十三歳で父を失った少年は、どう生き延びたか
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前回まででチンギス・カンの誕生までが語られました。今回からは青年時代に入ります。
13歳で父イェスゲイが亡くなり、チンギスの一家は何の力もない状態になってしまいます。長男である彼が、父のいない一家を引っ張らなければならなくなりました。
そんな中、以前敵対していたタイチウトが、チンギスたちを殺そうと攻撃してくるようになります。
ここでチンギスが頼ったのが、ケレイト ── モンゴル高原の有力部族の一つ。当時、金とのやりとりでモンゴル高原の勢力バランスに大きく関わっていましたのトーリル・カンでした。かつて父イェスゲイがカンにしてあげた相手で、その恩を頼って助けを求めます。
チンギスは単に助けを求めるだけでなく、トーリルの部下になり、その軍の先鋒隊として戦うようになりました。
特攻隊長みたいな感じですかね。
一回サラリーマンになるのかな。
普通に雇われる感じですね。
トーリルの後ろ盾を得たことで、分裂していたキヤトが再びまとまり始めます。何もない状態から、なんとかなりそうな状況へと変わっていきました。
とはいえ規模はごくわずかです。この時点で部下は100人もいなかったと考えられます。チンギスはそのキヤトのリーダーになりつつも、地道に少しずつ力をつけていきました。
金への寝返りを即決させた「鉄資源」というテーマ
話は一気に飛んで、チンギスが30歳ぐらいの頃です。それまでずっと小さな勢力のままの状況が続いていました。
この頃、大きな事件が起こります。金の派閥だったタタルが、金から離反したのです。
背景には、チンギスとケレイトが結びついたことによるパワーバランスの変化があります。モンゴルとケレイトが直接金とやりとりするようになり、これまで中間マージンを取っていたタタルが困り始めました。
金から離反する動きを見たチンギスは、ここで即断即決をします。金の側につくことを決め、上司であるトーリル・カンに、すぐ金についてタタルを殲滅しようと進言しました。
もう寝返るっていうことだよな。寝返る。
なぜ寝返ったのか。勝てると踏んだこともありますが、深井さんはもう一つ、チンギスの人生を通したテーマを挙げます。それが鉄資源の確保です。
チンギスは常にいつ死んでもおかしくない危険な状況にいました。キヤト族がいつ潰れてもおかしくない中で、自分たちを強くするには鉄が必要でした。
ところが遊牧民にとって鉄はとても貴重な資源です。生産する技術を持っていないため、常に不足していました。
ややこしいけどね。金が鉄を持ってるって。
その鉄資源を持っていたのが金です。チンギスは金の仲間になることで、鉄資源の安定的な確保を狙ったのではないかと言われています。
軍事力に直結する物資ですからね。
この寝返りにより、ケレイトとモンゴルはタタルの族長を殺すことに成功します。
30歳で部下300人、遅咲きだったチンギスの実像
タタル討伐の功績で、ケレイトのトーリルは金から役職を得て、オン・カーンという名前になります。深井さんはこれを事業部長のようなものと例えます。
チンギスもジャウト・クリという役職をもらいます。100人隊長にあたり、課長ぐらい、あるいはもう少し上の感覚だといいます。
つまりチンギスは30歳ぐらいの時点で、まだ100人から300人ほどのリーダーでしかありませんでした。
それでもね、今の感覚からすればすげえけどね。
一個人としてはすごいものの、世界帝国を築いた人物としては微々たる規模です。深井さんは、アレクサンドロス ── マケドニアの王。20代で東方遠征を行い、大帝国を築いた。コテンラジオでも過去に扱われた人物ですが30歳の時点ではるかに多くの部下を抱えていたことと対比します。
相当遅咲きっていうことがわかりますね、これで。
地道だよね。地道。
部下は100〜300人ほど。危険な状況の中で地道に少しずつ力を積み上げていた段階
すでに大帝国を築き、多くの部下を抱えていた
なぜ優秀なジャムカでなく、チンギスが覇者になったのか
金側についたことで、今度はチンギスは西涼派と戦うことになります。裏切った以上、当然の成り行きでした。
西涼派の中心にいたのが、グル・カンの名を与えられていたジャムカという人物です。伝説上は幼少期からチンギスと知り合いだったとされます。
ジャムカは非常に優秀な戦闘指揮官で、チンギスのライバルでした。チンギスは何度かこのジャムカに負けています。
でもこのジャムカにも勝つんですけど、それがどういう勝ち方したかとかは伝説でしか残ってないからよくわかんない。
深井さんが面白いと語るのはここからです。戦闘指揮官として優秀だったのはジャムカのほうなのに、なぜその後世界の覇者になったのはチンギスだったのか、という問いです。
深井さんによれば、チンギスは周囲のみんながリーダーになってほしいと思う人だったといいます。
あれ、ちょっと劉備的な感じはあるかもね。
ジャムカは優秀ゆえに個性が強く、彼をリーダーにすると得する人と得しない人が明確に分かれてしまう。遊牧民の中にはそんな感覚があったのではないかと考えられています。
一方でチンギスは、人望があるのに自己承認欲求があまりないタイプだったと見られます。我がそんなに強くないという点が、アレクサンドロスとは明確に違いました。
