戦場で20年、皇帝が書き続けた手記とは
前回はマルクス・アウレリウスが極めて大変な状況の中で哲学し続けていたという話がありました。その大変さの中心にあったのがマルコマンニ戦争です。
この戦争は勝ったり負けたりを繰り返しながら、結局マルクスが死ぬまで終わりませんでした。彼は後半生の20年近くをずっと戦場で過ごしたことになります。
『自省録』は、その戦場で折々に浮かんだことや思索したこと、書物からの引用などを書き留めた手記のようなものです。整理された文章でも、教訓を垂れる文章でもありません。
なんかね、こう脈絡があんまないんですよ。自分その時その時の思いを絞り出すかのように、自分の内面を見つめたりとか、戒めたりとか、己を律する言葉が綴られていると。
誰かに見せるつもりはまったくなかったらしく、自分に対して「お前」と語りかけるように書かれています。共同皇帝ルキウス・ウェルスが亡くなった頃から書き始めたのではないかと言われています。
興味深いのは、この手記が後世の同じように辛い立場に置かれた人たちに読み継がれてきた点です。番組でこれまで扱ったフリードリヒ大王もその一人でした。
フリードリヒは多分読みながら、うわ、マルクス俺より大変って思って自分を慰めてたんでしょうね。
一方でマルクス自身には、そうやって慰めてくれる先人の手記はありませんでした。だからこそ、自分に「お前」と語りかける手記を書くしかなかったのだと考えられます。
なぜギリシャ語で、章もなく書かれたのか
『自省録』は、ローマ人でラテン語が母語のマルクスが、わざわざギリシャ語で書いています。理由はいくつか考えられると話されています。
一つは、周りの人が容易に読めないようにするため。もう一つは、哲学がギリシャ発祥で、ラテン語には哲学の語彙が少なかったためだと言われています。
なんかやっぱ言葉によってある程度思考に影響している。
現在の『自省録』は章に分けられていますが、これも元々秩序や順番があったわけではありません。後世の人たちが再編して一冊の本の形にしたものです。
そうした断片的な文章からは、高潔で聡明な人柄がにじみ、宗教や道徳をめぐる深いインサイトが感じられると指摘されています。
この本は今でも本屋に並び、電子書籍でも読めます。多くの大統領や将軍、ハリウッドでも愛読されているといいます。1800年以上前の皇帝の思考が、著者名つきの本として残っているのは驚くべきことです。
「できていたから書いた」わけではない
ここで深井さんは重要な読み方を提示します。『自省録』に立派なことが書いてあるからといって、書いた本人がそれをできていたとは限らない、という視点です。
それができてるから書いてるんじゃなくて、僕逆だなと思ったんです。できないから書いたんだと思うんだよね。
感情的には受け入れがたいことを、理性によってなんとか受け入れようとする。それを繰り返しているのが『自省録』だという読み方です。
立派なところがあるとすれば、できない自分をなんとかずっと戒め続ける、その姿勢にあるのが立派なんだよね。
つまり、達成していたのではなく、達成しようとし続けた態度そのものが立派だという理解です。書いてある通りの完成された人だったと読むのは、人間理解として浅い、と話されています。
本当に正しく生きるのがいいと思うって書いても、生きれてないから多分書いてるみたいな。
徳と幸福を結ぶストア派哲学の入り口
『自省録』を理解するには、その土台であるストア派哲学を知る必要があります。番組では概要をさらっと押さえていきます。
ストア派はギリシャ哲学の一派で、紀元前3世紀頃、キプロス島出身のゼノンがアテネの広場で学園を開いたことに由来します。柱が並ぶ廊下をストアと呼び、そこで教えたことが名前の由来です。
ストア派では、徳こそが幸福の鍵だと考えます。ただし、この徳は中国哲学でいう徳とは別のもので、主に自制心、勇気、正義、知恵で構成されます。
そして、悩みや苦しみの多くは物事そのものよりも、物事の捉え方に原因があると考えます。人間がコントロールできる確かなものは、理性による選択だけだというのです。
宇宙を貫く秩序ロゴスと、運命の受け取り方
ストア派は、宇宙が何らかの規律で動いていると考えます。朝日が昇り夜沈み、虫や動物が規則正しく動く。そうした自然の営みを見て、古代人は人間も含めて全てが宇宙の規律の中にあると感じました。
生と死とか、生活と社会とか、国や世界とか、その存在とか変化も全てまとめた上での自然っていう風な括りだそうです。
