革命の終盤、なぜ「強いやつ」が必要になったのか
フランス革命編の終盤に、ついにナポレオンが登場します。楊さんは、ナポレオンだけで一本のシリーズができるほどなので、この回ではポイントに絞って話すと前置きします。
ナポレオンが何をどうすごいのかよくわかっていないという樋口さんに対し、楊さんはまず背景から説明します。革命の政権の中心は、貴族からブルジョワ、平民、そして原理主義的なロベスピエール ── フランス革命期の政治家。ジャコバン派を率いて恐怖政治を主導し、多くの反対派を処刑しましたが、最後は自らも処刑されましたらへと移り変わっていきました。
楊さんによると、担い手が若かったこともあり、革命の後半になるほど合意形成は議論より感情や衝動に頼るようになります。ロベスピエールが処刑された後は、強行手段に訴える傾向がさらに目立つようになったといいます。
(ブルジョワは)民衆の力が使えなかったんですよ。彼らが頼ったのが軍隊だったんですよね。
ロベスピエールは民衆の代表的な存在でした。その彼を処刑した残りのブルジョワ層は民衆の力を頼れず、何かあると軍隊を議場に入れて場を静めさせたといいます。こうして政治の中での軍のプレゼンスが高まっていきました。
深井さんは、外からの圧力も加わっていたと付け加えます。ヨーロッパ諸国が結成した対仏大同盟 ── 革命後のフランスに対抗するため、イギリスやオーストリアなどヨーロッパの国々が結んだ同盟。番組では前後合わせて7回結成されたと説明されていますに囲まれていたからです。
単純にマジで強えやついないと死ぬ。
深井さんの整理では、それまで政権を握ってきたのはイデオロギーを掲げる人たちでしたが、全員うまくいきませんでした。戦争で囲まれ、財政もよくなく、着地点も見えないなかで、イデオロギーではなくスキルへのニーズが高まっていったといいます。
革命の終盤にナポレオンが求められるまでの流れは、次のように整理できます。
合意形成の荒廃
議論より感情や衝動で人を殺したり物事を決めたりするようになる
民衆の支持の喪失
ロベスピエールの処刑後、残ったブルジョワ層は民衆の力を頼れなくなる
軍への依存
議場に軍隊を入れて場を静めるなど、政治の中で軍のプレゼンスが高まる
外敵の脅威
対仏大同盟に囲まれ、戦争に強い人物が必要になる
ナポレオンの登場
戦争に勝ち続けるリーダーが社会に迎えられる
楊さんは、ナポレオンが出てきて戦争に勝ちまくったと話します。対仏大同盟は前後合わせて7回結成され、ナポレオンは大失敗もありながらほとんどの戦いで勝ったといいます。
やっぱナポレオンがいなければ確実にやっぱフランスが地図からなくなってましたよ。
深井さんは、ナポレオンは攻めてきた国を逆に傘下に入れてしまうほどだったと補足しています。
戦争だけではない、内政とマネジメントの天才
ナポレオンのすごさは戦争の強さだけではありません。楊さんは、ナポレオンは内政もうまく、フランスの文化や建築、特に理工系の科学者を保護したと説明します。この点は今も評価されているといいます。
「脳筋ではなかった」という樋口さんの言葉に、楊さんも同意します。深井さんは、ナポレオンの統治のうまさが不思議だと話します。
(ナポレオンは)統治とかもすごくうまいんですよ。だからなんでできるか不明なんです。
深井さんによると、ナポレオンのキャリアには統治の力を培う要素がなかったはずだといいます。ナポレオンは一応貴族でしたが、田舎の権力のない貴族でした。しかも生まれは、ジェノヴァ共和国の支配下にあったコルシカ島 ── 地中海に浮かぶ島。イタリア半島の西にあり、ジェノヴァ共和国の支配を経て1768年にフランス領となりましたです。
(コルシカ島は)この人が生まれる直前にフランスの領土になったんですよ。だからずっとイタリア語で育ってるんですよ、この人。
だからフランス語にすごいなまりがあって、フランスの貴族とかフランス人に相当バカにされて、そのコンプレックスもあったんですよね。
