龍の原型は何の動物か?ワニ、ヘビ、そしてイノシシ説まで
東洋の龍の起源について、楊さんは数ある仮説の中から、自身が面白いと感じたものを紹介すると前置きします。その中心は、龍の原型になった実在の動物はワニかもしれない、という説です。
樋口さんは、龍の顔のイメージからワニ説には納得だと応じます。一方で楊さんは、龍の原型にはヘビ説もあり、ほかに馬やイノシシを挙げる説もあると補足しました。
確かに中国の昔の、古代の出土した器か何かの表面の彫刻に、イノシシとも龍とも取れるような文様があった。
イノシシ説の根拠として楊さんが挙げたのは、鼻先がとがった文様です。樋口さんは、自身の関わる「いいかねパレット」の「いい」がイノシシの「亥」だと冗談を飛ばし、スタジオは笑いに包まれました。そのうえで、話はワニ説へと進みます。
顔つき、角、逆鱗。龍とワニはどこが似ているのか
龍とワニを結びつける説は昔からあり、楊さんによると、1990年代の中国の学者何深さんも龍のワニ起源説を唱えています。ほかにも同じ説を唱える学者がいて、決して奇想天外な説ではないといいます。
龍とワニの共通点として、楊さんが最初に挙げたのは顔つきです。例に出したのは、古代中国から今も生息している小型のヨウスコウワニ ── 中国の長江流域に生息する小型のワニ。寒さに比較的強く、冬眠することで知られています。現在は絶滅危惧種に指定されていますです。樋口さんはその写真を見て「めっちゃ可愛い」「イグアナみたい」と反応しました。
2つ目の共通点は龍の角です。ワニの頭蓋骨では、顎の開閉に関わる関節骨後突起という骨の突起が大きく発達していて、角のようにも見えるといいます。
肉とか皮膚で覆われてた時は多分あんまり目立たないんだけれども、古代の人がもしこれ(ワニの骨)を見た時に、角かもって言えなくもないじゃん。
3つ目の共通点は逆鱗です。逆鱗は龍の顎の下に1枚だけ逆さに生えた鱗で、触れると龍が怒るとされ、転じて王や目上の人の怒りを指す言葉になりました。
楊さんが読んだ本によると、ワニは怒ると顎の下にある分泌液を出す器官を反転させ、興奮が頂点に達すると突出したままになるそうです。この特徴が逆鱗に見立てられたのではないか、という説もあるといいます。
ワニのような顔つき、頭の角、顎の下の逆鱗
似た顔つき、角に見える頭蓋骨の突起、怒ると反転する顎の下の器官
ヨウスコウワニはなぜ名前を残せたのか?
ワニが龍の原型だとすると、前提条件があると楊さんは話します。そのワニは、文明を築いた人間と同じ時代・同じ場所で生きていなければなりません。そうでなければ、文字や絵、造形として残らず、何より名前を残せないからです。
ヨウスコウワニは、古代中国でも池や沼、水田にいたといいます。人間も水が手に入る場所で暮らすため、両者は生活圏を共有していたと考えられています。
その結果、ヨウスコウワニには古代中国の人々から「鼉(だ)」という漢字が与えられました。口を2つ並べ、その下に田を置いた難しい字で、現在の中国でもヨウスコウワニを指す字として使われています。
楊さんによると、鼉の字は日本の雅楽 ── 宮中や寺社で演奏されてきた日本の伝統音楽。中国大陸や朝鮮半島から伝わった楽曲も含み、独特の楽器が使われますで使う大太鼓「鼉太鼓」にも登場します。中国の辞書では、紀元前の中国でヨウスコウワニの革が太鼓の革に使われていたとされているそうです。
より重要なのは、揚子江ワニという名前と実体の関係性が、今日まで残ってきたっていうのが大事なんですよ。
人を襲い、虎も食べる「鰐」とは何者か
ただし、ヨウスコウワニ自体は龍の原型ではないらしい、と楊さんは続けます。体長は尻尾を含めて2メートルほどで、タニシのような小さな動物を食べる慎ましいワニだからです。