この宇宙の規律をロゴスと呼びます。ロジックの語源であり、今では論理を意味しますが、ストア派では自分の内面から宇宙の隅々まで貫く必然的な秩序を指しました。
ストア派は、このロゴスを神々が決めていると考えます。一神教と違い、複数の神々が合議で決めているというイメージで、これはギリシャのポリスの運営との類推になっていると説明されます。
自分にとって不条理に見えることも、神々はトータルではメリットがあると考えて決めているはずだ。だから運命や宿命として受け止めるべきだ、という発想です。
ここで重要なのは、人間には運命に抗うことも受け入れることもできる、という点です。神々があらゆることを決めていても、その運命をどう受け取るかは人間に任されている、と考えます。
運命を動かすじゃなくて、受け取り方が決めれるってことよね。
だから自暴自棄になるのではなく、与えられた運命に意味を見出し、理性で受け入れていく。それこそが幸せになることだと考えます。心を波立たせる激情に打ち勝つ不動心、アパティアが重視されました。
すべての人が同じ宇宙に生きる「世界市民」
ストア派には、自分と宇宙を貫く秩序に自ら進んで従って生きる、という理想があります。嫌だと思うパトスが生まれても、理性で乗り越えていく。まさにストイックという言葉の元になった立場です。
この考え方から、コスモポリタン、つまり世界市民という発想が生まれます。近代の「世界平和的にみんな仲間」という意味とは、少し違うと説明されます。
宇宙という意味では同じポリスに生きているよね。
同じ物理法則や同じ宿命の中で生きているという意味では、ポリスは別々でも一つのポリスで生きているとも言える。それが古代の世界市民の感覚でした。
だからこそ、ストア派哲学は解放奴隷から皇帝までが実践しました。有名な解放奴隷の哲学者エピクテトスから、頂点の皇帝マルクスまでいたのです。宇宙の秩序のもとで全ての人間は同じだ、という発想がそれを可能にしました。
この感覚は、後の人権という概念にも間接的につながっていくと指摘されます。皇帝になったのも奴隷に生まれたのも宿命であり、その中で理性でどう受け入れるかが問われる、という捉え方です。
人格を4つに分ける「ペルソナ」の考え方
運命に対する考え方をより解像度高く理解するために、ストア派における人格、ペルソナの扱いが紹介されます。人格は4つの層に分けられます。
1つ目は普遍的ペルソナ。すべての人間に共通する抽象的な人格です。2つ目は個別的ペルソナで、足の速さや腕力など、個人に固有の特徴や個性を指します。
3つ目は偶然的ペルソナ。たまたま王位に就いた、たまたま財産を得た、といった偶然や機会に左右される人格です。
4つ目は選択的ペルソナ。哲学に向かうか、法律に関わるか、軍人になるか、自分の選択によって分岐する部分です。
マルクスはおそらく偶然的ペルソナまでを宿命として受け取っていたと解釈されます。この4分類があれば、今の状況が何に該当し、自分が何を動かせるのかがわかります。
個別的とかは動かせないのに、ここをどうにかしようとしてできなくて悩んだりする意味がなくなるってことね。
幸福になるとは、動かせない部分ではなく、選択的ペルソナに集中することだと考えます。現代でも言葉を変えて語られる考え方だと話されています。
運命を受け入れよ。『自省録』の言葉を読む
ストア派の概要を踏まえると、『自省録』は非常に納得のいくものになります。ここからマルクス本人の文章が引用されていきます。
良き人自身のもとに残るのは、身に降りかかってくることや、自分の上に生まれた運命を愛し、歓迎することだけである。
運命を受け入れる、というストア派そのものの言葉です。ここでの「良き人自身」は、幸福になれる人と読み替えることもできると説明されます。
何かを追いかけず、避けもしないで生きる。起こることすべてを難儀なことと思えても、喜んで受け入れよ。
ただし、消極的に我慢するのとは違います。誠実につつましく生き、誰も信じてくれなくても怒らず、自分の運命に自分で適合して歩む、という一節も引かれます。
もっとも、この「怒りもせず」という言葉には裏があります。マルクスは実は怒りっぽい人だったと話されています。
怒りっぽいんで、多分めっちゃ怒ってたし、机とか蹴ってたんじゃないかなと思うんですけど。
机を蹴った後に「ああ、蹴っちゃダメだったな」と書いている。そう読むほうが、アウグストゥスには感じられない人間らしさが立ち上がってきます。
