障害の歴史編を聴いて、なぜ株式会社を問い直したのか
後編の冒頭で、樋口さんはヘラルボニーの松田兄弟に、コテンラジオの障害の歴史編を聴いたかを尋ねます。兄弟は「聞きました」と答え、まず文登文登さんが感想を話しました。
文登さんは、障害の歴史がここまで掘り下げられ、ストーリーとして順序立てて伝わることに感動したといいます。とくに、優生学 ── 人間の遺伝的な質を「改良」しようとする思想と運動。19世紀後半に広まり、障害者への断種や隔離などの差別政策につながりましたがダーウィンの流れから来ているという話が印象に残ったそうです。
そのうえで文登さんは、ヘラルボニーが株式会社という形で事業に挑戦していること自体に、自分への問いが生まれたと話します。兄の存在が起業の原点であり、会社を立ち上げたのは自分が幸せになるためでもあると、きれい事抜きで思っているからです。
深井さんが「どういうところでコンフリクトを感じるのか」と聞くと、文登さんは資本主義との距離の問題を挙げました。これまで資本主義の世界に行く必要のなかった人たちのところへ、ヘラルボニーが資本主義の形を持ち込んでいる、という感覚です。
文登さんが懸念するのは、障害のある人の個性や「収入がこれだけ変わった」という話ばかりが表面的に伝わることです。そうなると、才能がなければ価値がないという方向へ社会が傾く可能性もあるのではないか、と文登さんは考えています。
樋口さんはこの懸念を受け止めつつ、ヘラルボニーは新しい選択肢を作れていると応じます。ダーウィンの進化論でいう多様性のように、「こういうのもある」という選択肢が増えること自体に意味がある、という見方です。
福祉をあえて株式会社でやる意味とは
深井さんは、自分自身も世界史のデータベースづくりを株式会社でやるかどうかは「絶妙なライン」だったと明かします。経営合宿でも、それが本当に良いのかが常に話題に上がるそうです。
少なくとも2023年付近の日本でこのような社会活動をする上では、やっぱり僕は株式会社である必要が少なくとも今あるなっていうのをすごく強く感じていて。
深井さんがCOTENでやりたいのは、人文知 ── 哲学・歴史・文学など、人間や社会について人類が積み重ねてきた知の蓄積。人が世界をどう捉え直してきたかの記録ともいえますへの社会の認知を変えることだといいます。ただ「人文知が大切だ」と言っても誰も聞かないので、歴史の話をしているという構造です。
深井さんによれば、その結果として「メタ認知が重要だ」といったツイートが増えてきました。こうした動きは、株式会社でスタートアップの社長のような立場で出てこなければ、まず無理だっただろうと深井さんは考えています。
深井さんは、比較的若い人が社会に強いメッセージを出し、ムーブメントが生まれるという点で、ヘラルボニーは自分たち以上にそれをやっていると見ています。大学でやっていたら無理だった、スタートアップだからできた、という感覚です。
崇弥さんも、福祉領域は資本経済と距離があると見られがちだと応じます。そこであえて株式会社で福祉をやると、資本経済の側の人から「向こうの人ではなく、自分たちと同じ人が福祉をやっている」と見てもらえるのではないか、という見立てです。
深井さんは、ヘラルボニーがICC ── 起業家や経営者が集まる日本の大型カンファレンス「ICCサミット」のこと。スタートアップやビジネスの第一線の登壇者が集まりますに呼ばれ、そこで自分たちと出会ってこの番組に出ていることも、株式会社だからこそだと指摘します。ただし30年後には、株式会社ではない新しい法人形態が主流になっているかもしれない、とも付け加えました。
崇弥さんは、社会福祉法人やNPOには、それぞれの「村」のカンファレンスがあると説明します。ヘラルボニーは、株式会社というまったく違う法人格の村に、福祉の側から戦いを仕掛けに入り込んでいるイメージだそうです。
樋口さんは、こうしたヘラルボニーの立ち位置を、分かれていた2つの村の「橋渡し」と表現しました。
資本経済的な価値は出さなくていいから、人権などを担っておいて、という役割に置かれてきた
