無給の政治家がなぜ巨額の借金を抱えるのか
前回のポンペイウスとクラッススの話を受けて、この回は再びカエサル本人の話に戻ります。30歳になったカエサルは、よい教育を受け、弁論家として高く評価され、市民冠を受けるほどの勇気も示していました。
最初の妻コルネリアとの間には娘も生まれていました。名前を当てる問いに樋口さんが「カエサル」と答えかけますが、娘の名前はユリアでした。ユリウス氏族に生まれた女性は全員ユリアになるためです。
このころカエサルは、政務官の一番下の階級である財務官(クエストル)に選ばれます。政務官とは、クエストルからコンスルまでの役職の総称で、ここに入ることが出世コースに乗ったことを意味します。
樋口さんはこの階段を「主任、課長、部長になれるってこと」と会社員の昇進にたとえます。ただし深井さんによると、ローマの政務官は全員無給でした。
ローマの政務官みんな無給だよね。国家奉仕のある種ね。
給料が出ないのに、カエサルは財務官に就いた時点で莫大な借金を抱えていました。クリエンテス ── 古代ローマで有力者(パトローヌス)の保護を受ける代わりに、選挙や政治で支持する人々。パトローヌスとの関係は社会の基盤でしたに金を使いまくって人気を得ていたためで、「借金王」とまで呼ばれていたそうです。
ちなみにどれぐらいの借金があったかって言ったら、このちょっと笑ったけどね、11万人の兵士を1年間雇える金額。
楊さんは「国家予算だね」と驚き、深井さんは今の感覚なら数千億円規模ではないかと推測します。楊さんは逆に「その資金調達力やばいね」と感心します。
深井さんによれば、当時の出世は基本的に「借金してばらまいて人気を取り、票を集める」やり方でした。自分という競走馬に掛け金をかけるようなもので、カエサルはその中でも掛け金が大きいほうだったといいます。
なるほど、なんか投資っちゅう感じもあったんですね、周りから見ると。
カエサルの借金の使い道も面白く、まず挙がるのは勉強でした。紙のない時代、本は高価なパピルスに手で書き写したものしかありませんでしたが、カエサルはそれを大量に買って読んだそうです。ほかにも友人へのおごりや、愛人へのプレゼントに多額を使っていました。
アレクサンドロスに嘆き、造営官で全財産を賭ける
財務官としてヒスパニア(今のスペインやポルトガルのあたり)に派遣されたカエサルには、有名なエピソードがあります。現地でアレクサンドロス大王の像を見て、嘆いたというものです。
アレクサンドロスって、ほら、32ぐらいでもう帝国作ってたじゃん。ちょうどさ、同い年ぐらいなんですよ。この時のカエサルが。
同い年なのに自分はまだただの財務官だ、とがっかりしたという話です。ただし深井さんは、このエピソードは「多分嘘だけどね」と付け加えています。
財務官の時期に最初の妻コルネリアが亡くなり、カエサルはローマに戻って再婚します。相手はポンペイアで、スッラの孫にあたり、ポンペイウスの親戚でした。ただしこの結婚でポンペイウスと特別な関係ができたわけではないといいます。
財務官の約5年後、カエサルは造営官(アエディリス)に出世します。同じころポンペイウスは大活躍しており、凱旋式 ── 大きな戦功を挙げた将軍が、兵士と戦利品を連ねてローマ市内を行進する儀式。ローマの将軍にとって最大の名誉とされましたを3回ほども経験していました。35歳で造営官のカエサルは、まだ凱旋どころではなく、よくいる出世途中の人物の一人にすぎませんでした。
造営官はインフラ工事やイベントの中身を決める職です。カエサルはここでまた大きな借金をして、アッピア街道の補修工事や、640人の剣闘士を貸し切った剣闘士試合などを自費で行いました。
さっき言ってた財務官って、債務監査とかじゃないですか。地味なんですよ。民衆の前に出てこないんですよ。でもこれ(造営官の仕事)って分かりやすいじゃないですか。成果物が。