苦悩は判断から生じる。理性への集中
マルクスが選択的ペルソナに集中しようとしていたことが、より直接的にわかる文章もあります。
お前が何か外にあるもののために苦しんでいるのであれば、お前を悩ますのはその外なるものそれ自体ではなく、それについてお前の判断なのだ。
お前を悩ます多くの余計なものはすべてお前の判断の中にあるので、お前はそれを除去できる。
苦悩は外の物事ではなく、自分の内なる判断から生じる。深井さんはこれを仏教の唯識論のようだと評します。カリグラのような暴君になれた立場で、そうならなかったこと自体が偉い、とも話されます。
君自身の内にあるこのささやかな土地に隠れ住むことを心がけるが良い。
これは自分の理性に集中しろ、という意味だと解釈されます。「隠れ住む」という表現からは、理性に集中できないほど周囲がうるさかった状況が垣間見えます。
絶えず波が打ち寄せる岬のようであれ。岬はそのまま立ってて、水の泡立ちはその周りで静かに眠る。
水の泡立ちはノイズであり、自分は岬のように立っているだけでノイズが消える、という励ましです。同じことを言葉を変えて何度も自分に言い聞かせている点が、崩れそうな心を映していると読み解かれます。
仕事が嫌でも起きる。生々しい日常の記録
『自省録』には、朝起きるのが辛いという生々しい記録もあります。
明け方に起きにくい時には、次の思いを念頭に用意しておくが良い。人間の務めを果たすために私は起きるのだ。
寝坊した時や、仕事のことを考えるとしんどくて起きたくない時に書いたのではないか、と話されます。仕事の相手についても辛辣な言葉が残っています。
私は今日もお節介で恩知らずの傲慢な欺瞞的な妬み深い非社交的な人間と出会うだろう。
周りにそういう人が多かったのだろうと推測されます。互いに軽蔑し合いながらへつらい合う、といった辛口の描写も残っています。
それでもマルクスは、自分が肯定化されて調子に乗らないようにと戒めます。皇帝の位にあっても慢心してはいけない、と繰り返し言い聞かせているのです。
肯定化させられてしまわないように、染められないように注意せよ。それは現に起こることだから。
さらに一段突き抜けて、後世の評価は忘却であり、自分の評価など後の世では忘れられている、とまで書いています。悟りに近い境地だと評されます。
自分も同じ過ちを犯す。だから他者に寛容であれ
マルクスは、自分を批判し憎む人に対しても善意を持つべきだと書きます。相手の魂を見れば、気にする必要はないとわかる、というのです。
他人が君を批判したり、憎んだり、これに類した感情を口に出したりするときには、彼らの魂へ向かっていき、その中へ入り込み、彼らがどんな人間であるかを見よ。
彼らも理性に従えていないだけであり、神々は彼らを敵としてではなく、助け合う友として作った。だからお前も頑張れ、という論理です。深井さんはこれを大乗仏教のようだと評します。
学者の考察も紹介されます。人は誰しも幸福を願い、そのための理性を等しく持っているが、その使い方を知らないために過ちを犯す、という考え方です。
自分も彼も同じ無知の過ちを犯し得るっていう意味では同類なんだよと。自分のことを棚に上げて相手に怒ったり責めたりすることはしないでおこう。
自分も相手と同じ過ちを犯しうる存在だから、相手を許す。罪を憎んで人を憎まず、に通じる態度です。しかもこれは、キリスト教をほとんど知らなかったマルクスが、結果的にイエスと似たことを言っているという皮肉でもあります。
死を恐れない。生まれることと同じ自然の営み
『自省録』には、死を恐れないという内容も繰り返し現れます。理性で分析すれば、死は自然の業以外の何物でもない、というのです。
自然の業を恐れるものがあれば、それは子供じみている。しかも、死は単に自然の業であるのみならず、自然にとって有益なことでもある。
滝が上から下に落ちるのを怖がらないのと同じで、死ぬこともそれと同じだ、という理屈です。何があっても、たとえ死に瀕していても今やるべきことをやろう、という態度につながります。
若いこと、年を取ること、出産することと同じように、死も自然の働きの一つだから、恐れず、無関心にもならず、侮辱もせず、自然に待て、と書かれています。
子供にキスをしている時、おそらくお前は明日死ぬだろうと心のうちで言うべきだ。それは不吉な言葉ではない、自然の営みを意味している。
マルクスは息子や娘、共同皇帝、妻など多くの死別を経験してきました。愛する子にキスしながらその死すら自然の営みだと言い聞かせる姿は、仏教でいう愛別離苦を悟った人間の言葉だと評されます。
