タイから遅刻した樋口さんと、格ゲー・映画・バンドで知るジャンヌ
ジャンヌ・ダルク編の第1回は、樋口さんの謝罪から始まります。樋口さんはタイから戻る便が遅れ、そのまま収録に遅刻しました。
予定時刻より3時間遅れまして、フライトが。深夜の1時45分発の予定だったのが4時になりまして。
樋口さんは、福岡空港に着いてすぐ収録に向かえば間に合う予定を組んでいたそうです。深井さんは航空会社の名前を出さないほうがいいとしつつ、LCCなら仕方ないと受け止めています。
本題に入り、ジャンヌ・ダルクを知っているかと聞かれた樋口さんは、名前は知っているものの、格闘ゲームのキャラクターくらいのイメージしかないと答えます。
なんか(ジャンヌ・ダルクのモデルは)サムライスピリッツだったかな。
深井さんが調べると、サムライスピリッツに出てくる「シャルロット」というキャラクターでした。深井さんは、樋口さんが直前までいたバンコクとは「大体全てが真逆の世界観」の話だと前置きします。
今回の舞台は中世ヨーロッパで、カトリックが社会を覆う世界です。コテンラジオではこれまでもキリスト教の誕生、サラディンと十字軍、宗教改革、エリザベス1世、フリードリヒ大王、フランス革命などを扱ってきました。ジャンヌ・ダルクは15世紀の人物で、サラディンの後、宗教改革の前にあたります。
ジャンヌは最終的に火あぶりにされます。その約20年後にコンスタンティノープル ── 東ローマ帝国の首都。現在のイスタンブール。1453年にオスマン帝国に攻め落とされ、東ローマ帝国は滅亡しましたが陥落する、という時代感です。
深井さんにとってのジャンヌのイメージは、高校生のころに公開された映画です。リュック・ベッソン監督かもしれないという話になり、主演はバイオハザードやフィフスエレメントの女優ミラ・ジョヴォヴィッチでした。
それでなんかもう俺、ジャンヌ・ダルクって聞いたらミラ・ジョヴォヴィッチしか思い浮かばない。
楊さんからは、手塚治虫のブラック・ジャックのアニメでオープニングを歌っていた、ジャンヌ・ダルクという名前のバンドの話も出ます。ジャンヌの名前は、ゲーム、映画、音楽とさまざまな場所に広がっています。
活躍はほんの一瞬。なぜ悲劇ではなくドタバタ劇として語るのか
楊さんによると、ジャンヌ・ダルクが実際に活躍したのはほんの短い期間だけでした。それでもジャンヌはとても有名です。このシリーズでは、ジャンヌは何者だったのか、なぜ処刑されたのか、なぜ短い活躍で歴史に名を残したのかを、周りの人々の群像劇と時代背景から語っていくといいます。
ジャンヌの物語は、演劇、ミュージカル、映画、ドラマなど多くの作品で、ほとんどが悲劇として描かれてきました。深井さんは、文献を読むと別の顔も見えてきたと話します。
基本悲劇なんですよ。悲しい物語として扱われるんですけど、若干ちょっと三谷幸喜のドタバタ劇っぽいところがあって。
深井さんと楊さんは、ジャンヌを好きな人の中には、そう言われるのを嫌がる人もいるかもしれないと断っています。そのうえで、いろいろな側面からジャンヌを語りたいという立場です。樋口さんも、これまでのコテンラジオにあまりないテイストだと楽しみにしています。
楊さんは、チャールズ・チャップリン ── 20世紀を代表するイギリス出身の喜劇俳優・映画監督。『モダン・タイムス』『独裁者』などで知られますの「人生は近くで見ると悲劇だけど、遠くから見れば喜劇である」という言葉を挙げ、ジャンヌと周りの人々の動きがまさにそうだと説明します。
一方で楊さんは、デリケートなテーマであることも強調します。女性の人権がほとんどない中世で、ジャンヌは最終的に男性たちの手で侮辱され、むごたらしく殺されたと捉えることもできます。感情を刺激するテーマであることを踏まえて聞いてほしい、という前置きです。
神のお告げで勝った少女?ナポレオンが作った「救国の英雄」像
深井さんは、一般に知られるジャンヌ・ダルクの歴史をまず整理します。ジャンヌの時代、フランスとイギリスは百年戦争と呼ばれる戦争をしていたとされます。14世紀から15世紀まで続いた戦争の終盤にジャンヌが現れ、戦争の行方を決めてしまった、という話です。