会計監査が中心で地味。民衆の前に出る機会がない
工事やイベントで成果が目に見え、「開催したのは俺だ」と民衆にアピールできる
造営官は民衆の人気を得るのに最も適した公職でした。深井さんは、カエサルが借金を数千億円どころか兆の単位に届くかもしれないほど膨らませながら、ここに全財産を賭けて人気を集めたと語ります。
37歳で最高神祇官に立候補、負ければ亡命
造営官の任期を終えた2年後、カエサルはさらに大きなリスクを取ります。宗教系の最高職である最高神祇官 ── ローマの国家宗教を統括する神官団の長。ラテン語でポンティフェクス・マクシムス。終身職で、宗教行事の最高責任者でしたへの立候補です。若いころになりかけてなれなかったフラーメン・ディアリスとは違い、戦争に行けないといった制約はありません。
信仰心の厚いローマで宗教行事は非常に重要なため、最高神祇官は造営官と同じく表に出て注目を集められる職でした。終身の名誉職で、よい場所に家ももらえます。ただし普通は60歳ぐらいの人がなる職で、37歳のカエサルが狙うのは異例でした。
対抗馬の2人は、どちらもコンスル経験者で60歳前後の元老院の重鎮、セルウィリウス・イサウリクスとルタティウス・カトゥルスでした。それでも造営官時代に民衆の人気を集めていたカエサルには、十分に当選の可能性がありました。
恐れたカトゥルスは、立候補を取り下げてほしいと賄賂を持ちかけます。カエサルの返事は、さらに借金をしてでも選挙に出て必ず勝つ、というものでした。樋口さんはこれを「ストロングスタイルだな」と評します。
落選すれば面目がつぶれ、ローマにいられなくなる勝負でした。心配する母親に、カエサルは選挙の日にこう告げたといいます。
深井さんは、一つ一つの場面にフルベットしていくこの姿勢を「とても起業家っぽい」と見ます。楊さんが「勝算がないわけじゃないんでしょ」と確かめると、深井さんは、戦略的に準備したうえで最後の賭けは腹を決めているのだと答えます。
なんかブレーキがない感じ。だからちゃんと駆け切ってるっていう感じがして、すごいスタートアップっぽいなと思いましたね。で、(最高神祇官に)受かります。
楊さんによれば、最高神祇官は権力はないが権威のある職です。ただ深井さんは、この段階のカエサルは「若手なのにすごい奴がいる」程度で、凱旋式を経験し東方に多くのクリエンテスを持つポンペイウスに比べればまだまだだったと話します。
法務官就任と、妻ポンペイアの浮気騒動
最高神祇官になったカエサルは、法務官(プラエトル)にも当選します。2つの職は兼務が可能でした。法務官の定員は8名で、何十名もいた下の職と比べ、上に行くほど枠は狭くなっていきます。
法務官になった年、2人目の妻ポンペイアの浮気が発覚します。深井さんの記憶では、相手はクロディウスという人物でした。カエサルは事実確認もせず、すぐに離縁します。
カエサル自身は他人の妻と関係を持ちまくっていた人物です。財務官を経て元老院議員になっていたカエサルは、下品ないじりが多い元老院でこの件をからかわれます。浮気されることは大きな不名誉でした。
カエサルは、浮気されたかどうかは事実確認していないのでわからないと答えます。では、なぜ離婚したのかと問われると、カエサルの妻たる者はいかなる疑いもかけられてはならない、と返したといいます。
ものは言いようだね。
深井さんも、あれだけ浮気をしておきながらとあきれつつ、当時は男女平等の考え方がなかったと補足します。
借金取りに阻まれた属州総督と、クラッススの賭け
法務官の任期を終えた翌年、カエサルはプロプラエトルとして属州総督になる資格を得ます。楊さんの言葉を借りれば、属州の知事のような立場です。
コンスルでさえ無給のローマで、巨額の借金を返す方法は属州総督になることだけでした。属州では税の取り方が自由で、そこで儲けて元を取るという考え方だったと深井さんは説明します。
借金
