不死への挑戦と挫折──ギルガメシュが最後に見たもの
歴史を面白く学ぶコテンラジオの深井龍之介さんと楊睿之さんが、古代メソポタミアの英雄ギルガメシュの物語を語るシリーズ第8回。不死を求めて旅を続けたギルガメシュは、ついに永遠の命を得た唯一の人間ウトナピシュティムから、若返りの草の存在を教えられます。しかし手に入れた草は、旅の最後に思わぬ形で失われてしまい──。その内容をまとめます。
大洪水の真相とウトナピシュティムの不死
ギルガメシュは、不死になった唯一の人間ウトナピシュティム大洪水伝説で方舟を作り、神エアの警告によって洪水を生き延びた人物。神エンリルから不死を与えられた。に問いかけます。「あなたは力強い英雄でもない普通の人間に見える。どうやって永遠の命を得たのか」と。
能書きたらたらうるせえんすよ。早く俺を不死にしろって思ってます。
ウトナピシュティムは大洪水の顛末を語ります。神エンリルが人類を滅ぼすために発動した大洪水。彼は方舟を作り、生き延びました。洪水が引いた後、彼は鳩、ツバメ、カラスの順に外へ放ちます。最後のカラスだけが戻らず、外が安全になったことを知ったのです。
方舟を見つけた神エンリルは激怒しますが、神エアがとりなします。「神々のリーダーであるあなたはなぜ考えもなしに洪水を起こしたのか。罪ある人間ならばその罪を負わせて許せばいいのに」と。エアは、洪水の代わりにライオンや飢饉やペストで人間の数を減らせばよかったと提案します。
神エンリルは最終的にウトナピシュティムを受け入れ、方舟の中で彼の手を取って祝福します。「これまであなたは人間でしかなかった。今よりあなたとあなたの妻は我ら神のごとくなれ」──こうして彼は不死の存在になったのです。
ウトナピシュティムはギルガメシュに言います。「永遠の命を求めるお前のために、神々はわざわざ集まってくれるのか」と。自分が不死を得られたのは、神が定めた運命によるものであり、自分の努力ではないと。大洪水という神々の政治的折り合いの結果、特例として認められただけだと語るのです。
眠りの試練──死のメタファー
それでもギルガメシュは諦めず、なおも食い下がります。するとウトナピシュティムは試練を与えます。「6日と6晩、眠らないでいることができるか」と。
この試練は、死のメタファーを乗り越えられるかどうかを問うものでした。不死の資格があるならば、死の象徴である長い眠りに打ち勝たなければならないのです。
しかしギルガメシュは、ウトナピシュティムの話を聞いている途中で寝落ちしてしまいます。ウトナピシュティムは妻に毎日パンを焼かせ、それをギルガメシュの枕元に置かせました。結果的にギルガメシュは6日間眠り続けます。最初のパンはすっかり腐り、2番目は悪くなり、3番目は湿り、4番目は白くカビが生え始め、5番目はカビが生えて色が変わり、6番目だけが焼き立てでした。
寝すぎちゃう?めっちゃ疲れてた。
7日目にギルガメシュは起こされ、「ついに眠くなって一眠りしたようだ」と言います。ウトナピシュティムは枕元のパンを示し、「もう6日経っている」と告げます。不死の入手は失敗に終わりました。
若返りの草と蛇の横取り
ウトナピシュティムはギルガメシュを帰そうとしますが、ここで妻が助け舟を出します。「ギルガメシュははるばる苦労してここまでやってきたのだから、なんかお土産を持たせたらいいんじゃない?」と。
ウトナピシュティムは妻の言葉を受け、ギルガメシュに「命の秘密」を教えます。ある海の底に、人間の命を新しくする草があると。シープイッサヒルアメル「老人を若くする草」という意味の名前を持つ、若返りの力を持つ植物。という草で、老人を若くする力があるというのです。
ギルガメシュは喜び、その場所にたどり着きます。海の底に潜るため、石を両足に縛り付けて水中に飛び込みました。石の重さで深くまで沈み、バラのようなトゲを持つ草を見つけ、手に刺さりながらも入手します。石を外して水面に浮き上がると、彼はウキウキでウルクへの帰路につきました。
やったじゃないですか。え?もうゲームクリア。
しかし彼はここでミスを犯します。帰路の途中、泉が湧いている場所でキャンプし、水浴びをする際、若返りの草をその辺に置いてしまったのです。草の香りに誘われて、ヘビが1匹やってきて、その草を食べてしまいました。
ギルガメシュが戻った時には、すでに脱皮したヘビの抜け殻だけが残っていました。ギルガメシュは泣き崩れ、船頭ウルシャナビの手を取って言います。「私は誰のために骨を折って苦労したんだろうか。結局、私自身は不死という恵みを得ることができなかった」と。
番組では、この蛇がイシュタル愛と戦いの女神。かつてギルガメシュに求婚したが拒絶され、恨みを抱いていた。の化身だったら面白い、という想像も語られます。「あの時私と結婚していれば、神になれて不死になれたものを。不死にさせてあげるものか」──もしそうなら、イシュタルによる復讐が完成したことになります。
ウルクへの帰還と城壁の意味
失望したまま疲れ切って、ギルガメシュはウルシャナビと共に故郷ウルクへ帰還します。目に見える成果は何一つ得ることができませんでした。親友も失い、不死の命も得られなかった──この後、彼はどう生きるのかという課題に直面します。
