOS入れていいよみたいな感じなんですよね。
ジョン・ロックはホッブズより少し後に生まれた人で、生きた時代はピューリタン革命 ── 1640年代のイギリスで、議会派と国王派が争った内戦・革命。国王チャールズ1世が処刑され、一時的に共和政が成立しましたや名誉革命 ── 1688年、国王ジェームズ2世が大規模な流血なく追放され、議会の優位が確立したイギリスの政変ですが起きた時期と重なります。
深井さんによると、ロックの「王の役目を果たせない王は反抗されて当たり前」という考え方は、名誉革命で議会が王権を抑え込む理論的支柱になりました。のちにルソーがフランス革命の理論的背景になっていく流れとも対になっています。
ロックの自然状態はなぜ殺伐としていないのか
ジョン・ロックもホッブズと同じく「自然状態」を想定します。ただし深井さんは、ロックの自然状態はホッブズのものとは「だいぶ違う」と説明しています。
ロックの自然状態では、各人が自然法 ── 人間の理性によって知ることができるとされる、時代や場所を超えて通用する普遍的な法。ロックはその由来を神に求めましたの範囲内で行動を律しています。デフォルトでは争っていない、というのが重要な点です。
ロックも内乱の時代を生きてるとはいえ、ホッブズほど殺伐してなかったんでしょうね。
楊さんは、ロックが重視したのは神だと補足します。自然法は神が定めたものであり、神が人間に理性を与えたから、全ての人間は自然法に拘束される、という初期設定が置かれています。
ロックの想定する自然状態は、理性が「他人の命や自由、所有物を傷つけるべきではない」と教え、誰もが平等の権利を持つ状態です。神が自己保存のための食物などを人々に共有物として与えている、というアダムとイブの時代のような初期設定が考えられています。
殺伐とした戦争状態を想定し、命の保全を何より重視する
自然法が機能する牧歌的な状態を想定し、神が理性と共有物を与えている
共有物はどうして「自分のもの」になったのか
ジョン・ロックの議論は、歴史研究ではなく、今ある政府がどう出来上がったかを考え得る限りでシミュレーションしたものです。深井さんはこれを「リバースエンジニアリング」にたとえています。
ロックによれば、神から与えられた共有物が私有財産になるきっかけは、各人の体による労働です。樫の木からドングリを採る、森でリンゴをもぎ取る、畑を耕すといった労働を付与することで、そのものや土地がその人のものになります。
その2、3年かけて作った畑、誰のものでもないですみたいなこと言われてもむずいじゃん。
自分の体っていうのは自分の固有のものであると。その体によって行われた労働の成果も個人の排他的な所有物であるっていうロジックですね。
深井さんは、この労働という概念がアダム・スミスやマルクスの抽象的人間労働 ── マルクスが『資本論』で用いた概念。商品の価値を生む、具体的な作業の違いを捨象した人間の労働一般を指しますにもつながる、一続きの哲学だと指摘しています。
腐る食物と腐らない貨幣が分けた、平和と戦争
ジョン・ロックは、自然法のもとでは所有権に限界があると考えました。食物を全部所有しても食べきれずに腐るので、腐るものを抱え込むのは自然法にも神の御心にも反する、という理屈です。
深井さんと楊さんは、このあたりはホッブズやルソーに比べて「ふわふわしている」「勝手に神を設定している」と、ツッコミどころの多さも率直に語っています。
ロックによれば、人口が少なく土地は広大で、所有に限界があったため、自然状態は極めて平和でした。状況を変えたのは貨幣の発明です。
貨幣は腐らないので、自然法に反さずにいくらでも蓄積できます。勤勉な人にはどんどん財産が貯まり、そうでない人には貯まらない。この差が、他人の所有権を侵害する者を生み、戦争状態を引き起こしたとロックは考えました。
共有物
神が人々に食物などを共有物として与えている
労働による所有
労働を付与したものが個人のものになるが、腐るので所有には限界がある
貨幣の発明
腐らない貨幣で無限に蓄積できるようになる
財産の差
勤勉の程度で財産に差が生まれる
戦争状態
他人の所有権を侵害する者が現れる
深井さんは、勤勉さで財産の差を説明するところに、ロックがジェントリー ── イギリスの地主層を中心とした、貴族ではないが裕福な上層の平民階級です出身であることがよく表れていると話しています。
政府の成り立ちは、ホッブズの社会契約とどう違うのか
財産を奪う者が現れたため、人々は争いの調停や裁判、ルール違反の処罰を担う政治社会を作る必要に迫られた、とジョン・ロックは説明します。