能力主義・成果主義で世の中をアップデートさせる側で、福祉とはあまり通じ合ってこなかった
僕だから結構橋渡しになってると思ってて。資本主義経済の村と、その福祉の村っていうのが今まであんまりこう、相通じるものじゃなかった。
深井さんも、NPOにはNPOの役割があるとしたうえで、NPOのトップにいる人たちは「すげえ巨人」だと語ります。だからこそ自分にとっては株式会社のほうがチャンスがあった、というのが深井さんの実感です。
崇弥さんは、双子はお金持ちになることにそこまで興味がないと話します。市場を広げるより思想を広げ、その先に市場があるという原理を作りたい、という考えです。将来はアートに限らず、いろいろな「異彩」に着目する会社を目指しているといいます。
アートを「第一章」に、次は一等地で出会いを作る
樋口さんは、ヘラルボニーの本に「アートを第一章とする」と書かれていたことに触れ、今後はアート以外にも広げていくのかを尋ねます。崇弥さんは「まさにおっしゃる通り」と答えました。
崇弥さんが最大の難しさだと考えているのは、障害のある人と出会ったことがない人の多さです。障害の歴史編の最終章でも語られたように、51パーセント近い人が障害のある人と触れたことがないといいます。
アートをきっかけに検索する人は増えても、頭の中で障害のイメージができるだけで、実際の体験までは届いていない、と崇弥さんは見ています。そこで、丸の内や銀座のような一等地に、障害のある人が当たり前に働く飲食の業態を広げたいと考えており、2024年に1つ目ができる予定だそうです。
崇弥さんによると、社会福祉法人が一等地に施設を出すのは難しいといいます。近くで問題が起きるのではという意見が多く出て、結果として住民の批判が起きない山の奥へと移っていく傾向があるからです。樋口さんはこれを「実質隔離ですよね」と表現しました。
崇弥さんは、ヘラルボニーが一等地に出ることで、誰もが出会える場所に出ても土地の価値が下がらない、という形を作りたいと話します。
樋口さんは、社会が悪意でそうしているわけではなく、就労支援施設に集められ、閉じた空間で働いて家に帰るのがその人の人生の全てになるケースが多いのではないかと指摘します。出会ったことがある人を50パーセントから60パーセント、70パーセントにしていくには、接点の数が関係すると考えています。
崇弥さんは、とくに知的障害のある人は出会う機会が少ないと補足しました。その生活の流れは、次のように語られています。
送迎つきの施設
福祉施設には基本的に送迎バスがあり、家と施設の往復になる
親亡き後
親が亡くなると、それまでの貯金でグループホームで生涯を終える場合がほとんど
怖い出会い方
一般の人が出会うとしても、公共交通機関で叫んでいて「大丈夫かな」という形になりがち
崇弥さんは、この出会い方をより良いものに変えていくことに切り込みたいと話しています。
「パンを焼くのが得意」も才能ではないか
樋口さんは、ヘラルボニーがまずアートの才能を持つ障害のある人を見いだしているのは、いわば入り口であり、才能はアート以外にもあるはずだと話します。本には、パンを焼くのが得意な人はパンを焼き、掃除が好きな人は掃除をする、という例が書かれていたそうです。
キラキラしたものばっかりじゃないと思うんですよ、僕、才能っていうのを。なんかずっとそれをやれるとか、それを楽しめるとかいうのも本当に立派な才能と思っていて。
楊さんは樋口さんの話に深く同意し、何かをしたい、好きだという気持ちそのものが才能でいいのではないかと語ります。そこに優劣はなくてもいい、という考えです。
何かをしたいとか、何かをやってみたいとか、続けたいとか、そういうそのプリミティブな、素朴な心の動き、気持ちっていうのが、もうそれ自体がもうすでに才能としてあるわけだと思うんですよね。
一方で楊さんは、障害者はその気持ちを持ってはいけないという社会に実質的になってきたのが歴史だと指摘します。社会に迷惑をかける存在だから、隔離して管理された人生を歩ませるのが良いことだとされてきた、という流れです。
