エルサレム陥落はなぜ教皇を失神させたのか
前回、サラディンはエルサレムの奪還に成功しました。深井さんによると、この「エルサレム陥落」の衝撃はキリスト教圏全体に走り、西ヨーロッパと仲の悪いビザンツ帝国でさえ動揺したといいます。
当時のローマ教皇はウルバヌス3世でした。第1次十字軍を起こしたのはウルバヌス2世で、紛らわしいものの別人です。ウルバヌス3世はエルサレム陥落の悲報に接して失神し、そのまま亡くなってしまったと伝えられています。
え?(知らせに)びっくりしすぎて。
びっくりしてわってなって失神して亡くなっちゃったと。心臓麻痺とかなのかな。
ウルバヌス3世の後を継いだのはグレゴリウス8世です。グレゴリウス8世は「恐ろしい災禍を耳にして」という勅書を出し、東方防衛のための集結を呼びかけました。これが第3次十字軍の始まりです。
勅書の中でグレゴリウス8世は、皇帝や国王、伯爵、公爵、騎士、従士たちに対し、十字架の印を身に着けて約束の地の回復に向かう者全員の罪を自らが引き受け、神の前で無罪を宣言すると述べています。深井さんは、これを「贖罪するよ」という約束だと説明しています。
勅書にはさらに、この出来事に心の中でさえ泣かない者は、キリスト教徒としての信仰だけでなく人間性そのものを失ったと考えられる、という強い一文もありました。
これ(エルサレム陥落)に悲しまないやつ、人間じゃないみたいなこと言ってるってことよね。すごいよね。
グレゴリウス8世は十字軍参加者に、罪の赦しと家族や財産への教会の庇護を約束しました。加えて、法的訴訟や借金の利子の免除まで報酬として掲げています。こうして1187年の秋、第3次十字軍の準備が始まりました。
エルサレム陥落
サラディンの奪還で、ビザンツ帝国を含むキリスト教圏に衝撃が走る
教皇の死
ウルバヌス3世が悲報に接して失神し、亡くなる
勅書の発布
後継のグレゴリウス8世が「恐ろしい災禍を耳にして」で東方防衛を呼びかける
準備開始
罪の赦しや利子免除を約束し、1187年秋に第3次十字軍の準備が始まる
英仏独の君主がそろう「アベンジャーズ」
第3次十字軍は史上最大規模の十字軍になりました。その理由は、イングランド、フランス、ドイツの3か国の君主がそろって参加したことにあります。
深井さんが「全員名前がやばい」と言うように、3人の君主にはそれぞれ異名がありました。イングランドからは獅子心王リチャード1世、ドイツからは赤髭王の意味を持つバルバロッサことフリードリヒ1世、フランスからは尊厳王と呼ばれるオーギュスト、フィリップ2世が参戦します。
SMAP?
