親友の死が呼び覚ました「死の恐怖」──ギルガメシュが不死を求めた理由
歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO)のギルガメシュ編第6回では、解説役の深井龍之介さんとMCの樋口聖典さんが、エンキドゥの死とギルガメシュの変化を語ります。神々の裁きによって親友を失ったギルガメシュは、初めて「死」の恐怖を切実に感じ、不死を求めて旅立つことになります。その内容をまとめます。
神々が下した「死刑宣告」
前回、イシュタルメソポタミア神話の女神。愛と戦いを司り、神々の中でも強大な力を持つ。ウルクの守護神でもあった。の求婚を断ったギルガメシュとエンキドゥは、女神が放った天の牛を倒しました。しかし、この勝利は代償を伴うことになります。
深井さんによれば、イシュタルはウルクの生殺与奪の権を握る守護神であり、神々の最高幹部「神セブンメソポタミア神話における最高位の7柱の神々。アヌ(天空神)、エンリル(風と嵐の神)、エア(知恵の神)、イシュタル(愛と戦いの女神)、シャマシュ(太陽神)などが含まれる。」の一員です。さらに、以前倒したフンババ神エンリルが任命した杉の森の守護神。神々の領域である杉の森を守護していたが、ギルガメシュとエンキドゥに討伐された。は、神セブンのリーダー格であるエンリル風と嵐を司る神。神々の実質的なリーダーで、天空神アヌに次ぐ権力を持つ。人間界の秩序を厳しく管理する。が任命した守護神でした。つまり、ギルガメシュたちは神々の権威に二度も挑んだことになります。
ある夜、エンキドゥは夢を見ます。神々が会議を開き、ギルガメシュとエンキドゥの処遇を議論している夢でした。穏健派の会長である天空神アヌメソポタミア神話の最高神。天空を司り、神々の会議の議長を務める。通常は穏健だが、今回は厳しい判断を下した。でさえ「二人のうち一人が死ななければならない」と言い、エンリルが「エンキドゥが死ぬべきだ」と宣告しました。
穏健派の会長をもってして、もうこれはダメだと。譲歩の余地なしというシビアな案件ですよね。
ギルガメシュの守護神である太陽神シャマシュ正義と太陽を司る神。人間界に近い立場を取り、ギルガメシュの守護神として行動を支援してきた。神セブンの一員だが、立場は高くない。は「彼らは私の命令で行動したのに、なぜエンキドゥが死ななければならないのか」と反論しましたが、エンリルに一蹴されます。結局、エンキドゥの死が決定されました。
目を覚ましたエンキドゥは、すぐに病に倒れます。熱病に苦しみながら、徐々に弱っていきました。ギルガメシュはエンリルに死の宣告を撤回するよう嘆願しますが、聞き入れられることはありませんでした。
エンキドゥの呪いと太陽神の諭し
死を悟ったエンキドゥは、錯乱状態で呪いの言葉を吐き始めます。その対象は、彼を野原から連れ出した狩人と宮女シャムハトイシュタル神殿に仕える神聖娼婦。野生のエンキドゥを文明世界に導き、人間としての生き方を教えた女性。でした。「自分があの時連れ出されなければ、こんな結末にはならなかった」という逆恨みです。
シャムハトの美しい腰を酒かすが汚すようにとか、神殿で着る晴れ着を酔っ払った男が嘔吐で汚すようにとか、酔っ払いや飢えた男がお前の頬を打つようにっていう呪いの言葉をね、かけるんですよね。
なんかあれですね、関西の人がふざけて言うやつみたいな。お前ケツから手突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろか的なやつ言いますね。
深井さんは、当時は言葉に出したことが現実に影響を及ぼすという観念があったかもしれないと指摘します。呪いは単なる悪口ではなく、相手に実害を与える行為だったのです。
この呪いを聞いた太陽神シャマシュは、エンキドゥを諭します。「シャムハトは、あなたに神にふさわしいパンや王者の酒、立派な衣服を教えてくれたではないか。彼女のおかげで、あなたは親友ギルガメシュと出会えたのだ」と。
