宗教改革で性規制はなぜ緩まなかったのか?
コテンラジオの性の歴史シリーズは、前回まで宗教改革以前のヨーロッパを扱ってきました。今回は、ルターの登場で宗教改革が起きた後、性をめぐる規制がどう変わったのかが語られます。
楊さんの答えは「もっと厳しくなる」というものでした。意外に思った深井さんが理由を尋ねると、楊さんは、プロテスタントとカトリックがお互いに「自分のほうが正当だ」と競い合ったからだと説明します。
(宗教改革と反宗教改革が)どっちとも争っているヨーロッパでは、お互いが競って、より倫理的であろうとしたんです。自分のとこがより正当だっていうアピール合戦だったんです。
楊さんによると、宗教改革以前のカトリックは厳しいルールを建前として掲げていたものの、実際には守られていませんでした。性行為をする聖職者もたくさんいたといいます。
楊さんは、聖職者の実態を示す例としてバイエルンを挙げます。バイエルンの聖職者は、95パーセントが内縁の妻を持っていたとされています。
プロテスタントは、こうしたカトリックの腐敗を批判して生まれ、より元々の教えに戻ろうとしました。一方のカトリックでも、イグナティウス・ロヨラ ── 16世紀スペイン出身の聖職者。イエズス会を創設し、厳しい規律と教育・布教活動でカトリック改革の中心を担いましたがイエズス会を作り、自分たちの乱れを正そうとする力学が働きます。
建前と実態のずれ
カトリックは厳しい性規制を掲げるが、聖職者の多くは守っていない
プロテスタントの批判
腐敗を批判し、元々の教えへ戻ろうとする
カトリックの引き締め
イエズス会などが自分たちの乱れを正そうとする
厳格な社会の出現
両者が倫理的な正当性を競い合い、規制が強まる
規制の強化は、具体的な罰則となって現れました。必要悪として認められていた売春宿は閉鎖されていきます。未婚で妊娠すれば公衆の面前で鞭打ちになり、不倫をすれば街から追放されました。
楊さんによると、大胆なセックスは妻が相手であっても死罪になり得ました。深井さんの質問に、楊さんはフェラチオを例に挙げます。
どんなん大胆すぎるセックスって。
だからフェラチオとかですよ。だから俺ら全員死刑。
楊さんは、カトリックとプロテスタントの武力衝突が繰り返され、宗教熱が高まったことにも触れます。互いに疑い深く不寛容になっていくなかで、個人の性行動は宗教的な政府の管理下に置かれていきました。
プロテスタントが変えたセックスの捉え方
楊さんは、規制が厳しくなったことと矛盾するようでいて、プロテスタントの間ではセックスそのものの捉え方が変わった点を指摘します。ルールは厳しくなった一方で、セックスを悪として完全に断罪するスタンスは変わっていきました。
プロテスタントは、セックスを眠る・食べる・水を飲むのと同じく、生きるうえで不可欠な行為と捉え始めます。結婚も、邪悪な性欲への譲歩手段ではなく、良き人生に必要なものだと考えられるようになりました。
結婚は、人間が持つ邪悪な性欲に対する譲歩手段
セックスは生きるうえで不可欠な行為であり、結婚は良き人生に必要なもの
ただしプロテスタントは、夫婦以外の肉体関係にはきわめて厳しくなりました。楊さんによれば、不倫した人や娼婦は全員死刑だという方向に進み、それまでのキリスト教世界よりも厳しくなった部分だといいます。
カトリックの側にも、規制を緩めようとする声はありました。室越さんは、17世紀初めにイエズス会のトマス・サンチェスが「夫婦が快楽を体験しながらセックスするのはいいのではないか」と述べていたことを紹介します。
一方で、カトリック全体としては聖職者の独身義務を強化します。プロテスタントから非難されたことを受け、独身は結婚より尊いという考えやマスターベーションへの否定が強まりました。楊さんによれば、このように規制が厳しくなると人口が減少していったようです。
楊さんは、ローマ滅亡後から宗教改革までの約1000年を、ずっと厳しかった時代とは捉えていません。ケルト人やゲルマン人などの性習慣がキリスト教の広がりで変わった後も緩急があり、むしろ緩くなりつつあったところに、宗教改革でルールが厳しくなり概念も変わったという変遷だと整理しています。
