なぜウトナピシュティムだけが不死になれたのか
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前回、ギルガメシュはついに不死の人ウトナピシュティム(番組内の愛称は「ウッディ」)に会えました。しかし、不死になる方法は教えてもらえていません。
楊さんによると、ギルガメシュが求めていたのは人生論ではありません。どう生きるかという答えではなく、死を超える命そのものを欲しがっていたといいます。
本当そうなの。能書きたらたらうるせえんすよ。早く俺を不死にしろって思ってます。
ギルガメシュはウトナピシュティムに、力強い英雄にも見えない普通の人間が、どうやって永遠の命を得たのかと直球で尋ねます。そこで語られたのが大洪水の顛末です。楊さんは、大洪水の伝説には言語やバージョンごとに細部の違いがあり、今回話すのはその1つだと断っています。
神エンリル ── 古代メソポタミアの神々の中で最高位に近い神。番組では神々の「社長」のような立場として語られていますが洪水を起こして人類を滅ぼしたあと、ほかの神々はその威力におびえて泣いたといいます。一方、方舟の中にいたウトナピシュティムは、洪水が引いて光が差し込むのを見ます。船はニッシルの山にとどまっていました。
ウトナピシュティムは鳩、ツバメ、大きなカラスの順に鳥を放ちます。鳩とツバメは休む場所がなく戻ってきましたが、カラスは餌を食べ、鳴きながら飛び回って戻りませんでした。これで外が安全になったと知り、残りの鳥を解放して神々に犠牲を捧げます。
方舟を見たエンリルは、人間は一人として生き残ってはならないのにと怒ります。これに対して神エア ── 知恵と水の神。人間に洪水を知らせてウトナピシュティムを助けた神として、この物語に登場しますは、罪ある人間だけを罰すればよかった、洪水の代わりにライオンやオオカミ、飢饉やペストで人間の数を減らせばよかったと反論します。
楊さんはこのエアの言葉に、人間が増えすぎると病気や貧困、戦争などの災いが起きるという、当時の人々の世界観が表れていると読み解いています。
さらにエアは、神々の秘密を漏らしたのは自分ではなく、夢を見せただけで、ウトナピシュティムが自分で読み解いたのだと言い逃れます。楊さんは、ここにエアのずる賢さが出ていると紹介しています。
結局、エンリルはウトナピシュティムを受け入れ、彼とその妻を神のごとき存在にすると祝福します。人間から神へ「アップグレード」され、不死になったわけです。
ウトナピシュティムはこの話をしたうえで、お前のために神々がわざわざ集まってくれるのかとギルガメシュに問います。楊さんの解釈では、ウトナピシュティムの不死は神々の政治的な折り合いによる例外中の例外であり、自分の努力で得たものではないと伝えたかったのだろうといいます。
6日6晩眠らない試練と、腐っていくパン
それでもギルガメシュは納得せず、なおも食い下がります。そこでウトナピシュティムが与えたのが、6日と6晩眠らずにいられるかという試練でした。
楊さんによると、この試練は不死の世界に加われるかどうかの通過儀礼です。かつてギルガメシュは、親友エンキドゥ ── ギルガメシュの無二の親友。神々に死を定められ、その死がギルガメシュを不死探求の旅へ駆り立てましたが生き返るのを7日と7晩待ったものの、エンキドゥは起き上がりませんでした。そのため、6日6晩や7日7晩の眠りは、取り返しのつかない死の確定を表すメタファーだと考えられるといいます。
樋口さんが、ウトナピシュティムにそんな資格を決められるのかと尋ねると、楊さんは、神にアップグレードされた存在なので決められると思うと答えます。ギルガメシュを諦めさせるために、あえて無理な試練を出した可能性もあると付け加えています。
結果は、試練が始まる前から見えていました。ギルガメシュは大洪水の話を聞いている途中で、すでに寝落ちしていたのです。ウトナピシュティムは妻に、永遠の命を求める英雄も眠さには勝てないようだと話します。
ウトナピシュティムは、ギルガメシュに眠っていた日数をわからせるため、妻に毎日パンを1つ焼かせ、枕元に置かせました。ギルガメシュは結局6日間眠り続けます。
1つ目
すっかり腐っている
2つ目・3つ目
悪くなり、湿っている
4つ目・5つ目
皮が白くなってカビが生え、色が変わる
6つ目
