「株式会社がお金を出す」は本当に起きたのか
コテンラジオは以前、島根県出雲市で収録した番外編でコミュニティナースを取り上げ、大きな反響がありました。その番外編の中で深井さんたちは、株式会社がコミュニティナースにお金を出し、活動が広がっていく社会になった方がいいという話をしていました。
深井さんは、番外編を聞いたリスナーの多くが「株式会社がお金を出しても何が儲かるのかわからない。そんなことをする会社はないだろう」と感じたはずだと振り返ります。そのうえで、実際にお金を出すと決めた人物として岡野さんを紹介しました。
岡野バルブ製造は、まもなく創業100年を迎える上場企業です。この会社の資金で、北九州市の門司で新しくコミュニティナースの活動が始まります。
出雲での収録は前年の夏で、そこから半年ほどしか経っていません。深井さんは、世界はもうだいぶ動き始めていると伝えるために、この特別編を企画したと説明しています。
コミュニティナースは何をする仕事なのか
本題に入る前に、深井さんはコミュニティナースの説明をあらためて行いました。深井さんの説明は、近代以前と近代以降の人間の暮らし方の違いから始まります。
深井さんによると、近代以前のホモ・サピエンスは集まって住み、助け合いながら生きてきました。近代以降は核家族化が進み、働きやすくなったり、結婚しなければならないといった家族のしがらみから解放されたりと、良い面もたくさんありました。
一方で深井さんが大きな課題だと考えているのが、生活コストを誰が払うかという問題です。ここでいう生活コストは、家事や子育てなどのケア労働 ── 育児・介護・家事など、他者の生活や心身を支える労働のこと。賃金が支払われないまま家庭内で担われることが多く、近年は社会的な評価や分担のあり方が議論されていますにかかる時間と労力のことを指しています。
近代以降、このケア労働や生活コストは、特に女性に寄せられて負担させられてきた経緯があると深井さんは話します。家事代行のように市場で解決する手段も出てきましたが、それだけでは根本的には解決されないと感じてきたそうです。
近代以前
人は集まって住み、助け合いながら生きていた
近代以降
核家族化で働きやすくなり、しがらみからも解放された
残った課題
ケア労働などの生活コストが、特に女性に偏って負担させられてきた
コミュニティナース
5人ほどの専門職が、約2000人規模の助け合いのコミュニティをつくる
そこで出会ったのが、深井さんと同じ出雲出身で、同じ高校の先輩でもある矢田さんが起業した会社でした。コミュニティナースと呼ばれる専門職が5人ほどいると、約2000人規模の相互扶助のコミュニティを、都市部でも地方でもつくれるといいます。
矢田さんは深井さんの説明に、自分の言葉で補足を加えました。矢田さんたちにとってコミュニティナースとは、暮らしの中で「ナーシング」の総量を増やしていく行為だといいます。
日本では、ナーシングは看護師の資格を持つ人だけができることだと思われがちです。しかし矢田さんによれば、親が子どもの世話をしたり、他人に手を貸したりする行為にも、人を元気にするナーシングが詰まっていて、本来のナーシングはとても広い概念だといいます。
ただし、ナーシングは思っているだけでは増えません。矢田さんは、人への深い理解や、それぞれの個性に合わせたコーディネート、相談を持ちかける技術があって初めて、誰もが助け、助けられる状態が生まれると説明しています。
番外編の時点で、コミュニティナースの活動は島根県からいろいろな自治体へ広がっていました。それでも事業として日本に根づかせるのはこれからという段階で、最大の課題は収益モデルでした。
5人分の人件費を誰が払うのか、すべてを税金でまかなうのも違うのではないか、という話をしていたのが番外編の時期です。深井さんは、市場経済の側からお金が流れ込む最初の例が実現したことを、今回の報告として伝えています。
バルブメーカーとコテンの意外なつながり
深井さんと岡野さんが出会ったのは3年ほど前です。同世代の起業家で、クアンド ── 福岡県北九州市に拠点を置くスタートアップ企業。製造業や建設業など現場で働く人向けの遠隔支援サービスなどを手がけていますの社長を務める下岡さんに紹介されたのがきっかけでした。
岡野さんは当時、コテンラジオを少し聞いていた程度で、「あの番組の人なんだ」という認識だったそうです。最初は北九州で普通に食事や飲みに行く間柄でした。