密告社会で追い詰められた未婚の母
宗教改革後のヨーロッパで性規制が厳しくなった結果、人々は簡単にわいせつ罪で人を訴えるようになりました。村で「あいつは大胆なセックスをしているらしい」と噂になれば、告発され、裁判で認められれば本当に死刑になり得ました。
樋口さんは「それムカつくやついたら」と、告発が悪用されかねない点を指摘します。楊さんはイギリスのエセックス州で、成人の4人に1人が性的不品行で教会裁判所に訴えられた例を挙げます。
楊さんによれば、嵐に遭った羊飼いが女性の家で1時間雨宿りをしただけで、不道徳行為を疑われた例もありました。出演者からは「すごい監視社会」という声が上がります。
楊さんは、この時代にもっとも不幸だったのは未婚の母と子だったと話します。結婚の約束をして妊娠した後に、男性から「結婚するつもりはない」と言われれば、女性だけが追い込まれました。
これやばいですよ。(女性は)全く悪くない可能性が。
室越さんは、私生児を産んだ事実を隠すために、生まれた子を殺すしかなくなる状況を説明します。楊さんも、中絶を試みたり、人目につかない場所で産んで子どもが死んでしまったりすることが横行したと続けます。
楊さんは、全員ではないと断ったうえで、父親のいない子は母親に殺される運命を背負う傾向のある時代になったと語ります。また室越さんによれば、愛人との間に子をつくることが大罪とされたため、愛人とのセックスでは膣外射精を許してはどうかという議論まで出てきたといいます。
規制のなかで生まれたポルノと印刷機
楊さんが「すごく興味深い」と紹介するのは、これほど性が規制された社会でポルノが初めて誕生したことです。背景にはグーテンベルクの印刷機の発明がありました。
楊さんは、ポルノ以前の人々は実際にセックスをするか見るかしない限り、セックスがよくわからなかったと説明します。ポルノの登場によって、人々は想像したり興奮したりできるようになりました。
ポルノは文化的には当然わいせつとされましたが、当初はそれを規制する法律がありませんでした。出演者からは、新しい技術に法整備が追いつかない状況や、仮想通貨が出てきたばかりの頃にたとえる声が出ます。
カトリック教会はポルノに神経質になります。楊さんは、プロテスタントがそもそも印刷技術によって広まった経緯があったからだと話します。システィーナ礼拝堂のミケランジェロ『最後の審判』に描かれた性器に、布やいちじくの葉が描き足されて隠されたのもこの流れです。
それでもポルノを消費する文化は、撲滅が不可能なレベルで広がっていきました。楊さんによると、規制の緩い国で大量に印刷されて広まったといいます。
なぜこの時期にポルノが広まったのかについて、楊さんはミシェル・フーコー ── 20世紀フランスの哲学者。権力や知の歴史を研究し、『性の歴史』では性を抑圧するほどかえって性についての言説が増えると論じましたの考えを紹介します。抑制するということは、逆に性への関心が強まっている状態だというものです。
隠そうとするということは集中するということだから、めちゃくちゃ性についてずっと考えてるわけですよ、ずっとみんなが。
精子の発見と、地下に潜った売春
楊さんは、宗教改革後の社会変化のもう一つとして、17世紀末に精子が発見されたことを挙げます。顕微鏡を作ったレーウェンフックが精液を観察したところ、泳いでいるものを見つけました。
その後、オランダの医師ニコラス・ハルトゼーガーが、この微小な生物によって妊娠がもたらされると考えるようになります。ただし、精子の頭に小さな人間がいて卵子の中で成長するという「ホムンクルス」のような捉え方もされていました。卵子を受精させるのが1つの精子だとわかるのは、200年ほど後のことです。
楊さんは話を売春宿に戻します。宗教改革後に売春宿は閉鎖されましたが、撲滅はできず、むしろ広がりました。閉鎖は機能せず、売春は地下に潜っただけだったといいます。
一例として紹介されたのが、フランス革命で処刑されたルイ16世の祖父、ルイ15世の時代のパリです。人口60万人に対して、3万人の娼婦がいたとされています。
魔女狩りと性はどう結びついたのか?
