スパルタクスの乱と「ローマ一の金持ち」クラッスス
カエサル編第6回は、出世を重ねるカエサルの前に立ちはだかるライバル、クラッススとポンペイウスの紹介から始まります。深井さんは、名前が多くて混乱しやすいとしたうえで、この2人がカエサルのライバルだと整理します。
クラッススとポンペイウスの2人がそろって登場するのがスパルタクスの乱 ── 紀元前73年ごろに起きた、剣闘士スパルタクスを指導者とする奴隷の大反乱。イタリア半島各地を転戦し、ローマを大きく揺るがしましたです。ラティフンディア ── 古代ローマの大土地所有制による大農場。戦争で得た奴隷を大量に使って経営されていましたと呼ばれる農場で過酷に扱われていた奴隷たちが、故郷に帰りたいと反乱を起こしました。
深井さんによると、剣闘士だったスパルタクスは「どうせ死ぬなら」と反乱に踏み切り、反乱軍は最盛期に10万人以上へ膨れ上がりました。この反乱を鎮圧したのが、マルクス・リキニウス・クラッススと、当時かなり若かったグナエウス・ポンペイウス・マグヌスです。
クラッススは騎士階級、つまり成功したビジネスパーソンの家の生まれです。20代のときにマリウスの粛清で兄と父を亡くし、今のスペインやポルトガルにあたるヒスパニアへ逃れた過去を持ちます。
ローマの、ほとんどの土地、不動産をこの人(クラッスス)最終的に所有してたんですよ。
え、そういうことできる?ほとんどの?へー。
クラッススはスッラの政権下で頭角を現しますが、その方法がローマでは異例でした。普通は戦争での軍功で名を上げるところを、クラッススはお金を稼ぐことで有名になっていきます。
クラッススの稼ぎ方について深井さんは、火事で住めなくなった土地を一気に買い占めるなど、「結構汚いやり方」もあったようだと話します。資産を生かしたリスクテイクを繰り返して成功させ、銀行業も営み、ビジネスパーソンを束ねる勢力の代表になっていきました。
軍事の天才ポンペイウスは、なぜ英雄になったのか
クラッススと対照的なのがポンペイウスです。スパルタクスの乱では、スパルタクス本人を倒したのはクラッススでしたが、最後に敗残兵を一掃したのはポンペイウスでした。
そしたらポンペイウスがその帰ってきた時に、クラッススより前に俺が倒したみたいなこと言っちゃって。
軍功を持たないクラッススがせっかく作った手柄を、ポンペイウスがかすめ取った形になりました。深井さんは、ポンペイウスはここで横取りしなくてもいいほど軍功を持っていたと話し、この一件で2人は犬猿の仲になったと説明します。
ローマでは軍事力が国のアイデンティティの1つで、軍功による出世が最大の名誉であり、最良のキャリアパスでした。ポンペイウスは10代で初陣を経験し、スッラのもとで軍功を重ね、当時のカエサルとは比べようがないほど有名になっていきます。
ポンペイウスの活躍はスッラの内乱だけではありません。地中海に跋扈していた海賊の討伐では膨大な数の海賊を倒し、東方遠征ではシリアやアナトリア半島、イスラエル方面まで進みました。楊さんは、のちにイエス・キリストが現れた地域がローマの属州的な扱いになっていたのは、ポンペイウスが取ったからだと説明します。
東方遠征によって攻め落とした都市の数が900。
(税収や戦利品で)ローマの収入が2倍に増えた。2倍に跳ね上がった。1.5倍ぐらいから2倍ぐらい。これはもう英雄視されます。
楊さんは、軍事好きのローマ人にとって、ポンペイウスが民衆から絶大な人気を得たのは当然だったと話します。
騎士階級の出身。不動産の買い占めや銀行業で富を築いた商売の天才で、ビジネスパーソン勢力の代表
10代で初陣を経験し、海賊討伐や東方遠征で都市900を攻略した軍事の天才。民衆から絶大な人気を得た
商売の天才と軍事の天才に、「なぜそこにいるのか」という謎のカエサルが加わります。楊さんは、利害も思惑も異なる3人がある時点で手を組み、元老院への対抗勢力として現れたことが、元老院の弱体化と帝政移行のきっかけになったと語ります。
樋口さんは、この3人の同盟を「過去にいろいろあったけど一緒にチームで頑張ろう」というプライベートな同盟だと説明します。楊さんは悟空とピッコロとベジータにたとえ、ベジータがポンペイウスだと言いつつ、すぐに「今の例えに意味はない」と付け加えて笑いを誘いました。
共和政ローマを帝政に押しやった「食い物」の問題
カエサル編には、共和政を重視したローマ人がなぜ帝政に移ったのか、という大きなテーマがあります。楊さんは、権力が特定の個人に集中していく理由には諸説あるとしたうえで、自分が納得できた理由として食料問題を挙げます。
一番大事な理由ってもう本当ご飯なんですよね。食い物なんですよ。
楊さんは、食い物をどうやって確保するかが歴史を考える大きな切り口になると話します。ローマは支配領域を広げ、属州から大量の小麦が入るようになりました。一方でイタリア半島では、穀物からオリーブなど付加価値の高い果樹へ生産を切り替えていきます。
その結果、ローマでは主食の自給率が下がり、輸入に頼るようになりました。楊さんは、主食を自国でコントロールできないことのリスクを、今の日本の食料自給率の議論とも重ねて語ります。
