フランス革命と人権は性の考え方をどう変えたのか?
前回までのコテンラジオ「性の歴史編」は、16〜17世紀の宗教改革期ヨーロッパを扱っていました。今回の第8回は、その続きとなる18世紀以降のヨーロッパの性の話です。
深井さんが挙げる最大の違いは、フランス革命とアメリカ独立です。どちらも啓蒙思想 ── 理性を重んじ、宗教や伝統の権威を批判的に見直そうとした17〜18世紀ヨーロッパの思想潮流。市民革命の理論的な土台になりましたに基づく市民革命で、ここで人権の概念が打ち出されました。
この人権の概念というものが打ち出されると、かなりこの性に対する考え方も変わってくるわけですね。
深井さんによると、18世紀には「宗教によって性を規制するのは良くない」という考え方が広がります。土地による差はあるものの、男性間の行為が犯罪でなくなる地域も出てきました。セックスは道理にかなった普通のことだ、という見方に変わっていったと説明されています。
市民革命で、社会階級は基本的に平等だという考え方が生まれ、信仰心も以前の社会より薄れていきます。それまでの社会では、上の階級の男性が下の階級の女性を性的に搾取することが、当たり前の行為として認められていました。
例えば使用人をレイプするとかいうのが、もうなんなら権利みたいな感じで認められていた。それもダメになってくるっていうのがこの時代です。
ただし深井さんは、身分の低い人への性的な支配が許されなくなったのは同じ国の中でのことで、植民地に対してはまったく違ったと補足しています。
上流階級の男性が、使用人など身分の低い女性を性的に搾取することが、権利のように認められていた
人権と平等の考え方が広まり、国内ではそうした行為が「やっちゃダメ」とされるようになる(植民地は別)
売春婦が憧れの的に。規制緩和は「解禁」だったのか
番組が各時代で定点観測してきた売春も、18世紀に大きく変わります。宗教改革期には売春の法律がいったん非常に厳しくなりましたが、深井さんによると、その規制はまったく機能していませんでした。そのため、その後は実態に合わせて規制が緩和されていきます。
市民革命後の社会では、娼婦が崇拝や憧れの対象になることもありました。深井さんは、日本の遊郭のように、美人で教養もある娼婦が「素晴らしい快楽を提供してくれる人」として見られるようになったと説明します。
パリの売春宿には、50人ほどの女性が並び、それぞれ性的な特技を示すリボンを付けている店がありました。覗き部屋や鞭打ちなど、当時から見ても変態的とされた特殊な性癖に応える店も出てきたといいます。
高級娼婦の気を引きたい男性たちは、雑誌や広告に自分の資産や年収を載せて呼びかけました。楊さんはこれを「愛人募集」と表現しています。売春そのものの広告も、雑誌や新聞に出せるようになりました。
ただし深井さんは、こうした変化は一気に起きたものではないと強調します。宗教改革の前からルールは守られておらず、宗教改革期の規制もうまくいっていませんでした。建前上の規制が緩んだことで、もともとあった実態を表で言えるようになったという見立てです。
普通に表舞台に出てきただけなのか。
宗教改革前
ルールはあるが、実態としては守られていない
宗教改革期
法律で厳しく規制しようとするが、機能しない
市民革命後
建前上も規制が緩和され、実態が表舞台に出てくる
室越さんは、もう1つの要因として都市化を挙げています。村では、誰が誰の家に入ったかがすぐに広まり、周りの監視が規範として働いていました。地元の違う人たちが集まる都会では、ある程度の匿名性が確保できたといいます。
それはでかい。だって田川やったら車の色と車種で大体誰がどこにいたか。
お前この間ジョイフルおったろみたいな。ありますから。
同性愛は黙認へ、でも女性同士は「あり得ない」?