SMAPじゃないです。リチャードから言わせたらSMAPがパクってるからね。
「ライオンハート」は、ライオンの心臓を持っているほど勇猛で獰猛だという意味の呼び名です。深井さんは3人の顔ぶれを見て、全員強そうで、アベンジャーズが来たようだと表現しています。
| 国 | 君主 | 異名 |
|---|---|---|
| イングランド | リチャード1世 | 獅子心王(ライオンハート) |
| ドイツ | フリードリヒ1世 | バルバロッサ(赤髭王) |
| フランス | フィリップ2世 | オーギュスト(尊厳王) |
なかでもドイツ王で神聖ローマ皇帝 ── 中世ヨーロッパで、ドイツを中心とする神聖ローマ帝国を治めた君主の称号。ローマ教皇から戴冠を受け、西ヨーロッパのキリスト教世界で権威ある地位とされましたのバルバロッサは、当時としては予想をはるかに超える大軍を集めました。騎士5万、歩卒10万、合わせて15万ともいわれます。
さっきだって2万とかで戦ってんのに15万とか来られたらどうなるん?みたいな感覚はあるよね。
さらに驚くべきは、バルバロッサが65歳だったことです。バルバロッサは40年前の第2次十字軍にも、25歳頃に参加していました。当時はまだ君主ではなかった人物が、40年後に君主として大軍を率いて再び十字軍に加わったのです。
陸路のドイツ、海路の英仏とサラディンの苦境
バルバロッサのドイツ軍は、レーヴェンスブルクを出発し、ドナウ川沿いにハンガリーへ向かい、バルカン半島を経てコンスタンティノープルを目指す陸路をとりました。深井さんによると、陸路で進むのはドイツ軍のいつもの特徴です。
一方でイングランド軍とフランス軍は、陸路が難しく、どうせ船を使うことになるため、海路で近くまで行ってから上陸する方法をとりました。
レーヴェンスブルクからドナウ川沿いにハンガリー、バルカン半島を経てコンスタンティノープルへ
船で目的地の近くまで行き、そこで上陸する
イングランドのリチャード1世は、十字軍の西洋側で最も有名な人物であり、サラディンのライバルです。深井さんは、第3次十字軍は端的に言うとリチャードとサラディンの戦いだとまとめています。
深井さんの見立てでは、リチャード1世はサラディンとはまったく違う「パワー系」の人物です。フィリップ2世については、尊厳王という名前どおり「尊厳ある感じ」と冗談まじりに語られています。
迎え撃つサラディンの側も、決して余裕があったわけではありません。サラディンはエジプトとシリアを統一し、エルサレムも押さえていましたが、いつ裏切られ反乱を起こされるかわからないリスクをずっと抱えていました。
さらにサラディンはアッバース朝 ── 750年に成立したイスラム王朝。この時代には政治的実権は弱まっていたものの、カリフはイスラム世界の宗教的権威として一定の影響力を持っていましたのカリフとも関係が悪化し、なかなか認めてもらえないどころか非難を繰り返される状況でした。
ここら辺(第3次十字軍を迎える時期)、人生で一番しんどいんじゃないかと思うんですけど。サラディンにとってもうなんか必ずしも勝てる感覚はやっぱないよね。
リチャード1世はなぜ即位直後から十字軍に全振りしたのか
リチャード1世の父は、イングランド王ヘンリー2世です。ヘンリー2世はエルサレム王にならないかというオファーを受けたこともありましたが、それを断ってイングランド王を続けていました。
ヘンリー2世はもともとフランス王フィリップ2世とひどく仲が悪かったものの、十字軍への参加にあたって一旦和平を結び、互いの領土への攻撃を停止しました。さらに国民から「サラディン税」という税金を集めています。
(サラディン税は)露骨すぎて。めちゃくちゃサラディン倒してきそうな感じですよね。
当時まだ王ではなくポワトゥ伯 ── フランス西部ポワトゥ地方を治める伯爵の地位。当時のイングランド王家はフランス国内にも広い領地を持っており、王子がこうした地位に就いていましただったリチャードは、教皇からの知らせが届いた翌日には、もう十字軍の準備を始めていたといいます。
ところがヘンリー2世は第3次十字軍に参加する前に亡くなり、リチャード1世が即位して出陣することになりました。深井さんは、リチャード1世を第3次十字軍のために生まれてきたような人だと表現しています。
リチャード1世の外見については、記述が大きく食い違っています。ある記述では、背が高くすらりとして髪は赤と金の中間、腕が長く剣を振るうときに威力を発揮し、赤い帽子とサマイト ── 金糸や銀糸を織り込んだ絹織物。中世の王侯貴族が用いた高級な布地ですの上衣、銀の半月と太陽に覆われたマントで軍を率いたとされます。
一方で、青白い顔でかなり脂肪がつき、潰瘍と熱に悩まされていたという記述もあります。深井さんは、若い頃はかっこよかったものの、その後の病気などで見た目が変わったのかもしれないと推測しています。
背が高くすらりとし、髪は赤と金の中間。華やかな帽子と上衣、マントで軍を率いる
青白い顔でかなり脂肪がつき、潰瘍と熱に悩まされていた
リチャード1世は10代の頃から戦争を繰り返し、異常なまでに戦いを愛し、しかも戦の才能があったといわれています。リチャード1世が武者震いをすると世界を震撼させた、とまで書かれているほどです。
なんか言い過ぎじゃない?