楊さんは、魔女狩りもセックスと関係していると話を移します。出演者の説明によると、キリスト教の本質的な部分として性を規制した結果、規制の外でセックスする者は悪魔だという考えが生まれました。
性の奔放さと、魔女や悪魔の概念が結びついていきます。魔女狩りが行われたのはおおむね15世紀から17世紀で、ヨーロッパ全土に及びましたが、特にドイツで激しかったといいます。
出演者の説明では、カトリックが優勢だったスペインやイタリアではあまり起きていません。プロテスタント地域や、カトリック地域と混ざっていたフランス、ドイツなどで多く行われました。
魔女狩りでは男性も魔女と目されて殺されましたが、一説には犠牲者の8割が女性だったとされます。ドイツのある村では、女性が1人になるまで村中の女性が殺されたという記述もあるそうです。
理由には諸説あります。その一つとして紹介されたのは、キリスト教以前のゲルマン、ケルト、ガリアの人々が、女性性・生殖能力・魔力を結びつけていたことです。その「魔力を持った女性」が反キリストとして殺されるようになったという見方です。
教会側による魔女の定義も紹介されます。女性を意味するラテン語「フェミナ」は、信仰と「少ない」という言葉から来ており、女性は信仰が薄いから悪魔とセックスして魔女になる、と説明されていたといいます。
14世紀には、悪魔が魔女軍団を率いて地上を滅ぼしに来るという終末思想が流行していました。そして15世紀ごろから、多くの女性が殺されるようになったと説明されています。
出演者の一人は、性の歴史を学ぶうちに、女性の扱いが近代、さらには現代に至るまでひどい状態だとよくわかったと語ります。女性の価値が男性によって決められ、悪いことが起きると女性のせいにされてきた影響は、今も残っていると感じたといいます。
逃げ道のない魔女狩りの仕組み
出演者は、魔女狩りの取り調べを、前回までに紹介された神父の告解と同じ構造だと指摘します。告解では、少年に「やった」と言わせるまで聞き、「みんなもやってるよね」と友人を密告させていました。
魔女には体のどこかに痛みを感じない場所があるとされ、捕まった女性は体中を針で刺されました。痛みから逃れるには「痛くない」と言うしかなく、そう言えば魔女だと見なされます。
樽に入れて水に沈め、浮いてくれば魔女という方法もありました。沈めば潔白でも死んでしまい、浮けば火あぶりにされます。
魔女はサバトという集会をしていると考えられていたため、女性たちは拷問を受けながら仲間の名前を言うよう迫られました。助かりたい一心で思いつくままに名前を挙げれば、村中の人が告発されることになります。
拷問
魔女と疑われた女性が、針刺しや水責めにかけられる
自白の強要
どう答えても魔女と判定されやすい
仲間の名指し
サバトの仲間の名を言えと迫られ、思いつくままに挙げる
連鎖
名を挙げられた人がまた捕まり、最終的に村中に及ぶ
こうした魔女狩りは、2世紀にわたって続きました。出演者からは「絶望しかない」という言葉も出ます。
なぜ魔女狩りは起きたのか?
魔女狩りがなぜ必要だったのかという問いに、出演者は、はっきりした理由はわからないと答えます。そのうえで、これまでシリーズで見てきたキリスト教の思想の系譜に乗った結果だと説明します。
出演者がもっとも説得力があると感じた説は、キリスト教が持つ「悪魔に滅ぼされるかもしれない」という恐怖感に注目するものです。カトリック一強なら神の国に導けるはずでしたが、プロテスタントが現れて価値観が揺らぎました。
さらに、ローマなどの拠点にいた聖職者が地方へ布教に出ると、民間信仰がまだ盛んに残っていました。クリスマスのように、もともと異教の祭りだったものもヨーロッパ中にあり、聖職者たちは悪魔に侵攻されていると感じて恐れたのではないか、という見方です。
自分たちと違う文化への恐怖が、悪魔が地上を征服しに来るという想像と合致した、と出演者は整理します。楊さんは、新大陸の発見で理解できない習慣を持つ人々に出会ったことも、恐怖を強めたのではないかと付け加えます。
王が力を持つと性規制は緩むのか?
