不死を求めて暗闇を抜けるギルガメシュ ── 古代メソポタミア最古の物語が語る死への旅路
歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)のギルガメシュ編第7話では、深井龍之介さん・樋口聖典さんが、友エンキドゥの死を経て不死を求めて放浪の旅に出るギルガメシュの姿を追います。サソリ人間、闇のトンネル、死の海──古代人にとっての「夜」や「暗闇」の意味を掘り下げながら、現代にも通じる生と死のテーマを描き出しています。その内容をまとめます。
友の死と不死探索の決意
ギルガメシュ古代メソポタミア最古の英雄譚の主人公。紀元前2600年頃のウルク王をモデルにした伝説的な王。半神半人の設定で描かれる。は、無二の親友エンキドゥ神々が粘土からつくった野生の戦士。ギルガメシュの暴虐を止めるために送られたが、戦いの末に親友となった。の死によって、死に対する根源的な恐怖に囚われます。重くて軽い「生きる意味」を問い、喪失に打ちのめされた王は、不死を求めて旅に出ることを決意しました。
その旅の目的地は、大洪水旧約聖書のノアの洪水のルーツとなった古代メソポタミアの伝説。神々が人間を一掃しようとした出来事で、アトラハシス(ウトナピシュティム)だけが生き残った。から生き残った人間、ウトナピシュティム大洪水を生き延びた唯一の人間。神々によって不死を与えられた存在。番組内では親しみを込めて「ウッディ」と呼ばれている。(愛称:ウッディ)のもとです。ギルガメシュは、この人物に不死の秘密が隠されていると考えたのです。
「私もいつかエンキドゥのように死ななければならないのか。悲しみが私の心をいっぱいにしてしまった。私は死が恐ろしい」
こうつぶやきながら、ギルガメシュは野原を横切り、山の狭間へと進んでいきました。都市国家の城壁の外は、文明に対する「野蛮な世界」であり、様々な危険が待ち受けています。
野獣を倒し続ける孤独な旅路
放浪の途中、ギルガメシュは山の麓でライオンに遭遇しました。夜で月が出ていたようです。月神シンメソポタミアの月神。癒しや安産の神として信仰された。夜の旅路でギルガメシュに力を与えた存在。に祈って力を得たギルガメシュは、剣を抜いて突き進み、ライオンを倒しました。
その後もクマ、ハイエナ、ライオン、ヒョウ、トラ、大きな鹿、野生のヤギなど、次々と荒野の動物たちを殺していきます。襲ってきたから殺したものもあれば、空腹のために肉を食べるためのものもあったでしょう。
服はボロボロになり、殺した獣の毛皮を着るようになりました。これは出会う前のエンキドゥのような姿です。文明人だったギルガメシュが、野蛮な外見に戻っていく象徴的な変化といえます。
夜になると、死の恐怖に囚われました。夢を見て目を覚ますたびに「ああ、自分はまだ死んでいない」と安堵し、斧や大剣を傍らに置いて闇に向かって素振りをする――。これも恐怖心を振り払うための行動だったのでしょう。
サソリ人間との遭遇と暗闇の世界
放浪の末、ギルガメシュはマーシュ山ギルガメシュ叙事詩に登場する山。地下世界への入り口がある場所として描かれる。に到達します。その麓には地下に向かう入り口があり、そこを守っていたのが恐ろしい姿をした「サソリ人間」でした。
番組では、映画「ハムナプトラ2」に登場するドウェイン・ジョンソン演じるスコーピオン・キング2001年の映画「ハムナプトラ2/黄金のピラミッド」に登場する敵キャラクター。上半身は人間、下半身はサソリという姿で描かれる。のイメージが紹介されています。下半身がサソリで、手がハサミになっている――リアルで出会ったら間違いなく恐怖です。
「これはリアルで出てきたら怖いな」
サソリ人間は夫婦で、夫の方がギルガメシュに問いかけます。「お前はなぜこんな遠い道のりを旅してきたのか。渡ることの難しい海を横切ってまで、お前がここに来た目的は何なのか」
ギルガメシュは答えました。「悲しみと苦しみがあろうとも、寒さと暑さがあろうとも、ため息と涙があろうとも、私は生きたいのだ。さあ、山の近道の入り口を開けてくれ」
ギルガメシュはおそらく、いかに苦難を乗り越えてきたか、いかに死を恐れているかを語ったのでしょう。サソリ人間はこれを聞いて、「なら行け、ギルガメシュよ。この山を越えることを許してやろう。元気で戻ってくることだ」と祝福の言葉をかけました。意外にも優しい存在だったのです。