絶対言い過ぎなんだけど。まあそんなタイプの感じだったんだろうね。
全盛期に十字軍の機会が巡ってきたリチャード1世は、王になった瞬間から公職や役職を売り、王室の所有物も売り払って資金に充てました。深井さんの言葉を借りれば、戦うために全部つぎ込む「全振り」の態度です。
熱狂した民衆とユダヤ人迫害という暗い側面
リチャード1世は各地を回って兵士を集めました。その熱意はイングランドの民衆にも伝わりましたが、その結果は笑えないものでした。
異教徒を倒すという感覚を持ったイングランドの民衆は、身近にいる異教徒であるユダヤ人を迫害し始めたのです。深井さんは、ユダヤ人がこうしてずっと迫害されてきたことに触れています。
もう異教徒全員ダメみたいになって。その、今そばにいる異教徒であるユダヤ人を迫害するみたいなこと。
楊さんによると、熱狂した民衆が数百名のユダヤ人を生きたまま焼き殺すといった事件も起きていました。十字軍の熱狂には、こうした暗い側面もあったことがわかります。
妹を泣かせたシチリアをボコボコにする
イングランド軍は船で出発しました。フランス軍はジェノヴァ、イングランド軍はマルセイユへまず向かい、その後シチリアで再合流する計画だったといいます。
シチリア島に着いたリチャード1世は、そこに嫁いでいた妹のジョーンと10年ぶりに再会しました。ジョーンの夫であるシチリア王グリエルモ2世はすでに亡くなっており、親戚のタンクレディが実権を握って、ジョーンの財産や領地を勝手に没収していました。
可愛い妹が不遇な目に遭っているのを見たリチャード1世は激怒し、シチリアの街に攻め込んで城門を粉々にし、市中になだれ込みます。
エルサレムに進軍してる途中ですよ。途中で立ち寄って、久しぶりに妹と会ったら、妹がすごいかわいそうな状況になってて、プッツン来ちゃって。
おし、潰したろっつって。妹いじめてるやつ潰したろみたいな。
タンクレディもリチャード1世にはなすすべがなかったようです。樋口さんは、十字軍として集められた兵士たちがどんな気持ちでシチリアを攻めたのかと疑問を口にします。
でもなんだろうね、そのリチャードの下にいる兵士たちも似たような性格だったんじゃないですか。
楊さんによると、リチャード1世の軍はドラゴンが描かれた巨大な旗を掲げて町に進軍したといいます。
フィリップ2世はなぜリチャードを嫌ったのか
リチャード1世がシチリアを攻めている最中、合流地点のシチリアにフランス王フィリップ2世もやって来ました。十字軍の途中で突然シチリアを攻めるリチャード1世に、フィリップ2世はひどく腹を立てたそうです。
さらにリチャード1世は、フィリップ2世の姉アデルと婚約していたにもかかわらず、それを一方的に破棄していました。フィリップ2世はこれにも強い怒りを覚えていました。
婚約勝手に破棄するし、合流地点のシチリアになんか十字軍なのに、なんか全然関係ないとこ攻めてるし、何こいつみたいになってめちゃくちゃ嫌いになったんだってリチャードのこと。
リチャード1世と同じ空間にいたくなくなったフィリップ2世は、合流はしたものの、先にエルサレム方面へ出発してしまいます。
すごいなぁ。だってサラディン税で集めた兵士とかでしょ?シチリア攻めてますからね、それで。
キプロス島の暴君イサキオスを倒し、結婚式まで挙げる
リチャード1世はついにシチリアを出発しますが、嵐に遭い、予定とは違うキプロス島に到着してしまいます。妹のジョーンと新しい婚約者も一緒でした。