クリエンテスや民衆に金をばらまき、人気を得る
当選
人気と票で政務官の階段を上る
属州総督
法務官やコンスルの翌年、属州に赴任する資格を得る
回収
税の取り方を自由に決め、借金を返済する
ところがヒスパニアの属州総督として出発しようとした矢先、借金取りが現れます。現地に行けば返せるのに、行く前に払えと迫られ、カエサルが全くお金を持っていないことが周囲に知れ渡ってしまいました。
窮地のカエサルに金を貸したのが、ローマ一の大富豪クラッススでした。クラッススはそれ以前から貸していた分に加えて、ほかの債権者への借金もすべて肩代わりしたといいます。
運命共同体みたいになったんだよな。
深井さんは、クラッススにはカエサルに賭けてみたい気持ちと、恩を売りたい思いがあったのだろうと推測します。恩を売ってのし上がるのが、クラッススのスタイルでした。
ヒスパニアに出立したカエサルは、行政と軍事の両面で大きな成果を上げます。驚くべきことに、あれほどの借金がありながら増税ではなく減税を選んで現地の人々に好かれたのです。
減税に感謝した現地の人々からはお礼金のようなものが贈られ、それで借金をかなり返せたといいます。樋口さんはこれを「コテンラジオ無料で、寄付金みたいな感じ」と自分たちの番組にたとえて笑いを誘います。
さらにカエサルは、今のポルトガルにあたるルシタニアを攻めて大きな戦果を挙げます。ローマ化されていない地域を従えれば属州の範囲も収入も増え、楊さんの言うように軍功は最大の名誉でもありました。これで負債を一気に減らすことができました。
人の挙動なんか読み切ってる感じあるよね。この人こうやって、こういう民衆をこうやってしたらこうやって動くんだろうなっていうのは、なんかね、結構読み切ってる感じがするからね。
凱旋式を阻む元老院、面目をつぶされたポンペイウス
ヒスパニアで成果を残して帰国したカエサルに残された役職は、コンスルただ一つでした。カエサルはついにコンスルに立候補します。
ヒスパニアでの戦果は凱旋式ができるほどでしたが、カエサルは元老院に妨害されて凱旋式を行えませんでした。元老院は、人気があることは独裁につながると考え、人気者を早めに牽制しようとしていたのです。
元老院が恐れた背景には、スッラやマリウスが人気を背景に軍団をまとめ、元老院を圧迫した過去がありました。その警戒がカエサルにも早い段階で向けられたと深井さんは説明します。
同じころ、ポンペイウスも大きな戦果を挙げて帰還し、こちらは凱旋式を挙げています。楊さんは、ポンペイウスの凱旋式まで止めたら民衆が怒っただろうと見ます。
しかし元老院は、ポンペイウスが部下たちにしていた戦後の約束の実現を妨害します。食料問題を解決し海賊を倒してローマに尽くしたのに、部下の前で面目をつぶされる形になりました。
ポンペイウスはもともとスッラの下にいた元老院派の人物です。それでも元老院は、怖さのあまりポンペイウスを牽制してしまいました。楊さんはこれを「出る杭は打つ」とまとめます。
出る杭を打っちゃう。ここが、これが失敗だったんです。元老院これしてなかったら、多分ね、カエサルは皇帝チックにはならなかったと思う。
仲の悪い3人を結んだ三頭政治の舞台裏
元老院がポンペイウスを牽制した結果、カエサル、ポンペイウス、クラッススの3人が手を結ぶことになります。深井さんは、3人それぞれの思惑が一致してしまったと整理します。
| 人物 | 元老院との関係・思惑 | 持っていた力 |
|---|---|---|
| カエサル | 凱旋式を妨害された。コンスルになりたい | 民衆からの高い人気 |
| ポンペイウス | 部下への約束を妨害され、面目をつぶされた | 強い軍隊と民衆の人気 |
| クラッスス | カエサルに巨額を貸しており、成功してもらう必要がある | ビジネスパーソンたちをまとめる力 |
