龍の原型は大型ワニ?仮説を支える2022年の発見
龍の歴史編の第3回は、爬虫類学者の青木良介先生の仮説の続きから始まります。青木先生は、大阪で化石が見つかったマチカネワニ ── 大阪府豊中市の待兼山で化石が見つかった大型のワニ。日本で初めて学名が付けられたワニ化石として知られていますの近縁種である大型ワニが、龍の原型になったのではないかと考えています。
楊さんによると、この仮説が確からしいと言えるには、2つの前提条件がそろう必要があります。
条件1
マチカネワニの近縁種が、文明が生まれた後の中国大陸にも生息していたこと
条件2
「龍」や「ワニ」という漢字が、もともとその大型ワニを指していたこと
結論
2つがそろって初めて、大型ワニが龍の原型だという仮説が確からしくなる
1つ目の条件を裏付ける生物学的な発見は、収録の前年にあたる2022年に発表されました。名古屋大学、東京大学、中国の博物館による共同研究です。研究者たちは、広東省中の博物館に保存されているワニの骨の標本を片っ端から調べました。
調べた結果、広東省の博物館にあるワニの標本は、青木先生の言う通りマチカネワニの近縁種だと確認されました。標本からは生息していた時代も特定され、殷 ── 中国の歴史上、実在が確認されている最古の王朝。甲骨文字を用いたことで知られますと周の時代にあたる、紀元前1600年から紀元前3年頃だったそうです。
つまり何かというと、この大型ワニが、人間が歴史を記録し始めた以降まで、実は生き延びてて、人間と古代中国の人と共存していた可能性が非常に高いことが分かったんですね。
中国で特定されたこの大型ワニは、ハンユスクスと命名されました。マチカネワニと同じく非常に大きく、全長は最大6.2メートルに達します。
かなりでかいね。
一方で、2つ目の条件である「龍やワニという名前が大型ワニに与えられたこと」は、まだこれからの研究だといいます。それでも楊さんは、大型ワニが歴史に書き残される可能性が生物学的にわかっただけで大きなインパクトがあり、伝説や神話への影響を探る研究がここから開けていくと話しています。
「へー」で終わる事実が、なぜ「えー!」に変わるのか
ハンユスクスの発見の話を聞いた樋口さんは、同じ事実でも知り方によって受け止め方が変わると感じたそうです。
僕が(昔の)でかいワニがマチカネワニの近縁種ですってTwitterで見たとするじゃないですか。ふーん、ですよ。多分。
でもヤンヤンさんからこれとこれが証明されたらこれが証明されるんですって聞いた上で、なんと見つかったんですって言われたら、えーってなるんですよ。
樋口さんは、単独では「へー」で終わる研究結果が、ストーリーや他の事実と関連づけられることで、ある分野で大きな意味を持つ点に研究の面白さを見ています。
楊さんも、ラジオやデータベースの活動を続けるなかで、研究者の情熱には何度も感心させられてきたと応じています。樋口さんの感想に、楊さんは「苦労した甲斐があった」と笑います。
龍は嫌われ者だった?骨の傷と「呪詛の字」説
広東省の骨の研究からは、もう1つ事実がわかりました。古代中国の人々にとって、大型ワニは基本的に討伐の対象だったということです。
根拠は、大型ワニの頭の骨と頸椎に残っていた、鋭い金属による切り込みの痕です。調べると、殷や周の時代の青銅器による傷とみられ、ワニに深手を負わせて頭を切断した際についたものと考えられています。
(このワニは)嫌われてたんです、紀元前から。
違う違う、嫌われてたっちゃそうですけど、やっぱり人間に危害与える可能性が。
樋口さんは、家畜が食べられるおそれもあるので、大型ワニは仕方なく駆除する対象だったという捉え方もできるかもしれないと補っています。
楊さんによれば、人間に嫌われていたからこそ、この大型ワニには「龍」という名前が与えられたらしいといいます。現代では龍の字に縁起が良い、尊いといったポジティブな印象がありますが、龍の字には呪詛の意味が込められていたという説もあるそうです。
その説では、龍の字の元になった「竜」は、もともと封じて殺すための呪詛の記号だったと解釈されます。竜の字は刑罰用の刺青の針や、石の楔をかたどったものだとされています。
楊さんは、龍の甲骨文字 ── 殷の時代に亀の甲羅や動物の骨に刻まれた文字。占いの記録に使われ、漢字の最も古い形の1つとされますや青銅器に刻まれた文字を見ると、龍の頭に針や楔が刺さっているようにも見えると話します。もしそうなら、龍の字を刻むたびに呪いを込め、害を免れるよう祈願したと想像できます。
これ名前に龍が入ってる人、ちょっと嫌ですね。
樋口さんの冗談に対し、呪いを静められるという見方もできると話は転がります。楊さんのまとめでは、龍の字は厄介な存在を封じ込めるための呪詛として生まれた可能性がある、ということになります。
つまり龍という漢字は、なんか最初から空想の中の神聖な霊的な存在を示すために生まれたわけではないという可能性があると。
実体を離れた龍は、どうやって最高位の神獣になったのか