宗教改革後のヨーロッパでは、主権国家の君主が力を持つ時代が訪れます。楊さんは、イギリスのヘンリー8世などが絶対君主的な立場で登場し、相対的に教会の権力が落ちると、性規制が緩くなっていったと説明します。
楊さんが例に挙げるのは、エリザベス1世の後のイギリス国王ジェームズ1世です。お気に入りの男性がいて、男性同士でセックスしていることが世間にも広まり、「王様がやっているならいいか」という空気が流れたといいます。
ただし、制度上は男性同士の性行為は依然として死刑でした。楊さんによれば、同性愛はローマで禁じられてから約1500年間、法律でずっと禁じられてきました。
土地による違いも大きく、楊さんはジュネーブを例に挙げます。厳格な予定説 ── 救われる人はあらかじめ神によって決められているとする教え。カルヴァンが強調し、カルヴァン派の厳格な信仰生活の土台となりましたを唱えたカルヴァンがいた街です。
カルヴァン登場前の100年間で約6件
カルヴァン登場後の100年間で60件
楊さんによると、この増加は実際の行為が増えたからではなく、以前は裁判にしていなかったものが検挙されるようになった結果です。教会の力が弱まったイギリスと、規制が強まったジュネーブとで、土地ごとの差が生まれていました。
新大陸を「性のリゾート」にしたダブルスタンダード
宗教改革後の時代は大航海時代とも重なり、新大陸が発見されます。楊さんは、新大陸での扱いが相当ひどかったと話します。
祖国のヨーロッパでは、妻にフェラチオさせただけで死刑になり得る世界でした。そのため欲求不満を抱えた男性たちにとって、新大陸は「やりたい放題できる」場所と見なされていました。
過激なセックスをしただけで死刑になり得る厳しい性規制
先住民女性への性的略奪が、法律上もほぼ規制されない
人間じゃないしって思ってるわけ。だからやりたい放題を先住民の女性に対してやっていいって思ってるんですよ。
楊さんによると、新大陸からの報告書には、先住民女性は白人男性に求められたものすべてを差し出すといった記述がありました。アメリカの語源となったアメリゴ・ヴェスプッチも、新大陸を性のリゾートとして宣伝していたといいます。
ヨーロッパ諸国も新大陸への進出を望み、強姦の禁止などの規範は先住民女性に適用されませんでした。白人男性による有色女性のレイプは何百万件も発生したとされます。アフリカから連れて来られた黒人奴隷の女性も、性搾取の対象になりました。
楊さんは、こうした性欲が新大陸に渡る原動力の一つになっていたとも言われ、本国で性が規制されていたことと関連しているという見方もあると紹介します。
人間はなぜこれほど矛盾するのか?
楊さんは、征服にレイプが伴うのは白人男性やキリスト教に限らないとしつつも、自国では性を規制しながら新大陸を性のリゾートとして宣伝するダブルスタンダードには驚きを示します。
当時は「悪い」という感覚がなかったという意見に対して、楊さんは、被害者がいる以上、人権がある世界ではやってはいけないことだと述べます。同時期にヨーロッパで啓蒙思想が生まれていったことにも「感慨深い」と語ります。
楊さんは、昔の話なのでどこまで事実かは検証が必要で、検証しきれない部分もあると断っています。そのうえで、ファクトがあり得るという前提で自分たちを省みることの大切さを強調します。
まとめ
宗教改革後のヨーロッパでは、プロテスタントとカトリックが倫理的な正当性を競い合い、性規制がかえって強まりました。その規制は、密告社会や魔女狩り、新大陸での性的略奪といった形で、とくに女性を追い詰めていったと語られています。
- 宗教改革後、カトリックとプロテスタントがより倫理的であろうと競い合い、性規制が強まった
- プロテスタントはセックスを生活に不可欠なものと捉え直す一方、夫婦以外の関係には厳罰で臨んだ
- 密告社会で未婚の母が追い込まれ、魔女狩りでは犠牲者の8割が女性だったという説もある
- ポルノや売春は規制しても撲滅できず、抑制がかえって性への関心を強めたという見方も紹介された
- 本国で性を厳しく規制しながら、新大陸を「性のリゾート」として扱うダブルスタンダードがあった