楊さんは、これを全部アレンジしたのはおそらくカエサルだと言い、深井さんも、カエサルが設計して声をかけたと応じます。しかもクラッススとポンペイウスは、ポンペイウスがクラッススの戦功を横取りした一件以来、しこりのある関係でした。
カエサルはその2人までうまくまとめてしまいます。これが有名な三頭政治 ── カエサル、ポンペイウス、クラッススの3人による非公式の政治同盟。第一回三頭政治とも呼ばれ、のちのオクタウィアヌスらによる第二回三頭政治と区別されますです。3人が固まると、元老院は対抗できませんでした。
楊さんは、カエサルがこの後偉くなっていくのはポンペイウスとクラッススによるところも大きく、実力的にはこの時点で2人のほうが圧倒的に上だったと補足します。
3人のクリエンテスを合わせれば、誰でも当選させられる状態でした。3人は誰に票を入れるかを事前に談合して決め、政治全体を動かします。深井さんはこれを実質上の寡頭制と呼び、樋口さんは「三人で与党」とたとえます。
深井さんは、ここに至る流れを改めて振り返ります。元老院が派閥の違う3人をすべて牽制したことで、かえって一致団結させてしまったという構図です。
貴族政治
貴族が平民と信頼関係を築き、政治全体を動かしていた
対立
貴族と平民が対立を始める
英雄の登場
それぞれの派閥から英雄が現れ、どちらかに寄る動きが続く
一斉の牽制
元老院派のポンペイウスとクラッスス、民衆派のカエサルを元老院がすべて牽制する
三頭政治
3人が団結し、のちの帝政につながっていく
一個でもなんか違ってたら全然違うな。
この同盟はしばらく周囲に気づかれなかったそうです。ポンペイウスとクラッススは仲が悪く、カエサルとは派閥も違うため、まさか手を組むとは誰も思っていませんでした。
「ユリウスとカエサルの年」と呼ばれたコンスル時代
楊さんが「カエサルが口説き落としたんだよね」と言うと、深井さんは、カエサルがうまいことを言って皆の利害を一致させたのだと応じます。その結果、カエサルはコンスルに断トツで当選しました。
コンスルは2人制で、もう1人には元老院が頑張って元老院派のカルプルニウス・ビブルスを当選させます。ところが三頭政治側が民衆を動かしていたため、ビブルスは何もできず、絶望して後半は家から出てこなくなったといいます。
ローマでは年をコンスル2人の名前で呼びます。本来は「ビブルスとカエサルの年」になるはずのこの年は、「ユリウスとカエサルの年」と呼ばれました。
ユリウスとカエサル同じ人や。
樋口さんが「マジでかわいそう」とビブルスに同情すると、深井さんも「ビブルス悪くない」と笑います。次回は、ついにコンスルとなったカエサルが何をするのかが語られる予定です。
樋口さんがスカッとするサクセスストーリーだと楽しむと、深井さんは、カエサルはビジネス書に登場するイーロン・マスクやジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツのような起業家に近い存在なのだろうと話し、自分も嫌いではないと締めくくります。
まとめ
カエサルの出世は、無給の政治家として国家予算並みの借金を重ね、人気を集めては次の職に賭けるという連続でした。最高神祇官への挑戦、クラッススの肩代わり、ヒスパニアでの減税と戦果を経て、元老院の牽制が逆に三頭政治を生み、カエサルはついにコンスルに就きます。
- ローマの政務官は無給で、借金して人気を集め、属州総督として回収するのが当時の出世の仕組みだった
- カエサルは37歳で最高神祇官に立候補し、負ければ亡命する覚悟で当選した
- 借金取りに阻まれた窮地をクラッススの肩代わりで乗り越え、ヒスパニアでは減税と戦果で負債を減らした
- 元老院がカエサルとポンペイウスを牽制したことで、仲の悪い3人が結ぶ三頭政治が生まれた
- コンスル就任の年は、同僚ビブルスの存在感のなさから「ユリウスとカエサルの年」と呼ばれた