岡野さんはその頃から、コテンの法人クルー集めを応援していました。ただ、周りのファンの経営者たちも、会社として支援することには意外と慎重でした。
個人でお金を出すのはいいとしても、会社として出すと私的な支出に見えかねないという判断の難しさがあったといいます。そのため、法人クルーの話は1年ほど思うように進まなかったそうです。
岡野バルブ製造の本業は、1926年創業の高温高圧バルブのメーカーです。原子力発電所や火力発電所で、700〜800度にもなる高温・高圧の蒸気をタービンへ送る配管に使うバルブを作り、メンテナンスも手がけています。
岡野さんによると、日本の火力発電所の多くに岡野バルブの製品が入っています。原子力発電所のBWR ── 沸騰水型原子炉のこと。原子炉内で水を沸騰させ、その蒸気で直接タービンを回す方式で、日本では東京電力の原発などで採用されています方式では、同社のバルブが100%使われているといいます。
こうしたバルブを作れる企業は日本に2社しかありません。製品は基本的にすべてオーダーメイドで、安全性が特に重視される分野です。そのため、新しい会社よりも実績のある会社に依頼が集まりやすいそうです。
もともとはイギリスなどから輸入していたバルブを、初めて国産化したのが岡野バルブでした。深井さんはこの会社を、いわゆる後継ぎ企業の一つとして紹介しています。
後継ぎ企業への仮説と、銀座での5分間
バルブメーカーとコミュニティナースがどうつながるのか、多くのリスナーは疑問に思うかもしれません。深井さんによると、二人の関係はまず、福岡つながりで仲良くなり、岡野さんがコテンを応援してくれているという人間関係から始まりました。
それとは別に、深井さんはここ1年半ほど、後継ぎ企業に大きな可能性を感じていました。後継ぎ企業の経営者に会う機会が多く、深井さんが会う経営者には素晴らしい人がとても多かったといいます。
深井さんは、株式会社がコミュニティナースにお金を出すことは、従来の金融や投資の文脈では採算が合わないと見なされるかもしれないが、本当は明らかに採算が合うと考えていました。そうした投資ができる担い手として、後継ぎ企業の経営者は比較的ポテンシャルが高いと見ていたそうです。
ある日、東京近郊での食事会に欠員が出て、岡野さんが深井さんを誘いました。その場は普通に食事をして終わりましたが、帰りの車で東京の中心へ戻った二人は、銀座のバーで二次会をすることになります。
(銀座のバーで)コミュニティナースっていう活動があって、これめっちゃ良くて。これにお金を出せる株式会社があると、めちゃくちゃこの社会が変わっていくと思うんですよねって言ったら、よしじゃあやろうって言った。
ガチで5分ぐらいで決まってびっくりした。ちょっと引いた。
岡野さんは、以前からこうした活動をしたいと考えていたと話します。ただ、自社でゼロから仕組みをつくるのは難しいと感じていたところに、オペレーションを担ってくれる仕組みの話を聞き、ぜひやってみたいと思ったそうです。
岡野さんはその時点で番外編を聞いておらず、コミュニティナースという存在も初めて知りました。深井さんが必要な金額として、年間で5人分の人件費にあたる3000万円ほどだと伝えると、岡野さんはその場で了承したといいます。
俺やったら偽物か?って思いますね。
岡野バルブの年商は100億円に届かない規模で、岡野さんにとって3000万円は決して安い金額ではありません。それでも無理な金額ではないと考えたといいます。
オーナー企業であっても独断はできません。岡野さんは、社内の稟議を通せるロジックが成り立つと話を聞きながら判断し、間違いなく通るという確信があったから了承したと説明しています。
その後、深井さんは岡野さんと矢田さんたちCNCをつなぎました。意思を確認するための最初のオンライン会議に、岡野さんは自分が出なくていい別件の会議だと思って参加していませんでした。カナダへ向かう夜の飛行機を降りたところで社員から連絡を受け、途中から入ってきたというエピソードも語られています。
5分で決められたのは、なぜ「日本企業の良さ」なのか
深井さんは、この決断のプロセスを、誤解を招くかもしれないと断ったうえで「すごく日本企業の良さ」だと表現しました。その理由として、経営に求められる説明責任の考え方を挙げています。