だからこそ、他の部族からするとチンギスがリーダーになるほうが都合がよかった。強かったのはジャムカなのに、結果的にチンギスが勝ってモンゴルのリーダーになっていったのではないか、という構図です。
さらに、チンギスについていけば食いっぱぐれがない、戦った分だけちゃんとものがもらえる、という感覚もあったのではないかと語られます。
マフィアのボスのように、族を養うために戦う
チンギスは資源の獲得に強い情熱を注いだ人物でした。鉄資源のために金とつながっただけでなく、良い冬営地を持つ同じキヤトの氏族を、口実をつけて攻め、奪い取ることもしています。
その根っこにあったのは、自分の配下を養うという感覚だと深井さんは見ます。配下を殺さないために、鉄も、良い冬営地も、交易のための道の確保も必要でした。
つまりチンギスは、必要性に応じて戦争していた感覚があるといいます。
この人、こいつら養わないといけないからみたいな。ちょっとマフィアのボスっぽいんだよね。
しのぎしないとダメだよねみたいな。主語が一人個人じゃなくて、もう族全体になってる。
それはアレクサンドロスの戦争の動機とはまったく違います。欲ではなく、我々が生き残るためにという判断で動いていました。
分配のうまさは信頼につながります。略奪した後の分け方がうまいと、強い部下が集まってきます。
後のチンギスの周りには、四君と四鬼と呼ばれる非常に戦争の強い者たちがいて、手足のように同時並行で各方面を攻めていきました。深井さんは、こうした体制を作れたのも彼がそういうタイプのリーダーだったからだと語ります。
戦闘指揮もうまく、我欲は少ないが皆無でもなく、人にいいようにされるわけでもなく意志も強い。深井さんはチンギスをバランス型のリーダーだと評します。
戦いが日常だった男が、モンゴル王国の王になるまで
チンギスの前半生は、身を守るための戦いの連続でした。トーリル・カンを頼り、金を頼り、西涼派のジャムカと戦い、この身を守るための戦いがずっと続いていきます。
やがて、青年期に自分の命を脅かしたタイチウトにも勝つことができます。メルキトと同盟してタイチウトを倒しました。
これによって、かつてカブル・カンの時にまとまっていたモンゴル部が、二つに分かれて争っていた状態から再び一つにまとまっていきます。
モンゴル統一みたいな。
こうしてモンゴル王国が作られ、チンギスはこの時点でモンゴル王国の王様になります。
食わしてくれるリーダーって、やっぱものすごく大事だったんだろうね。当時の環境の中では。
生きること自体が難しい環境では、マズローの欲求段階 ── 人間の欲求を段階で捉える考え方。基盤に食べる・生きるといった生理的な欲求が置かれるとされますでいう「生きる」ことがまず大事でした。その渇望が彼らを闘争へ駆り立てていたと語られます。
ただしモンゴル王国の成立は、それまで西涼と金が保ってきたモンゴル高原の秩序を崩し始めるものでもありました。
この後も、チンギスが少し力をつけると誰かが潰しに来て、それを返り討ちにするという構図が続きます。次回は、力をつけすぎたチンギスを警戒したトーリルが討伐を試み、それを返り討ちにする話につながっていきます。
家もなく戦い続ける、酸素の薄い世界を生きた人々
樋口さんは、この闘争が定住せず動きながら行われていた点に注目します。戦いながら食料を調達し、鉄を調達し、相手を倒し、寒さと戦っていたという前提です。
深井さんは、戦うこと自体が生きることの一部に入っている、と整理します。戦うことのハードルは低く、生きることのハードルが高い状態だったといいます。
生命の維持っていうのがそもそも難しい状態でやってるっていうのが、本当に違う世界で生きてる人たちやな。
樋口さんは、それを酸素の薄い中でやっているようなものだと表現します。
一方で楊さんは、食を確保する技術が発達していた点も補います。乳製品や干し肉などの保存食が作られていました。
普通に暮らしてたらいきなり死ぬことはないですけど、略奪とかされると死にますよ。
どの遊牧民も過酷な環境にいた中で、チンギスが生き残れた理由を、楊さんは次のように想像しています。
ジャムカやタイチウトを倒したことで、チンギスはこの時点でトーリル・カンと同じぐらいの軍事力を持つに至りました。だからこそ、次に警戒され、睨まれることになります。
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まとめ
父を失った少年テムジンは、頼れる相手に身を寄せ、鉄や食、交易路といった族の生存に必要なものを確保するために戦い続けました。優秀さより、みんなが担ぎたくなる人望と分配のうまさによって、彼はモンゴル王国の王へと登っていきます。
- 13歳で父を失ったチンギスは、父の恩がある[[ケレイト::モンゴル高原の有力部族]]のトーリル・カンを頼り、その配下として力を蓄えた
- 金への寝返りや冬営地の奪取は、鉄資源・良い土地・交易路など、族を養う必要性に応じた選択だった
- 戦闘指揮ではジャムカのほうが優秀だったが、人望と我欲の少なさゆえに、周囲はチンギスをリーダーに望んだ
- タイチウトを倒してモンゴル部を統一し、モンゴル王国の王となったが、それは高原の従来の秩序を崩す始まりでもあった
- 生きること自体が難しい環境で、小さく正しい選択を積み重ねられたことが、チンギスの生存と台頭を支えたと語られた







