スペインはなぜヨーロッパ最強国になれたのか
エリザベス1世とスペインの対立を語る前に、深井さんはまず「スペインがなぜ強国なのか」という前提から話を始めます。舞台は、今のポルトガルとスペインがあるイベリア半島です。
イベリア半島では、一時勢力を伸ばしたイスラム教徒を、キリスト教徒が何百年もかけて追い出していきました。この領土の塗り替えをレコンキスタ ── 「再征服」を意味するスペイン語。8世紀から15世紀末にかけて、イベリア半島のキリスト教国がイスラム勢力から領土を奪い返していった動きを指しますと呼びます。
番組では、レコンキスタが進むなかでポルトガルが1385年にヨーロッパ最初の絶対王政を確立したと紹介されます。戦争が少なかったポルトガルは外へ目を向け、海洋進出から大航海時代へと進んでいきました。
ポルトガルではエンリケ航海王子 ── 15世紀ポルトガルの王子。航海者の育成や探検事業を後援し、大航海時代の幕開けに大きな役割を果たした人物とされますが航海学校のような場をつくり、天文学や航海術を学ばせたといいます。樋口さんは、長距離の船旅に耐えられる船の開発も進んだと補足しています。
一方のスペインは、深井さんによれば14世紀には最も貧しい地域だったそうです。番組ではカスティーリャ王国とアラゴン王国の合併がスペインのもとになったと説明され、ちょうどコロンブスが新大陸に到達した1492年前後にスペインが1つにまとまっていきます。
スペインは新大陸へ進出し、インカ帝国やアステカ帝国を滅ぼして金山を見つけます。そこから莫大な富を本土へ運び込み、その経済力でヨーロッパ最強国に上り詰めました。
レコンキスタ
イスラム教徒をイベリア半島から追い出す流れの中で国が形づくられる
王国の合併
カスティーリャ王国とアラゴン王国がくっつき、スペインのもとになる
新大陸進出
インカ帝国やアステカ帝国を滅ぼし、金山を見つける
最強国へ
運び込んだ富を背景に、ヨーロッパ最強国になる
スペインの強さには宗教的な側面もあります。レコンキスタの中で生まれた国なので、深井さんは、スペインはキリスト教への思い入れが極端に強い国だったと説明します。
(スペインは)純度をものすごく求めます。だから、いわゆる十字軍的な感覚があるわけ。
だから異教徒に対して最初から超厳しいんですよ、スペインって。
スペインはプロテスタントが現れる前から、ユダヤ人などへの異端者弾圧を続け、宗教裁判も行っていました。樋口さんは、この姿勢が後のスペイン没落の一因になると指摘します。
ユダヤ人って金融のエキスパートじゃないですか。彼らをどんどん排除していくんですよね。
樋口さんによれば、お金を扱うインテリ層や労働力が激減したことが、後の時代にスペイン自身の首を絞めていくことになります。
宗教は否定され税は重い、ネーデルラントはなぜ反乱したのか
スペインとの関係を理解するうえで、深井さんは「この後よく出てくる」としてネーデルラントを紹介します。今のベルギー、オランダ、ルクセンブルクにあたる地域で、オランダが中心です。
ネーデルラントはもともと神聖ローマ帝国のカール5世の支配下にあり、その時代はよく治まっていて、ハプスブルク家とも良好な関係が保たれていました。
ところが、スペイン王フェリペ2世の時代になると状況が変わります。ネーデルラントにはプロテスタントが多く、異端審問に熱心なスペインを背景とするフェリペ2世は、彼らへの弾圧を強めていきました。
スペインには財政の問題もありました。新大陸から金を運び込みながらも、戦争を繰り返すうえにインフレも進み、お金がどんどんなくなっていったといいます。
あとどんどんインフレすんだよね、やっぱお金を持ってきてるだけだから。
深井さんは、スペイン自身はインフレの仕組みを理解しておらず、「なぜか」お金がなくなっていく状態だったと話します。その穴埋めとして、ネーデルラントへの課税が重くなりました。
宗教弾圧
フェリペ2世がプロテスタントへの弾圧を強める
重税
戦争とインフレで財政が苦しいスペインが課税を強める
暴動
宗教も否定され税も重いネーデルラントが怒り、カルヴァン派が暴動を起こす
