世界一周が数ヶ月に。第一次グローバリゼーションとは
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第一次世界大戦編は、今回から本編に入ります。まずテーマになるのは、大戦に至るまでの技術面の発達です。
深井さんによると、今回と次回の内容は、板谷敏彦さんの『日本人のための第一次世界大戦史』を大きく参考にしています。1冊の本から1話を組み立てるのは珍しいそうですが、それくらいわかりやすい本だと勧めています。
(この本から)1話構成するっていうのは結構珍しいんだよね。けど、そんぐらいわかりやすかった。すごいおすすめ。
深井さんが最初に取り上げるのは、1870年ぐらいから1914年ぐらいまでの、大戦前の半世紀です。この時代は列強 ── 19世紀後半から20世紀前半にかけて、軍事力と経済力で世界に大きな影響を及ぼした大国群。イギリス、フランス、ドイツ、ロシアなどを指すのが一般的ですの時代と呼ばれる一方で、グローバリゼーションの時代とも呼ばれます。
インターネットが普及した現代もグローバリゼーションの時代と言われますが、深井さんは、世界一周旅行が初めてできるようになったこの時期に第一次グローバリゼーションが達成されていたと説明します。
実はね、第一次グローバリゼーションというのがこの時代にあるんですよね。
第一次グローバリゼーションの原動力として大きかったのが蒸気船です。1865年にアメリカの南北戦争が終わると、1867年ぐらいから蒸気船でサンフランシスコと横浜と香港が結ばれました。深井さんは、坂本龍馬が殺された年で、その翌年が明治維新だと補足しています。
ナポレオンの時代なら何年もかかるはずだった世界一周が、蒸気船によって数ヶ月でできるようになりました。人の交流が一気に広がる状況が生まれたわけです。
さらに1869年には、アメリカで大陸横断鉄道が開通します。それまでサンフランシスコからニューヨークへはパナマを通る大回りの船旅でしたが、鉄道で一気に行けるようになりました。同じ頃にスエズ運河も開通し、欧州とアジアの距離も大きく縮まります。
1871年には、今のドイツの中核になったプロイセン ── 神聖ローマ帝国の分裂後に台頭した北ドイツの王国。軍事力を背景にドイツ統一を主導し、1871年のドイツ帝国成立の中心になりましたとフランスの普仏戦争 ── 1870〜1871年にプロイセンを中心とするドイツ諸国とフランスの間で行われた戦争。プロイセン側が勝利し、ドイツ帝国の成立につながりましたが終わります。戦争に使われていた鉄道が旅行に使えるようになり、大戦の前に、ある意味で平和な時代が訪れたと深井さんは話します。
交通だけでなく、情報の伝わり方も変わりました。有線で電気信号を送る電信が発明され、1866年ぐらいには日本や香港、大西洋を横断する電信ケーブル網がつなげられ、情報も1日、2日で届くようになります。
電信ケーブルが一番使われたのは証券取引でした。鉄道を作るための鉄道債や株式の売買にこの通信網が使われ、ロンドンを中心に盛んなやり取りが行われたといいます。
大戦前の交通と通信の変化は、年代を追って並べると次のようになります。
仲の悪い列強同士? 実は金融でつながっていた欧州
第一次世界大戦というと、ヨーロッパの列強が争い合っていたイメージがあります。樋口さんも、勉強する前はお互いに仲が悪かったのだろうと思っていたそうです。
「争ってるからお互いどうせすごく仲悪かったんだろう」っていうイメージはなんとなく僕も勉強する前に持ってたんですけど、実はそうではないんですね。
樋口さんによると、大戦前の列強は小競り合いこそあったものの、それ以上に貿易や投資、金融を通じて距離が近くなり、一つになりつつありました。
そんな別にいつも24時間365日ずっと戦争とかもうバチバチやってたわけじゃないんですよね。
深井さんは、列強の結びつきの背景に資本主義の勃興があると説明します。自由主義経済のもとで貿易を盛んにしようという流れを、イギリスが牽引していました。
金融市場や株式会社同士のやり取りが増え、日本の明治政府もイギリスから軍艦を買っていました。ドイツやフランスでは、やり取りが活発になるにつれて為替リスクを下げるために金本位制 ── 通貨の価値を金と結びつけて保証する制度。各国が採用すると通貨間の交換比率が安定しやすくなり、国際的な貿易や投資を支えましたを採用していったと深井さんは話しています。ただし深井さん自身、この辺りの表現はあまり正確ではないかもしれないと断っています。
