イッソスの戦いですれ違った原因
AI回答(一般知識から回答)
イッソスの戦い(紀元前333年)において、アレクサンドロス大王率いるマケドニア軍とダレイオス3世率いるペルシア軍が「すれ違い(行違い)」を起こした主な原因は、アレクサンドロスの病気による日程のズレと、それに対するダレイオス3世の誤解、そして山脈を挟んだ進軍ルートの選択にあります。 主な原因は以下の通りです。 1. アレクサンドロスの重病による滞在 アレクサンドロスは進軍の途中で冷たい川に入ったことで重病に倒れ、マケドニア軍の動きが一時的に完全にストップしました。 2. ダレイオス3世の誤解と決断 大軍を率いて広い平原でマケドニア軍を待ち構えていたダレイオス3世は、相手がいつまでも現れないため「アレクサンドロスは自分を恐れて逃げ腰になっている」と判断しました。そのため、待ちきれずに自らマケドニア軍を探して移動を開始しました。 3. 山脈を挟んだルートのすれ違い アレクサンドロスは回復後、ペルシア軍と戦うために南のシリア方面へ向けて進軍しました。しかし同じ頃、ダレイオス3世は山脈の別の峠を通ってアレクサンドロスの背後(北側)にあたるイッソスへと進出していました。 この結果、山脈を挟んでお互いが相手の背側に回り込む形となり、完全なすれ違いが発生しました。アレクサンドロスは自軍の補給線や病人を残してきたイッソスを奪われ、退路を断たれた状態から引き返して戦うことになりました。