『ドラゴン桜』の編集者・佐渡島庸平さんと深井さんの意外な縁
今回のコテンラジオ番外編のゲストは、株式会社コルク代表の佐渡島庸平さんです。樋口さんがプロフィールを紹介し、1979年生まれで中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校から東京大学文学部へ進んだ経歴が語られます。
佐渡島さんは2002年に講談社へ入社し、モーニング編集部で井上雄彦さんの『バガボンド』や安野モヨコさんの『さくらん』のサブ担当を務めました。2003年には三田紀房さんの『ドラゴン桜』を立ち上げ、小山宙哉さんの『宇宙兄弟』のアニメ化や実写映画化も実現しています。
2012年には、クリエイターのエージェント会社 ── 作家や漫画家などのクリエイターと契約し、作品づくりや権利の管理、メディア展開などを代わりに担う会社としてコルクを立ち上げました。深井さんは、自身の妻も『宇宙兄弟』のアニメをずっと見ていたと話します。
深井さんと佐渡島さんは、歩いて10分ほどの距離に住む間柄です。きっかけは、深井さんと同い年で楽天の執行役員を務める北川拓也さんからの紹介で、その後、佐渡島さんのYouTubeに深井さんがゲスト出演しました。
深井さんは、コルクに所属するクリエイターと仕事をしたこともあり、個人的に佐渡島さんからアドバイスをもらってきたといいます。佐渡島さんは、過去の番外編に出演した若新さんや尾原さんとも知り合いで、若新さんの本づくりにもサウナでの相談から出版社選びまで友人として関わっていると明かします。
『観察力の鍛え方』の入口、認知バイアスとは何か
この回は打ち合わせなしで始まり、話題は佐渡島さんの著書『観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』へ移ります。樋口さんと楊さんはすでに読んでおり、楊さんは「とても普遍的なことを書かれている」と評します。
佐渡島さんは、コテンラジオの3人がしていることは歴史を観察し、さらに歴史を通して現代を観察する行為だと捉えています。そこで、3人の気づきがどう生まれているのかを話し合ってみようと提案しました。
樋口さんは、本の内容がコテンラジオで深井さんが話していることに通じると感じていて、まず認知バイアスについて尋ねます。佐渡島さんは専門家ではないと前置きしたうえで、認知バイアスを脳内の「コントロールキー」のようなものだと説明します。
佐渡島さんによれば、人間は動物として進化する中で、危険を察知して意思決定を早くするための処理を脳に作り上げてきました。ところが、その処理が現代社会ではバグのように反応してしまうことがあり、それを理解して取り除きながら現実を見たほうがいい、というのが佐渡島さんの考えです。
典型例として佐渡島さんが挙げるのが、Twitterでの振る舞いです。一度ある意見を正しいと信じると、それを裏付ける記事ばかりが目につき、引用リツイートを重ねるうちに信念がさらに強まっていきます。
要は自分が見たいように見てるっていうことに近いですよね、世の中っていうのは。
深井さんは、歴史をなるべく一方向から見ないようにしていると話しつつ、バイアスは本能的に組み込まれているので完全に外すのは難しいと認めます。
バイアスによって情報処理を早くしてるって、さっきの話は本当面白かったですね。
早く判断する教育は、いつから始まったのか
佐渡島さんは、コンサルタントが使うフレームワーク ── 物事を整理・分析するための決まった型。SWOT分析や3C分析などが知られていますやロジカルシンキングも、判断の質を上げて早くするための手法だと指摘します。認知バイアスもまた、判断を早くするための脳の機能だという整理です。
そのうえで佐渡島さんは、従来の知識人は早く判断することより、判断をせずに考え続けることを本来の仕事にしていたのではないかと考えています。一方で受験勉強は、正解を早く出すトレーニングでもあります。
佐渡島さんの見立てでは、寺子屋や藩校での教育は判断を早くするためのものではありませんでした。明治以降、軍隊に馴染ませる教育が広がる中で、判断を揃えて早くする方向に変わっていったといいます。
佐渡島さんは、今のような教育のされ方は日本でもこの150年ほどのことにすぎないと考えています。それをアンラーン ── 一度身につけた知識や思考の型を意識的に手放し、学び直すことして世の中を見直し、創作したり、創作する人を手伝ったりしたいと語ります。
受験やフレームワークのように、お手本や正解がある時代に成果を早く出せる
従来の知識人の営み。お手本がない時代に、判断しない状態でも不安にならない精神が求められる
樋口さんは、早い判断にはスピードや誰かの答えを流用できるメリットがある一方、デメリットも多いと受け止めます。佐渡島さんは、社会が安定して成長し、東洋が西洋の文明を後追いしていた時期は、明確なお手本があったので早い判断が有効だったと説明します。