ジャンヌが登場したとき、フランスの重要な街オルレアン ── フランス中部、ロワール川沿いの都市。パリの南に位置し、当時は交通と防衛の要でしたはイングランド側に包囲され、落ちたら危ない状態でした。そこに神のお告げを聞いたという17、8歳ほどの若い女性が、白銀の甲冑をまとって現れ、敵を倒します。
なんかフランスが負けそうだったんだよね、戦争で。そこにそのジャンヌが急に神のお告げ聞いたって出てきて、女性なのに甲冑着て強いから勝ったみたいに聞こえるじゃないですか。
だってイギリスと戦ってるわけでしょ。国VSジャンヌで勝ったってことは、ほんと範馬勇次郎ぐらい強い。
しかもジャンヌは大活躍の後、敵に捕らえられ、敵側の裁判にかけられて火あぶりで処刑されます。深井さんは、この話を一度聞いただけでは「意味不明系」だといいます。ただし史実に即して解釈すると、一つひとつが「確かにあり得るね」とわかってくるそうです。
ジャンヌは今も人気で、カトリック教会から列聖 ── カトリック教会が、生前の信仰や徳が特に優れた人物を公式に「聖人」と認めることされています。ただ、深井さんによると、ジャンヌの名声はもともと彼女が解放したオルレアン周辺に限られていました。オルレアンでは今も、若い女性がジャンヌに扮して街を練り歩く祭りが毎年行われています。
深井さんは、ジャンヌがフランス全体の英雄になったのは比較的最近だと話します。特にナポレオンが国民国家を形作る時代に、救国の英雄としてブランディングされ、今知られるジャンヌ像ができていったといいます。
オルレアンの英雄
包囲された街を解放し、地元で長く愛される。毎年の祭りも続く
ナポレオンの時代
国民国家を作る中で、救国の英雄として持ち上げられる
現在のジャンヌ像
神の声を聞いた英雄がフランスを救う、という物語として定着する
「フランスが危機に陥ると、神の声を聞いた英雄が現れて救う」という物語はわかりやすく、深井さんは日本の神風にも近いと例えます。ナポレオンは、かつての英雄がジャンヌで、今は自分だという形で、この物語を自分になぞらえたといいます。
「英仏百年戦争」は本当にイギリスとフランスの戦争か?
深井さんは、百年戦争が「イギリスとフランスの戦争」だという見方にも疑問を投げかけます。歴史に詳しい人には知られた話として、実態はフランス王家の中の内乱にイングランド王が加わったものに近いと説明します。
当時、イギリスという国はまだ存在しません。あるのはイングランドです。後期の百年戦争は、フランス王家、フランス王家に対抗する貴族、イングランド王という3つの勢力が入り組んで争っていた状態だといいます。
イギリスもフランスもないんです。存在さえしてないんです。イングランド王家はあります。イングランド王家に付属している貴族たちもいます。
さらに深井さんは、この時期のイングランド王家はフランス人だったと話します。ここでいうフランス人とは、フランス語を話すフランス文化の人々のことです。イングランドは数百年間、フランス文化の人々に統治されていました。
深井さんは、国単位で考えるからややこしくなるといいます。当時の世界を、土地を持つ貴族同士の連合体と考えるとわかりやすく、戦国時代と同じように見られるそうです。
イギリス対フランスの国同士の戦争が100年続き、最後にフランスのジャンヌが救国の英雄として現れる
国民国家はまだなく、フランス王家、対抗する貴族、フランス文化を持つイングランド王が、それぞれの利害で争っている
もう一つの誤解が「100年間ずっと戦っていた」というイメージです。深井さんによると、中世ヨーロッパは華やかではなく、食料生産性が低く、世界の中でも貧しい地域でした。百年戦争の兵力は、カルタゴなど古代の戦いの半分以下で、中国よりはるかに少なく、日本より少ないほどだといいます。
なんで百年間も戦ってるかっていうと、シンプルに継戦能力ないんだよね。一発で決める力がないんですよ、お互い。
樋口さんが「ずっとジャブを打ち合っているみたい」と例えると、楊さんも、しばらく戦って休戦し、また戦う、というグダグダな状態が続いたと補足します。深井さんは、百年戦争という名前も後世のブランディングで作られた部分が大きいと見ています。
字も読めない農家の娘が、なぜ政治の中枢に入れたのか
楊さんは、ジャンヌが登場した社会背景を予告として紹介します。ジャンヌは農家の生まれで、字も読めず、特に裕福でもない庶民でした。それでもフランスの政治の中枢に入り込めたのは、「神の声が聞こえる預言者」という枠組みで受け入れられたからだといいます。