キプロス島を治めていたイサキオスは、気ままに人々を拷問にかけるような暴君で、島を独裁的に支配していました。先に流れ着いたジョーンと婚約者は、イサキオスを恐れて船から降りられずにいたといいます。
イサキオスはキリスト教の巡礼者を投獄するなど好き勝手をしていました。リチャード1世は解放を求めましたが、イサキオスが横柄な返事をよこしたため激怒し、武器を取って攻め込みます。
なんか全然こう一度しかそのリチャードに対して返信をよこしてなくて。しかもイングランドの王って全然怖くねえよみたいな。なんかこう、なんか煽ったりするんですよ。
敗れたイサキオスは、手足に銀の枷をはめられ、一生を牢獄で過ごすことになったそうです。
漂着
嵐でキプロス島に着き、妹と婚約者が暴君イサキオスを恐れて船から降りられなくなる
交渉決裂
巡礼者の解放を求めるが、イサキオスが横柄な返事で煽る
制圧
激怒したリチャード1世がイサキオスを倒し、イサキオスは一生を牢獄で過ごす
深井さんによると、リチャード1世は戦争中も余裕があり、まだ十字軍の合流もエルサレム到着も果たしていないのに、キプロスで婚約者と結婚式を挙げています。
俺やったら何月何日空いてます?って言われたら、いや、その日ちょっと何があるかわかんないって言いますけどね。空いてますって返事しないっすよね、そこで。
ただしキプロス島の制圧は、パレスチナに近い寄港地を確保したという点で、後に戦略上も役立ちました。あまりに速く余裕をもって押さえたこと自体も、リチャード1世の名声を高めることにつながったといいます。
協調性ゼロでも兵士がついてくるカリスマ
ここまでのリチャード1世の振る舞いを、樋口さんは「マジヤンキー」と評し、深井さんも同意します。楊さんが指摘するように、リチャード1世には協調性がありませんでした。
協調性ないし、周りから嫌われてます。だからオーギュスト、尊厳王とかさ、からすると、マジ何こいつ?みたいな。
それでも、リチャード1世には兵士がきちんとついてきていました。樋口さんと楊さんは、そこには兵を掌握できるカリスマ性のようなものがあったのだろうと話しています。
なんか武力に全振りしてるような印象ですね。
シチリアとキプロスを押さえたリチャード1世は、いよいよサラディンのいる地へ向かいます。舞台はアッコンでの戦いへと移り、次回からついに第3次十字軍とサラディンの戦いが始まります。
まとめ
今回は、エルサレム陥落の衝撃から第3次十字軍が組織され、サラディンの好敵手リチャード1世が戦場へ向かうまでが語られました。英仏独の君主がそろう史上最大規模の十字軍は、サラディンにとって大きな脅威でしたが、主役のリチャード1世は妹のためにシチリアを攻め、キプロスで結婚式を挙げるなど、破天荒な行軍を続けます。
- エルサレム陥落の衝撃で教皇ウルバヌス3世が亡くなり、後継のグレゴリウス8世の勅書から第3次十字軍が始まった
- リチャード1世、バルバロッサ、フィリップ2世の3君主が参加し、バルバロッサだけで15万の兵を集めたとされる
- サラディンは内部の反乱リスクやカリフとの不和を抱え、決して余裕のない状況で大軍を迎えることになった
- リチャード1世は妹ジョーンの不遇に怒ってシチリアを攻め、キプロスの暴君イサキオスも倒した
- 協調性がなくフィリップ2世に嫌われながらも、兵を率いるカリスマ性でリチャード1世はアッコンへ向かう