こうして、プロテスタント側のネーデルラントと、大航海の財宝を背景にしたカトリック国スペインの関係が悪化していきます。この構図が、エリザベス1世の外交にも直結していきます。
海賊と横領、イングランドとスペインの仁義なき戦い
エリザベス1世が30代半ばのころ、イングランドとスペインの関係が悪化していきます。もともとエリザベスはフランスと戦争していたため、スペインとは仲良く、少なくとも中立でいたいと考えていました。
関係悪化の1つ目のきっかけは、エリザベス配下の海賊ジョン・ホーキンスがスペイン艦隊からだまし討ちを受けたことです。ホーキンスは奴隷貿易をしていましたが、スペインは新大陸での奴隷貿易を自国にしか許していませんでした。
スペインから見れば、ホーキンスはやってはいけないことをしていた人物です。この不意打ちはサン・フアン・デ・ウルアの戦い ── 1568年、メキシコの港でホーキンスらの船団がスペイン艦隊の攻撃を受けた戦い。イングランド側は大損害を受けましたと呼ばれ、イングランドを強く怒らせました。
これやっぱ相当つらかったみたい。逃げ帰る時もなんかもう食料がほぼなくて、ほんと餓死寸前の状態で逃げ帰ったらしいんですよ。
このとき、ホーキンスと有名な海賊フランシス・ドレークは、スペインへの復讐を誓ったといいます。ただし深井さんは、この件は「結構お互い様」だと強調します。
周りの国はね、ある日気づくんだよね。あれ、これスペインの船襲えばよくね?
スペインが新大陸から金銀財宝を持ち帰って儲けている以上、周辺国にとってはスペインの船を襲うほうが手っ取り早いわけです。イングランドはこうした海賊を支援し、いわば公認の海賊にしていました。
樋口さんによれば、当時は海賊自体が珍しくなく、ドーバー海峡には海賊船が常に400隻ほどいたという記述もあるそうです。それでも国家がパトロンのようになっていたのはイングランドで、それほど金に困っていたということです。
2つ目の事件は横領です。フェリペ2世がジェノヴァの銀行家から借りた大金をネーデルラントへ運ぶ途中、イングランドに立ち寄ったところ、エリザベスがそれを横領したといいます。
背景には、ネーデルラントに進駐するスペイン軍の存在がありました。スペインがネーデルラントを押さえてしまうと、プロテスタント国のイングランドにとっては味方の勢力がいなくなるため、スペイン軍への資金を奪ったほうが都合がよかったのです。
本当に仁義なき戦いだよね。
ローマ教皇の破門、それでも戦争が起きなかった理由
イングランドとスペインの関係は、海賊行為や横領に加えて、プロテスタントとカトリックの対立によっても悪化していきます。同じ時期、イングランドはフランスとの関係も悪化させていました。
フランスでは宗教対立による内紛が起きていて、イングランドはフランスがプロテスタントになることを期待し、プロテスタント派閥を支援していました。カトリックのフランスからすれば、当然「支援するな」という話になります。
さらにイングランド国内でも、どちらも敵に回したのは誰の責任かと家臣同士が揉め始めます。その状況で、エリザベスはローマ教皇から破門されてしまいます。
うわ、一番やばいやつ。
深井さんによれば、ローマ教皇はもともとエリザベスを破門したがっていました。せっかくカトリックに戻ったイングランドを、エリザベスがまたプロテスタントに戻したからです。それでも、中立だったフェリペ2世がこれまでは教皇を抑えていました。
クッションになっててくれたけれどね。
スペインとの関係が悪化したことでこのクッションがなくなり、破門が実行されました。それでも戦争は起きませんでした。フランスもスペインも戦争しすぎて財政難になり、両国はすでに和解していたからです。
(戦争を)起こす体力がないんですよ。
一方スペインは、レパントの海戦 ── 1571年、スペイン・ローマ教皇・ヴェネツィアなどの連合艦隊がオスマン帝国艦隊を破った海戦。地中海でのオスマンの勢いが後退するきっかけになりましたでオスマン帝国の艦隊を破り、地中海の制海権を得ます。するとフランスが今度はスペインを恐れ始めました。