深井さんによると、一般的に経営者は、投資したお金が何年でどう返ってくるのかを株主に説明する責任があると考えられています。1970年代に新自由主義 ── 市場の自由競争を重視し、政府の介入を小さくしようとする考え方。企業は株主の利益を最大化すべきだという株主資本主義の思想とも結びついて広まりましたが出てきて、会社は株主のものだという考え方が定着し、2010年代ごろまで続いてきたといいます。
その常識から見ると、銀座で5分で決まるという動きは明らかな外れ値です。バルブとコミュニティナースに何の関係があるのか、いつどのようなリターンがあるのかと問われるのが普通だからです。
深井さんは、そうした問いがあっても結果として決断を通してしまうことを、後継ぎ企業の強みだと考えています。何代目かの経営者には、短期的な合理性と超長期的な合理性の間で、若い頃から悩み続けてきた人がとても多いといいます。
たとえば3年ほどで任期が交代する雇われ社長が、100年先を見据えた説明をするのは難しいものです。ESG ── 環境・社会・企業統治の頭文字をとった言葉。企業の長期的な価値を、財務情報だけでなく環境や社会への配慮も含めて評価しようとする考え方ですの文脈で少しずつ語れるようになってきたものの、もともとは難しかったと深井さんは話します。
制約が少なく、短期の合理性を追求しても誰にも何も言われない。追求しなければすぐに会社が危うくなるため、短期の合理性に走りがち
先代から引き継いだものがあり、地域を壊して儲けに全振りすることはできない。短期と超長期の合理性を最初から同時に走らせる制約と恩恵を抱えている
後継ぎ企業の3代目や4代目は、自分で事業を選んだわけでもありません。祖父が地域に貢献してきたのに、自分の代で儲けのためにすべてを壊すことはできない、という制約があります。深井さんは、その制約は同時に恩恵でもあると話します。
深井さんが特に重要だと考えているのは、この判断が理屈よりも先に身体感覚で行われている点です。メリットとデメリットを並べて決めるのではなく、「やった方がいい」と感覚でわかっているからこそ5分で決断できるのだといいます。
深井さんは、音楽のリズム感や運動のセンスと同じように、センスは思考の前にある身体性であり、どれだけそれを浴びてきたかで決まると考えています。矛盾を浴び続けてきた後継ぎ経営者は、この矛盾に対する身体感覚が優れていることが多く、ソーシャルグッドの分野ではESGのような頭で考える判断よりもセンスがいい可能性がある、というのが深井さんの仮説です。
次の100年へバトンを渡す、1社で先に出す勇気
樋口さんは岡野さんに、深井さんの説明が実際に当てはまるのかを尋ねました。岡野さんは、ある程度の規模まで成長した企業の後継ぎには当てはまると思う一方、中小規模の後継ぎ企業では、事業をどう存続させるかという悩みの方が大きいかもしれないと答えています。
そのうえで岡野さんは、自身については当てはまると認めました。創業100年を前に考えているのは次の100年のことで、自分がこの世にいなくなった後も、次の世代へバトンをつないでいる感覚があるそうです。
岡野さんは、そのバトンをいい形で渡したいと考えていたところにコミュニティナースの話を聞き、これはありだと感じたといいます。
深井さんが勇気を最も強く感じたのは、岡野バルブの社内で「他の会社も入れて投資額を分散した方がいいのではないか」という意見が出たときでした。岡野さんはこのとき、まず自社1社で先に出そうと答えたといいます。深井さんは、そこに模範を示す姿勢を見たと話しています。
岡野さん自身は、模範というほど偉そうな感覚ではないと言います。3社で1000万円ずつ出せば負担は軽くなるものの、他社に声をかけて調整すると時間がかかるため、スピードを優先したそうです。
さらに岡野さんは、やってみなければ良いか悪いかもわからないと考えました。今の会社の体力ならまず自社でやってみて、結果が良ければ他社も自然についてきてくれればいい、という感覚だったといいます。
深井さんは、自分の代の自分の決断で成果が出なかったときへの恐怖はあるはずだと話します。それを想定したうえで、身体感覚としての「絶対やった方がいい」を優先して決断している点に、あらためて勇気を感じたそうです。
地域が「自我」に入っている経営
岡野さんが社長に就任したのは3〜4年前です。ただ、東日本大震災から少し経ったころには、すでに会社の運営を実質的に任されていたといいます。今は幹部もかなり若返っているそうです。