楊さんは別の本の説明として、自然状態では権利が損なわれても救済手段がなく、各自が勝手に自然法を解釈して制裁を加えるしかないという不都合を挙げます。当事者が裁判官になればバイアスがかかり、埒が明きません。
楊さんが「大きくはホッブズと変わらないのでは」と尋ねると、深井さんははっきり否定しました。
いや、ここで言っているのは社会契約の話じゃなくて、今ある政府がどのようにできたかの話をしてるんで、言ってる内容が全然違います。
深井さんによると、ホッブズは今の状態を一度無視して「社会契約を結んだ方がましだ」と論じました。一方のジョン・ロックは、今ある政府という現象のルーツを彼なりに想像して語っている、という違いがあります。
財産を守る政府は、王権神授説とどうぶつかったのか
ジョン・ロックの経路から考えると、人間が政治社会を作った目的は、全ての人々の自由と所有をよりよく守るためです。政府の存在理由もそこにしかない、というのがロックの論理です。
この論理は王権神授説 ── 王の権力は神から直接授けられたもので、人民には王に逆らう権利がないとする考え方。近世ヨーロッパの絶対王政を支えましたと真っ向から衝突します。政府は人間が必要から作ったもので、神とつながる王の権力という発想とは相容れないからです。
現場から発生してるみたいなイメージですからね、社会の中から。
楊さんが、ロックは命の危険が少ない家柄だったのではと尋ねると、深井さんは何代か前から裕福な家だったと答えます。そのうえで、ロックの議論には自分たちの権利を主張する面があると述べています。
まあこれ言うとちょっと語弊あるけど、まあまあなポジショントークしてます、彼は。
深井さんは、これはあくまで自分が勉強した限りの見方で、聞き手が追従する必要はないと断っています。ホッブズとルソーは純然たる哲学に見える一方、ジョン・ロックはジェントリーの話をしている感じがする、という評価です。
なぜ「立法権が一番偉い」とされたのか
ホッブズやルソーが超高次元の原理を語ったのに対し、ジョン・ロックはより具体的な民主的政治機構論を展開しました。深井さんは、ここが現代の民主主義につながる彼の素晴らしいところだと話します。
ロックは、主要な統治の権利として立法権・行政権・連合権の3つを挙げました。連合権は戦争・講和・同盟・条約の権利で、外交権に近いものです。これは当時のイギリスの現状を見ての整理とされます。
行政権と連合権は君主に属していました。しかし人々の生命と所有の安全は、どんな法律を作るかで決まります。そこでロックは、立法権こそが国家の最高権力であり、他の2つはそれに従属すると論じました。
立法権は国王と上院・下院からなる議会に属します。つまり国王は議会の一員でしかない、という理屈になります。
国王も入ってるのか、その中に。一員っていう感覚。理解できた。
ピューリタン革命前は、国王権力と議会権力が拮抗して争っていました。名誉革命でジェームズ2世が追放された後、国王は議会を無視して政治ができなくなり、「君臨すれども統治せず」という状況が現れます。ロックの議論は、この現実に理論を与えたものだと深井さんは説明しています。
ピューリタン革命前は、議会とは別に国王権力があり、両者が拮抗して争っていた
名誉革命後は、国王が議会を無視して政治を行えなくなり、議会あっての国王になった
法が上にある統治は、現代にどんな課題を残したのか
統治は法によって行われるべきだという考え方は、今では当たり前に思えます。しかし深井さんは、長い間の統治は慣習・伝統・宗教によってなされてきたと指摘します。
目に見える法律を立て、それを公開することが統治の正当性を担保する。この発想がジョン・ロックの時代に出てきて、立法権の優位は現代まで続いています。
楊さんは、この仕組みが今ではうまく機能していない面にも触れます。有権者が代議士を選び法律を作らせることで主権者が立法権に関わる建前ですが、行政権が肥大化し、国民が行政の意思決定に関与できないという指摘があります。
立法権だけで、果たして主権者は政府をコントロールできるのかっていうと、今はできてないんだよね。
ロックにおいて、国王が臣下に服従を要求できるのは、法の執行を委託された公人としてだけです。国王は法による以外、意思も権力も持たないことになります。
だから法によるないんだったら、国王として存在できないんだって話なんですよ。
深井さんは、イギリスで議会の定めた法や憲章を無視する王が何度も現れた歴史を振り返り、ロックの論理はそれを完全に否定するものだと述べています。以後、イギリスでは議会優位の状態が保たれました。
抵抗権と革命権。反乱者は国王の方だった?