フランスはハプスブルク家に対抗するため、異教徒のオスマン帝国とも同盟していました。こうした勢力均衡の原理が働き、エリザベスが30代後半から40代の間、イングランドは戦争を免れます。深井さんは運のよさもあったと話します。
さらにフランスは、スペインにこれ以上力をつけさせないため、イングランドと防衛条約を結びます。どちらかが攻撃されたらもう一方が守るという内容でした。
ただし深井さんによれば、エリザベスはフランスをまったく信用しておらず、条約が機能するかはどうでもよかったといいます。大事なのは、条約が結ばれたという事実がスペインへの牽制になることでした。
まあ戦争するのはコストかかりますからね。外交でコスパよくこういう問題をマネジメントできればすごくいいかなと思います。
ネーデルラント支援の決断、エリザベスはなぜ迷い続けたのか
イングランドが戦争を避けていた間も、ネーデルラントは平和ではありませんでした。イングランドはスペインに反抗するネーデルラントのプロテスタント派を暗に支援していましたが、やがてプロテスタント側が負けそうになっていきます。
ここでエリザベスは難しい決断を迫られます。スペインとは戦争したくない一方で、ネーデルラントを負けさせるわけにもいきません。
(ネーデルラントを)支援したら敵対することになるから。
しかも兵力を送り込むことになるから、財政負担がまた増えていくという。
側近たちは積極的な支援を求めていました。ネーデルラントが屈服すれば、スペインの海軍も陸軍もすぐにイギリスへ向かえるようになるからです。
スペインと敵対し、兵を送る財政負担も増える
ネーデルラントが屈服し、スペイン軍がすぐイギリスに来られるようになる
そのころフェリペ2世は、ポルトガル王家の断絶につけ込み、母がポルトガル王家出身であることを根拠に王位継承権を主張して、ポルトガル王フェリペ1世として即位します。
サブアカありすぎて。
これでイベリア半島が統一され、アフリカ、インド、東南アジア、中国に点在する海外領土も手に入ります。フェリペ2世のスペインは、領土のどこかで必ず太陽が昇っている「太陽の沈まぬ国」と表現されるようになりました。
その絶頂期に、ネーデルラントの反スペインの指導者オラニエ公ウィレム ── ネーデルラント独立戦争を率いた指導者。のちのオランダ建国の父とされ、1584年に暗殺されましたが暗殺されます。代わるリーダーがおらず、このままでは負けるという状況で、エリザベスはついにネーデルラントの新教側へ6000人の兵を派遣すると決めます。
樋口さんによれば、エリザベスは支援を決めては取りやめることを3回繰り返し、家臣たちから「いい加減に決めてください」と迫られるほどだったそうです。
優柔不断って言われるよね、これのせいで。でもしょうがないよ。これ難しい決断だったよね。
この決断によって、世界最強国スペインとの対決は避けられなくなります。深井さんは、フランスやスペインとの思惑、宗教の問題が絡み合った結果であり、誰が王でもこれ以上は難しかったと振り返ります。
この後に起きるのが、スペインの無敵艦隊によるイギリス侵略をエリザベスが防いだアルマダの海戦 ── 1588年、スペインの無敵艦隊がイングランド侵攻を試みて敗れた海戦。スペインの海上覇権が揺らぐきっかけとされますです。深井さんは、スペインの威信が地に落ち、国家の権力構造が変わったことこそ、エリザベスが有名な理由だと話しています。
まとめ
新大陸の富と強い宗教的純度で最強国になったスペインに対し、エリザベス1世は海賊支援や横領、外交上の牽制を重ねながら戦争を避け続けました。しかしネーデルラントが追い詰められたことで、最終的にスペインとの対決は避けられなくなります。
- スペインはレコンキスタと新大陸の金を背景に最強国となり、異教徒に厳しい姿勢を持っていた
- 海賊のだまし討ちや資金の横領など、イングランドとスペインの対立はお互い様の面があった
- 破門されても戦争が起きなかったのは、各国の財政難と勢力均衡の原理によるものだった
- エリザベスは迷った末にネーデルラントへ6000人を派遣し、スペインとの対決が避けられなくなった