楊さんの見方では、ヘラルボニーは才能という言葉に囚われず、人間の根源的な心の動きをすくい上げている存在です。才能を「平均より高い能力」と捉えすぎると、障害の歴史で見た能力主義の行き過ぎにつながる、という話も出ました。
たとえばずっと丸を描き続ける作家の場合、それがアートとして高く評価されるかどうかに関係なく、丸を描き続けること自体がすでに才能だ、という捉え方が語られています。
善意が生む無自覚な差別と、分類せずにいられない人間
崇弥さんは、障害の歴史編全体を聴いて、善意の裏に隠れた無自覚な差別が同じことを繰り返させてきたと感じたそうです。優生思想の始まりも、障害のある人を街ではなく病院に集めることも、善意から始まっていたと知って驚いたといいます。
崇弥さんは、今正しいと思っていることも、30年後、50年後、100年後には違って見えるのだろうと話しました。樋口さんも、国が支援をするには働ける者と働けない者を分ける必要があり、働けない者を障害者とカテゴライズしたことにも悪意はなかったはずだと応じます。
深井さんはこの問題を「すっげえむずい」と言い、自分なりにずっと考えているがまだ答えがないと前置きします。そのうえで、単純に障害者を差別しないようにするのは、人間の特性上難しいと考えています。差別の対象が別のものに移るだけになるからです。
深井さんは、科学的に立証したわけではない仮説だとしつつ、人間はソシュール ── スイスの言語学者(1857〜1913)。言葉の意味は他の言葉との差異や対立によって決まると考え、構造主義の源流となりましたが言うように物事を対立構造で定義すると説明します。「そうであるもの」を作るとき、必ず「そうでないもの」も作ってしまうのが人間の脳の特性だ、という見方です。
さらに深井さんは、今の社会システムは西洋近代哲学を礎にしており、その中心には理性があると話します。そのうえで今大切な理性の使い方は、定義を複層的に持つ訓練だと提案しました。
この観点から見ると、AとBに分かれるが、この観点から見ると、AとBはCとDに分かれるんだと。そういう定義の仕方を一人の人間が頭の中でできるようにするってことですよね。
深井さんは、これは脳の一般的な法則から外れているが、理性的に生きるとはそういうことだと考えています。マジョリティにとっては難しく、訓練の結果としてしか現れないものの、現れればかなりのポテンシャルがある、と語っています。
人を分けるなら「フォルダー」ではなく「タグ」で
樋口さんは深井さんの話を受けて、今の「障害者」という言葉は、日常生活を送れるかどうかという一点でフォルダー分けされている感覚だと話します。一方アートの文脈では、この人のアートは素晴らしいという、まったく別の評価基準で評価されます。
フォルダじゃなくてタグみたいな感覚で世の中を認識していくと近づくって僕思っていて。
深井さんは「その通りだと思います」と返し、だからこそ世界史データベースもタグ付けでやろうとしていると明かします。樋口さんは「繋がった」と喜びました。
日常生活を送れるかどうかという一点で、「そうである人」と「そうでない人」に振り分ける
アートなど別の評価基準も含め、1人の人に複数のラベルを同時に付けて捉える
深井さんは、社会学でいうラベリングを人間はどうしてもやってしまうと話します。大事なのは、ラベリングが1つではなく複数ある状態だという考えです。
知的障害者っていう概念があってもいいと思うんですよね。その側面から見て、そのように分類することができるっていうことは、別におかしいことではない。
深井さんによると、ラベリングがあったからこそ支援できていることもあり、障害と社会福祉の歴史を調べるとそれを痛感するといいます。一方で、どのラベリングにもデメリットがあります。
各ラベリングのメリットとデメリットを理解したうえで、1人の人間が「この時はこう考えよう」と使い分けられれば、かなりの問題がクリアされる、と深井さんは話します。実際に個人でそれができている人もいて、教育はそこを目指したほうがいいと最近は思っているそうです。