佐渡島さんは、今は世界中からお手本がなくなっているため、判断をしない状態でも不安にならない精神状態の作り方が重要になっていると考えています。
観察とは「見えないもの」を見ることか
樋口さんは、判断を早くするのが正解という前提そのものを考え直す方法として、観察力が大事だというのが本の主題だと整理します。そして、一般に「よく見ること」と思われがちな観察が、本ではどういう意味なのかを尋ねます。
佐渡島さんは、コテンラジオが応援されるのは、本に書いてあることを紹介しているからではなく、書いていないことから妄想を膨らませる具合が面白いからだと話します。つまり、見えないものをどう見るかが重要だという考えです。
佐渡島さんが例に挙げるのが「人間」という言葉です。人は見えるけれど人と人の間は見えず、その見えない間によって人は人間になる、と佐渡島さんは言います。
佐渡島さんは、ガンディーや吉田松陰を取り上げるとき、3人がまだ語られていない面白いポイントを探し、語られてきたことを語り直していると見ています。その気づき方を言語化すれば、それがまさに観察力の鍛え方になるという提案です。
深井さんによると、テーマを選ぶ段階ではまだ本は読んでいません。世界史全体の知識から、直前の放送と被らないこと、時代がばらけること、過去の回の蓄積が生きることを考えつつ、一番は自分が今勉強したいものを選んでいるといいます。
ずっと中世ヨーロッパずっとやってたら飽きるじゃないですか。
樋口さんは、深井さんが調べている途中で「このテーマ、面白くならないかも」とSlackでこぼすことがあると明かします。深井さんは、限られた時間で本を読み、まとめ、自分が面白いと思える状態まで持っていけるかどうかの勝負だと語ります。
深井さんは、リスナーのためというより、まず自分の知識欲を満たしたいという動機が大きいと話します。勉強しても、あまり面白さにつながらない題材もあるといいます。
歴史の面白さは5種類に分けられる
佐渡島さんが「歴史の面白いって何なんですかね」と問うと、深井さんは以前に考えて分けた5種類を挙げます。佐渡島さんは、適当に話す人は何でも3つに分けがちだと笑い、5つという数に前から考えてきた跡を感じ取ります。
1つ目は構造の面白さです。深井さんはフランス革命を例に、人権宣言 ── 1789年のフランス革命期に採択された宣言。人間の自由と平等、国民主権などをうたい、近代の人権思想の礎とされますが今の生存権に影響していることや、世界史での位置づけ、革命が起きた因果とプロセスを示すことを挙げます。
2つ目は感情への共感です。深井さんは、高杉晋作がなぜその気持ちになったのかがわかれば面白く、因果関係がわからなければ面白くないと説明します。
3つ目はトリビアです。深井さんは、今の自分とつながりがあり、不利益がなく、意外性のある事実がトリビアとして楽しめると言い、例として古代ギリシャでは皆がバイセクシャルだったという話を挙げます。
これが自分に不利益がある事実とかだと嫌なんですよ、人間って。
4つ目はイメージできることです。どんな服を着て、どんな化粧をして、どんな場所で何をしていたのかが想像できるだけで面白い、と深井さんは話し、樋口さんはマヤ文明を例に挙げます。
5つ目は思想の理解です。深井さんは、仏教の回や、これから取り組むマルクスとエンゲルスの回を例に、理解すれば面白くなると語ります。
| 種類 | 中身 | 例 |
|---|---|---|
| 構造 | 政治・権力・プロセス・影響力の全体理解 | フランス革命と人権宣言 |
| 感情 | なぜその気持ちになったかの因果がわかる | 高杉晋作 |
| トリビア | つながりと意外性があり、不利益がない事実 | 古代ギリシャのバイセクシャル |
| イメージ | 服装や化粧、場面が想像できる | マヤ文明 |
| 思想 | 考え方そのものを理解する | 仏教、マルクスとエンゲルス |
アリストテレス『詩学』で読み解くコテンラジオ
佐渡島さんは、深井さんの5分類をアリストテレスの詩学 ── 古代ギリシャの哲学者アリストテレスが悲劇などの創作について論じた書物。物語の筋や構成を分析した、創作論の古典とされますになぞらえて分解します。佐渡島さんによれば、5つはそれぞれレイヤーが違います。
佐渡島さんの整理では、構造と感情はどちらも因果関係、つまりストーリーです。感情は1日単位で変化を追う「虫の目」の因果関係、構造は10年や30年単位で見た因果関係だといいます。
さらに佐渡島さんは、どちらの因果関係もその時代の思想に支えられていると指摘します。トリビアとイメージは、漫画や劇でいう装飾や音楽にあたる演出の部分だという見立てです。
あれ、結局3つになったじゃないですか、深井さん。
深井さんは、5分類は意識して作ったものではなく、自然にやっていたことを後から振り返って分けたものだと説明します。佐渡島さんは、深井さんがテーマを選ぶとき、時代ごとのレイヤーを重ねた地図を思い浮かべ、世界史を一度メタ認知してから選んでいるようだと分析します。