ギルガメシュは地下道に入りました。そこは暗黒が立ち込め、光が一切ない世界でした。闇で前後左右が見えず、ギルガメシュは叫びながら進んだといいます。これは恐怖心をごまかすためか、音の反響で自分の位置を知るためだったのかもしれません。
古代人にとっての「夜」と「暗闇」の意味
ここで番組は、古代人にとっての「暗闇」と「夜」の受け止め方について掘り下げます。これは現代人とはインパクトが大きく異なるものでした。
現代人は、ニコラ・テスラ1856〜1943。セルビア出身の発明家・電気技術者。交流電流システムの開発者として知られる。やトーマス・エジソン1847〜1931。アメリカの発明家。白熱電球の実用化により、夜を昼のように照らす技術を確立した。の後の時代に生きています。電気と電球によって暗闇を克服し、夜になっても昼と変わらない生活ができる世界です。昼と夜は連続しており、圧倒的に**視覚優位**な世界なのです。
しかし古代は違います。昼は視覚優位ですが、夜になるとほとんど何も見えません。ろうそくや月の光ぐらいしか光源がないため、夜は聴覚や触覚が優位になります。つまり、**昼夜で感覚の配分がスイッチする**のです。
さらに、夜は鬼や神、怨霊、怪物など、この世ならざる存在が出現する時間帯でした。これらの存在は昼には姿を見せず、人間の視覚がシャットダウンされた夜にのみ現れます。ゲームで例えるなら、マイクラで夜になるとゾンビが出現するようなものです。
つまり、昼と夜とでモードが変わっている感覚なのです。だからこそ、古代の人々にとって夜や闇は**根源的な恐怖を刺激する空間**だったのです。
ギルガメシュが暗闇に向かって武器を振るう行為も、現代人の100倍ほどの恐怖心を味わいながら、なんとかそれを打ち払おうとする抵抗だったのでしょう。
楽園の女将シドゥリからの提案
ギルガメシュは暗闇から抜け出し、華やかな光景が広がる場所にたどり着きました。ラピスラズリ古代から珍重された青色の宝石。メソポタミアでは神々の世界を象徴する色とされた。の木や赤い宝石の木々が生え、ブドウの実や果実が垂れ下がる楽園です。そこは海の近くで、神々の領域に属する空間でした。
そこには建物があり、客にぶどう酒を飲ませる店の窓から、女性の顔が見えました。シドゥリギルガメシュ叙事詩に登場する女将。楔形文字に神を示す「ディンギル」の印がついていることから、神の化身とされる。という女将で、おそらく神の化身でした。
シドゥリはボロボロの姿のギルガメシュを見て、殺人者かもしれないと恐れ、店をすべて閉めてかんぬきまでかけます。ギルガメシュは「私は杉の森でフンババを打ち倒した者だ」と説明し、ようやく話を聞いてもらえました。
シドゥリに対しても、ギルガメシュはエンキドゥの死と自分の悲しみを語ります。エンキドゥは死んで起き上がってくれないこと、鼻からウジ虫がこぼれ落ち始めたこと、死が恐ろしくてたまらないこと――。
これを聞いたシドゥリは、ギルガメシュに生き方を提案しました。**限りある命を前提に、今を大切にして生きたらどうか**、という提案です。
「ギルガメシュよ。あなたの求める命は見つからないでしょう。神々が人間を創られた時、永遠の命は彼らの手元にとどめて、人間には死を割り振られたのです」
シドゥリは続けます。「あなたは自分のお腹を満たし、昼も夜も踊って楽しみ、毎日宴を開きなさい。服を綺麗に着飾り、頭を洗って水を浴び、あなたの手に捕まる子供をかわいがり、あなたの胸に抱かれた妻を喜ばせなさい。それが人間のなすべきことだからです」
これは「今ここ思想」とも呼べる価値観で、現代にも通じるものです。日々の日常を一生懸命生きよう、という生き方の提案です。
しかし、ギルガメシュはこの生き方を受け入れませんでした。「私は友の死ゆえに心が本当に苦しんでいる。必死なんだ。シドゥリさん、あなたは海辺に住んでいるから知ってるでしょう? ウトナピシュティムが住む場所への行き方を教えてくれ。どんな大海原だろうと渡ってみせる」
死の海を渡ってウトナピシュティムと対面