帆船から装甲艦へ。軍艦はどう「軍艦」になったのか
深井さんは次に、蒸気船が軍事にどう取り込まれていったかを詳しく話します。出発点は、フランス革命後にナポレオンが皇帝となり、欧州諸国と戦ったナポレオン戦争の時代です。
ナポレオン戦争の頃の海戦、たとえばイギリスとのトラファルガーの海戦 ── 1805年、スペイン沖でイギリス艦隊がフランス・スペイン連合艦隊を破った海戦。ネルソン提督の指揮で知られ、イギリスの制海権を決定づけましたは、帆船が横一列に並んで大砲を撃ち合う戦い方でした。深井さんは、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のような場面を想像するとわかりやすいと言います。
大砲が横についてて、船の一列に並んでボンボンボンボン撃ち合うみたいな、ああいう戦争なんですよね。
帆船同士の撃ち合いで相手をボコボコにしたあと、近づいて乗り込んで倒すのが当時の海戦でした。こうした船は戦列艦と呼ばれます。
1807年には、アメリカ人が蒸気機関を小型船に搭載します。船の両側に水車のような外輪をつけて進む仕組みでした。
外輪船は、最初は軍艦に使われませんでした。船の横に砲台を並べるのが当時の軍艦なのに、横に外輪をつけると砲台を置けなくなるからです。そのため外輪船は、砲台のいらない民間でスピードを磨き、やがて軍用にも使われていきます。
もう一つの発明が炸裂弾です。深井さんは、赤壁の戦いのように、船は燃やすと強いと話します。ただ火を扱うと自分の船まで燃える危険があり、火薬は使いたくてもなかなか使えませんでした。
だけどあれ(火を使う攻撃)ってすっごく諸刃の剣で。火を扱うってなると自分が燃える可能性あるじゃん。
そこでフランス人のペクサンが、火薬と砲弾をうまく組み合わせたペクサン砲を作り、炸裂弾を生み出します。着弾すると爆発して燃やす炸裂弾の前では、木造の船はひとたまりもありませんでした。
炸裂弾から身を守るため、軍艦を鉄の鎧で覆った装甲艦が登場します。攻撃の技術が上がると、それに合わせて防御の技術も発達していったわけです。
推進装置も変わります。スクリューは外輪と同じ時期からありましたが、小さくて非力に見えたため使われていませんでした。実際に走行テストをしてみるとスクリューのほうが速く、主流になっていきます。
スクリューってちっちゃいじゃん。ほんと速く行くの?みたいな(疑問が当初はあった)。
鉄で覆われた重い船を動かすためにエンジンの改良も重ねられ、船体は120メートルを超えるものも出てきます。江戸幕府は最初オランダから、日露戦争の頃にはイギリスから軍艦を買うようになりました。
炸裂弾、装甲艦、外輪からスクリューへの変化が組み合わさり、近代的な軍艦が形づくられていった流れは、次のように整理できます。
帆船の戦列艦
横一列に並んで大砲を撃ち合い、近づいて乗り込む
蒸気の外輪船
民間でスピードを磨き、やがて軍用にも使われる
炸裂弾
着弾すると爆発して燃やし、木造船を一撃で危険にさらす
装甲艦とスクリュー
鉄の鎧で身を守り、より速いスクリューで進む
大型の軍艦
エンジンが改良され、120メートルを超える船も出てくる
鉄道が役立ったのは攻撃ではなく補給だった
軍艦に続いて深井さんが挙げるのが鉄道です。株式会社はもともと自由に作れませんでしたが、鉄道を作るのに便利だとわかり、株式会社の形で鉄道を作っていく流れが生まれました。
鉄道会社は、最初は線路を貸すビジネスをしていました。樋口さんが「サブスクだ」と反応すると、深井さんも「ハードウェアサブスク」のようなものだと応じ、やがて線路と車両をまとめて作るようになったと続けます。
ある時期から、鉄道を戦争に使えるのではないかという話が出てきます。当初は、鉄道は攻撃に役立つと考えられていました。
ところが実際に使ってみると、鉄道が最も力を発揮したのは攻撃ではなく補給だったと深井さんは説明します。
敵国に攻め込むってなるとですね、敵国の線路のゲージ、幅がね、違ったりするわけ。
敵国の線路は規格が違ううえ、攻め込まれるのが怖い敵は線路を壊してしまえば済みます。一方で、自分の前線の直前までは鉄道で来られるので、人員を運び、物資を届けることには非常に役立ちました。
