なぜ人物ではなく「龍」を語るのか
この回は、コテンラジオのショート編として、楊睿之さんがメインスピーカーを務め、東洋の龍の起源を語るシリーズの初回です。収録はサラディンと十字軍編の配信中に行われ、初期メンバーの3人がそろって話すのは久しぶりだといいます。
深井さんは、社会構造を扱う重いシリーズが続いたことを「胃もたれ」と表現します。しばらくはアレクサンドロス編のように、話として面白く、知っておいたほうがいい人物の話をやりたいと話し、楊さんはこの路線を「野蛮人列伝」と呼んでいます。
いやなんかやっぱ構造系をさ、食べ過ぎたよね。あの三部作がすごい人胃もたれして。
そのうえで楊さんが示したテーマは「燃えよ龍の歴史 人類を魅了し続ける神獣の起源」でした。人間の歴史の次は動物に手を広げようと考え、最初は犬や猫も検討したものの、話が広がりにくいと感じて龍を選んだといいます。
龍は広がる。だってですね、想像してるから人間が。
樋口さんも、龍には何か社会的な意味が付けられていそうだと応じます。深井さんが「動物でもなく神獣だ」とツッコむなか、楊さんはこの企画を「野蛮動物列伝」と名づけました。
十二支に紛れ込んだ「金髪革ジャン」
楊さんが龍に興味を持ったきっかけは、子どもの頃から抱えていたモヤモヤです。十二支 ── 子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種の動物で年や方角を表す中国由来の仕組み。日本では干支とも呼ばれますの中で、龍だけが実在しない動物なのはなぜなのか、という疑問でした。
樋口さんは、4歳の息子の虎之介さんが十二支を覚えてきたとき、龍が存在しないことがよくわからず、動物園にいるのかと聞かれて困ったというエピソードを話します。
なんかスーツ着てみんな面接に受けてきてるのに、一人だけなんか金髪革ジャンのがいるみたいな。
それでも龍はとても人気があり、あらゆる時代と場所に「生息」しているというのが楊さんの見立てです。楊さんは、身の回りで龍が登場する場面を次々に挙げていきます。
- 人名: 深井龍之介さん、坂本龍馬
- 言葉: 竜宮城、登竜門、恐竜、薬の龍角散
- 作品: ドラゴンクエスト、ドラゴンボール、ポケモンのドラゴンタイプ
- 必殺技: 昇龍拳、るろうに剣心の九頭龍閃、邪王炎殺黒龍波
- 祭りと信仰: 熊本県菊池市の菊池白龍祭、長崎くんちの龍踊り、龍神を祀る神社
- 美術と国旗: 日光東照宮の鳴龍、横山大観の絵、ブータンの国旗
日光東照宮の鳴龍は、天井に大きな龍が描かれ、その頭の下で木を打つと音が反響して龍が鳴いているように聞こえるものだと楊さんは紹介します。さらに入れ墨やスカジャン、オカルトの世界でも龍は人気で、長い間人間と共存してきた存在だとまとめています。
樋口さんは、タイトルの元ネタであるブルース・リーの『燃えよドラゴン』にも触れました。楊さんはそれを受けて、龍は強いものの象徴としても使われていると補足しています。
見えない、触れない龍をどう研究するのか
楊さんによれば、龍を理解するのは簡単ではありません。理由は単純で、龍は実在しないからです。目に見えず、触れず、観察も解剖もできず、化石もないため、生物学のような方法で起源を探ることは難しいといいます。
龍は想像上の産物であるが故に、龍を知るにはまた想像するしかないんですよね。
しかも想像上の動物であるため、姿や性格、属性は人や時代によってさまざまです。樋口さんは、空に浮かんで飛ぶのが東洋の龍、地面にいて炎を吐くのが西洋のドラゴンで、両者はフォルムからして分かれると指摘しました。
一方で、楊さん自身も今回勉強して初めて知ったのが、龍の研究は歴史学、民俗学、考古学、宗教学、美術、神話伝承の研究など、多くの分野で行われているということでした。考古学では、遺跡から龍をかたどったものが出土するといいます。
龍の研究テーマも幅広く、政治や儀式、神話の中で龍がどう描かれたか、時代や文化圏ごとに見た目がどう違うか、龍の文化がどう伝わり受け入れられたか、龍という概念がいつどこで生まれたか、などがあると楊さんは紹介します。
ただし、龍の起源ひとつを取っても定説はありません。古い時代ほど文献や資料が乏しくなるため、推論で組み立てるしかないからです。楊さんは、学者たちがそれぞれエッジの効いた説を主張し合う状況を「IPPONグランプリみたい」と表現しています。
そこで今回のシリーズは、龍の歴史のなかでも起源に絞り、さらに中国で生まれた東洋の龍に限定し、数ある仮説の中から1つを取り上げると楊さんは宣言します。西洋のドラゴンの話は今回はしないとのことです。
深井さんは、このシリーズを「人間の想像力の歴史」だと受け止めています。
神龍の姿は、実在する動物のキュレーション
本題に入る前に、楊さんは東洋の龍についての前提をそろえます。龍の画像を見せられれば、誰もが示し合わせたわけでもないのに「龍だ」と答えられます。楊さんは、共通の龍のイメージを多くの人が共有していること自体がすごいことであり、それがいつ頃インストールされたのかという疑問もあると話します。
具体的なイメージとして、楊さんは神龍 ── 漫画『ドラゴンボール』に登場する龍。7つのドラゴンボールを集めると現れ、願いを叶えてくれる存在として描かれますを例に、その見た目の特徴を挙げていきます。