紀元前1世紀頃の中国の書物エナジーにも、ヨウスコウワニは人を害さないと書かれているといいます。この優しいワニから龍を想像するのは、学者たちにとって腹落ちしないようです。
そこで注目されるのが、文献上で確認される別のワニです。魚偏の漢字「鰐」は、中国最古の漢字辞典とされる説文解字 ── 後漢の許慎がまとめた中国最古の部首別漢字辞典。漢字の成り立ちと意味を体系的に解説していますで初めて登場し、中国でもワニを指す一般名詞になっています。
楊さんによると、昔の記述に登場する鰐は巨大で凶暴で、人を飲み込み、虎や鹿を襲って食べたといいます。水辺の鹿に凄まじい声を上げ、驚いて水に落ちた鹿を襲ったという記述もあるそうです。
本当かどうかわからんけど、そう(鰐が吠えたと)書いてあることは書いてあるってことね。
楊さんは、この鰐は古代中国の人々にとって、関わりのあった動物の中で最強クラスの猛獣だったのではないかと話しています。
マチカネワニの近縁種こそ龍だった?青木良輔さんの仮説
ここで楊さんは、爬虫類学者の青木良輔さんの仮説を紹介します。鍵になるのは、30〜40万年前にすでに絶滅した大型のワニ「マチカネワニ」です。
青木さんは、マチカネワニの近縁種が古代中国の時点でまだ生き残っていた可能性が高いと推測しました。人間の目に触れる場所で生きていたなら、名前が付けられて歴史に残っているはずで、それが鰐という漢字ではないか、という仮説です。
楊さんが「ワニ世界のスーパースター」と呼ぶマチカネワニは、化石から非常に大きかったことがわかっています。頭の骨だけで1メートルを超え、全長はマイクロバス1台分ほどあるといいます。
マチカネワニの化石は大阪で見つかっており、日本にも生息していました。重要な学術標本として国の天然記念物に指定されているといいます。
寒冷化で大型ワニが消え、龍が「フリーエージェント」になるまで
青木さんの仮説では、鰐という字より先に、マチカネワニの近縁種である大型ワニに「龍」という字が与えられたとされます。時期は殷や周の頃、紀元前1700年から紀元前770年頃までの間と考えられています。
紀元前1000年頃、中国で寒冷化が起こり、大型ワニの生活環境が激変しました。楊さんによると、中国の気候変動は科学的に解明されていて、歴史書の記載とも精度高く一致するそうです。平均気温は最大で5度以上下がり、普段は凍らない川まで凍ったといいます。
この寒冷化で、マチカネワニの近縁種は人間の世界から姿を消した可能性があります。ただし、楊さんは「絶滅」ではなく「地域的な消失」だと補足しています。
大型ワニが姿を消した理由として、楊さんは3つの可能性を挙げます。寒さの限界で凍死して数が減ったこと、暖かい地域へ生息域を移したこと、そして冬眠したことです。
ワニの冬眠について、楊さんは現在のワニにも当てはまる一般論として説明します。ワニは池の水が凍ると鼻だけを水面に出して呼吸し、体は氷漬けのまま氷が溶けるのを待つそうです。その結果、ワニの活動範囲は狭まり、人の目に触れにくくなります。
寒冷期は200年ほど続き、その間に龍という字は意味する対象を失ったと考えられます。実体と名前が切り離され、龍は想像上の枠組みとしてだけ残ったというのです。
その龍という名前がですね、フリーエージェントになったんですよ。
深井さんはこの説に「おもろ」と反応しました。龍は何もないところから想像されたのではなく、原形となる枠組みがあった、という捉え方です。楊さんによると、寒冷化の頃から龍の神聖化が始まったとする中国の学者の研究もあるそうです。
龍から「蛟」、そして「鰐」へ。名前はどう入れ替わったのか
寒冷期が終わると、大型ワニは再び人間の目の前に戻ってきたと青木さんは考えています。ただ、そのワニがかつて龍と呼ばれていたことは、すでに忘れられていただろうといいます。