敵地へ攻め込むのに役立つと考えられていたが、線路の規格の違いや破壊で進めない
自国の前線の直前まで人員と物資を運べ、補給に大きく役立った
樋口さんは、鉄道によって運用できる兵力が莫大に増えたと指摘します。馬や台車、徒歩に頼っていた移動が、大量の人員を短い時間で特定の地域に集結させられるものに変わりました。
深井さんは、軍事史上のもう一つの大きな違いとして、食料の現地略奪が不要になった点を挙げます。馬で運ぶ時代は馬の餌だけで膨大な量になり、送れる物資が限られていたため、軍は現地で略奪しながら移動し続けるしかありませんでした。
(鉄道で)結局長時間1か所に大量の兵士を留めておけるようになったんですよ。
その結果、世界大戦では一つの場所で何ヶ月も戦い続ける硬直した戦いが生まれ、多くの兵士が亡くなることになります。樋口さんは、撤退するハードルも高くなっていたのではないかと応じています。
一番の立役者は株式会社? こんなはずじゃなかった技術たち
鉄道、蒸気船、軍艦とテクノロジーが揃っていく流れに、樋口さんは「人間すげえ」と驚きます。深井さんは、その一つ一つの技術が世界大戦をあの規模にするのに役立ってしまったと話します。
アクション映画とかでさ、仲間が1人ずつ死にながら最後に役立って死んでいったりするやつあるじゃん。なんか本当なんかあんな感じ。
話題は、戦争が技術を発展させるのかという問いに移ります。「戦争が技術を進化させる」という俗説に対し、深井さんは、社会の要望があれば技術は発展するもので、戦争だけではないと答えます。樋口さんは、命がかかって追い込まれる戦争ではスピードは上がるかもしれないと付け加えています。
深井さんによると、鉄道の発達にも軍艦にも、株式会社が大きく貢献しています。鉄道には国家もかなり関わっていましたが、それでも株式会社の役割は圧倒的だったといいます。
樋口さんは、研究して社会に実装し量産するにはリソースの集約が必要で、利益を再投資できる株式会社がそれを担えたと整理します。深井さんは、国家予算で公務員が開発する場合と比べて、株式会社には競争とインセンティブがあるため生産性が上がりやすいと説明します。
深井さんは、イギリスで発達した資本主義がグローバリゼーションで世界に広がり、その影響を受けた日本が明治維新を起こしたと話します。さらにフランス革命の人権の概念も重なり、すべてが絡み合っていると続けます。
樋口さんは、国家だけが武器を作っていたら、敵国になるかもしれない国へ輸出はしないはずだと気づきます。深井さんも、マーケットがあれば売れる株式会社と、自国の論理で動く国家の違いを指摘します。
公務員が国家予算で開発し、インセンティブが弱い。敵になりうる国には政治的な理由で売らない
競争と利益の再投資で開発が進む。マーケットがあれば遠い国にも売れ、イギリスが日本に軍艦を売れた
ただ、株式会社が世界の生産性を上げたことが、結果として国の戦争を増進させてしまいました。深井さんは、蒸気船を開発した人も電信を開発した人も、戦争に使おうとは思っていなかったと話します。
深井さんは、ダイナマイトを土木工事のために作ったのに戦争で使われて悲しんだとされるノーベルの例も挙げ、大戦前にもこんなはずじゃなかったという出来事が起きていたとまとめます。
テクノロジーが戦争に与えた影響はまだあり、次回に続きます。深井さんは、この後がさらにすごいと予告しています。
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まとめ
第一次世界大戦前の半世紀は、蒸気船や電信で世界がつながった第一次グローバリゼーションの時代でした。平和な目的で生まれた技術と、それを広めた株式会社が、結果として大戦の規模を押し広げていったと語られています。
- 1870年ぐらいから1914年ぐらいは、蒸気船・鉄道・電信で世界一周が数ヶ月になった第一次グローバリゼーションの時代だった
- 列強は争うだけでなく、貿易や金融でつながりつつあった
- 炸裂弾、装甲艦、スクリューなどの発明が重なり、近代的な軍艦が生まれた
- 鉄道は攻撃より補給に役立ち、大軍を長期間1か所に留める戦いを可能にした
- 深井さんは、技術発達に最も貢献したのは株式会社であり、それが皮肉にも戦争を増進させたと話している