楊さんは、このコンプレックスがナポレオンのエネルギー源の一つになったと見ています。樋口さんは、ここでも個人的な感情が歴史を動かしていると反応します。深井さんは野心もあったと付け加えます。
楊さんによると、ナポレオンがフランス軍を率いてヨーロッパ中で戦ったことで、フランスが国民国家になったという見方もあります。当時のフランスは共和制にはなっていましたが、精神的にはまだ近代的な国民国家ではありませんでした。人々がフランス人として戦ったことで、フランス人という意識が生まれたのではないかというのが楊さんの説明です。深井さんは、それも革命があったからこそできたことだと補足しています。
深井さんは、以前のシリーズで扱ったヒトラーとの構造的な共通点も指摘します。ヒトラーは戦争に勝って権力を得たわけではありませんが、外敵への恐怖を克服してくれる人物への期待が権力の源になった点は似ているといいます。
楊さんと深井さんは、ナポレオンが実際にカリスマだったと話します。名言を数多く残し、記憶力がよく、目の前の状況をすべて覚えたうえでその場で的確に判断できる人物だったといいます。睡眠時間は3時間ほどだったともいわれ、樋口さんは思わず「いいなぁ、なりてぇ」と漏らしています。
楊さんは、ナポレオンが国外で戦争をしている最中も、国内の政治家に手紙を送り続けていたと紹介します。
めっちゃ細かく管理するんですよ。補修工事どうなったとか、あそこの法律どうなったとか、ずっとやっぱりマネジメントしていくんですよ。
周囲もナポレオンを尊敬していたので、その細かな管理を受け入れました。ナポレオン自身にも、それをこなすだけの能力があったといいます。ナポレオンが移動すると、その陣地を中心に郵便システムができあがったそうです。
すごいよね。今はね、ネット使えてもそのマネジメント、リモートマネジメント難しいのにさ。
樋口さんは、今ではマイクロマネジメント ── 上司が部下の仕事を細部まで管理・指示するやり方。部下の主体性を損なうとして、現代の組織論では避けるべきとされることが多い手法ですは避けたほうがいいとされるのに、当時のナポレオンは完璧にこなしていたと驚きます。深井さんは、このやり方が始皇帝に似ていると話します。優秀だからこそ、自分でやったほうがうまくいく人だったという見立てです。
勝ち続けた英雄は、なぜ転落したのか
深井さんは、ナポレオンはタレーラン ── フランスの政治家・外交官。革命期からナポレオン時代、王政復古期まで要職を歴任し、時代ごとに立場を変えながら生き残った人物として知られますと仲が悪かったと話します。楊さんによると、タレーランはナポレオンと方向性がかみ合わずに遠ざけられ、最終的にはナポレオンを退位させる側に回ります。
楊さんは、ナポレオンが民衆の支持を得る手段は戦争に勝ち続けることだったと説明します。勝った後には、占領地をどう治め、どう付き合うかという外交が重要になります。ところがナポレオンの周りには外交を担う人材があまりおらず、それが転落の原因の一つになったといいます。
「落ちていくんですか?」と驚く樋口さんに、深井さんはナポレオンの最期を伝えます。
結局なんか変な島に飛ばされて。セントヘレナ島だったかな。そこで死にます。
深井さんと楊さんによると、ナポレオンは政治的に敗れたといいます。深井さんは「結局全員ダメなんかいってなる」と、強い人物が次々に倒れていく歴史に感嘆します。樋口さんはその連鎖を、『幽遊白書』で強い者がさらに強い者に負けていくトーナメントになぞらえました。
楊さんは、ナポレオンが政治的に負けたきっかけとして、ロシア遠征での大失敗を挙げます。ナポレオンは国中から大軍を集めてロシアに攻め入りましたが、遠い道のりで行きは猛暑、帰りは極寒でした。そうした条件を十分に考慮できず、兵のほとんどを失い、わずかな兵だけがやっとフランスに帰り着いたといいます。