18世紀の同性愛については、宗教改革直後のような強い蔑視はかなり薄れていきます。ただし法律上はまだ違法で、世間はしぶしぶ存在を認める、黙認するような状態だったと深井さんは説明しています。
キリスト教社会では長く、同性愛は悪魔と結びつけられて虐げられてきました。深井さんは、そこから見ればだいぶ変わったと評価しています。お金を払える人は、賄賂で罪を逃れられるようにもなったそうです。
一方で、女性同士の同性愛は存在そのものを否定されていました。古代ギリシャやローマでは女性にも性欲があると考えられていましたが、18世紀のヨーロッパでは「品性のある女性には性的興味はない」と思われていたからです。
深井さんが紹介したのは、イギリスの判事たちの考え方の例です。判事たちは、東洋やヒンドゥー教徒の女性たちならまだしも、文明世界の女性同士が性行為に及ぶなどあるわけがない、と考えていました。深井さんはこれを、アジアを見下した考え方だと指摘しています。
ここもだからやっぱり人権の概念があるようでないんだよね。同じ人間だと見なしてないわけです。
違法だが黙認されるようになる。同じベッドにいれば「何か起こった」と疑われる
品性ある女性に性欲はないとされ、同じベッドにいても何か起こるとは想像もされない
鞭打ちと獣姦、なぜ人は「間違い」に惹かれるのか
深井さんによると、18世紀には鞭打ちを好む人が多かったようです。鞭打ちは処罰としても、セックスのプレイとしても一般的でした。深井さんは、ルソー ── 18世紀フランスの思想家。『社会契約論』で知られ、自伝『告白』では自身の性的な嗜好まで率直に書き記しましたが鞭打たれるのが好きだと自ら告白したことも、そうした嗜好を告白できる時代になった表れとして挙げています。
獣姦は、魔女狩りの時代には悪魔的な行為と結びつけられていました。室越さんは、悪魔がヤギやライオンなど動物の姿で描かれることが多いため、獣姦する人は悪魔とセックスしていると見なされたと説明しています。
17世紀ごろに魔女狩りが衰退した後も、獣姦への関心は消えませんでした。都市の住民は動物と接する機会が少ないにもかかわらず、ポルノ作品には獣姦の描写が多く見られます。そのため、都市の人々も獣姦に関心を持っていたことがわかるそうです。ただし、獣姦を好むと知られれば評判は地に落ちました。
獣姦への関心が時代を超えて続いていることについて、室越さんは「人間は正しさを愛するとは限らず、間違いに欲情することもある」と感慨を語ります。深井さんも、古代だけならまだしも歴史を通じてずっと関心があることに驚いたと応じています。
全員じゃないと思いますよ。やっぱりそのごく一部の人がいて、その人たち向けのポルノとして出てたんだと思うんですけど。
なんかこれ(間違いに欲情すること)は一人の人間の中にもあるような気がするな。
ポルノが政治を動かした18世紀フランス
18世紀にはポルノグラフィもさらに発達します。18世紀末のフランスにはエロ本の産業があり、あらゆる媒体で、あらゆる嗜好に応えていたといいます。
フランス政府は取り締まろうとしましたが、取り締まれませんでした。深井さんによると、ポルノ作家の多くは、王族や貴族の性的スキャンダルを書かないという約束と引き換えに大金を受け取っていたそうです。
深井さんは、王族の話であることから、これはフランス革命以前のことだと補足しています。王族のスキャンダルを書く人がいたため、この時代のポルノは大きな政治的な力を持ちました。深井さんは、大衆紙が芸能人の不倫を暴いて失脚させる現代の構図にたとえています。
メディアが政治を動かす力を持ってたんですね。
宗教から科学へ。マスターベーションは「緩慢な自殺」に
18世紀のマスターベーションの扱いには、新しい変化が起こります。啓蒙思想の時代には科学的な思考が育ち、室越さんの言うように医学界が発言力を持つようになりました。
今まで宗教が宗教的道徳の中でマスターベーションを否定してたじゃないですか。これが科学が入れ替わるんですよ。
深井さんによると、マスターベーションは科学的に「緩慢な自殺」と呼ばれるようになりました。病気や精神病を引き起こし、死に至る危険があるという理論が、18世紀から150年間信じられ続けたといいます。