深井さんは、これは「クソほどむずい」と繰り返します。ただ、中世ヨーロッパの知識人が、今のような教育を万人に施せると思わなかったように、理論上は可能だとも言います。だからこそ、小さい頃からのインクルージョン教育 ── 障害の有無などにかかわらず、多様な子どもが同じ場で共に学ぶことを目指す教育のあり方。インクルーシブ教育とも呼ばれますには、難しくてもやる価値があると語りました。
深井さんは資本主義を否定しているわけではなく、今の豊かな生活は資本主義のおかげだと言います。ただし資本主義が生んだデメリットは自然物のように決まったものではなく、人々の認知によって変えられるものだ、という立場です。
深井さんが難しいと感じるのは、幸せとは何か、人生で何を達成すべきかといった生活様式全体が一連托生になっている点です。わかりやすい基準に照らして、働き方も結婚も障害者の扱いも決まっているため、障害者の領域だけを変えるのは難しいといいます。
ただ深井さんは、ヘラルボニーのように各領域で動く人が同時多発的に現れれば変化は可能だと見ています。宗教改革や近代、1960年代にもそうした時代はあり、今はインターネットによって非常に多くの人を巻き込んでいる、と語りました。
体育のバレーボールの時間に、人生を閉じ込めていないか
樋口さんは、少し前までは人の価値をすべてお金に換算するとわかりやすい時代だったと振り返ります。優しさも足の速さも頭の良さも、いったんお金というパラメーターにすることで比べやすくなっていた、という見方です。
その結果、お金に換算しにくいものが見捨てられたり下に見られたりしてきた、と樋口さんは話します。稼いでいるかどうかの優劣はなくならないとしても、資本経済以外の価値をいくつ持てるかが重要ではないか、と考えています。
深井さんは、自分が都市生活と農村生活を半々で送っていたら、複数のラベリングがすぐに実感できると例えます。農村では知的障害のある人と一緒に農業をし、都市では得意な知的労働をする、という生活です。
でも僕、多分農村生活でクソほど役立たないんですよ。
樋口さんが「深井さんやばいですからね」と笑うと、深井さんは水を汲むのもこぼしそうだと続けます。一方で、ずっと苗を植え続けられる知的障害のある人もいるはずだ、と話しました。
ただ人間は基本的に1つの生活しかしないため、評価は固定されやすいと深井さんは指摘します。樋口さんも、今のスタンダードでは人を評価するのはたいてい仕事だと応じました。
文登さんは、兄が就労支援施設で革細工を作っていた頃の話を紹介します。長い時間をかけて作ったものが、道の駅で500円や1000円にも満たない金額で売られている現状を見たそうです。
そこから双子は逆張りの発想で、ネクタイメーカーと組み、1本2〜3万円するネクタイからヘラルボニーを始めました。障害イコール安い、欠落ではなく、彼らだからこそできることを広げたい、という思いが語られています。
就労支援施設で時間をかけて作った革細工が、道の駅で500円や1000円にも満たない金額で売られていた
ネクタイメーカーと組み、1本2〜3万円のネクタイとして誰が見ても間違いないクオリティで世に出す
深井さんは、今の生活を形づくる諸条件はたまたま存在しているだけで、10年後に自分が農村生活をしていてもおかしくないと話します。そして、この感覚を体育の授業にたとえました。
僕が体育苦手だったんだけど、体育の時間がバレーボールされて、空間把握能力ないんで、ボールが今どこにあるのかわかんないんですよ。そうすると役立たないわけじゃないですか。
深井さんは、同じことが障害のある人の人生で起きているのも理論上は同じだと続けます。自分はバレーの時間が1時間で終わったから抜け出せたが、封建時代に農民として生まれていたら活躍できなかったはずだ、という話です。
深井さんによれば、人は諸条件でできた「バーチャルな世界」での活躍の有無を、絶対的なものだと思い込んでしまいます。それを理性の力で克服できるのではないか、というのが深井さんの提案であり、ヘラルボニーがアートを具体例に言っていることも抽象的には同じだと考えています。
