仕事中もずっと音楽、深井さんはどこから入った?
コテンラジオ番外編のテーマは「好きな音楽」です。進行役のヤンヤンさんは、楽器が弾ける深井さんと樋口さんを「音楽家」と呼び、自分はリコーダーしか吹けないと笑います。
最初に答えた深井さんは、筋金入りの音楽好きです。仕事中も、会議の時間以外はほぼずっと音楽を聴いているといいます。
もう僕は基本的に会議以外は全部音楽聴いてますよ。
超集中できる、そっち(音楽を聴いている状態)の方が。
深井さんは、親が洋楽好きだった影響で洋楽を聴いて育ちました。好みを聞かれると、ジャンル名ではなく「激しいやつとか暗いやつ」と答え、樋口さんに「方向性が形容詞なんですね」と突っ込まれています。
深井さんの入り口は、ティーンエイジャーの頃に流行したヘビーロックです。名前が挙がったのはマリリン・マンソン ── 1990年代にアメリカで人気を得たロックアーティスト。挑発的なビジュアルと過激な表現で知られ、インダストリアルロックの代表格とされます、コーン、リンプ・ビズキットといったバンドでした。
樋口さんは、こうしたバンドの海外盤CDには過激な歌詞を示すマークが必ず付いていたと振り返ります。日本でいう「18禁マーク」のようなもので、CDにそんな表示があることをヤンヤンさんは知らなかったようです。
プロの音楽家なのに「聴くのはめちゃくちゃ嫌い」?
一方の樋口さんは、深井さんとは正反対の告白をします。エピソード説明によると樋口さんはプロの音楽家として10年間仕事をしてきましたが、音楽を聴くのはとても嫌いだというのです。
僕音楽聴くのめちゃくちゃ嫌いなんですよ。
樋口さんによれば、理由は音楽を職業にしたことにありそうです。大学でバンドを本気で始めた頃から、音楽は「聴くもの」ではなく、アウトプットのためのインプットになっていったといいます。今の生活では音楽を聴くことはほぼないそうで、深井さんは「もったいないな」と漏らしました。
そんな樋口さんでも好きだと言えるのは、坂本龍一さんの音楽です。歌があまり好きではなく、インストゥルメンタルで「綺麗なのがいい」と話し、パンク寄りの音楽を想像していた深井さんを驚かせました。
樋口さんの音楽遍歴は、中学時代のBOØWYから始まります。1981年生まれの樋口さんにとって、1988年に解散したBOØWYは少し上の世代のバンドでしたが、いとこが演奏する姿に衝撃を受け、12歳でギターを始めました。
樋口さんの遍歴は、その後いくつものジャンルを渡り歩いていきます。時系列で並べると次のようになります。
ヤンヤンさんに「メロコアって何ですか?」と聞かれた樋口さんは、メロコア ── メロディック・ハードコアの略とされるパンクのジャンル。速いビートに、キャッチーで泣きのあるメロディを乗せるのが特徴ですを、速いビートに英語の歌詞を乗せた、めちゃくちゃメロディアスでグッとくる音楽だと説明しています。Hi-STANDARDはその歴史を作ったバンドだといいます。
バンド時代に聴いていたのは、人に勧められたスリーピングピープルというバンドのような、国籍もわからないほどマニアックな音楽でした。樋口さんは、純粋にかっこいいと思って聴いていたのは一部で、残りはステージで表現するために聴いていたと振り返ります。
1曲を1万回、ライブも美術館も苦手な理由とは
樋口さんの話を受けて、深井さんは自分はインプットそのものを楽しんでいるのかもしれないと話します。深井さんは、自分の音楽の楽しみ方を「食べること」に例えました。
今日はドラムとベースで聴いてみようとか、次ドラムとギターで聴いてみようとか。
深井さんにとって、パートの組み合わせを変えて聴くのは、料理をソースと食感の組み合わせで味わうのと同じ感覚だといいます。全パターンを試すとわかることがあり、そのため深井さんは1つの曲を1万回ほど聴くそうです。
そんな深井さんですが、コンサートはあまり好きではありません。曲に集中したいので、一人で楽しみたいというのが深井さんの理由です。
美術館も苦手だという深井さんの理由は独特です。美術館で絵を見ると「これ俺選んでないし」と感じ、他人が作ったプレイリストを渡されているような気分になるといいます。
深井さんは、芸術の都と呼ばれるウィーンの有名な美術館を訪れたときの体験も話しました。有名画家の作品がずらりと並ぶ展示を見て、真っ先に感じたのは「並べすぎ」だったそうです。
大聖堂とかに入れるべき絵と美術館に並べていい絵って違うと思ってて。
深井さんは、絵と飾る場所はセットだと考えています。ライブでも「ギターの音でかすぎだろ」と感じてしまうのは、一番気持ちいいところで聴きたいというこだわりがあるからだといいます。
作り手のこだわりは、聴き手の環境でどこまで届く?