シドゥリは「いまだかつてこの死の海を渡った者はいない。そこを行く者は誰も戻れない。太陽神シャマシュの他に誰も渡れない」と言いながらも、ウトナピシュティムに仕えている船頭ウルシャナビギルガメシュ叙事詩に登場する船頭。ウトナピシュティムに仕えており、死の海を渡る唯一の方法を知る人物。を紹介しました。
ギルガメシュはウルシャナビを探し出し、またしても身の上話をします。「私の愛した友は粘土になってしまった。私も彼のように死の床に横たわるのだろうか?」
ウルシャナビは承諾しましたが、条件がありました。森に行って木を切り、船を漕ぐための棹をたくさん作ってほしい、というものです。死の海に棹を差し込んだ瞬間から使えなくなるため、どんどん新しいものと入れ替える必要があるのです。
ギルガメシュは森に行って材木を切り出し、全部で**120本**の棹を作りました。まさにRPGのクエストのようです。
「マジで思った。百二十個を集めてきたら、乗せて船で海を渡って差し上げよみたいな」
二人は海に漕ぎ出しました。死の海は過酷で、棹が次々とダメになり、手が触れたら人も死ぬほど危険です。120本すべてを使い尽くした後、ギルガメシュは自分の服を脱いで帆の代わりに腕で高く掲げ、風を捉えてなんとか船を進めました。
ついに、ウトナピシュティムに会えました。彼は家族と一緒に永遠の命を得て、二つの川が合わさる場所に住んでいました。
ウトナピシュティムはギルガメシュに尋ねます。「なぜあなたはやつれているのか、元気がないのか」
ギルガメシュはまた、エンキドゥのことと死の恐怖について語りました。すると、ウトナピシュティムは呆れたように言います。
「ほう、ギルガメシュよ。お前は叶うことのない不死を探し回っている。それだといつまでも悲しみが続いてしまう。お前は神々が手間暇かけて作り上げた存在で、賢いはずなのに、なんでそんなバカなの?」
辛辣な言葉です。ウトナピシュティムは続けます。「お前は不死を探し回って、勝手に自分を疲れさせて、余計に悲しみを味わっている。そうしているうちにお前の寿命はどんどん近づいていっている」
さらに言います。「神々が人間の生きること、死ぬことの運命を決めたんだ。人間自分ではどうにもならん。死はどんな人間も例外なくへし折ってくる。人間はいつ死ぬか、いつ生まれるかもわからない」
つまり、人間は死を回避することはできない。ただ、神々に仕えることによって、現世の災いを遠ざけることができるかもしれない――これが、古代メソポタミアの伝統的な価値観でした。
しかし、やはりギルガメシュは納得しません。ウトナピシュティムは不死を獲得しているのに、なぜ自分には無理だと言うのか?
「やっぱ僕はギルガメシュ目線になると、いやいやうるせえ不死くれやと思います」
実は、ウトナピシュティムが不死を得たのは彼の努力によるものではなく、神々が与えたものでした。大洪水から生き残ったことで、たまたま不死を授けられたのです。次回、その経緯が明らかになります。
まとめ
ギルガメシュ編第7話では、友エンキドゥの死によって死への恐怖に囚われたギルガメシュが、不死を求めて暗闇と死の海を越える旅が描かれました。
この回で特に印象的だったのは、**古代人にとっての「夜」と「暗闇」の意味**です。電気のない世界では、夜は昼と異なるモードに切り替わる時間帯であり、視覚がシャットダウンされた空間で異界の存在が現れる恐怖の時間だったのです。
また、シドゥリやウトナピシュティムから提案された**生き方のバリエーション**も興味深いものでした。「今を楽しむ」「神々に仕える」という二つの価値観は、現代にも通じるテーマです。しかし、ギルガメシュはどちらも受け入れず、不死への執着を捨てません。
果たして、ギルガメシュは不死を手に入れることができるのか? ウトナピシュティムはどのようにして不死を獲得したのか? 次回、その答えが明らかになります。
- ギルガメシュはエンキドゥの死後、不死を求めて孤独な放浪の旅に出た
- 古代人にとって夜と暗闇は昼と異なるモードの世界であり、根源的な恐怖の対象だった
- サソリ人間、暗闇のトンネル、死の海など、様々な試練を乗り越えてウトナピシュティムにたどり着いた
- シドゥリは「今を楽しむ」生き方を、ウトナピシュティムは「神々に仕える」生き方を提案したが、ギルガメシュは受け入れなかった
- ウトナピシュティムは不死を得ているが、それは彼の努力ではなく神々が与えたもの(次回、その経緯が明らかに)