コミュニティナースへの支出について、岡野さんは5分で決めたあと、頭の中で考えたことを言葉にして、Slackで役員に共有しました。役員たちの反応は意外とよく、社会に必要なだけでなく、長期的には会社にも恩恵があると理解してくれたようだと話しています。
深井さんによると、岡野バルブは北九州の門司に根を張る企業です。2000人規模では地域全体をカバーできないものの、岡野さんは最初から、地域の役に立つことが回り回って会社のためにもなると話していたといいます。
岡野さんは子どもの頃から、飲食店や料亭に行くたびに「あんたが将来この地域を背負っていかなきゃいけないんだからね」と言われ続けてきたそうです。樋口さんは、岡野さんにとって地域は「地域のために」尽くす対象ではなく、自分がすでに組み込まれている場所なのだと受け止めました。
深井さんは、こうしたあり方は西欧的ではなく、ある意味では封建制に近い前近代的なものだと話します。これまでは批判的にしか語られてこなかったものの、アメリカ型の企業だけが正義ではないという段階に入った今、地方豪族のような企業が地域を自我の中に入れていることは、日本の大きな強みだと考えているそうです。
深井さんは、財団ではなく上場している株式会社がこの決断をしたことを強調しています。そして実はもう1社、福岡市中央区で地元のガス会社である西部ガスも同じように決断し、コミュニティナースの活動が始まると明かしました。
西部ガスは歴史の長い上場企業ですが、後継ぎ企業ではありません。深井さんより少し若い世代の女性社員が中心となって社内の手続きを進め、役員も了承したといいます。矢田さんは、岡野バルブの決断がこの動きの後押しになったと話しています。
出資でも新規事業でもPRでもない支援
樋口さんは、岡野バルブがコミュニティナースに「出資」しているのかと尋ねました。深井さんによると、これは出資ではありません。株式を取得するのではなく、売上としてCNCに支払い、岡野バルブは運営のオーナーという立場になります。
活動の主体はあくまでコミュニティナースです。北九州市と福岡市の両方で、これから5人ずつコミュニティナースを採用していく必要があります。
岡野バルブが新規事業としてコミュニティナースを手がけるわけでもありません。深井さんは、この支援を「シンプルに門司にいいことをするっていうことに対してお金を出している」状態だと表現しています。
岡野さん自身は、ラジオに出ておきながらと前置きしつつ、できれば会社の名前は出さずに進めたいと話しました。後から誰かが調べたときに「岡野バルブが出していたんだ」とわかるくらいが一番美しく、自社の取り組みだと押し出すのは自分の美学に反するといいます。
樋口さんはこの話を、会社の名前を売るためのPRではなく、社会に必要だと思い、それが巡り巡って自社の利益にもなると考えているからこその支援だと受け止めています。
深井さんは、このモデルがいろいろな地方で起きるといいと話します。コミュニティナースに限らず、子どもの教育やコテンのような人文知の分野など、お金が払われにくいものの大事だとわかっている領域にも同じことが言えるといいます。
何にお金を払うかは、何に価値を感じているかと同じだと深井さんは話します。100社すべてがお金を出す必要はなく、何社かが動くだけで世界は少しずつ変わっていくといいます。
深井さん自身のコミュニティナースへの関わりは、仕事ではなくライフワークです。お金を出すのではなく、岡野さんとCNCをつなぐことや、なぜお金を出した方がいいのかを論理的に説明することなど、自分にできることを提供しているそうです。深井さんの家族が住む地域で活動が始まれば、自分にとってもうれしいことだと話しています。
深井さんと岡野さんの間には、これとは別の取引もあります。コテンが大きな企業の社内に人文知のインテリジェンス機関をつくり、社会の解像度を上げる調査を行って経営層に提案し続けるという取り組みを、岡野バルブとも進めているといいます。
先陣を切る役割は、税金ではなく株式会社が担う
矢田さんは、公共や福祉に近い活動は、この50年ほど日本では行政が税金で担ってきたと話します。CNCも創業期から自治体と組むべきだと助言を受け、5〜6年取り組んできました。その方向は間違っていないものの、必要だとわかっていても決まった路線から外れられないもどかしさを何度も見てきたそうです。