シャマシュは続けます。「ギルガメシュはあなたの最愛の兄弟のような友人となり、今もあなたのそばで見守ってくれている。ウルクの人々もあなたへの悲しみで心を一杯にしている」。この言葉に、エンキドゥは怒りを静めました。
深井さんは、シャマシュがここでギルガメシュをフォローしている可能性を指摘します。天の牛討伐後、ギルガメシュは自分の功績だけを讃えさせ、エンキドゥを公に褒めることはありませんでした。シャマシュはエンキドゥの心に残ったモヤモヤを和らげようとしたのかもしれません。
「忘れないでくれ」──親友が残した言葉
エンキドゥの体は日に日に弱っていきます。死を覚悟した彼は、ギルガメシュに最後の言葉を残しました。「私が死んだ後も、私のことを忘れないでくれ。フンババとの戦いの前、私は怖じ気づいた。でもあなたと共に戦った。私があなたと共に歩み続けたことを、忘れないでくれ」。
忘れ去られるのが怖いんですよ。なので、本当にギルガメシュ、私のことをずっと覚えてくれと。っていうことを言ってます。
樋口さんは、死後も記憶に残りたいという感覚が、すでにこの時代に存在していたことに驚きを示します。「名を残す」という価値観が、何千年も前から人間の根幹にあったということです。
そして7日間の苦しみの末、エンキドゥは息を引き取ります。ギルガメシュは親友の胸に手を当てますが、心臓は動いていません。彼は「まるで子供を奪われたメスのライオンのように」取り乱し、髪をかきむしり、服や装飾品を引きちぎって投げ捨てました。
ギルガメシュは国中の職人に命じ、エンキドゥの像を作らせます。手足は銀、胸にはラピスラズリ、本体は金で作られた豪華な像でした。そして盛大な葬儀を行いました。
葬儀の場で、ギルガメシュは初めてエンキドゥを公に讃えました。「私は我が友エンキドゥのために泣く。彼は我が剣だった。我ら二人は森のフンババを征伐し、天の牛を殺し、全ての土地を征服した」。しかし、その時にはもう親友はこの世にいませんでした。
死の恐怖とメソポタミアの冥界観
親友を失ったギルガメシュは、根底から変わります。これまでの彼は、自分の寿命が有限であることを「理屈として」理解していただけでした。むしろ「死ぬからこそ名を残そう」とポジティブに捉えていました。
しかし、エンキドゥの死は、ギルガメシュに初めて「死の恐怖」のリアリティを突きつけました。深井さんはこう説明します。
マジでほんと死ぬのって怖い。切迫した痛みを伴うくらいのリアリティをギルガメシュは感じてしまったんですよね。この時彼は人生で初めて自分の寿命が限りあるっていうことを切実に恐れるようになるんですよ。
樋口さんは、小学生の頃から「人はみんな死ぬもの」という知識はあっても、本当の意味では実感していなかったと振り返ります。身近な人の死を経験して初めて、死がリアルなものとして迫ってくる──その感覚がギルガメシュにも起きたのです。
さらに深井さんは、メソポタミアの死生観が、ギルガメシュの恐怖をより深刻なものにしたと指摘します。死の直前、エンキドゥは冥界古代メソポタミアの死後の世界。地下にあり、暗く乾いた場所で、怪物や悪霊が住む恐ろしい場所とされた。の様子を夢に見ました。それをギルガメシュに伝えています。
冥界は薄暗く、食べ物は塵と粘土です。ワシの爪のような鋭い爪を持った番人がおり、人間の手は鳥の手のように変形させられます。冥界の女王エリキシュガル冥界を統治する女神。「暗黒の家」に住み、そこに入った者は二度と出ることができない。が統治する「暗黒の家」に連れて行かれると、もう二度と戻れません。
① 全ての人間が行く場所
生前の行いや身分に関係なく、死んだ者は例外なく冥界に行く。天国と地獄のような選別はない。
② 二度と戻れない
一度入ったら復活も脱出もできない。生き返ることは不可能。
③ 暗く恐ろしい場所