現在しか生きられない。今この瞬間への集中
死の反対にあるのが生であり、現在です。マルクスは現在を生きよ、と説きます。人は現在という一瞬しか生きていない、という考え方です。
各人はただ現在、この一瞬間に過ぎない現在のみを生きるのだということ。
過去はすでに生きてしまったもの、未来はまだわからないもの。だから、どんなに長生きしても早死にしても、人は現在以外を生きることはできない、と説かれます。
人が失いうるのは現在だけだ。彼が持っているのはこれのみであり、何人も自分の持っていないものを失うことはできない。
だからこそ、この瞬間に集中して選択せよ、という結論になります。ストア派は、コントロールできるものとできないものを分け、過去や未来のようにコントロールできないものを求めても仕方ないと考えます。
深井さんは、マルクスが名誉を得ることを考えていない点にも注目します。未来の名誉に意味などない、と書く姿勢は、業績を細かく書き残したアウグストゥスとは対照的です。
全宇宙を君の精神で包容し、永遠の時を思い巡らし、誕生から分解に至るまでの時間のなんと短いことかを考え、誕生以前の無限と分解以後の永遠に思いを致すがよい。
悩みをちっぽけにするために、思考を宇宙規模まで広げていく。それを実際に成し遂げようとした人のメモが残っている、という点にロマンがあると語られます。
少食に不眠、アヘン。過労の皇帝の最期
自分を律し続けたマルクスですが、健康は害していきました。長年の前線生活と緊張状態の中で、戦地でも行政と司法の仕事をこなす、まさに過労の状態でした。
さらに彼は大変な少食で、1日1食だったといいます。吐きながら食べ続けるローマの宴の文化を、しょうもないと感じても不思議ではありません。
不眠にも悩まされ、夜眠れず執務中に寝てしまうこともあったといいます。そのため覚醒作用を期待して、医者ガレノスからアヘンを処方されていました。
今だと禁止されてるアヘンとかをやりながら自省録とか書きながらマルコマン人戦争やってたっていう。
何が薬で何が薬物かは、時代の技術や価値観で変わります。フリードリヒ大王もアヘンを用いていたと以前触れられており、当時の感覚では薬として扱われていました。
58歳の時、マルクスはひどく衰弱してイタリアに戻れなくなり、今のセルビア西部やウィーン近郊とされる地で亡くなります。合言葉を求めてきた将校への最期の言葉が残っています。
忘れられると書いた人が、忘れられなかった
マルクスの死後もマルコマンニ戦争は続きましたが、息子コンモドスはすぐに講和して首都へ帰ってしまいます。前線にとどまり続けた父との対比で、これは後世に厳しく評価されました。
すぐにお前は全てを忘れるだろう。そしてすぐにお前の全ても忘れられるだろう。
そう書いたマルクスを、後世は忘れませんでした。彼の『自省録』に励まされた人々が各時代にいたからです。名声への執着がなかったからこそ、かえって尊敬され残った、という逆説が語られます。
若くして哲学に打ち込みたいと願いながら、早くに断念して戦争へ向かった人が、ストア派を最大に体現した哲学者として著作を残す。本人にはその認知がない。そこに面白さがあると話されます。
帝国の住民の安寧のために彼頑張ったと思うんですよ。コスモポリタンだつって。
パンデミック、反乱、戦争が続く中でも、皇帝という仕事を諦めず前線にとどまり続けた。ローマで優雅に暮らす選択肢がありながら、森のような環境で1日1食で生き抜いた姿が、五賢帝の最後の人の生涯でした。
なんかお疲れ様でしたって言いたいな。
次回は、この立派な父から生まれた息子コンモドスが、いかに総崩れしていったかが少しだけ扱われる予定です。
まとめ
『自省録』は、できていたから書かれたのではなく、できないからこそ自分に語りかけた手記でした。過労や死別、不眠に苦しみながら、それでも選択できる部分に集中し続けた態度そのものが、千年以上読み継がれてきた理由だと言えそうです。
- 『自省録』は誰にも見せない自分用の手記で、自分に「お前」と語りかけながら書かれた
- ストア派は運命を受け取り方で扱い、理性で選択できる部分に集中することを幸福とした
- マルクスは怒りっぽく健康も害していたが、できない自分を戒め続けた態度が立派だと評される
- 死や名誉への執着を手放そうとした言葉が、皮肉にも彼を後世に長く記憶させることになった