樋口さんは、これはダーウィンの進化論と同じで、正しいかどうかではなく環境とのマッチングで生き残りが偶然決まる話だと応じました。深井さんは「本来はね」と答えています。
社会福祉は、善意ではなく必要から生まれた
深井さんは、市場経済が強い影響力を持つ社会で、なぜ多様性を意識する必要があるのかという問いに答えるべきだと話します。樋口さんに回答を促され、「ゲストの回で自分の話ばかりになる」とためらいながらも、端的に語りました。
ホモサピエンスという動物は相互扶助をする動物であり、それが生存戦略であると僕は思っていて。その生存戦略に従ったらいいんじゃないって思ってるっていうのが結論なんですよね。
深井さんは、これもダーウィン的には偶然そうだった者が生き残っただけだと補足します。今の人間は、自らの認知の中で「社会淘汰」を作り出している、という見方です。
深井さんは、なぜそれができないのかは脳科学的にも哲学的にも歴史的にもわかってきており、その理由を学んで理性で克服しようとするのが今選ぼうとしている未来だと話します。理性で世界を良くできるという前提で社会システムを作っているなら、そうすればいい、という考えです。
そして深井さんは、社会福祉の歴史の中で出てくる話として、社会福祉が生まれた理由を説明しました。
放置
役に立たないと思われた貧しい人を放っておく
崩壊の危機
放置すると社会が崩壊することがわかる
社会福祉
崩壊させないために、貧しい人を助ける仕組みが生まれる
樋口さんは、支配する側も民衆がいなければ支配構造が成り立たないから、下をちゃんとする必要があった、と整理しました。深井さんは、社会福祉は憐憫の気持ちだけからできたわけではなく、最初から相互扶助の構造があると強調します。
深井さんは、相互扶助が本質的にどういうことかを考え直し、自分の生き方に反映させればうまく回るはずだと話します。ただ理想論者だと思われたくないので言わずにいた、と照れたように明かしました。樋口さんは「全部カットしときますね」と冗談を返しています。
「息子の未来を作ってくれる人たち」という言葉の重み
樋口さんは、深井さんの話を聞いて、小さなところで利益を取らずにみんなで助け合えばいいのにと、以前からふわっと思っていたと話します。世の中に実装できてはいないものの、そちらに向かう流れは感じているそうです。
樋口さんは、ダイバーシティやインクルージョンという言葉を聞く機会が明らかに増え、多くの人が大切さに気づき始めていると見ています。そのうえで、ヘラルボニーはそれを実務レベルで高く実現していると評価しました。
だから息子が幸せになるかどうか、おそらく(松田兄弟の)二人にかかってる。
深井さんは「めちゃくちゃ責任あるじゃないですか」と受けつつ、家族以外も子どもを育てる、社会で育てるという側面を増やすべきだと話します。核家族ではない相互扶助のコミュニティに、いろいろなタイプの人がいる状態が望ましいという考えです。
その人の存在を知らずに育って、なんか二十何歳ぐらいでいきなり知らされて受け入れがたいみたいな環境をやっぱ避けた方がいいよね。
深井さんは、今回のシリーズでは普段聞き役の樋口さんがいつもよりよく喋っていたと振り返ります。深井さん自身も喋らないようにしていたものの、後半は我慢できなかったと笑っていました。
「支援」から「尊敬」へ、タッチポイントをどう増やすか
言い残したことを聞かれたゲストは、歴史からも学びながら生きたいと話します。そのうえで、特別支援学校も就労支援も「支援」という言葉がついていることに触れました。
ゲストによると、これまでの障害福祉は、できないことをできるようにし、どれだけ社会生活を送れるようにするかというノーマライゼーション ── 障害のある人も、ない人と同じように地域で普通の生活を送れるようにすべきだという考え方。1950年代の北欧で提唱され、福祉の基本理念として広まりましたの考え方でした。これからは、すでにできていることや得意なこと、好きなことに社会や企業の側が合わせる方向へ変えたい、と語っています。