深井さんのこだわりを聞いた樋口さんは、作り手の立場から音楽の届き方の難しさを語ります。CD制作では、曲間が2.5秒だと忙しいから2.8秒に、2.8秒は長いから2.7秒に、と細かく調整するのだそうです。
ところが、実際の聴き手の環境は作り手の想定とはかけ離れていることが多いと樋口さんは話します。その落差を並べると次のようになります。
スタジオのような環境で、曲間0.1秒やベースの出方まで調整した音を聴いてほしい
iPhoneのモノラルスピーカーで、料理をしながらテレビをつけて流し聴きする
全然伝わらないんですよ。なんかこれって寂しいけどもしょうがないみたいな印象があって。
深井さんは、そうしたミュージシャンのこだわりは聴き手にも伝わっていると返します。曲と曲の間の長さに加え、2年越しで初めて気づく音が同じ曲の中にあるといいます。
眠りに落ちる寸前とかいう心境じゃないと聞こえない音とかあるんだよ。
樋口さんは、こうした体験には聴覚心理の裏付けがあると説明します。人間は小さな音量で聴くと中音域が聞こえやすく、それは危険を察知するために人の声をいつでも聞き取れるようにしておく必要があるからだといいます。
寝る前に小さな音で流すと他の音が相対的に聞こえなくなり、大音量では埋もれる細かい音が浮かび上がる、というのが樋口さんの説明です。さらにステレオとモノラルでは位相 ── 音の波の山と谷のタイミングのずれのこと。複数の音の位相がずれると、波が強め合ったり打ち消し合ったりして聞こえ方が変わりますの影響で波が打ち消し合い、鳴る音そのものが変わるそうです。
ここで樋口さんは、深井さんが大学で音響を学んでいたことを思い出します。深井さんは芸工の音響設計学科の出身ですが、入った瞬間に「もういいや」と思い、ほとんど勉強せずに卒業した落ちこぼれだったと笑っていました。
目をつぶっても、前と後ろの音を聞き分けられるのはなぜ?
話は音楽から少し離れ、樋口さんが聴覚のトリビアを披露します。耳は左右に2つしかないのに、目をつぶっていても真正面と真後ろの音を区別できるのはなぜか、という問いです。
要は真正面から鳴った音って右左って同じ時間差で来るじゃないですか。時間差ゼロで来るじゃないですか。
真正面からの音も真後ろからの音も、左右の耳には同時に届きます。それでも区別がつくのは、耳介 ── 外から見える耳のひだの部分。音を集めるとともに、方向によって音の反射の仕方を変える役割がありますや顔で音がどう反射したかを、脳が自動的に計算しているからだと樋口さんは説明します。
耳の曲面の形は人によって違うため、この計算をコンピューターで再現するのは到底不可能なほど複雑だそうです。では脳がなぜそれをこなせるのか、樋口さんは事故で耳や顔の形が変わった場合の例を挙げます。
反射
耳介や顔に当たった音の反射の仕方が、前と後ろで異なる
計算
脳がその反射のパターンから、音の方向を無意識に判断する
変化
事故などで耳や顔の形が変わると、前後の区別がつかなくなる
再学習
数週間で、新しい形に合わせて再び区別できるようになる
前から来てる音の共通点みたいなものを勝手に演算してるんですよ。
樋口さんによると、脳は理屈から導く演繹 ── 一般的な原理やルールから、個別の結論を論理的に導き出す推論の方法ではなく、経験から共通点を見出す帰納法的なやり方で音の方向を判断しているといいます。深井さんはこれを「チューニングしてんだ」と表現しました。