ところが同じ時期、ポルノ文学の売上はうなぎ登りでした。深井さんが一番面白かったと話すのは、マスターベーションを禁じる科学的な本がベストセラーになり、その本を読んでオナニーする人がいたという話です。室越さんによると、この本はスイス人の医者によるものです。
科学の本には、爽やかな青年がオナニーによって衰弱し、最後はミイラのようになる連続絵まで描かれていました。室越さんは、神の罰は現実離れしていたが、医学の「病気になるぞ」という脅しはずっと切実だった、と受け止める側の違いを説明しています。
神の罰を根拠に、宗教的道徳として禁じる。受け止める側には現実離れした脅しだった
病気・精神病・死を招くと医学的に説く。切実な脅しになったが、ポルノは売れ続けた
科学がマスターベーションを否定した理由について、深井さんは医者たちの価値観を挙げます。当時、医者になる人は倫理的な人で、キリスト教的な価値観を持っていました。宗教という根拠は否定されても、倫理として残った価値観を、新しい知識で正当化しようとしたという構図です。
もうだから感覚的に好き嫌い的に結論決まってて、その証拠を見つけようとしちゃったって感じなんですかね。
深井さんは、科学そのものは大事だとしたうえで、科学の衣を着た根拠のない言説は現代にもあると話します。例として挙げたのは水素水です。室越さんも、社会に出ていくときに科学のハリボテをまとう言説は現代でも多いと応じています。
深井さんの整理では、人間は社会で「これを信じればいい」とされたものを信じており、変わったのは根拠が宗教か科学かという点だけだということです。
「異常」は病気に。精神病院と娼婦の更生施設
室越さんによると、科学が力を持つにつれ、マスターベーションをやめられない子どもが精神病院に入れられることもありました。科学の名のもとに、社会の規範が「何が精神病で、何が異常か」を決め始めたということです。
性的な規範から外れた人間が、今までは悪魔と結びついてたんだけれども、今度は病気になるんです。
性的な規範から外れた人は、治さなければならない対象になりました。深井さんは、現代でも何でも病気にする傾向があるとし、それは現代社会の規定と根拠づけのスタイルだと述べています。室越さんは、ここで病気とされることの多くは、古代ギリシャやローマでは普通のことだったと指摘しました。
だからね、古代ギリシャとかローマ人全員病人だって話になるんですね、この論理でいくと。
室越さんは、娼婦を更生させようとする動きも紹介しています。売春の原因は信仰心の欠如など精神的なものだと考えられ、娼婦たちはお祈りや賛美歌を勧められました。しかし娼婦の数は、実際にはあまり減りませんでした。
室越さんによると、売春婦になる理由は単にお金がないことでした。けれども当時は「お金がないから売春婦になる」というロジックがなかったため、すべてが精神的な問題とされました。更生施設はいろいろできても、社会課題の根本的な解決にはつながらなかったといいます。深井さんはこれを、構造の問題ではなく個人の精神の問題として扱われたとまとめています。
最後に、次回は19世紀ヨーロッパを扱うと予告されました。室越さんは、キリスト教が起点ではないアジアの話をする前に、比較の対象としてヨーロッパの話をほぼ現代まで進めておきたいと話しています。
まとめ
18世紀ヨーロッパでは、市民革命と人権の考え方によって性の規制が緩み、売春や同性愛、さまざまな嗜好が表舞台に出てきました。その一方で、科学が宗教に代わって性を否定する根拠となり、規範から外れた人は病人として扱われるようになりました。
- 人権と平等の考え方により、国内では身分の低い人への性的搾取が許されなくなったが、植民地は例外だった
- 売春の規制緩和は新しい解禁というより、もともとあった実態が都市の匿名性とともに表に出てきたものと説明されている
- 同性愛は黙認されつつあったが、女性同士の関係は「品性ある女性に性欲はない」という考えから存在自体が否定された
- マスターベーションは科学的に「緩慢な自殺」とされたが、その禁止の本がベストセラーになるほどポルノは売れ続けた
- 科学の名で規範が「病気」を定義し、売春も個人の精神の問題として扱われ、構造的な貧困は見落とされた