この大失敗を見て、国内の反対勢力や国外の勢力が「チャンスかもしれない」と勢いづいたことが大きかったと、楊さんは説明しています。
何年間ですか?二十何年間とか、ずっとヨーロッパから守ってきて、守ってきて、たった一回の失敗でそんなことさせられるんですか。
(ロシア遠征では)フランス国内の兵隊だけじゃなくて、統治している海外からも兵隊を呼んだりしてるんですよね。だから喋ってる言葉も違うから、意思疎通があんまりできなかったみたい。
楊さんによると、規模が大きすぎて、ナポレオンでもさすがにマネジメントしきれなかったようです。
戦勝による支持
戦争に勝ち続けることで民衆の支持を確保する
外交人材の不足
占領地の統治や外交を担う人材が周りに少なく、タレーランとも対立する
ロシア遠征の大失敗
遠さと寒暖を十分に考慮できず、言葉の違う兵の大軍で兵のほとんどを失う
反対勢力の台頭
国内外の勢力がチャンスと見て勢いづき、ナポレオンは政治的に敗れる
社会の要請によって、多分こういう人が出てきたんでしょうね。一回その危機が去ったからどうでもよくなったんでしょう、多分。
深井さんは、戦争に強いことの次の段階に入った時点で、ナポレオンは権力を維持できなくなったのではないかと推測します。樋口さんは、ナポレオンが「俺はできる」と思い、ただ勝つだけでは満足できなくなって大軍を率いたのかもしれないと想像しつつ、「わからないですね」と留保しています。
フランス革命を終えて、民主主義をどう見るか
ナポレオンの話をもって、長く続いたフランス革命編はエンディングを迎えます。出演者たちは、全何回にわたったのかわからないほど話したと笑い、樋口さんは喋りすぎて声が枯れたと話します。
フランス革命の感想を聞かれた樋口さんは、まず「複雑でした」と答えます。一つひとつ順を追えば理解できるものの、全体を俯瞰すると、誰と誰が味方だったのかを途中で見失うことがあったといいます。樋口さんはその感覚を、話の込み入った『HUNTER×HUNTER』を読んでいるようだと表現しています。
(登場人物は)ほんと一人一人結構キャラ立ちしてるんで、本当は全員紹介した方が分かりやすくはあるんですけど、情報量多いけど無理なんですよね。
樋口さんが冨樫先生に漫画化してほしいと話すと、深井さんは『ベルサイユのばら』や『レ・ミゼラブル』の名前を挙げます。『レ・ミゼラブル』はフランス革命より後の時代の話らしいと深井さんは話しています。
樋口さんの主観的な感想は、個人の考えや特徴で世界が大きく動いているということでした。幼少期の体験からこう考えてこう動く、という人々の判断が歴史を作っていると感じたといいます。
なんか世界ってこんな微妙な右左どっちどっちどっち、右左ぐらいの感覚の積み重ねで、なんかこう全てが決まってるなっていう感覚。
樋口さんは、革命の中で一票差で決まった場面などを念頭に、ちょっとしたことで今の安定した日本もなかったかもしれないと話します。そこに歴史のロマンや面白さがあり、何がいいのかは本当にわからないと続けます。深井さんも、その点をすごく伝えたいと応じています。
いろんな人出てきて、いろんな考え方あって、別に誰も悪くないなって思うし、誰もなんか尊敬すべきレベルだとも思わないっていう感じがすごい。
樋口さんは、客観的に語ってきた二人にあえて主観を尋ねます。登場人物についてでも、フランス革命がもたらした民主主義の良し悪しについてでもよいので、最後に主観的な意見を聞きたいという問いかけです。
すごい今、僕らにとってはその民主主義が一番ベストだっていう風に思われてるんですけど、実際また時代が変わったら違うかもしれないし。
深井さんは、今も世界の百数十か国の中には独裁制や王制の国があると話し、フランス革命を学んで民主主義というシステム自体を捉え直せたと語ります。樋口さんは、暫定的に民主主義が正解とされている今だからこそ、それを疑い直す意味もあるかもしれないと受け止めます。深井さんは、民主主義は今のところ一番ましなシステムではあると答えています。