ヤンヤンさんが、音楽を作るときにこうした影響まで考えるのかと尋ねると、樋口さんの答えは「全く考えてない」でした。音楽をあまりやらないヤンヤンさんは、新鮮で勉強になったと話しています。
エンヤとアイリッシュダンス、ヤンヤンさんの音楽の原点
最後に音楽遍歴を聞かれたヤンヤンさんが、人生で最初にハマったと挙げたのはエンヤでした。小学校か中学校の頃、たまたま家にあったCDを聴いて「超いいやん」と感じたそうです。
ヤンヤンさんはエンヤに加えて、アイリッシュ音楽も好きだといいます。こちらもたまたま家にあったアイリッシュダンスのDVDがきっかけでした。
なんかだって上半身直立不動でタップを踏んで踊るじゃないですか。あれがすごく衝撃的で。
樋口さんが「その頃カウントダウンTV見てましたよ」と驚くと、ヤンヤンさんも見ていたと答えます。ヒットチャートも通っていて、特に宇多田ヒカルさんは小学校の頃から今まで聴き込んでいるそうです。
ヤンヤンさんは福岡に来たばかりの頃、一番触れた日本語が宇多田ヒカルさんと鬼束ちひろさんの曲だったといいます。深井さんの「それで日本語勉強したのか」という問いに、ヤンヤンさんは「そうそうそう」と答えました。
来日当初のヤンヤンさんは、日本語が本当にできなかったそうです。もともと文章を読むのが好きで、読めるようになってからは自分で小説を買い、いい表現があるとメモに書き留めていたといいます。
日本語訳と中国語訳、どちらを読む?文章へのこだわり
ヤンヤンさんの話に興味を持った樋口さんは、音楽から離れて質問します。英語の原書に日本語訳と中国語訳があったら、ヤンヤンさんはどちらを買うのか、という問いです。
本当に同じ本があったら、どっちともめくって、なんかなんかセンスのいい訳を選ぶ。
深井さんは、中国語の文献も読めるヤンヤンさんを羨ましがります。ただヤンヤンさん自身は、今は読むのも書くのも日本語がほとんどで、日本語の方が圧倒的に解像度が高いと感じているそうです。
深井さんが、日本語の言語的な特性によるものかと尋ねると、ヤンヤンさんは自分の感覚の話だと答えました。触れてきた時間が逆なら、中国語の方が解像度が高く感じるかもしれない、とも認めています。
ヤンヤンさんには、文章のうまさを測る自分なりの基準があります。有名な書き手でもセンスがないと感じることがある一方、いい文章や詩に出会うととても嬉しくなるといいます。
本当に一文字ですごく十分ぐらい悩んだりしますよ。この句読点をどこにやるかって。
深井さんは、自分は文章にそこまで考えられないと感心し、人によって集中点が違うのが面白いとまとめます。結局あまり音楽の話をしなかった、と笑いながら、この番外編は幕を閉じました。
まとめ
好きな音楽をテーマにした今回の番外編では、3人の音楽体験の違いから、同じ音楽や文章でも人によって注意を向ける場所がまったく違うことが浮かび上がりました。
- 深井さんは会議以外ほぼ音楽を聴き、パートの組み合わせを変えながら1曲を1万回ほど聴き込む
- プロとして音楽をやってきた樋口さんは、音楽がアウトプットのためのインプットになり、今はほとんど聴かない
- 音量やステレオ・モノラルの違い、脳の聴覚処理によって、同じ曲でも聞こえる音が変わる
- ヤンヤンさんはエンヤやアイリッシュ音楽に惹かれ、宇多田ヒカルさんや鬼束ちひろさんの曲で日本語に触れた
- 音楽でも文章でも、どこに集中するかは人それぞれで、その違いが会話の面白さになっている