出雲には、地域の「殿様家系」の人が、岡野さんのような決断を目の前でしてみせる姿を、矢田さんは子どもの頃に見たことがありました。最近はそういう日本人に会わないと深井さんに相談していたところ、「北九州にいたぞ」と連絡を受け、実際に岡野さんに会って感動したと振り返っています。
樋口さんは、多くの人は「企業は本業で利益を出して税金を納め、公共的なことは国や自治体がやるべきだ」と考えるだろうと問いかけました。深井さんは、投資の番外編で話した「利益の再分配は効率が悪い」という論点と、民主主義を適切に機能させることの難しさを挙げています。
深井さんは、民主主義は後追いであるべきで、実際そうにしかならないと考えています。税金で最初の挑戦者になってくださいとはならず、行政は実績のある成功事例をなぞる役割を担うのが自然だといいます。
深井さんによれば、これは個人の頑張りで何とかなる話ではなく、構造的に難しいことです。先行してリスクを取るのは、自分がやって結果が出れば他が追従すればいいという意思を持った主体が担う方がいい、というのが深井さんの考えです。
| 担い手 | 役割 | 今回の例 |
|---|---|---|
| 株式会社(最初の1社) | 先行してリスクを取るファーストペンギン | 岡野バルブが門司で先に資金を出す |
| 株式会社(後続) | 成功を見て参画し、カバー範囲を広げる | 2000人から4000人、6000人へと広げる |
| NPO・行政 | より広い展開や、届きにくい難しいケースへの対応 | 実績のある事例をなぞって広げる |
深井さんは、少なくとも儲けていればいいという世界はもう終わっていると話します。社会の中にいる自分たちと、周りにとってもいいことを、他の企業とどう調和的に進めていくか、その戦略を立てる時期に来ているといいます。
シリコンバレーとは違う道、優秀な人こそ地元企業へ
深井さんは、この考え方は本来のスタートアップの姿勢とはまったく違うと話します。シリコンバレーのスタートアップの戦略は、プラットフォームをつくって市場を占め、寡占を前提に大きな先行投資をして大きなリターンを得る戦い方だといいます。
プラットフォームをつくり、市場を占有・寡占する。そのための先行投資が大きく、リターンも大きい
地域を自我に入れ、身体感覚で超長期の合理性を判断する。地域にいいことが回り回って自社のためにもなる
シリコンバレー型も一つのスタイルですが、全員がそれを目指しても世界はそれほど良くならない、と深井さんは言います。むしろ日本の強みは地元企業のあり方にあると考え、都会の労働力がこうした企業へ流れていけばいいと話しています。
東京のコンサル会社が悪いわけではない、と深井さんは断ったうえで、北九州が地元でどこでも就職できるほど優秀な人こそ、岡野さんのような経営者の下で新しい事業に取り組んでほしいと語ります。深井さんは、それが次の日本の産業になると考えているそうです。
岡野さんは、この考えに「その通り」と応じ、畑を耕しているような感覚だと話しました。人口が減り、人材の取り合いになる中で、Uターンを考える人や、地方への移住を考える人に来てもらうには、家族を連れてきたときの子育て環境が問題になります。
周りに知り合いがいない中で子育てをどうするかというとき、コミュニティナースがしっかりある地域なら、住もうと思う理由の一つになるのではないかと岡野さんは考えています。そのため、この支援は長期的なリターンだけでなく、比較的短期的にも企業にメリットがあるといいます。
福岡県田川市出身の樋口さんも、進学で地元を出てそのまま東京で就職し、帰りたくても受け皿がないという仲間が多いと話しています。受け皿をつくることは、地域にとってとても重要な役割だと応じました。
門司では夏にコミュニティナースが立つ
門司での準備はすでに始まっています。矢田さんによると、地元の関係者へのあいさつなど関係づくりの下地が進んでおり、収録時点の4月から採用の準備を進めていたそうです。
興味を持った人向けに説明会とエントリーフォームが用意され、番組の概要欄で案内されます。
門司では、ゼロから拠点を建てるのではなく、地域の人が営む店舗や商店街に相乗りする形で、地元になじみながら活動をつくる予定です。岡野バルブの本社がある駅前周辺を中心に、すでに開かれた店舗と協力してスポットをつくり、訪問型の活動と組み合わせていくといいます。