佐渡島さんは、歴史を小説にすると登場人物の感情に寄り添うため時間軸が短くなりがちだと話します。明治維新も江戸幕府と薩長の関係だけでなく、中国やイギリス、アメリカまで含めて捉えるには時間軸をよりメタにする必要があり、コテンラジオはそのメタ語りが徹底していると佐渡島さんは見ています。
樋口さんは、最近の織田信長編では信長が登場するまで6〜7話かかったことを挙げ、感情や思想を理解するために大きくズームアウトしているのだと納得します。楊さんは、台本が膨らんだのは自分たちのエゴでもあると笑います。
快感を得たくて長くできればしなってしまったっていうのはありますよね。
誰もがかけている「眼鏡」をどう扱うか
樋口さんは、本の中に出てくる「眼鏡」という言葉に、コテンラジオの魅力に通じるものを感じたと話します。人間は何らかの眼鏡を通してしか世界を捉えられず、同じことでも人によって認識が変わる、という考え方です。
佐渡島さんは、偏見がないと思っている人も何らかの偏見を持っていると話します。誰もが眼鏡をかけているなら、意識的に眼鏡を持ったほうが強く、コテンラジオは歴史という眼鏡で世の中を見ているのだろうといいます。
佐渡島さんによれば、歴史という眼鏡を持つと、正義だと思っていたことが正義でなく、伝統だと思っていたことが伝統でもないと気づきます。そうして何でもありになると、何でも面白くなり、驚くことがなくなってくると佐渡島さんは語ります。
樋口さんは、本では眼鏡として脳の認知、身体や感情の捉え方、時空間が挙げられていたと振り返ります。佐渡島さんは、出来事の捉え方は自分の感情に由来しているのに、人は原因を相手に求めがちだと指摘し、感情や体調に気づくことの重要性を強調します。
佐渡島さんは、場所や時間帯、かけた時間によっても認知は変わると言います。今回の収録もZoom越しで、対面だったら会話内容も違っていたはずですが、その差を自分たちで予想して織り込むのはとても難しいといいます。
樋口さんと楊さんは、深井さんの別番組『アスコープ』での脳科学者の乾先生との対談と同じ話だと反応します。楊さんによると、その対談では感情や体調に気づくことが自己肯定感に直接つながると語られていました。
樋口さんは、胃が痛いという感覚も、胃からの電気信号を脳が「痛い」と解釈しているだけだという話を紹介します。わかりやすい例が吊り橋効果 ── 揺れる吊り橋などで感じた心拍の高まりを、一緒にいる相手への恋愛感情と取り違えてしまう現象。心理学の実験で知られていますで、高所でのドキドキを相手への好意と勘違いしてしまうといいます。
体調次第で相手の印象が変わり、確証バイアスが続く
佐渡島さんは、初対面の樋口さんと楊さんを例に、体調が印象をどう左右するかを説明します。収録後に「2人とも親切だった」と感じても、それは自分の体調が良かっただけかもしれない、という指摘です。
逆に佐渡島さんが徹夜明けで体調が悪ければ、「2人は深井さんに無理やり誘われて来ていて、自分には興味がなかった」と記憶することもありえます。そのとき多くの人は、自分の体調ではなく相手の態度のせいだと因果づけてしまうと佐渡島さんは話します。
体調
徹夜明けなど、自分のコンディションが悪い
印象
相手にバカにされているように感じやすくなる
因果づけ
自分の体調ではなく、相手の態度のせいだと考える
確証バイアス
その思い込みに合う情報ばかり集め、印象が固まる
樋口さんは、確証バイアスを「一度思い込むと、都合のいいことばかりインプットして強度が増すこと」とまとめ、冒頭のTwitterの話につなげます。一方で、Twitterがそういう場所だと思うこと自体がバイアスかもしれないと自分でつっこみ、楊さんも同意します。
佐渡島さんが「最近Twitterって荒れてるよね」という言い方を挙げると、楊さんは「最近」と「みんな」はTwitterによく登場する言葉だと応じます。
僕はみんなをよく聞きますね。みんなそう思ってるとか、みんな言ってるよとか、平気でみんな言うよねっていう。
楊さんが自分の「みんな言うよね」にもツッコミどころがあると笑いを誘ったところで、前編は終わり、話の続きは後編に持ち越されます。
まとめ
前編では、佐渡島庸平さんの『観察力の鍛え方』を手がかりに、判断を早めるための認知バイアスの功罪から、コテンラジオが歴史の面白さを見つける仕組みまでが語られました。見えないものを見ようとする姿勢と、自分の眼鏡を自覚する姿勢が、観察力の核として浮かび上がります。
- 認知バイアスは判断を早める脳の機能だが、現代ではバグのように働くことがある
- お手本がない時代には、判断せずに考え続けても不安にならない状態が大切だと佐渡島さんは語る
- 深井さんの歴史の面白さ5分類は、佐渡島さんの分析でストーリー・演出・思想に整理された
- 誰もが眼鏡をかけているからこそ、歴史のような眼鏡を意識的に持つことが強みになる
- 体調や感情が相手の印象を左右し、思い込みが確証バイアスで強まることに気づく必要がある