焼きたてのまま
7日目に起こされたギルガメシュは、少し一眠りしたようだと言います。ウトナピシュティムは枕元のパンを見せ、眠ってから6日が経っていることを示しました。楊さんは、ギルガメシュが死すべき人間の宿命から逃れられないことを、物語が改めて強調していると読んでいます。
若返りの草を手に入れたのに、なぜ蛇に奪われたのか
帰り支度が進むなか、パンを焼いていたウトナピシュティムの妻が、はるばるやってきたギルガメシュに何かお土産を持たせてはどうかと助け船を出します。
妻の言葉を受けて、ウトナピシュティムは命の秘密、神々の秘密を教えると言います。お土産と聞いた樋口さんの反応は、福岡らしいものでした。
僕なんか博多通りもんぐらいかと思った。お土産っていうから。
楊さんによると、ウトナピシュティムという名前は「生命を覗き見た者」という意味です。彼が教えたのは、海の底に人間の命を新しくし、老人を若くする草があるという秘密でした。草の名前はシープ・イッサヒル・アメルとされています。
楊さんは、その場で草を手渡すのではなく、自分で取りに行かせる点に注目します。不死を得るためのコストを、ギルガメシュ自身が払わなければならないことを示しているのかもしれないといいます。
草があるのは、シリーズ初回か2回目で紹介された古代メソポタミアの世界観にある地下の「深淵」、人間界から隔絶された生命の源の海でした。ギルガメシュは両足に石を縛り付けて潜り、バラのようなトゲのある草を手に刺されながら手に入れます。
ウルクに帰ったら老人に食べさせて試そう、自分も食べて若返ろうと、ギルガメシュは浮かれます。しかし楊さんは、ここでギルガメシュはミスを犯した、その場で食べればよかったのにと言います。
帰り道、泉で水浴びをしている間に、ギルガメシュは草をその辺に置いていました。すると草の香りに誘われた蛇がやってきて、食べてしまったのです。
それはダメよ。そんなね、貴重品をロッカーにも入れんでポンと置いたらダメよ。
ギルガメシュが戻ると、そこには蛇が脱皮した抜け殻だけが残っていました。楊さんは、脱皮する蛇のイメージが、古代から多くの文化圏で蛇を不死の象徴とすることにつながっているのだろうと話します。
じゃあもう(草を食べた)ヘビめっちゃ若返るやん。
ギルガメシュは泣き崩れ、同行していた船頭ウルシャナビ ── ウトナピシュティムに仕えていた船頭。ギルガメシュと共に死の海を渡り、帰路にも同行しましたの手を取って、自分は誰のために苦労したのか、不死という恵みは得られなかったと嘆きます。
楊さんは、旧約聖書のエデンの園との類似も紹介します。アダムとイブに知恵の実を勧めたのは蛇で、それを食べた罰として2人は不死の状態を失いました。人間の不死を妨げたのが蛇である点が、2つの物語で共通していると指摘されています。
若返りの草を食べてしまい、ギルガメシュから不死の可能性を奪う
アダムとイブに知恵の実を勧め、神から授かった不死の状態を失わせる
楊さんはさらに、この蛇が女神イシュタル ── 愛と豊穣の女神。以前の回で、ギルガメシュに求婚して拒まれた因縁がありますの化身だったら面白い、という自身の想像も語ります。求婚を断られたイシュタルによる復讐だと考えられるうえ、蛇が持つ豊穣や生命力の象徴もイシュタルの司るものと重なるからです。ただし、これは楊さん自身も「そうだったら面白い」と思っているだけだと断っています。
ウルクの城壁と「すべてを見た人」
親友を失い、不死も得られないまま、ギルガメシュはウルシャナビと共にウルクへ帰ります。楊さんは、何のために生まれ、何をして生きるのかという問いの前に立たされた状態を、戦後のやなせたかしの境遇に重ねています。
帰還したギルガメシュは、ウルシャナビに自分が築いたウルクの城壁を見せ、登ってレンガを見てみろと誇ります。その後も城壁の建設を続けたと書く本もあるといいます。
楊さんが紹介する解釈では、ギルガメシュはもはやエンキドゥの死を嘆き続けず、死すべき運命を受け入れて、国を守る王としての務めを果たしていったと考えられます。樋口さんも、日々のやるべきことをコツコツやっていこうというイメージだと応じます。
さらにギルガメシュは、世界の果てまで旅してすべてを見て、すべてを知り、疲れ果てて帰り着いた人としての苦労を石碑に刻み、子孫に伝えようとしました。楊さんは、この「すべて」とは友を失う悲しみや死の恐怖、不死への憧れと虚しさなど、生と死にまつわる感情や体験だろうと考えています。