龍の歴史編の前回で語られたように、龍という名前はやがて大型ワニという実体から切り離されます。楊さんは、実体から解き放たれた龍がイマジナリーな世界で最高位クラスの神獣へと「ライジング」していったと表現しています。
実在の大型ワニとして討伐され、「龍」の字も封じるための呪詛だった可能性がある
実体を離れ、神話・伝承・信仰に取り込まれて最高位クラスの神獣になる
たとえば古代中国の神仙思想 ── 不老不死の仙人の存在を信じ、仙人になることを目指す古代中国の思想。のちの道教にも大きな影響を与えましたでは、龍は仙人たちの乗り物になりました。人を不死の世界に運んだり、死者を乗せて天界に導いたりする役割が物語の中で与えられています。楊さんは、人が龍の背中に乗るというキービジュアルの元ネタは、ここにあるかもしれないと話します。
仏教も龍の変遷に深く関わっています。仏教が生まれたインドには、ナーガという蛇の神様がいました。
インド
蛇の神ナーガが仏教に取り込まれ、仏法の守護神になる
中国
ナーガに「龍」の漢字が当てられ、既存の龍信仰と結びつく
日本
仏教テイストが加わった龍が最初に伝わる
ややこしい。
樋口さんは、日本に入ってきた時点で、龍にはワニ由来の要素と蛇由来のナーガの要素がすでにミックスされていたと整理します。楊さんは、この点にはいろいろな説があるとしたうえで、今回紹介している説ではそうなっていると応じています。
ドラゴンボールはなぜ生まれた?水を制御するインターフェース
神獣となった龍には、自然現象を操る、人の姿に変身するといった能力が次々と加わっていきます。なかでも有名な付属アイテムが龍珠、つまりドラゴンボールです。
楊さんによると、伝承の中のドラゴンボールは水をコントロールしたり、雨を降らしたり、風や火を呼んだりする聖なる玉です。水や火を避ける能力もあるとされ、本によっては、龍はこの玉を盗まれると自分の力を制御できなくなると解釈されています。
楊さんは、ドラゴンボールが生まれた背景に農耕を見ています。農耕では雨や川の水の量が適切であることが大事で、その現実のニーズから、龍が力をコントロールするためのアイテムとしてドラゴンボールが創造された可能性があるといいます。
この考え方では、洪水が起きたときは、龍が玉を盗まれたりなくしたりした状態だと解釈されます。
なるほどね。(水は)激しすぎてもダメだし、足りなくてもダメだから、制御するのが正解という概念があったんですね。
樋口さんは、龍が悪いのではなく龍が玉を失ったから災害が起きる、という発想には龍の正義を守る意味もあるのではと受け止めています。楊さんは、ドラゴンボールはもともと龍の願いを叶えるための玉のような立ち位置だと付け加えています。
皇帝と清の国旗が「中国=龍」をつくった
イマジナリーな世界に行った龍に起きた大きな出来事として、楊さんは漢帝国以降の中国の皇帝が龍を権威の象徴に使ったことを挙げます。天子、つまり皇帝の顔を「龍顔」と呼ぶのもその一例です。
漢帝国を建てた劉邦 ── 紀元前3世紀末に秦滅亡後の争いを制し、漢王朝を開いた初代皇帝。農民出身から皇帝に上り詰めた人物ですについて、楊さんは龍という宗教的なエネルギーの塊を政治的なパワーとして利用した人だと話します。劉邦は、龍の子としての血脈をブランディングしたといいます。
中国最後の王朝である清の旗にも、龍が描かれていました。清は外交のために中国の歴史上で初めて国旗を作り、国の象徴に龍を選んだそうです。
楊さんによると、そこから海外の新聞などのメディアを通じて、中国のシンボルは龍というイメージが定着していきました。
ふーん、ここからなんだ。
中国イコール龍でしょ。っていうのが、実体から分離されてフリーエージェント化した名前の龍がどういう成長をたどってきたかっていう話でした。
最終回となる次回では、龍のビジュアルがいつどのように統一されたのか、どう神格化したのか、そもそも人間はなぜ動物を信じ、動物を融合させたがるのかといった、人間の認識の話をする予定だと予告されています。
龍も想像なんで、我々も想像するしかない。
樋口さんは、想像上の動物について想像の中でずっと考えていることに気づき、人間はすごいと改めて感じたと締めくくっています。
まとめ
龍の歴史編第3回では、龍の原型とされる大型ワニの実在が2022年の研究で裏付けられたことを起点に、嫌われ封じられた存在だった龍が、神仙思想や仏教、皇帝の権威、清の国旗を通じて愛される神獣になっていく流れが語られました。
- マチカネワニの近縁種ハンユスクスが、殷・周の時代の中国に生息していたことが骨の研究で確認された
- 骨に残る青銅器の傷から、大型ワニは討伐対象だったとされ、「龍」の字も呪詛の記号だったという説がある
- 実体を離れた龍は、神仙思想の乗り物や、ナーガと結びついた仏教の守護神として神獣化した
- ドラゴンボールは、農耕に欠かせない水の量を龍が制御するためのインターフェースとして生まれた可能性がある
- 劉邦のブランディングや清の国旗を経て、「中国=龍」のイメージが定着した