薄暗く、食べ物は塵と粘土。怪物や悪霊が住み、人間性が奪われる。
深井さんは、この冥界観が「救いのない世界観」だと説明します。善行を積めば天国に行けるという希望もなく、ただ暗く恐ろしい場所に行くだけ。これがギルガメシュの恐怖をさらに深めました。
なんか嫌やな。嫌な世界観。
ただし、別の伝承では、生きている者から供養を受ければ冥界でのQOL(生活の質)が改善されるという考え方もあったようです。このため、葬儀や副葬品が重視されたのです。
不死を求めて──伝説の人間に会いに行く
親友の死と冥界の恐怖に直面したギルガメシュは、「不死になりたい」と強く願うようになります。深井さんは、この願いは普遍的なものだと語ります。
僕も考えたことありますもん。子供の時。なんだったら今もちょっとありますもん。死にたくないんですよ、僕。死ぬのは分かってるよ、理屈では。ただ、やっぱ死は怖いんです。永遠に生きたいんですよね。
樋口さんは、死後の世界は誰も見たことがないのに、何千年も前から人類は死について考え続けてきたと指摘します。それは「納得して安心するため」であり、宗教や文化の根幹を成す問いだと言います。
深井さんは、ギルガメシュ叙事詩が「生と死という究極の問い」を扱っている点を強調します。死と生にどう向き合うかによって、宗教、芸術、哲学、文化、制度が分岐していく。そのテーマを、この物語は扱っているのです。
ギルガメシュは、不死を得た人間がいるという情報を得ます。それは、はるか昔の大洪水から生き残ったウトナピシュティム大洪水伝説の生き残り。神々が人類を滅ぼすために起こした洪水から、知恵の神エアの助けで家族と共に生き延びた。別の伝承では「アトラハシス」とも呼ばれる。(別名アトラハシス)です。
ウトナピシュティムは神々から不死を授けられ、今も遠い場所に住んでいるといいます。ギルガメシュは、彼に会えば生と死の秘密を知ることができると確信し、放浪の旅に出ることを決意します。
すげえ賢者アトラハシスに会いに行くんや。
ウトナピシュティムですね。ここから一気にエンディングに行くんですよね。
樋口さんは「エンキドゥ編が終わり、不老不死編に突入する」とまとめます。果たしてギルガメシュは不死を手に入れることができるのか。次回以降、物語はクライマックスに向かいます。
まとめ
ギルガメシュ編第6回では、神々の裁きによってエンキドゥが死に、ギルガメシュが根底から変わる様子が描かれました。
神々の会議で「二人のうち一人が死ぬべき」と決まり、エンキドゥが選ばれます。病に倒れたエンキドゥは、一度は自分を連れ出した狩人やシャムハトを呪いますが、太陽神シャマシュに諭されて気持ちを静めます。最後にギルガメシュに「忘れないでくれ」と言い残し、7日間の苦しみの末に息を引き取りました。
親友の死は、ギルガメシュに初めて「死の恐怖」のリアリティを突きつけました。これまで概念として理解していた死が、切迫した痛みを伴う現実として迫ってきたのです。さらに、エンキドゥが夢に見た冥界の様子──暗く恐ろしく、二度と戻れない場所──が、恐怖をさらに深めました。
ギルガメシュは「不死になりたい」と強く願い、大洪水から生き延びて不死を得たウトナピシュティムに会うため、放浪の旅に出ます。次回以降、物語は生と死という究極の問いに向かって進んでいきます。
- 神々の会議で「二人のうち一人が死ぬべき」と決まり、エンキドゥが罰の対象に選ばれた
- エンキドゥは死の直前、冥界の恐ろしい様子を夢に見てギルガメシュに伝えた
- 親友の死は、ギルガメシュに初めて「死の恐怖」のリアリティを突きつけた
- それまで「名を残せばいい」と前向きだったギルガメシュは、「死にたくない」と根源的な恐怖に襲われる
- ギルガメシュは不死を得たウトナピシュティムに会うため、放浪の旅に出る
- ギルガメシュ叙事詩は、「生と死」という人類普遍の問いを扱った最古級の文学作品である