ローマの食料危機には、人口の増加、産地の不作、海賊による輸送路での略奪、戦争による国内農地の荒廃、海外商人による価格操作といった要因が重なっていました。その末に、民衆が元老院の前に押しかける激しい暴動が起きます。樋口さんが「フランス革命みたい」と言うと、楊さんは「まさにそれです」と応じます。
国家的な危機に直面した元老院は、共和政の枠組みでは考えられないほどの権力を個人に与えました。それまで属州総督は1つの属州にしか介入できませんでしたが、全支配領域に介入できる権限を1人に持たせたのです。その代表がポンペイウスでした。
軍事力も握る。属州の全属州の権力も握る。もう実質的に皇帝ですよ。
主食の輸入依存
属州から小麦が流入し、イタリア半島は果樹栽培へ転換して自給率が下がる
食料危機
人口増加、不作、海賊の略奪、農地の荒廃、価格操作が重なる
暴動
民衆が元老院の前に押しかけ、国家的な危機になる
個人への権限付与
ポンペイウスに全属州への介入権と海賊討伐の軍事力を与える
帝政への先例
権力集中の前例が積み重なり、カエサル、アウグストゥスへつながる
楊さんによると、元老院は共和政の主義に反する権力集中を本当はやりたくありませんでした。それでもポンペイウスに頼らざるを得ないほど、食料危機は深刻だったといいます。
樋口さんは、ポンペイウスが優秀でなければ適任者がいなかったかもしれないと指摘します。楊さんは、軍事に強く民衆にも人気のあるポンペイウスだからこそ人々が落ち着き、海賊を退治し、商人に軍事力を背景に適正価格で穀物を流させることができたと話します。
ポンペイウスを拾えたローマと、外部リソースの力
深井さんは、ポンペイウスが平民出身である点に注目します。かつての階級闘争で、平民もコンスルになれる法律ができたことで、ローマは市民全体の人材を使えるようになりました。その中に、たまたまポンペイウスがいたというのです。
これ(政務官の門戸)がもし貴族しかやってなかったら、これはできてない。
深井さんは、国や組織が拡大して運用のしかたを変えなければならないとき、変われるかどうかは外部リソースを生かせるかどうかに左右されると考えています。内部の人たちは自分たちの既得権益をなかなか壊せないため、外部の人間が別のロジックで頑張れる仕組みが大事だと話します。
ローマはその力が強いんですよね。だからポンペイウスが出てこれるっていう。
深井さんは比較として古代ギリシャを挙げます。テミストクレス ── 古代アテネの政治家・軍人。ペルシア戦争のサラミスの海戦で艦隊を指揮し、アテネを勝利に導いた人物として知られますの後に同じような人材が出てこなかったギリシャでは、数万人のギリシャ人の中からしか人材を選べなかった点が、ローマとの強さの違いだといいます。
深井さんはさらに現代にも話を広げ、アメリカの強さはインド出身の優秀な人材を経営者に登用するなど、外部リソースを使っているところにあると語ります。樋口さんが「コテンラジオも古典という外部リソース」と言うと、深井さんは「僕らはただのソース」と返し、楊さんが「リソースね」とツッコむ掛け合いになりました。
「実態は勝手に変わる」というローマの教訓
深井さんは、食料問題は帝政移行の一側面にすぎないと補足します。外敵の侵入など、現体制を維持できない多様な要因が重なり、建前は共和政のまま、実態のほうが変わっていったというのです。
実態ってその周りの変化によって変わっちゃうんだよね。僕たちが変わってほしいか、欲しくないかなんか全く関係なく勝手に変わるわけ。
深井さんは、日本の移民問題も同じ構図だと例に挙げます。ただし、移民問題についてどちらの立場も持っておらず、仮にあってもここでは言わないと断ったうえで、変わる前提で見ないと元老院のようになってしまうと話します。
ローマの元老院は滅ぼされたわけではありません。深井さんによると、カエサルからアウグストゥスへ移る頃には、名前は残っていても元老院の中身はほぼ入れ替わっていました。
深井さんは、実態を変えることは無理だからこそ、それを見つめてシステムをどうするかを考えるべきだと話し、経営も同じで「実態を見られない経営者はダメになる」と語ります。樋口さんは、見ているつもりになるのは簡単だと応じました。
上の言葉は、深井さんが紹介したカエサルの言葉です。樋口さんが「2000年以上前に分かってたんですね」と感心すると、深井さんはローマが世界史の中で一番勉強になると言われるのは、政治的で現代に当てはめやすいからだと話しました。次回は、カエサルがどのようにしてこの2人に並ぶ存在になっていくのかが語られます。
まとめ
今回は、カエサルのライバルとなる商売の天才クラッススと軍事の天才ポンペイウスの人物像を通じて、共和政ローマが個人への権力集中に傾いた背景が語られました。食料危機、外部リソースの活用、そして「実態は勝手に変わる」という視点は、現代の組織や社会にも通じる学びとして示されています。
- クラッススは不動産や銀行業で富を築いた「ローマ一の金持ち」で、ポンペイウスは東方遠征でローマの収入を倍増させた軍事の英雄だった
- 主食の輸入依存による食料危機が暴動を招き、元老院はポンペイウスに皇帝並みの権限を与えた
- 平民にも門戸を開いていたからこそ、ローマはポンペイウスという外部リソースを生かせた
- 建前は共和政のまま実態が変わっていった流れから、「実態を前提にシステムを考える」という教訓が語られた





