自省録以外にマルクスさんが怒りやすかったと考えられるものはある?
AI回答(一般知識から回答)
マルクス・アウレリウスが本来は怒りっぽい性格だったことを示す手がかりは、『自省録』以外にもいくつか残されています。 代表的なものは以下の通りです。 1. 師匠フロンとの往復書簡 マルクスが若い頃、弁論術の師であるフロンと交わした手紙が現在も残っています。その中には、自身の気性の激しさや、感情のコントロールに苦労している様子が率直に綴られており、彼がもともと感情の起伏が激しい人物であったことがうかがえます。 2. 古代の歴史書『ヒストリア・アウグスタ(皇帝伝)』 後世に編纂されたこの歴史書の中でも、マルクスは生まれつき短気で怒りっぽい一面を持っていたと記されています。しかし、彼は幼少期からストア派哲学の教えを徹底的に学び、修練を積むことによって、その激しい気性を表に出さないよう努力していたと評されています。 3. 主治医ガレノスの記録 当時の著名な医師であり、マルクスの侍医を務めたガレノスも、皇帝が心身のバランスを保つために感情を理性でコントロールしようと努めていた姿を記録に残しています。 4. 『自省録』第1巻の感謝の言葉 『自省録』の導入部では、家族や恩師から学んだ美徳が列挙されています。その中で「短気や怒りを起こさないこと」を教えてくれた人々へ何度も感謝を述べており、彼にとって「怒りの克服」が生涯の大きな課題だったことが読み取れます。 このように、マルクス・アウレリウスは生まれつき聖人君子だったわけではなく、本来の怒りっぽさを哲学の力によって必死に抑え込んでいた人間味あふれる人物だったと考えられています。