楊さんによると、預言者や救世主という概念はキリスト教に組み込まれています。信仰の厚い国がピンチになると預言者が現れて救ってくれる、という感覚が、強弱の差はあっても社会に共有されていました。旧約聖書や新約聖書にも、女性の預言者が登場します。
つまり当時の人々にとって、ジャンヌはまったく意味不明な存在として突然現れたわけではありません。ジャンヌは女性預言者という既存の人物モデルをまとって活躍した、というのが楊さんの説明です。
あとで言いますけど、しかも(預言者は)一人じゃないんです。この時代、大量にこういう人がいる中の一人でしかないんです。その中で結果を残しちゃった人。
預言者が大量に現れた理由について、楊さんは百年戦争の終盤が危機と混乱の時代だったことを挙げます。フランス王国は危機に陥り、カトリック教会も分裂して、ローマ教皇が2人並び立つ事態も起きていました。
教会も国家も機能せず、世界が終わるのではないかという恐怖が広がる中で、預言者を名乗る人々が王や領主に助言するようになります。深井さんは、社会の構造から見ると、ジャンヌは「確率論的にこういう人が出てくる」存在として理解できると話します。
変数は違っても関数は同じ。ジャンヌから見るホモ・サピエンスの構造
深井さんは、ジャンヌの時代の人々は思考のOSがキリスト教だったと説明します。処刑も、救世主になることも、今の感覚では理解しにくいことですが、当時はキリスト教の論理ですべて筋が通っていました。
深井さんによると、人を信じる構造やコンセンサスを得る構造は、ホモ・サピエンスにとってずっと変わっていません。ジャンヌの話からは、何が中世と今で違い、何が変わらないかがよく見えるといいます。
樋口さんが、宗教ベースのOSが科学ベースに変わっても、やっていることは同じなのかと確かめると、深井さんは障害の歴史の回を例に挙げます。「神に見放された人」という差別の理屈が、のちに「病気だ」という理屈に置き換わった、という話です。
キリスト教の論理で、神に見放された人だとして差別する
科学的な言葉に置き換わり、病気だとして差別する
深井さんは、ジャンヌが信頼される過程や処刑の過程を見ると、今のビジネスで行われていることとも正直同じだとわかるといいます。メタ視点で見ると、バカにするのではなく愛を持って、ホモ・サピエンスがかわいく滑稽に見えるそうです。
なので悲劇でもあるっていう、この、なんていうか、ほんと2つの矛盾した感覚を持ちながら我々は勉強してたんで、笑いながらつらいみたいな、謎の感情を持ちました。
ジャンヌをただの奇跡として楽しむだけでは、社会科学にはならないと深井さんは話します。今回読んだ本には、東大の先生を含む学者たちがジャンヌを礼賛するものが多く、ジャンヌがとても好かれていることもわかったといいます。
楊さんは、ジャンヌが他の預言者と決定的に違う点を挙げます。他の預言者は助言するだけでしたが、ジャンヌは実際に戦場へ出ていきました。これは当時の人々にとっても「バグ」だったといいます。
ホモサピエンスが持ってる既存の認知フレームワークに属性足してバグらせるみたいな技使ってんのよ。
深井さんは、そのバグをジャンヌ自身も意図していなかった点が面白いと話します。楊さんも、ケマルとは違い、この時代にはほぼ誰も戦略的な概念を持っていなかったと付け加えます。シリーズは全12話で、少しずつ謎が解けていく構成だと予告されます。
まとめ
ジャンヌ・ダルク編の第1回は、ジャンヌを救国の奇跡として見るのではなく、百年戦争の実態や預言者という枠組みから読み直すための導入でした。悲劇でありながら喜劇的でもあるという視点で、次回からジャンヌと周りの人々の動きが語られていきます。
- ジャンヌが活躍したのはほんの短い期間で、全国的な英雄像はナポレオンの時代に作られていった
- 百年戦争は国同士の戦争ではなく、フランス王家、対抗する貴族、フランス文化を持つイングランド王の争いに近い
- 字も読めない農家の娘ジャンヌは、女性預言者という既存の枠組みによって政治の中枢に受け入れられた
- 他の預言者と違って戦場に出たことが、当時の人々にとっても「バグ」だった
- 信じる構造やコンセンサスの構造は、変数が違っても今のホモ・サピエンスと変わらないという視点が示された