深井さんは、自分の龍のイメージは『まんが日本昔ばなし』のオープニングに出てくる龍でインストールされたと振り返ります。その龍は緑色で、手を1本前に出している姿が可愛いのだそうです。
楊さんが強調したいのは、龍が実在する動物の部位を組み合わせた存在だという点です。いろいろな動物の特徴を「キュレーション」しているのだから、龍はコテンラジオだ、と楊さんが言い出し、深井さんに「抽象化しすぎ」と突っ込まれる場面もありました。
意味のないまとめ方だわ。抽象化しすぎて。そう。でも確かにね、見たことない部位はない。
楊さんは、キリンやユニコーン、天狗も実在のものを組み合わせていると続けます。なぜ動物を組み合わせたのか、どの動物を選んだのか、原型の動物はいたのか、どんな時代背景があったのか、という論点が生まれると整理しました。深井さんは、龍に人間の部位が入っていない点も面白いと話しています。
龍の属性についても、楊さんは整理しています。人知を超えた神秘的な存在で、めったに人前に現れず、空や海、川、滝、山にいそうで、強さと畏れ多さを兼ね備え、御利益があるというイメージです。東洋の龍はポジティブな存在で、西洋のドラゴンはもともと邪悪なモンスターとして扱われていた点が対照的です。
なんか交差点とかにいたら嫌。スーパーの袋持って龍いたら嫌ですね。
能力としては、羽がないのに風や雲、気に乗って飛び、雷や雨、嵐を呼びます。人間や他の動物に化けることもでき、『西遊記』で三蔵法師が乗っていた白馬も、もとは龍だったと楊さんは紹介しました。
古代の「龍」は、今の龍と同じものだったのか
楊さんは、龍の起源を語るうえでの裏テーマを提示します。現代人が思い浮かべる龍と、古代中国の人が呼んだ龍は、同じものを指しているとは限らない、という論点です。
古代の中国の人が使っている龍という名前と結びつけられている対象っていうのは、我々から見ると龍に当てはまらないかもしれない。
楊さんによれば、長い歴史の中で名前と実体の関係性が変わったり壊れたりすることはよくあります。例として、日本語の「遊ぶ」はかつて楽器を演奏したり歌を詠んだりする意味だったことを挙げ、同じことが龍にも起きているのではないかと話しました。
その手がかりとして楊さんが紹介したのが、司馬遷 ── 前漢の時代の歴史家。中国の歴史書の古典とされる『史記』を編纂しましたによる『史記』の記述です。伝説上の夏王朝 ── 中国最古とされる伝説上の王朝。実在をめぐっては議論が続いていますの帝孔甲が、空から降りてきた龍のつがいを飼育したという話が載っているといいます。
この話では、メスの龍が死んでしまい、飼育係がその肉を帝に献上しました。肉が美味しかったので帝はさらに求めましたが、調達できるはずもなく、飼育係は逃げてしまったといいます。
なんか怪しくない?
楊さんは、想像上の獣であるはずの龍が、歴史書の中で実在のもののように書かれている点に注目します。この記述が伝承やメタファーである可能性に加えて、実在する何かの動物を当時の人が「龍」と呼んでいた可能性もあるといいます。
実在の動物
ある実在の動物を、当時の人が「龍」と呼ぶ
名前が剥がれる
何かの理由で、「龍」という名前がその実体から離れる
想像上の龍へ
名前だけが残り、イマジナリーな龍になっていく
深井さんは、竜巻で魚が空から降ってくることもあると指摘します。天から降ってきた部分だけが脚色で、飼育して食べたのは本物の動物だった可能性もある、と3人で想像を広げていきました。
ただし、この仮説を確かめるのは簡単ではありません。楊さんによれば、「龍」という名前が書かれた文献と、絵や像のように見た目がわかる資料の両方がそろわないと、「この時代の人はこの形の動物を龍と呼んだ」とは言えないからです。こうした地道な同定作業を、多くの研究者が続けているといいます。
出演陣からは、中国の古い話に出てくる、宮殿で人間のように暮らす龍王の姿も話題に上がりました。神龍のような姿では台所で料理をする様子が想像しにくいので、当時の人は人間型の存在を「龍」と呼んでいたのかもしれない、という見方です。
さらに、「龍」と「ドラゴン」が互いの翻訳語とされているのに、日本人は両者を別の姿で思い浮かべているというちぐはぐさも指摘されました。現代でもこれほど混乱しているのだから、印刷物も写真もなく、移動も難しかった古代に龍のイメージが統一されていたと考えるほうが難しい、という議論です。
名前と実体に対して共通概念を持つっていうハードルがやっぱ高かったですもんね、古代は。
それでも「龍」という存在はずっと受け継がれてきました。楊さんは、研究文献のほとんどが仮説や解釈で、事実はまだ解明の途中だと述べます。そのうえで、どの動物が東洋の龍の原型になったのかという仮説の1つを次回以降に紹介すると予告して、この回は締めくくられました。
まとめ
今回は、龍の起源そのものに入る前の準備として、龍がなぜ面白く、なぜ研究しにくいのかが整理されました。次回以降は、東洋の龍の原型になった動物についての仮説が語られます。
- 龍は十二支で唯一実在しない動物だが、人名、言葉、作品、祭り、国旗など、あらゆる場所に登場する
- 実在しないため化石も観察対象もなく、龍の起源に定説はない。研究は多分野にまたがる仮説の集積である
- 神龍のような龍の姿は、蛇や鷹、鹿、ナマズなど実在する動物の部位を組み合わせてできている
- 古代の人が呼んだ「龍」が今の龍と同じとは限らず、名前と実体を分けて考える視点が重要になる