楊さんの見立てでは、ギルガメシュの名が残ったのは英雄だったからではありません。生と死を探求し、運命を変えられないと身をもって知った人として伝わったのだろうといいます。悟ったのかという樋口さんの問いには、そうははっきり書かれていないと答えています。
ちなみに「ギルガメシュ叙事詩」という題名は、現代の歴史家が付けたものです。古代には作品の出だしが題名になっていたらしく、当時の人々にとってこの物語の題名は「すべてを見た人」だったといいます。
粘土板が欠けた、ギルガメシュ最期の場面
不死の獲得に失敗したギルガメシュに、次にやってくるのは死です。文献では、旅から戻ってまもなく若くして死んだとされています。
ギルガメシュはまず夢で自分の死の運命を知り、エンリルからも、王として生まれても死すべき運命からは逃れられないと告げられます。楊さんは、現代でいえば不治の病を宣告されたのと同じ状態だと例えています。
ところが、この辺りの記述が書かれた粘土板は破損しています。死に直面したギルガメシュの詳しい心情が書かれていた可能性もありますが、今となってはわかりません。
うわぁ、これ(最期の場面)一番いいとこ欠けてるじゃないですか。
楊さんは、欠けているからこそ、現代の読者が自分の価値観や気持ちに照らして想像できる余地がある、それも許された読み方だと話します。
ギルガメシュはエアに促されて終活を始め、ユーフラテス川の川床に石で墓を作ります。妻たちや側近は付き従う支度をしたと書かれており、楊さんはこれを殉死だろうとみています。冥界の女神エレシュキガルへの贈り物も用意されました。
ギルガメシュの死後、墓の入り口は大きな石で封じられ、墓は水没して場所は見つかっていません。ウルクの人々は王の死を嘆き悲しみ、彼の人生は幕を閉じます。
メソポタミアの滅亡と、粘土板が残した物語
物語のあとで、楊さんは現実のメソポタミアのその後を紹介します。いくつもの国が興亡したのち、紀元前539年に新バビロニア帝国がアケメネス朝 ── 古代イランを中心に栄えたペルシア帝国。ギリシア諸都市とペルシア戦争を戦いましたペルシアのキュロス2世に滅ぼされ、約3000年続いたメソポタミア文明は滅亡します。
このアケメネス朝ペルシアは、スパルタ編で語られたテルモピュライの戦いでギリシアに攻め込んだ国でもあります。楊さんは、世界史はマップ解放のように地域同士がつながっていくのが面白いと話し、そのペルシアを最後に滅ぼしたのがガウガメラの戦いのアレクサンドロス大王だと続けます。
ギルガメシュが治めたウルクは紀元後も都市として残りましたが、634年頃にアラブ人の侵入で滅んだといいます。約5600年続いた都市だったことに、樋口さんは驚いています。
ウルクの城壁は崩れ、ギルガメシュの物語も人々の記憶から抜け落ち、彼が求めた名もいったんは失われました。しかし粘土板が残り、その解読に人生を捧げた学者たちのおかげで、物語は現代によみがえります。楊さんは、古代に声で届けられた物語を今ラジオで語っている番組自体も、この物語の構造に巻き込まれていると話します。
楊さんも、これに匹敵する豊かな物語はたくさんあったはずで、文明が滅ぶとはそういうことだと応じます。エンディングは長くなりそうなため、次回に独立した回として収録することになりました。
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まとめ
ギルガメシュは不眠の試練に敗れ、手に入れた若返りの草も蛇に奪われ、不死を得られないまま王としての務めに戻りました。最期の心情は粘土板の欠損でわからないものの、彼の物語は粘土板を通じて現代に届いています。
- ウトナピシュティムの不死は、大洪水をめぐる神々の折り合いによる例外であり、努力で得たものではなかった
- 6日6晩の眠りは死のメタファーで、腐っていくパンがギルガメシュの敗北を可視化した
- 若返りの草を食べた蛇には、脱皮による不死の象徴や旧約聖書との類似が指摘されている
- 帰還後のギルガメシュは城壁を整え、「すべてを見た人」として苦労を後世に伝えようとした
- 文明もウルクも滅んだが、残った粘土板が物語を現代によみがえらせた