ジョン・ロックが打ち立てたもう一つの重要な概念が、抵抗権と革命権です。専制や暴政を防ぐため、立法部に最高権力を持たせ、立法権と行政権を分離する必要があるとロックは考えました。
行政を担う王が法を無視して動けば、国民は法律を盾に抵抗できます。政府は財産を守るために存在するのだから当然だ、という論理です。
さらに、王が立法部を解体しようとしたり法律を無視し続けたりすれば、市民的統治の目的を破壊する反乱者はむしろ国王の方になる、とロックは言いました。だから革命権がある、という結論です。
政府の目的
人々の財産を守るために政府と法がある
法の無視
行政権を持つ王が法を無視して動く
抵抗権
国民は法律を盾に抵抗できる
革命権
立法部の解体などに及べば、王こそ反乱者であり、政府を倒す権利がある
もっと昔の世界って国王がいて、国王がいろんなルールとか法律を決めてた時代から逆転しましたよね。
深井さんは、この考え方が統治の最終決定権は国民にあるという国民主権主義の原型になったと説明します。悪政を行った国会や内閣を解散させて国民に意思を問うプロセスも、まさにロックが言ったことだといいます。
違憲立法審査と憲法のルーツもロックにある?
深井さんは、司法が立法部を抑制する違憲立法審査権 ── 裁判所が、法律などが憲法に違反していないかを審査し、違反していれば無効とできる権限ですも、ジョン・ロックの政治原理を具現化したものだと話します。
国民が、立法部でさえ暴走しないように上位の法として憲法を定め、それに反すれば立法も抑制される。この仕組み自体が国民主権を表しているという説明です。
樋口さんが、この時代に憲法は明文化されていたのかと尋ねると、深井さんは「ないですね」と答えています。
憲法ってすげえよくできてると思うんだけど、法の上にもう一つ法があるってすげえいい考え方だと思うんだけど。
深井さんは、これがロックだけによるものではないとしつつ、1つの原型になっていると述べています。
楊さんは、本によってはロックが無秩序を恐れ、安易に抵抗権に訴えない方がいいと考えていたとする学者もいると補足します。深井さんは、ホッブズ派・ロック派・ルソー派の学者がそれぞれ「推し」への強いシンパシーで本を書いているのが面白かったと振り返っています。
ロックは解決策の提案者か、それとも追認者か
深井さんはジョン・ロックの影響を、財産を人権に入れたこと、そして抵抗権と革命権を通じて国民に主権があり国民が政府を審査するという感覚と制度の原型を作ったことだとまとめます。
樋口さんは、ホッブズに比べてロックはずいぶん実務的で、ソリューションを提案している印象を受けたと話します。これに対し深井さんは別の見方を示しました。
ソリューション提案というか、事実を追認してる感覚ありますけどね。
もうやってるから目の前で。で、これ(革命)は正当だったって言ってるって感じがしますね。
楊さんはこれを「言語化をした」と表現し、深井さんは、ロックの議論によって革命を起こした人たちが「俺ら正しかったんだ」と思えたのではないか、と語っています。
次回ルソーへ。民主主義の解像度はどう上がるのか
次回は、今シリーズで3回目の登場となるルソーを扱います。深井さんは推しではないとしつつ、ルソーの影響力は大きく、学者によって解釈が大きく分かれる難しい思想家だと予告しています。
深井さんによると、ホッブズ・ジョン・ロック・ルソーの3人の話を聞くと、ギリシャ民主政と今の民主主義の違いがだいぶわかってきます。ホッブズの時点ですでに、個人の生きる権利から出発する発想は、アテナイにはなかったものでした。
個人の権利まで立ち戻ったかどうかが、人権という点で超重要だと深井さんは強調します。樋口さんの「俺って何なんやろ」という反応とともに、社会契約説3部作の2回目は幕を閉じます。
まとめ
ジョン・ロックは、牧歌的な自然状態と貨幣による財産の差から政府の成り立ちを説明し、財産を守るための政府、立法権の優位、抵抗権と革命権という考え方を示しました。深井さんは、それが名誉革命後の現実を追認するものだったと見ながらも、国民主権や憲法といった現代の民主主義の仕組みの原型になったと評価しています。
- ロックはホッブズの「命」に「財産」を加え、人権の概念を一歩進めた
- ロックの自然状態は争いのない平和な状態で、腐らない貨幣が財産の差と争いを生んだとされる
- 立法権を最高権力とし、国王を法の執行を委託された議会の一員として位置づけた
- 法を無視する政府には抵抗と打倒が許されるという考えが、国民主権や憲法の原型になった
- 深井さんは、ロックの議論を解決策の提案というより、名誉革命後の現実に理論を与えた追認だと見ている