「支援」の文脈。できないことをできるようにし、社会生活に適応させる
「尊敬」の文脈。得意なこと・好きなことに社会や企業が合わせ、資本主義と結びつける
樋口さんは、これは障害の歴史編で出てきた社会モデル ── 障害は個人の心身にあるのではなく、社会の側の仕組みや環境が生み出しているとする考え方。医学モデルと対比されますだと整理します。深井さんは、障害と社会福祉の歴史を学んで強く思ったのは、「役に立っていない」という認知が間違っているということだと話しました。
実はやっぱり相互に必要としているっていうものの中で、このスケールで見ると役に立ってないんだけれども、みたいなことをなんか理解しないとずっとコストになるよなって思ってます。
深井さんは、同じことは会社の中でも社員同士や社長から社員に対して起こり、自分もやってしまっていると認めます。それを理性と呼ぶかは悩むものの、訓練でできる気はしていて、それが教養かもしれないと話しました。
ゲストは、講演を聞いた中学生が帰宅後に「知的障害のある人ってどんな人?」と親に尋ねたというエピソードを紹介します。小学校や中学校から受験がある環境では、学歴が高い人ほど障害のある人に会わない人生になっていく、という問題意識です。
電車やバスでしか出会いがないと、公共交通機関で迷惑をかけている人という印象になりかねません。崇弥さんは、障害のある人と時間を共有する場を作る役割をヘラルボニーが担えたらいい、と締めくくりました。
TEDの「異彩を、放て」に樋口さんが号泣した理由
最後に樋口さんは、松田兄弟がTEDに登壇した動画を紹介します。YouTubeに上がったばかりのその動画では、ヘラルボニーという名前が、兄の翔太さんがノートに書いた言葉に由来することが語られます。
樋口さんによると、講演の最後に兄弟は「兄と3人で作った会社です」と翔太さんを壇上に上げ、理念の「異彩を、放て」を3人で声を揃えて言おうとします。翔太さんは正しいリズムでは言えず、2人からかなり遅れて、誰よりも大きな声で「放て」と言ったそうです。
正しいリズムで全然言えないんですけど、誰よりも強い言葉で「放て」ってお兄さんが言うんですけど、僕もう号泣しちゃって。
崇弥さんは、TEDの動画を家族や親戚みんなで見てから、理解のなかった夫や祖父が変わったと、店で泣きながら伝えてくれた母親がいたと紹介します。当事者だけでなく、その周りの人も含めて変わっていけるようにしたい、と改めて感じたそうです。
樋口さんは、息子さんが生まれた直後に手術を受け、医師から「手術しなければ亡くなっていた」と言われた経験を語ります。そのとき、医学を発展させてきた人々のおかげで息子が助かったと、西洋医学に深く感謝したといいます。
へらるぼにさんがされてることって、そういう人たちを生きていいんだよって、西洋医学のように手を差し伸べる活動をもうすでにやられてるんだなと思った。
樋口さんは、ヘラルボニーも息子を生かしてくれている人の1人だと感じており、すでに感謝していると伝えました。こうした時間が後の歴史に何かしらの積み重ねになっていく、という言葉とともに、後編は幕を閉じます。
まとめ
ヘラルボニー後編は、株式会社で福祉とアートに挑む意味から始まり、才能の捉え直し、ラベリングを複層的に持つ理性、相互扶助としての社会福祉へと話が深まりました。最後に浮かび上がったのは、障害のある人と良い形で出会い、時間を共有する場を社会にどう増やすかという課題です。
- 株式会社という形は、福祉の村と資本主義の村を橋渡しする役割を果たしていると語られた
- 「好き」「続けたい」という気持ちそのものを才能と捉え直す視点が示された
- 深井さんは、人を1つのフォルダーではなく複数のタグで見る理性の訓練が必要だと提案した
- 社会福祉は憐憫だけでなく、社会を崩壊させないための相互扶助の必要から生まれたと説明された
- 51パーセント近い人が障害のある人と触れたことがない中で、出会いのタッチポイントを増やすことが重要だとされた