ここでギルガメシュはある行動に出ます。初めてウルクを訪れたウルシャナビに対して、自分が築き上げた立派な城壁を見せるのです。「ウルクの城壁に登ってみろ。レンガを見てみろ。これがウルクだ」と。
この後、ギルガメシュは城壁の建設を続けていったと記録されています。これは、エンキドゥの死を嘆き続けるのをやめ、自分の死すべき運命を受け入れて、王としての務めを果たしていったことを示すのかもしれません。城壁を整備して国を守り維持する──王本来の役割を全うする決意が、この行動に表れているようです。
さらにギルガメシュは、自分の苦労のすべてを石碑に刻み込み、子孫代々まで語り伝えられるようにしました。世界の果てまで海を渡り、すべてを見た人として、永遠の命を求めて、はるか遠い国を旅して、すべてを味わい、すべてを知り、疲れ果てて帰り着いた人として──そういった苦労を後世に伝えようとしたのです。
ギルガメシュの死と粘土板の奇跡
ギルガメシュは不死を獲得することに失敗しました。そして次にやってくるのが死です。彼は若くして死んだと言われています。
まず夢で自分の死の運命を知り、神エンリルからも「お前は王として生まれたけれども、死すべき人間の運命から逃れられない」と告げられます。今でいえば不治の病を宣告されたような状態──自分が死ぬことを知りながら、その時を待つしかないのです。
残念ながら、この部分の粘土板は破損しています。ギルガメシュが自身の死に直面した時のより詳しい気持ちは、もしかすると破損した部分に書かれていたかもしれません。逆に言えば、現代の私たちは自分の価値観に照らし合わせて、彼がどういう気持ちでいたのかを想像する余地が残されているとも言えます。
ギルガメシュは神エアに促されて墓を作り始めます。ユーフラテス川の川床に石で墓を作り、複数の妻や側近たちはギルガメシュに従っていくための支度をします。これはおそらく殉死主君や夫の死に際して、家臣や妻が後を追って死ぬこと。古代の多くの文化圏で見られた風習。を意味しています。彼は冥界の女神エレシュキガル冥界を統治する女神。メソポタミア神話における死者の国の支配者。のために贈り物も用意し、それらを墓の中に埋めていきます。
そして彼は亡くなりました。墓の入り口は大きな石で封印され、その墓は水没して、場所は発見されないままです。ウルクの人々は王のことを悼み、嘆き悲しみました。
その後、メソポタミアには様々な国が興りますが、最終的には紀元前539年、アケメネス朝ペルシャキュロス2世が建国した大帝国。紀元前539年に新バビロニア帝国を滅ぼし、メソポタミア文明を終焉させた。後にギリシャ(スパルタ・アテネ)とも戦い、最終的にアレクサンドロス大王に滅ぼされる。帝国のキュロス2世によって滅ぼされます。約3000年間続いたメソポタミア文明が滅亡した瞬間でした。
ウルクは実に5600年間も都市として存続しましたが、紀元後634年頃にアラブ人の侵入で滅びます。ギルガメシュが築いた城壁も崩れ、彼が欲しかった「名」も一度は失われました。
しかし、残ったものがあります。粘土板です。粘土板の解読に人生を捧げた学者たちのおかげで、ギルガメシュの物語は現代に息を吹き返しました。そして今、このラジオで語られています。古代のギルガメシュ王の物語が声で聴衆に届けられたのと同じように──コテンラジオもまた、この物語の構造に巻き込まれているのです。
粘土板がたまたま残る材質やったとか。奇跡的に残った一個を今こうやって聞いてるわけじゃないですか。
同じような豊かな物語が、世界にはどれだけあったのでしょうか。残らなかった歴史の方が圧倒的に多いはずです。私たちは今、奇跡的に残った一つの物語を聞いているのです。
まとめ
ギルガメシュは不死を求めて旅をしましたが、結局それを手に入れることはできませんでした。若返りの草も、最後の最後で蛇に横取りされてしまいます。しかし彼は故郷ウルクに戻り、城壁を指さして「これがウルクだ」と言いました。おそらく彼は、死すべき運命を受け入れ、王としての務めを全うする決意をしたのでしょう。
彼は自分の苦労のすべてを石碑に刻み、後世に伝えようとしました。「すべてを見た人」として──生と死にまつわるあらゆる感情と体験を味わった人として。その記録は粘土板という形で残り、文明が滅んだ後も奇跡的に現代まで伝わりました。
ギルガメシュが最後にどのような境地にたどり着いたのかは、粘土板の破損部分に書かれていたかもしれません。しかしそれがわからないからこそ、私たちは自分の価値観に照らし合わせて、彼の最期を想像することができるのです。
- ウトナピシュティムは大洪水を生き延びて神エンリルから不死を与えられたが、それは神々の政治的折り合いによるもので、人間の努力では得られないものだった
- ギルガメシュは「6日と6晩眠らない」試練に失敗し、若返りの草も蛇に横取りされて不死を得られなかった
- 故郷に戻ったギルガメシュは城壁を指さし、王としての務めを全うする決意を示した可能性がある
- ギルガメシュの物語は粘土板として残り、文明が滅んだ後も現代に伝わった──これ自体が奇跡である
- 彼が最後にどんな境地に達したかは不明だが、だからこそ私たち自身が想像する余地が残されている