福岡市でも下準備が始まっており、北九州市門司区に続いて説明会と採用が行われる予定です。矢田さんは、どちらの地域でも「めっちゃ楽しいと思う」と応募を呼びかけました。
子育て世代に希望を、そして全世代が助かる仕組み
深井さんが福岡市でのコミュニティナースに特に期待しているのは、子育て世代に希望をもたらすことです。都市部に住む深井さんと同世代の人たちには、子どもを育てながら働くのは大変だというイメージしかないといいます。
コミュニティナースがいれば、助け合いながら子育てができ、上の世代や下の世代とも混ざり合えます。そうすると、どの世代も何らかの形で助かると深井さんは話しています。
出雲の事例を紹介した番外編では、コミュニティナースにお年寄り向けというイメージを持った人が多かったかもしれません。しかし深井さんから見ると、コミュニティナースの対象は全世代で、それぞれのいいところややりたいことを組み合わせ続ければ、全員が助かるといいます。
深井さんは、社会起業家の田口一成さん率いるボーダレスジャパン ── 社会課題をビジネスで解決するソーシャルビジネスを数多く立ち上げている企業。「Switch to Hope」というスローガンを掲げていますの「スイッチトゥーホープ」という言葉を引き、希望があれば今がそれほど整っていなくても頑張れるし、それだけで幸せだと話しました。
深井さんは、福岡市の行政はよくやっていると評価したうえで、行政がどれだけ頑張ってもなかなかできなかった部分を、株式会社が支える活動が補えるのは素晴らしいと語っています。地域を支える企業を地域の人がまた支える循環ができれば最高だとして、ガスなら西部ガス、バルブなら岡野バルブ、と冗談交じりに呼びかける場面もありました。
社員の誇りが湧く景色と、日本中の次の1社へ
矢田さんが特に印象に残っているのは、岡野さんが子どもの頃の話です。岡野さんは、街の人から自然に「さすが岡野さんだね」と言われ、社員が誇りを持って働く姿を見て育ったといいます。
岡野さんは、その誇りを今の時代の社員にも感じてほしいと話していたそうです。バルブを作る社員がコミュニティナースの活動に直接関わるわけではなくても、会社全体がこうした取り組みをすることで誇りが湧いてくる人が増えれば、それはかっこいいと矢田さんは語りました。
深井さんは、男気と言うとジェンダーの観点から批判されるかもしれないと断ったうえで、それぞれのあり方には良さがあり、今回はその良さがいい方向に働いた例だと話しています。
さらに深井さんは、声をかければ動いてくれる人は日本中にいるはずだと考えています。CNCが対応しきれないほどの速さで広まり、CNC以外のさまざまな事業も日本から生まれていけば、シリコンバレーを追いかけるより全然かっこいいというのが、この特別編で伝えたかったことだといいます。
矢田さんは、この半年の間に本当に決断がなされ、実際に動き出したことを多くの人に知ってほしかったと振り返りました。決断した本人が番組に来てくれたことがうれしいと話しています。
発信するタイプではない岡野さんも、黙っているだけでは時間がかかるため、最近は発信も頑張っていると明かしました。岡野さんは深井さんを、自分が苦手な言語化を代わりにしてくれる人、矢田さんを、行動力と周りを巻き込む力にあふれた人と評しています。
番組の最後には、矢田さんは主体として、岡野さんはオーナーとして、深井さんは言葉にして広げ、つなぐ役として、3人がそれぞれの役割を果たしているという感想が語られました。
まとめ
岡野バルブの決断は、番外編で語られた「株式会社がコミュニティナースにお金を出す社会」の最初の実例となりました。その背景には、後継ぎ経営者が持つ超長期の合理性への身体感覚と、先陣を切る勇気があったと語られています。
- 岡野バルブは、銀座で5分ほど説明を聞いただけで、年間約3000万円をコミュニティナースに支払うことを決めた
- 深井さんは、短期と超長期の合理性の矛盾を浴びて育った後継ぎ経営者には、身体感覚で判断できる強みがあると考えている
- 支援は出資でもPRでもなく、門司にいいことをするための支払いで、西部ガスも続いて福岡市で活動が始まる
- 深井さんは、最初の一歩を株式会社が踏み出し、後続企業やNPO、行政が広げていく役割分担を描いている
- 門司では8月ごろからコミュニティナースが活動を始める予定で、北九州市と福岡市で採用が行われる