民主主義は最低の状態にならないためのシステムだって言ってて。なるほど。だから最善を目指すんじゃないんですね。
樋口さんは、ヒトラー編で深井さんが紹介したこの言葉が心に残っていたといいます。深井さんは、恐怖政治の経験を踏まえて二院制が生まれ、今の衆議院と参議院につながっていると説明します。最低のことが起こりまくったから、それを学んで改善させていった結果が今の制度だという見方です。
ロベスピエールの「矛盾」は批判できるのか
深井さんは、樋口さんの最初の問いに戻り、フランス革命の登場人物を主観的にどう見たかを語ります。深井さんには、特定の一人だけを良い・悪いと捉えることはほとんどなく、それぞれの人物に自分のさまざまな側面を重ねて見ているといいます。
深井さん自身の中にも、ロベスピエールのように物事を二項対立で捉えるときもあれば、複数の視点で捉えるときもあります。自分の中にいるいろいろな自分と歴史上の人物を重ねると、彼らの気持ちがわかったつもりになれるというのが深井さんの見方です。深井さんは、ロベスピエールがどんな気持ちで演説していたのかもわかる気がすると話します。
樋口さんは、ロベスピエールを「人を殺したひどい奴」と見るのも、今の価値観を通した見方かもしれないと話します。当時の戦況の中では、一人の人間の命の価値の感覚が今とまったく違ったはずだというのです。
樋口さんによると、反対勢力を排除したことで、当時のフランスはスピード感やまとまりを得て、より力強く突破口を開けたという面もあります。深井さんはそれを「破壊力」と言い表しました。
深井さんはさらに一歩進め、人間はもともと矛盾を内に抱えた存在だと話します。ロベスピエールについてよく言われる「人権を唱えながら人を殺しまくった」という批判にも、深井さんは意味がないと考えているといいます。
深井さんは、民衆の側も人権を唱えながら虐殺を行い、反対分子が怖くて殺していたと指摘します。一見矛盾しているように見えても、それが人間として普通の姿なのだと深井さんは語ります。
だからそれ(矛盾)を批判するってことは、人間の根本を批判してるのとあんまり変わらないと思う。だからなんかトイレ行くからクソって言ってんのと一緒ですよね。
多少こういうなんか人間に対する見方をみんな多少抱いていれば、ちょっと世界はギスギスしなくても済むのかなと個人的に思ったりもしますけどね。
樋口さんは、自分は物事を「コンパイル」するように決めつけてブラックボックス化しがちだと振り返ります。そう決めつけなければいけない場面もあると認めつつ、人間はそういうものではないと受け止めました。
深井さんは、決めつける人と決めつけない人の違いはそれだけで、どちらも大事だと答えています。最後は樋口さんの冗談まじりのまとめで、長かったフランス革命編は幕を閉じます。
まとめ
フランス革命の終盤、合意形成が荒れて軍への依存が強まり、対仏大同盟に囲まれたフランスは、戦争と統治に秀でたナポレオンを迎えました。しかしロシア遠征の失敗をきっかけにナポレオンも政治的に敗れ、シリーズの最後には、民主主義を「最低を避けるシステム」として捉え直す視点と、矛盾を抱えるのが人間だという見方が語られました。
- イデオロギーを掲げた政権が次々に行き詰まり、外敵の脅威も重なって、戦争に強い人物へのニーズが高まった
- ナポレオンは戦争だけでなく内政やマネジメントにも優れ、遠征先からも国内を細かく管理していた
- 外交人材の不足とロシア遠征の大失敗をきっかけに、国内外の勢力が勢いづき、ナポレオンは政治的に敗れた
- 民主主義は最善を目指すより最低を避けるための、今のところ一番ましなシステムだと語られた
- 人権を唱えながら人を殺したロベスピエールの矛盾も、矛盾を抱えた人間の普通の姿として理解できると深井さんは話した