楊さんは、古代中国の平均寿命を仮に40歳とすると、200年の寒冷期は約5世代にあたると話します。画像を検索できる現代とは違い、名前と実体の結びつきが途切れるには十分な時間だったのかもしれません。
戻ってきた大型ワニには、「蛟(みずち)」という新しい名前が与えられました。しかし、その後もう一度寒冷化が起き、蛟も実体を失って想像上の存在になったといいます。現在の蛟は、角のない龍で、千年経つと龍になる「龍候補生」のような意味で残っています。
めっちゃ仮説だな、全部。
楊さんも、龍の起源はどの本もこうした仮説が中心だと認めています。2度目の寒冷化の後、マチカネワニの近縁種に最終的に与えられたのが「鰐」という漢字だった、というのが青木さんの説です。
補足として、楊さんはもう1つの説を紹介します。古代の学者たちは、目の前の大型ワニがかつて龍と呼ばれていた対象だと気づいていた可能性があるというものです。
ただ、その頃の龍はすでに皇帝の権威と結びつき、強く神格化されていました。そのため、龍の名を実在のワニに当てるのがはばかられたのではないか、という「大人の事情」も考えられるといいます。
実際、鰐はヨウスコウワニを指す鼉よりずっと新しい字で、文献に登場するのは皇帝の権威が高まり中央集権体制が整った漢の時代です。樋口さんは、川にいるワニが「皇帝」になってしまう、と冗談まじりに応じました。
すり替えや、中身と名前のすり替えが起きてるんや。
名前が残ったワニと失ったワニ。仮説に必要な2つの条件とは
ヨウスコウワニは、大型ワニとは違う運命をたどりました。寒さに強いため人間の視界から消えにくく、絶滅危惧種ながら今日まで生き延びています。そのため、鼉という字とヨウスコウワニの結びつきは途切れずに続いてきました。
寒さに強く人の目に触れ続け、「鼉」の字と実体の関係が今も続く
寒冷化で姿を消し、龍や蛟の名が実体から離れて想像上の存在になった
樋口さんは、話の途中でヨウスコウワニが出てきた理由を、ここでようやく理解したといいます。ヨウスコウワニは、名前と実体の関係が切れなかった例として、龍と比べるために紹介されていたのです。
楊さんは、青木さんの説が成り立つには2つの前提条件が必要だと整理します。1つは、大型ワニが文明の生まれた後の中国大陸にも生息していたこと。もう1つは、龍や鰐という字がもともと大型ワニを指していたことです。
このうち1つ目の条件は、2022年に生物学的に証明されたといいます。その詳しい内容は、次回に持ち越されました。
樋口さんは、実在する動物でさえ名前と実体の関係が切れる可能性があるなら、概念はなおさら切れやすいのではないかと考えます。例として、コテンラジオが10年休んだ後に別の人が再開しても、同じ番組だと思われるかもしれない、と話しました。
まとめ
この回では、龍の原型を大型ワニとみる青木良輔さんの仮説を中心に、寒冷化によって名前が実体から離れ、想像上の存在になったという見方が紹介されました。いずれも仮説ですが、名前が残ったヨウスコウワニと比べることで、龍という名前がたどった道筋が見えてきます。
- 龍とワニは顔つき、角に見える骨の突起、逆鱗に似た器官などが共通すると指摘されている
- ヨウスコウワニは人と生活圏を共有し続けたため、「鼉」という名前と実体の関係が今も残っている
- 青木説では、マチカネワニの近縁種が「龍」と呼ばれたが、寒冷化で姿を消し、名前だけが想像上の枠組みとして残った
- その後、同じ大型ワニは「蛟」、さらに「鰐」と呼ばれるようになったとされる
- 大型ワニが文明の生まれた後の中国にも生息していたことは2022年に証明されたとされ、詳細は次回で語られる


